能力
維月は、志心のことが気になりながらも、次の日に迎えに来た十六夜と共に、龍の宮を飛び立って月の宮へと帰った。
何も知らない維心は、義心と義将を維月の共にと命じた。月の宮で十六夜と立ち合ったり、嘉韻と立ち合ったりと技術を伸ばすことが出来るだろうとの配慮だった。
維月は、もっと早く言っておけば良かった、知ったらそれなら一緒に月の宮へはやらなかったと怒るのでは、と思ったのだが、あいにくそんなに簡単に出かける前に言えることでもない。
なので、仕方なく十六夜と共に、義心と義将を連れて月の宮へ発ったのだ。
月の宮へと到着すると、蒼が出迎えてくれていた。
「おかえり。それで、二人を連れて来たのか?」
維月が、頷いた。
「ええ。維心様がここならまた違った研鑽が出来ようとおっしゃって。」と、義心と義将を振り返った。「では、あなた達は訓練場へ行って参っても良いわよ。」
蒼も、頷いて言った。
「主らが来ると聞いて、うちの軍神達も楽しみにしていたからな。行って来るといい。宿舎はこの前案内させた所を空けてあるから、そこを使えば良い。」
それには、二人とも頭を下げたが、義将がやはり兄なので、答えた。
「は。お気遣い頂きまして、感謝いたします、蒼様。では、御前失礼致します。」
そうして、義将は義心に頷き掛けると、入って来たばかりだったが、そこを飛び立って訓練場へと飛んで行った。
それを見送りながら、十六夜が言った。
「で、義心はどうだ?」
維月は、ふうとため息をついた。
「それが、まだ維心様にお伝え出来てないの。だって、出来るだけご機嫌の良い時でないと駄目でしょう?なのに、最近は忙しいしなかなかその機会が無くて…タイミングを計っておるうちに、今になってしまって。今回、この里帰りの間に維心様が来られると思うのだけど、その時に言ってみるかなって思ってる。」
十六夜は、ため息をついた。
「そうか。」
蒼が、そんな二人に怪訝な顔をして言った。
「義心が何だ?維心様に、何か隠し事か?」
十六夜が、維月と手を繋いで回廊を歩き出す。蒼は、それについて歩いた。
「別に隠すつもりはねえんだが、あいつさあ、いろいろ神経質じゃねぇか。今回だって、もし知ってたらここへ維月と一緒に連れて来るなんてさせなかったんじゃねぇかって。」
維月が、うんうんと頷いている。蒼が、それには顔をしかめた。
「それって、もう十六夜と維心様以外は相手にしないって言ってたんじゃなかった?まさかまた義心の孫となんかあるの?」
十六夜と維月は、まるで示し合わせたように蒼をうんざりしたように見た。
「そんなはずないでしょうが。」
「そんなはずねぇだろうが。」
二人は、同時に言った。そして、顔を見合わせてから、十六夜が言った。
「あのさあ、お前にゃ言ってなかったんだが、というか、維心にも言ってねぇから順番的に言うべきじゃないんだけどよお、この際言っとくわ。義心はな、あの義心の生まれ変わりだったんでぇ。」
蒼は、仰天して目を丸くした。義心が、もう転生してるって?!
