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「残酷な真実」


「ガウガウッ」

「おいあんまりがっつくんじゃねえぞ。喉つまらせんぞ」

船の甲板。船尾のほうの空いたスペースでは、ライオネスがラプタ、と名づけた翼竜が餌の肉をがつがつと食らっていた。

「すごい食欲だね・・・最初に拾ったころと比べると、体も随分大きくなったし」

拾ったときからそう日はたっていないような感じがするのにラプタの成長はめざましかった。

大人4人ぶんくらいの大きさもありそうな体。ごつごつした皮膚に覆われているから乗り心地は疑問だが、もう人も乗せて飛べそうだ。

「・・・ああ。もう船倉にいれとくのは無理だしな・・・餌の調達も楽じゃねえ・・・」

そういってライオネスはバケツにあふれそうな大量の生肉を見やる。

「それ、何の肉なの?」

「ああ?マグロとかもあるが、ウェスタで変なドラゴンいたろ」

「ああ!あのなんかオジサンくさいドラゴン」

「オジサンくさいってどんなんだよ・・・ともかく、そいつの肉とかだな・・・お、食べ終わったか」

いつのまにかバケツにあった肉がからっぽになっている。食べるののも早い。

「クゥゥ・・・」

ラプタがライオネスを見て甘えるように声をあげた。ライオネスが腰に手を当てて息をつく。

「今日の分はこれで終わりだ。我慢しろ」

「ギャウー!!!」

彼の言葉がちゃんとわかっているのか、ラプタは途端に地団駄をふんで暴れだした。

何しろ竜の力と足だ。船はまるで大波にでも襲われたかのように揺れに揺れる。

「うわああああ!!なんだあ!?」

「津波か!?こんないい天気に、はたまたクラーケンかっ!!??」

船上は一時騒然となった。船員たちが何事かと船倉からも出てくる。

「こら!今日は終わりだって言ってんだろ!!!」

ライオネスに叱り付けられて地団駄を踏むのはやめたものの、ラプタはライオネスを睨んでうーうー唸っている。

船長室からクライストが船長とともに出てきて肩をすくめた。

「やれやれ、甘やかしすぎなんじゃないか?子供のしつけはちゃんとしないと」

「てめえクライスト!!何がしつけ・・・つうか なんでお前昼間っからワインなんか飲んでんだよ!?」

見るとクライストの片手にはワインのグラスが握られている。船長の手にも。

クライストは微笑んで、赤ワインをひょいとかかげた。

「明るいうちから飲むワインは最高だね。なあ船長」

「おう!」

そのままチーンとグラスを打ち交わす。ライオネスがうんざりしたような顔になった。

「てめえら・・・・緊張感ゼロだな・・・」

「ゥゥゥ・・・・」

うーんでもやっぱり、お腹すいてるんだね、足りなさそう・・・

「ねえ、やっぱり何かもっと食べさせてあげたらいいんじゃないかな」

私の言葉に、しかしライオネスは腕を組む。

「しっかしなあ・・・今から調達ってっても、たいしたもんは・・・

大物のモンスターでも捕れればいいんだろうが・・・そう簡単に出てくるわけでもねえし」

「でも、ちょっとかわいそうな気も・・・」

ラプタは物足りなさそうな顔をしてライオネスをじっと見つめている。

するとクライストが後ろからやってきてラプタを眺め、うんとうなずいて口を開いた。

「そうだね。あとで暴れられても困るし・・・ああ、そうだ、船長

このあたりにいくつか小さな無人島があったよね?」

「お?おお、そういや・・・珍しい天然モンスターもいるって話だぜ」

船長がワインを口に含みながら相槌を打つ。

「珍しいモンスター・・・」

「ふう・・・しゃあねえな・・・それなら、そのへんで餌でも調達するか」

「無人島に?」

私の声にラプタがぴくりと反応して舌を出す。ライオネスはそんなラプタを見やりながら答えた。

「それくらいの時間はあんだろ。あまり悠長なこともいえねえが」

といいつつライオネスがクライストに視線を向けると、クライストは首を縦に振った。

「ああ、いいよ。夕方くらいまでに戻ってきてくれれば大丈夫」

雰囲気を察したか、ラプタがうれしそうにでも遠慮がちに尻尾を振る。さっきライオネスに怒鳴られたので、一応気を使っているのだろうか。

