帝都ジャミール
「おーアシュリー! 帰ってきたのか。無事だったか?」
一人の青いローブを着た男性魔術師が声をかけると、同じ色のローブを着た周囲の者たちも集まりだしてきます。ティマス海調査が終わったことに対する祝福だと思ったバーンたちはその様子を微笑ましく見ていました。フィウスたち以外は……
「だったら早く見せてくれない? 謎の巨大な化け物の姿を。帝王様のところへ持っていってしまう前に。正直こどものあなたに期待はしていなかったけれど、これは大きな成果よ。やったわね。アシュリー!」
バーンたちは魔術師たちの言葉に疑問を感じ始めます。アシュリーがローブのポケットから女神の懐中時計を取り出すと、「おおー!」と、歓声が沸きました。そしてみなフードを脱ぎ、まじまじとそれを眺めます。みなわれ先に見んという勢いで、アシュリーに詰め寄って、「早く」と急かしました。しかし彼女は、
「……これは、大魔術師アルベール・ド・ジャミール帝王様の研究資料です。3級魔術師には見せられません。そして、2級魔術師である私に判断できることでもないので、お断りします」
と言うと、群集に道をあけるよう命令します。すると、一気に空気が凍りつき、中には舌打ちをする者もいました。どうやら帝都ジャミールにはカースト制度があるようです。みな様々な表情でフードを被り、去っていきました。
「バーンさんたちも来てください。今回の任務はあなたたちがいなければ成し遂げられませんでした……って、どうしてあなたまでついて来ようとするんですか」
「俺たちの船がなかったら、バーンたちをルーヴィア港に運べなかったんだぜ? お礼ぐらいしてもらってもいいよなぁ。たんまり頂くぜ、チビ」
「……野良犬のようについてきて、野良犬のように吐くまで餌をねだるといいですよ。でも、アルベール様の前でその呼び方をしたら許しません」
「一級魔術師どもはお前のことなんて気にもかけてないと思うぞ。もしこの件でお前が死んでても、またアホベールの好奇心で犠牲者が出た、ぐらいにしかなんねぇ。チビ、お前は……」
「さぁ、バーンさんたち。アルベール様のところへ行きましょう」
バーンたちはなんとなく事情を察します。しかし、誰もそのことには触れずに、金箔が貼られた大樹のような建物の中へ入っていきました。アシュリーが言うには、ここがアルベール帝王のいる「ユグドラシル」だそうです。中には紫色のフードを着た一級魔術師がいて、無言で彼らを見張っていました。そしてその中の一人が、「ここへ入る証を示せ」と言うので、アシュリーは女神の懐中時計を見せます。
「そうか。ならこれは私が渡しておこう。ご苦労だった」
「お待ちください。今回の任務はこちらの方々の不思議な力によって成し遂げられました。もしかしたらアルベール様も興味をもたれるかもしれません。それに、巨大な化け物がどんな存在だったかも、私たちは見てきました。どうか謁見させてくださいませんか。無駄な時間は過ごさせませんので……」
一級魔術師が懐中時計を開くと、その映像に周囲の者もざわつき始めました。そして、考えるように一級魔術師がバーンたちを見ると、「思った以上の研究資料だ。さぞかしアルベール様もお喜びになるだろう」と、大魔術師アルベール帝王のところへと案内してくれます。
「失礼いたします」
一級魔術師が黄金の扉を開けると、そこには名前に似つかわしくない、太った背の低いよれよれの赤いローブを着た男性が、沢山の書物や資料に埋もれながら、
「あ、だーれ? 今私は忙しいんだけどなぁ」
と言いながら、ドシッドシッと足音を立ててバーンたちのもとへと歩いてきました。