「え、え、それ、なんで知ったんだよ?!」
維月が、困ったように蒼を見る。
「本人が言ったのよ。隠してたみたいなんだけど、ほら、私別次元に落ちたじゃないの。その時にね、なんだかあの子が前の義心みたいに話すから、私達しか知らない事を話して水を向けてみたら、すんなり口を滑らせたの…びっくりしたわ。前世、私と義心が同じように次元の狭間に落ちた時のことを、あの子はすらすらと答えたから。しまった、という顔をしたけど…私には、分かってしまったから。観念したみたいで。黄泉の道を走って、迎えに来ていた父上に懇願して、父上が入るはずだった器に入ってすぐに転生したんだって聞いたの。十六夜には、直後に話していたんだけど。」
十六夜は、歩きながら頷く。
「そうなんだよな。それで、二人で話し合って、維心には話そうって事になったんだけどよ、あいつうるさいだろ?だから、ちょっとでも条件の良さそうな時に話そうって。でもさ、最近忙しくてそんなチャンスが無くってさあ。維月が一番維心の気持ちを傍で見て知ってるから、それを窺ってたのにだぞ?別に隠してるんじゃねぇんだ。」
蒼は、それでも眉を寄せて言った。
「…でも、急がなきゃ駄目だぞ?時間が開けば開くほどどうして黙っていたんだって言われるんだから。」
十六夜は、しかしサラッと言った。
「それは問題ねぇよ。だって、義心にゃあの落ちた時じゃなくて、月の宮へ来た時にバレたって言ったから合わせろって言っとくし。別に詳しくいつバレたんだって言わなくてもさ、義心と話してて知ったんだって言ったらいいじゃねぇか。神はみんな不都合なことは伏せるだろ?嘘つかない代わりにさ。うまくやるよ、何しろ維心は難しい奴だからさ。」
維月は、はあとため息をついた。
「ほんとに…あの直後にお話できたら良かったんだけど。維心様、あの後すごくお疲れだったから寝入ってしまって夕刻まで起きて来られなかったのよね。そうして、私は入れ替わりに寝てしまうしで、機会を逸してしまって。で、それからは普通に過ごしてたから、なかなか良さそうな時がなくて…。」
十六夜が、維月を庇うように言った。
「いいんだって。あいつがしょっちゅう機嫌が悪いのが悪いんだっての。義心だって、死んだ時にはあれだけ悼んでたのに、多分忘れちまって怒るだろうなってお前に思わせる態度なのが悪いんだろうが。」
維月は、十六夜を見上げた。
「そうじゃないのよ、私が勝手に案じてるだけで、多分大丈夫なのかもしれないって思うんだけど…維心様だって、そんなご心配はしたくないと思うの。それなのに、私があちこち同情したりしたから。あのかたのせいではないわ。とにかく、今は維心様の御心にご負担が掛からない時に話したいって思うだけよ。」
蒼は、それを聞きながら維月は確かに維心を気遣っているのだと思った。自分のせいで神経質になっているのが分かっていて、維心を安心させながら真実を話して行こうとしているということなのだ。
「維月、変わったよな。ちゃんと維心様の御心も気遣ってさ。だったら、オレは言わないけど、早めに言う方がいいよ。多分一週間ぐらいで来られるんだろ?その時、さっさと言った方が良いと思う。月の結界の中だと気持ちも穏やかになりやすいしさ。」
維月は、頷いた。
「ええ。十六夜も居てくれるし、思い切って言ってみる。案外、全然気にせずに喜んでくださるだけかもしれないし。」
それはあり得ないかもしれないけど。
蒼は思ったが、黙って頷き返した。維心は維月を誰かにとられるということを、極端に恐れているのでその危険性があると思ったら多分、喜ぶばかりでは終わらないような気がするのだ。
それでも、十六夜と二人で仲良く手を繋いで部屋へと帰って行く後ろ姿を見送りながら、この二人の関係性はいつまでも変わらないなあと思っていたのだった。
十六夜は、せっかく来ている義将と義心のために、維月と共に訓練場に立った。
しばらく時間を開けてから行ったのは、二人が他の軍神達と立ち合って、体を温めて良い状態で立ち合えるようにするためだ。
十六夜と維月は共に月なので、その素早さは並みではない。それになんとか食らい付いて行こうとする義心に、義将はさすがに根を上げた。
「これは敵わぬ。とはいえ我とて良い師が側に居ると喜んだ方が良いのだろうの、義心よ。」
義心は、そんな兄に息を上げながらも微笑んだ。
「兄上とてかなり腕を上げておられまする。我は今、伸びる時期なのでありましょうし、今励まねばという焦りもございますので、このように。」