ラプタは右足のところに鎖つきの輪をつけて、甲板につながれている。別に誰かに危害を加えるわけではないものの、船員たちのことも考え、こんなふうにしていた。

「ほれ、いくぞ」

ライオネスがラプタの鎖をかちゃりとはずす。ついでのように私にも目をやり、顎をしゃくった。

「・・・お前が言いだしたんだからお前も手伝えよ」

「えっ?私?」

「当たり前だろ。ほら、乗れ」

すすめられて、私はラプタの背中へおずおずとよじのぼる。

竜に乗るのってはじめて・・・えと・・・こんな感じでいいのかな・・・

「よい、しょっと・・・こ、これでいい?」

「あぁ。俺が後ろに乗る」

ひょいっとライオネスが私の後ろに飛び乗り、ラプタの背をとんとんとたたいた。

「ラプタ」

ライオネスが言った途端、ラプタが翼を広げる。翼は思ったより幅広い。

数回はばたくと、周りに巻き起こる強い風。いとも簡単にラプタのその大きな体が宙に浮いた。

「ひゃあっ!」

ふいに体を襲った浮遊感に、私は驚いて声をあげる。後ろのライオネスがちょっとだけ息をつく。

「・・・世話の焼けるやつだな。つかまってろ。・・・後ろから、支えといてやる」

「う、うん・・・」

耳に、ライオネスの声が聞こえる。すごく、なんというか、声が近い。

さらに彼は私の腰に手を回して、そっと自身のほうに引き寄せた。高めの体温をじかに感じてどきっとする。

・・・な・・・なんか・・・そういうこと、じゃないんだろうけど・・・う、後ろから・・・抱きしめられてるみたい・・・

他意はない。絶対に、彼に限ってそれはない。それでも、なんだかすぐ後ろにある彼の体を意識してしまって、どうも落ち着かなかった。


足の下の船の甲板がどんどん遠ざかっていく。

下を見れば思わずめまいを起こしそうで、私は必死に前方を見つめた。

こんなに高いところにいるのは怖かったけど、それよりもむしろ、

腰に回されたライオネスの腕・・・その体温のほうが気になって仕方ない。

「・・・島はいくつかあるが・・・あのへんにするか」

「怖いからって暴れんじゃねえぞ。余計危ねえからな」

「わ、わかってるよ!」

ライオネスは片腕で私の腰を支えて、もう片方の腕でラプタの鼻のところにつないだ手綱を持っていた。

「・・・降りるぞ」

聞きなれた声が、いつもより幾分低くささやくように聞こえるのは、耳元に唇が近いせいだと思う。

そ・・・そうだよね、きっと・・・だってこんなドキドキするなんてありえないし・・・

胸が騒がしくなってまもなく、お腹からすっと力が抜ける。

風を切って急降下するラプタの背中にしがみついて、私は目をつぶった。


無人島はとても小さな島だった。降り立った海岸でラプタが鼻をきかせる。

「クンクンクン・・・」

「小せえのじゃだめだろうな・・・。自分で大物探せよ?」

ライオネスに言われると、ラプタはその大きな体ですりより彼に甘え始めた。

「クゥ~クゥ~」

「しっかたねえな・・・」

クライストさんの言うとおり・・・確かに甘やかしてるかもしれない・・・

「俺らもちっと探してみるか・・・。あんま遠くにいくんじゃねえぞ」

「う、うん!」


海岸から少し歩くと、森が広がっている。

ただ森、と一口にいっても生えているのはあまり見たことのないような木や植物ばかりだ。

きょろきょろしながら散策を続ける。すると茂みの奥のほうに、原色の鮮やかな花々が咲き乱れているのが見えた。

「あれ?なんだろうこの花・・・きれーい・・・」

このへんにしか咲かない花なのだろうか。赤、青、黄、紫などまるで誰かが色を塗ったような花々だった。

海岸と反対側、むこうのほうにはもっと咲いているらしい。花畑が広がっているようだ。

「あっちのほうにはもっとたくさん咲いてるみたい・・・行ってみよ」

少しうれしくなって、私が足を踏み出したそのときー。

「・・・?」

鳴き声が響いた。

「・・・・・なに?」

モンスター・・・だろうか?それとも動物の類かー。警戒して双剣に手を伸ばす、と。

「伏せろっっ!!!イレインっっ!!!!」

「きゃああっっ」

ライオネスの叫び声とともに、彼に覆いかぶされた私は悲鳴をあげた。

な・・・な・・・なに・・・!?

地面にはいつくばって、わけもわからず混乱していると、ライオネスがぽつりとつぶやく。

「すんげえ・・・なんだありゃ・・・」

え・・・?

見上げると、異常に長い鼻をぶらぶらさせた太い四足のモンスターが地響きを立てながら私たちを通り越していくところだった。

うわあ・・・

島には背の高い木々が生い茂っているが、モンスターの体長はそれらをゆうに越している。

すっごい大きい・・・あんなの、見たことない・・・

「あれだったら、あいつもちっとは満足するよな?」

「あっ・・・あ、う、うん・・・」

というか・・・

背中には、ライオネスの胸板が密着している。直に感じる彼の体温。ちょっとだけ、かすれたような声。

それが直接肌に響いてきて、収まりかけた心臓がまたどくどく言い始める。

な・・・なんなんだろ・・・これ・・・落ち着かないよ・・・

「あれ、つかまえんぞ!大物だ!ラプタ!!!」

ライオネスが指笛を吹く。

気づいて飛び上がったラプタが、すぐさまモンスターめがけて襲い掛かった。

「いいぞ!!」

ライオネスは背中の大剣を抜き立ち上がると、モンスターの巨大な足をめがけ振り下ろす。

バランスを崩して転倒したモンスターのその喉元に、ラプタが思い切り噛み付いた。

断末魔の悲鳴を上げ絶命するモンスター。

「・・・やれやれ、これであいつも満腹になんだろ」

嬉々としてモンスターの肉にかぶりつくラプタを見て、ライオネスはひとつ息をついた。

大剣の汚れの具合を見てから、軽く振ると背中の鞘に収める。

「・・・・・・・・・う、うん・・・」

「・・・・・・?・・・おい、なにぼーっとしてんだ」

ライオネスが近づいて、私の腕をとる。普段どおりの、何気ないしぐさだった、と思う・・・

のだが・・・

「っきゃああ!!」

「お、おい!?イレイン!!??ど、どうした・・・」

「なななななななんだもないっっ!!」

顔が熱い。変に反応してしまった自分を叱咤しながら、平常心を取り戻そうとする。

へ、へんなふうに思われてないといいけど・・・

「なんでもない、だろうが・・・。・・・ん?」

ここで、ライオネスはふと何かに気づいたように私の顔をじっと見つめた。

そのまま、ゆっくりと近づく。

ちょ・・・え・・・!?

「馬鹿、動くな。・・・じっとしてろ」

「なっ・・・なんで・・・」

「・・・いいから」

そういいながらも、ライオネスの顔がどんどん近づいてくる。

・・・な・・・何・・・?なんなの・・・

すっと通った鼻筋。切れ長の強い瞳は、精悍な印象。きっと黙っていれば・・・

黙っていれば・・・すごく格好いいんだよね・・・たぶん・・・

で、でもでも・・・

「・・・・・・・・・」

ち・・・ち・・・近づきすぎ!!!