謙遜してそんなことを言う義心に、十六夜は言った。
「お前はほんと、果てがないな。普通動きを見るのすら大変なんだぞ?オレ達は月なんだからよぉ。」
維月は、笑って言った。
「本当に。ならば2対2の対戦をしない?まずは十六夜と私と、義将と義心。それから、組み合わせを代えるの。面白いと思わない?」
十六夜は、乗り気になって頷いた。
「お、いいな。やろう。」と、義将を見た。「お前らもそれでいいか?」
義将は、笑って頷いた。
「は。お手柔らかにの。」
そうして、まずは月同士が組んで龍の二人と戦ったのだが、月の二人は信じられないほど連携していて、まるでひとつの命が二つに分かれ、またひとつになるようなぴったりと息の合った動きで、とても敵うものではなかった。そもそもが元々ひとつなのだから、そうなるのも道理なのだが、ここまでかと思うほど、楽しげにまるで戯れているように舞い踊る。戦っているとは思えない、そんな動きだった。
あまりのことに一戦一戦が短くすぐに決してしまい、立ち合いにならなかった。
「…ダメか。」十六夜が、ゼイゼイと息を上げる二人に苦笑しながら言った。「そりゃそうだ。オレ達ゃ二人でひとつだからなあ。」
維月は、フフと笑った。
「じゃあ、私は義心と組むわ。あなたは義将ね。相方のどちらか一人でも取られたら負けよ。あなただけが残ってもダメだからね。ほとんど私に勝つからって油断しないでよ?」
十六夜は、ふんと鼻で笑った。
「オレはお前に負けねぇよ。」
二人は、それは胸躍るという風で目を輝かせて刀を構える。
もう再開か。
義将が、急いで体勢を整えるが、それを見た義心が、義将を気遣った。
「兄上、今少し休憩を入れまするか。」
義将は、首を振った。
「いや、このようでは実戦など出来ぬ。我は大丈夫よ。」
それを聞いた維月が、ハッとしてこちらを見た。
「まあ。そうだったわ、少し休みましょう。」と、十六夜を見た。「十六夜、冷たい茶でも飲みましょうか。」
十六夜は、残念そうだが義将を見て頷いた。
「そうだな。義将、これは遊びみたいなもんだから、そこまで自分を追い詰めて頑張らなくたっていいんだっての。ほら、ちょっと休んでまたやるぞー!」
十六夜に促されて屋根のある場所へと歩きながら、義将は自分の不甲斐なさに下を向いた。
「誠に…貴重なお時間を戴いておるのに。義心がすぐに回復しておるのを見たら、我も鍛え方が足りぬのだと思いまする。せっかくに王にこのような機会を戴いて月と立ち合えると言うのに…。」
義心が、慰めるように言った。
「兄上は、家族のために屋敷でも世話をしておると聞いておるし。我は己の時間を全て己のために使っておるのでございます。お疲れも溜まっておってもおかしくはないかと。」
十六夜が、そこに置いてある椅子へと座りながら、言った。
「だから別に気にしてないっての。オレ達だってお前らと立ち合うのは楽しいし、月の陰陽相手に立ち合って疲れない方がおかしいんだ。義心は龍軍筆頭だろ?それぐらいの体力があってもおかしくない。それに、若いしな。そんなに気にしてばかりいたら、禿げるぞ義将。」
義将は、神妙に聞いていたが、最後の数言で目を丸くする。維月は、苦笑して言った。
「もう、十六夜ったら。神は禿げたりしないの、姿は自分で何とか出来るんだからね。年齢が上がって来たらそりゃそんなことに気を使えないから髪も薄くなるだろうけど。」
十六夜は、腕を組んで月の宮の軍神から受け取った冷たい茶を飲みながら、維月を軽く睨んだ。
「そういう意味じゃねぇのは分かってるだろうが。ま、細かいことを気にするなってことだよ。維月だってこれであんまり持久力が無いから、1対1だとあんまり長い事立ち合えないんだよな。お前ら気付かなかったか?オレの動きが見えてるからオレに任せて自分が休める時は休んで楽してやがったんだぞ?今の立ち合い。」
え、という顔をした二人に、維月は慌てて十六夜に言った。
「もう!バラさないで!ちょっと手を止めただけじゃないの!」
十六夜は、からかうように言った。
「すーぐ楽しようとするんだからよー。」
そんな二人を見ながら、義将と義心は思っていた。あのスピードで立ち合いながら、相手の動きの隙を見て休むなんてことは、はっきり言って、出来ない。恐らくは十六夜も、維月が休んでるなと思ったら、それをカバーして立ち合っていたのだろうが、そんなことはこちらには全く分からなかった。
改めて月の能力に驚きながら、これが敵でなかった幸運を思ったのだった。