もう、もう少しでも近づいたら、唇まで触れてしまいそうな気がして、私は思わずぎゅっと目を閉じる。

その瞬間、ふっとひとつ息を吐くような気配がした。

「ああ、やっぱり。なんでお前気がつかねえんだ?」

「・・・・え?」

目を開けて聞き返すと微かに笑って、その指で私の額にそっと触れる。

「・・・っっ!」

「・・・そう怖がんなよ。何もしねえって。ほら」

「へ・・・」

そういって彼が私の目の前にぶらさげたのは・・・一匹の気持ち悪い毛虫。

「きっ・・・・きゃあああああ!!!」

私が声をあげると、ライオネスは目を丸くして地面に毛虫を投げた。

「・・・お前なあ・・・虫ごときで、そんな驚くことじゃねえだろ・・・」

「・・・う・・・ご、ごめんなさい・・・」

「それにな、あの虫、刺すんだから危ねえぞ」

あ・・・

「だ、だから、動くなって、言ったの?」

「?おう」

そ・・・そういうことだったんだね・・・

ライオネスの行動に別段深い意味はないのだ。

だけどそれなのに、どうして私はいちいち反応してしまうのだろう。

「・・・はあ・・・」

私はライオネスに聞こえないように、こっそりとため息をつく。

倒したモンスターは美味だったか、ラプタが満足そうな顔をして骨をかじっていた。


いつのまにか日は高く上り、お昼の時間になっていた。

「まったくラプタのやつ、わがまま言いやがって・・・腹はいっぱいになったはずだろうが」

「でも、ずっと甲板につながれたままだったし・・・たまにはいいんじゃないかな」

「クライストさんが夕方までならいいって言ってたし」

私は島の上空を嬉しそうに飛び回っているラプタを見上げた。

船の上を飛んでいると、ほかのモンスターに目をつけられやすいために甲板にいなくてはならなかったのだ。

「一応、お昼も持ってきておいてよかった。食べよう?」

「・・・しかたねえな・・・。食うか」

「うん!」


無人島は動物たちの楽園にもなっているらしい。

モンスターだけでなく、かわいらしい小動物もたくさんいるようだった。

・・・へえ、あんな小さなリス?みたいなのもいるんだ・・・

・・・というより・・・なんでライオネスのところに、集まってるんだろ・・・

「・・・なんだこいつら・・・?人懐っこいな・・・」

「わーった、なんかやるからどっか行け」

ライオネスがパンくずを手のひらに載せると、リスやうさぎににた動物がたたたと寄ってきた。

怖がることもせず、なんと直接手から食べている。

わあ・・・かわいい・・・珍しいなあ、人に慣れてるのかな?

「おーい、こっちにもあるよ・・・」

私も手のひらにパンを乗せて誘ってみた。だが、こちらには見向きもしないどころか近づくと逃げてしまう。

ええ・・・?ライオネスのところだけなの?・・・どうして・・・?

ライオネス・・・

「・・・・・・・・・」

動物に餌をあげている彼の表情を見て、どきりとする。

いつも不機嫌そうで、憎まれ口ばかり叩くのに。

なのに今は・・・ドキドキするほど、本当に優しげな微笑を浮かべていた。

・・・ライオネス・・・

「ば・・・な、なに、見てんだよ・・・」

私の視線に気づくと、彼は顔を赤らめてそっぽを向いた。

照れているのか、それでも動物たちを邪険にするようなことはしない。

・・・やっぱり・・・ライオネスって、なんだかんだいいつつ・・・優しいんだよね・・・

「どうして、ライオネスのとこばっかり、動物が集まるのかな?」

「さあな。知らねえよ。全くめんどくせえ・・・」

ライオネスが舌打ちする。

だけどやっぱり、集まった動物たちを追い払うようなことはしなかった。


夕方。甲板に帰ってくると、クライストが海風に吹かれながら待っていた。

「・・・やあ、おかえり。・・・落ち着いた?」

クライストの言葉を聴きながら、私とライオネスはラプタの背から降りる。

「まあな。はあーあ、一苦労だったぜ」

再びラプタの足に鎖をつけながら、ライオネスが肩を上下させた。

「ずいぶん遅かったね。もしかして、ふたりで楽しんできたとか?」

「え?楽しむって・・・?」

私は首をかしげる。ライオネスはといえばみるみるうちに真っ赤になった。

「ばっ・・・ばっかやろう何言ってんだてめえ!!!」

「あはは。言ってみただけなのにそんなにムキにならなくても・・・」

「てんめぇ・・・」

拳を奮わせるライオネス。私にはなんのことやらさっぱりわからない。

でも、遅かったなんて言ってるってことは、もしかして、心配かけちゃってたのかな?

ちょっと申し訳ない気もして、私は慌てて口を開いた。

「えっと・・・ほら、ラプタが帰りたがらなくて、お昼も食べてたから・・・」

「ああ、そうだったんだ」

「うん。あの島、かわいい動物がたくさんいてね、リスみたいのとか・・・

なんでかは知らないけど、ライオネスに集まってきて・・・」

「へえ~・・・ライオネスに・・・ふーん・・・」

クライストがにこにこしながら顎に手を当てた。

「なんか、あれだね、想像すると、御伽噺とかに出てくる森の姫みたいだねえ」

「・・・はぁ・・・?」

ライオネスが何言ってんだコイツみたいな顔でクライストを見やる。クライストはにっこり笑って人差し指を立てた。

「ほら、よくあるじゃないか。小鳥さんやリスさんと仲良し☆みたいな」

「くっ・・・クライストっっ!!!」

「あっははは。ライオネス姫☆なんちゃって」

「っっっっ!!!!こんのやろーっっ!!!!」

甲板でのおいかけっこがはじまった。クライストは心底楽しそうにライオネスに追いかけられている。

・・・あーあ・・・このふたりは・・・もう・・・

あきれて船倉に戻っても、しばらくの間甲板の足音は止まらなかった。



・・・なんか・・・眠れないな・・・とりあえず甲板に出てきたけど・・・

明日の朝には・・・クレールに着くっていうのに・・・・わかってるのに眠れない・・

「・・・はあ・・・」

ため息をつく。心の中の焦りなど知らぬかのように、甲板の上をそよ風がなでていく。

船尾のほうに目を移したとき、丸くなったラプタと背の高い人影が見えた。

「・・・あ、あれって・・・」

「・・・お前・・・。まだ寝てなかったのか」

私が近づくと、ライオネスは振り向いて開口一番そういった。

「ら、ライオネスこそ・・・」

「俺はこいつのお守りだ。・・・たまにさびしがることがあるからな」

「・・・そうなの?」

「・・・・・・まだ甘えたい年頃なんだろ。体はでかくても」

ライオネスがラプタのごつごつした肌をそっと撫でる。ラプタが寝息の間に微かな鳴き声をあげた。

「・・・・・・ゥァゥ・・・」

・・・寝言?かな?かわいい・・・

「お前、さっさと寝ろよ。明日にはクレールに着くってわかってんだろ」

横たわったラプタの体によりかかって、ライオネスが言う。私はちょっとむっとして抗議した。

「さっきベッドに入ったけど、眠れなかったの!」

「ああ・・・さてはお前、こいつみたいに誰かと一緒じゃなきゃ眠れねえのか」

「なっ・・・そんなわけ・・・」

「ガキだなー」

「ちっ・・・違うって言ってるでしょ!!」

顔が熱くなりながらも、私はライオネスを睨みつける。と、彼がふっと相好を崩した。

・・・え・・・

「・・・・・・・冗談だ。

・・・お前のことだから、緊張して寝付けねえとか、そんなんだろ」

「・・・・・・・・だって・・・・・・」

カンテラの明かりに照らされたライオネスの微笑みが、優しい。ちょっとどきどきする。

「・・・ちゃんと寝ねえと、育つと育たねえぞ」

・・・どういう意味・・・・

口をつぐんでいると、ライオネスは私をしばらく眺めて、それからふうとひとつ息をついた。

「・・・・・・。まあでも・・・無理もねえよな」

「え?」

ラプタのそばから離れて甲板のへりにもたれ、目を伏せる。

「・・・俺だって・・・のんびり眠れるような気分じゃねえしよ」

「・・・・ライオネス・・・」

暗い甲板に、カンテラの明かりがゆれている。ライオネスは顔をあげ、カンテラを見てまぶしそうに目を細めた。

・・・ライオネスも・・・少しは不安・・・なのかな・・・

しばし、ふたりの間に波の音だけが満ちていく。

明日・・・あのヴァエルと戦うんだもんね・・・私たちの力では遠く及ばないような魔剣と・・・

王都のことを再び思い出す。ヴァエルは契約者を手に入れたのだと、レムが言っていた。王都には、ヴァエルと契約した人間がいる、ということだ。

「ヴァエルと契約したのって、一体誰なのかな・・・」

わかるわけもないけれど、私はそう口にしていた。ライオネスがため息をつく。

「さあな・・・。戦いにくい相手じゃねえといいけどな・・・」

戦いにくい相手・・・王都の人間なら、少なくとも知っている人物という可能性もある。そのことを言っているのだろう。

黙っていると、心の中の不安が大きくなるような気がする。

それをなんとかしたくて、私は長年一緒にいる彼の・・・名前を呼んだ。

「・・・・・・・・。ライオネス・・・」

「・・・ああ?」

「おじさんが・・・成功するかわからないって言ってたけど・・・だけど・・・大丈夫だよね・・・?」

もちろん、ライオネスにそんなことがわかるはずもないかもしれない。だけど・・・私は聞かずにはいられなかった。

ライオネスが腕組みをして、私を見下ろす。

「やるしか、ねえんだろ。方法もそれしかねえっていうし・・・」

「それでも・・・不安だよ。もし、失敗したらなんて・・・考えちゃうし・・・」

こんな気持ちをなんとかしてほしくて、私はライオネスを下から見上げる。その顔を見て、彼が笑った。

「何言ってんだ。いつもの馬鹿みてえに明るいお前はどこいった?」

「馬鹿って・・・ライオネス!!」

「ははっ・・・」

・・・もう・・・真剣に言ってるのに・・・



私はライオネスをちょっと睨んだ。

でも・・・彼のその笑顔を見て、なぜだかほっとしている自分もいて・・・

・・・なんでかな。やっぱり、ずっと一緒にいるからなのかな・・・

ライオネスはそんな私に微笑んで、頭を優しくなでてくれる。

大きな掌が、温かい。

「・・・心配すんな」

低くて甘い声音。心臓が跳ねた。

もしかしたら・・・初めてかもしれない。

ライオネスの、こんな優しい声を聞くのは・・・

「どんなやつが来たって、守ってやるから」

彼は私の頭に掌を乗せたまま、目を細めた。

「ら・・・ら・・・ライオネス・・・」

早すぎる鼓動が収まらない。

顔が熱くなって来て、でもそれを悟られるのは嫌で、私は精一杯平然を装った。

「そ、それはランスロットに頼まれたからでしょ?」

・・・そうだよ、ライオネスが私を守ってくれるのは・・・ランスロットから言われたっていつも・・・

ライオネスのことだから、当たり前だろ、とか、言うはずだし・・・

「・・・・・・・・・・・」

・・・・え・・・・

私の予想に反して、ライオネスは私をじっと見つめた。すごく、真剣な瞳で。

「ライオネ・・・ス・・・?」

つぶやくと、彼はすっと目を伏せ、黒い海原のほうに身体を向ける。

「・・・・・・・・・・・。どうなん、だろうな・・・・・」

「え・・・」

甲板に、静寂が満ちる。波の音だけが微かに聞こえていた。

・・・ライオネス・・・どんな顔、してるの・・・?

ことあるごとに、私を守ってくれたその、広い背中。

見慣れているはずなのに今はなんだか 別人のようで。

私がとまどっていると、彼はすぐに振り向いて微笑み、私の頭をぽんぽんと優しく叩いた。

「・・・ともかく、あんまり心配しすぎんな。俺は、そろそろ寝る」

「・・・・・・」

「じゃあな」

「あ・・・」

ライオネスはそのまま、きびすを返して歩き出した。

何か言いたかったけど、なぜだか言葉が出なくてただ、彼の後姿を見つめる。

するとライオネスはふいに船倉の入り口で振り返った。

「お前も早く寝ろよ。目の下に隈でも作られたら、俺が兄貴にどやされちまう」

「・・・わっ・・・・わ、わかってるよ・・・!」

自分でもかわいくない返答だったと思う。

顔・・・熱い・・・きっと、赤くなってる、よね・・・

だけど暗がりのためか、当のライオネスは気づいていないようだ。

「おやすみ」

「う・・・うん・・・」

何気ないその挨拶にさえドキリとする。かろうじてうなずいた。

ライオネスは薄暗い中微かに笑うと、船倉のほうへと消える。

・・・余計、眠れなさそう・・・さっきとは、別の、意味で・・・

私はこっそりため息をついた。

部屋に戻り、ベッドに入ったあとも、どうしてかライオネスのことばかり考えてしまう。

いつでも当然のようにそばにいた人を、どうしてこんなにも意識するんだろう。

どうしちゃったんだろ・・・私・・・なんか・・・おかしい・・・なんで・・・

考えても理由なんか、わかるはずなかった。



翌朝。

・・・あっ・・・もう皆集まってる・・・

甲板にはライオネスはじめ、クライストやトリスタンまでもが既にいて、なにやら話をしていた。

慌てて走りよる私に気づいて、ライオネスがこちらをむく。

「よう、おっせーなお前・・・みんな待ちくたびれてたぜ?」

「ごごご、ごめんなさい・・・」

ライオネスのその笑顔に、昨日の夜のことが思い出される。恥ずかしくなりつつも謝ると、彼は少し面食らったようだった。

「や、やけに素直だな・・・ま・・・まあ、別にいいけどよ・・・」

「・・・・・」

「武器の確認とか道具の点検とか、今のうちにしとけよ?」

「あ、ああ、う、うん・・・」

ライオネスはいつもどおりだ。でも私は・・・いつもどおりに、できない。

「あ、おーい、ライオネス!ちょっとこっち来てくれ」

トリスタンがライオネスを呼ぶ。

「ああ。・・・じゃな」

ライオネスは軽く手を上げて、トリスタンのほうへ去っていった。

「・・・ふう・・・」

緊張がとけて、ため息が出る。

・・・なんか・・・変に意識しちゃって目、あわせられない・・・

・・・変なふうに・・・思われてなければいいけど・・・

「おはよう、イレインちゃん」

「!!??きゃあっっ!!」

突然の、背後からの声。私は飛び上がる。振り向くとクライストが複雑そうな顔で立っていた。

「・・・・・。そんな驚かなくても・・・」

「あ・・・あっあっ・・・ごめんなさい、く、クライストさん、おはよう」

慌て挨拶を返して・・・私は目を見開く。クライストの蒼い髪はいつもより鮮やかに輝き、ダークブラウンだった目の色までもがシアン色に染まっている。

「!?・・・その髪・・・目・・・」

「ああ、これ。ヴァエルが近いせいかな。アグレアスも、興奮してるのかもね。

アグレアスの魔力が強まれば、体への作用も大きくなるから」

なんでもないことのように答えるクライスト。だが、その髪と目の色はあまりにも不自然で・・・。戸惑わずにはいられなかった。

「・・・・そう・・・・なんだ・・・」

・・・でも、エルムナードのときはこんなふうにならなかったのに・・・

クライストの言葉に嘘はないと思いたいが、どうにも違和感を感じる。クライストはそんな私を見つつも口を開いて―。

「ライオネスとなんかあった?」

「!!!」

さらっと問いかけられて、私は絶句する。クライストが首をかしげ、急ぎ平然を装った。

「べ、べつに何も?」

「ふうん・・・」

な、なんでいきなり・・・クライストさんて、どこか鋭いとこあるよね・・・

「昨日の夜、甲板にライオネスとふたりでいたみたいだからさ」

「!!・・・み、みてたの・・・?」

別にやましいことをしていたわけでもないのだが、胸がどきどきする。クライストは微笑しながらもちょっと目をそらした。

「いや?最後までは・・・さすがに悪いと思って」

「もう・・・」

顔の熱くなった私を見てクライストが笑う。だが、その後すぐに真顔になって口を開いた。

「・・・・・ま、それはともかくとして・・・イレインちゃん」

「クライストさん?」

「・・・さっき、ライオネスとも話したんだけどさ・・・

この髪の色と、目は王都じゃ目立ちすぎるんじゃないかって」

「あ・・・」

クライストの髪と目の色は誰が見ても不自然だ。クライストは私に一度うなずくと、甲板で海を眺めているレムのほうを見た。

「だから・・・悪いんだけど、俺は船で待機してる。

レムと一緒に、ヴァエルの持ち主が誰なのか・・・王都へ偵察へ行ってくれないか」

「ヴァエルの持ち主・・・。王都へ行けば、わかるのかな・・・?」

クライストは再度うなずく。

「レムがいるから、近づけばある程度はわかるはずだ。

一緒に行けなくて、申し訳ないけど・・・」

・・・クライストさん・・・

「・・・・・・うん。わかった。ちょっと心細い気もするけど、行ってくる」

クライストの力がないことには不安があったが、あくまでも偵察だ。

私が首を縦にふると、クライストは微笑しつつも申し訳なさそうに言った。

「頼んだよ。・・・あ、ライオネス」

「!」

クライストの目線の先、ライオネスが歩いてくる。騒がしくなる胸をおさえて見上げると、ライオネスはラプタのほうを仰ぎ見た。

「ラプタに全員乗るのは無理だな。歩いて王都へ向かうしかなさそうだ」

「歩いて・・・」

ライオネスががりがりと頭をかく。

「まあ・・・翼竜で王都の上空飛ぶのも、目立つからあんまり安全じゃねえんだけどよ」

「そっか・・・、そう言われてみればそう、だよね・・・」

妙に納得してつぶやいていると、クライストがレムに声をかけた。

「それじゃあレム、頼むよ」

レムがため息をつく。

「・・・仕方ない。さっさと向かうぞ。言っておくが、俺の足手惑いにはなるな」

「な、なんだと?」

その物言いにトリスタンが気色ばむ。クライストがなだめた。

「レムに悪気はないから。あまり気にしないで、うまくやってくれ、トリスタン」

トリスタンは微妙な顔つきになりつつもそれ以上は何もいわず口をつぐむ。レムがさっさと歩き出して、私たちを振り返った。

「行くぞ」



王都へ行く途中には森が広がっている。

森の中の街道にさしかかったとき、突然女性の悲鳴が聞こえた。

「きゃああああああああ!!!!」

「なっ・・・何!?今の・・・」

「あっちの茂みの奥だ、急ぐぞ!!」

ライオネスが我先にと走り出す。慌てて後を追う私とトリスタン。

街道の少し開けたような場所で、ライオネスが立ち止まった。そこには。

大きな蟻のようなモンスターが、へたりこむ女性に迫っていた。

私は目を見開く。その女性には見覚えがあった。仕立てのよいドレス、淑やかな雰囲気、艶やかな長い髪の美しく品のある顔立ち。

あれは確か・・・ランスロットの許婚の・・・

「・・・ユリアさん!!??」


「あ・・・あ・・・」

ユリアは腰も抜けてもはや動けないようだった。モンスターがユリアに一歩を踏み出す。

「ぎゃううううううっっ!!!」

ああっ・・・

「危ねえっっ!!!」

私が反応するより速く、背中の大剣を抜きライオネスが走り出す。

蟻のモンスターに向かい大剣を大きく振り上げて・・・一気にモンスターを両断した。

モンスターが断末魔の声をあげ地面に倒れ付す。

「・・・ふう・・・無事か?」

大剣を背中にしまうと、ライオネスはユリアに近づいた。

「・・・あ・・・ああ・・・」

だが彼女はそれに答えることもできず、そのまま気を失い倒れてしまう。

「おっ・・・・と」

あ・・・

とっさにライオネスがユリアを抱きとめた。そのままひざをつくと、体を支えて様子を見る。

・・・

「恐怖で気を失ってしまったようだな」

トリスタンがユリアの顔を覗き込む。

「ああ・・・ま、無理もねえか。お嬢様だもんなあ」

ライオネスが答えて、やれやれと息をついた。

ユリアはぐったりとライオネスのその腕に体をあずけている。

・・・・・・・・・・

なぜだか、胸の中がもやっとした。

「おい、イレイン」

おそらく、モンスターと会ったことなどないのだろう。見るからに箱入りという感じで、私とは正反対だ。

それもそうだよね・・・王族なんていったら、ものすごく身分の高い人だし・・・でも・・・なんか・・・

「イレイン!」

「!!っ・・・な、なに?」

ライオネスに名前を叫ばれて、飛び上がる。彼はあきれたように私を見て、ため息をついた。

「何ぼーっとしてんだお前・・・。そのへんに湧き水があったろ。布にでも水浸して来い」

「わ・・・わかった・・・」

「早くしろよ」

ライオネスのぶっきらぼうな声。なぜだかイラついて、私は唇をかみしめながら、小川へと歩き出した。


ライオネスが濡れた布をユリアの頬に当てる。と、ユリアはうっすらとまぶたを開いた。

「あ・・・・」

「・・・大丈夫か?・・・じゃなかった、気がつかれましたか?」

敬語にはなれていないのか、わざわざ言い直すライオネス。ユリアが彼の顔を見て、慌てたように口を開いた。

「あ、あの・・・私・・・」

トリスタンが口を挟む。

「貴方様は確か、ユリア様・・・ラルズ宰相のご令嬢の」

「・・・はい。・・・・おっしゃる、とおりです」

ユリアがうなずいて、トリスタンとライオネスが顔を見合わせる。ライオネスがユリアに問うた。

「供もつけずになんでこんなところに・・・。なんかあったのか?

じゃ、なかった、何かあったのですか?」

ライオネスの言葉に、ユリアが唇を奮わせる。そのつぶらな瞳がみるみるうちに潤んで、彼女はぎゅっと目をつぶった。

「・・・・・・・・・・お、お父様が・・・・・・・」

え・・・・

聞いたことがあるような気がする。ユリアの父親は・・・確か・・・

私たちが見守る中、ユリアは声を絞り出すようにして声を上げた。

「お・・・お父様が・・・・ウェルム団長に・・・・殺されたのですっ・・・・・・・」

ウェルム団長に!!??

私はライオネスとトリスタンを見る。ふたりもあまりの驚きに、言葉を失っているようだ。

「なっ・・・なんだって!?陛下の右腕の・・・ラルズ宰相をなぜ、ウェルム団長が・・・」

ようやくトリスタンが我に返り、ユリアの父親の名前を出した。

そうだ・・・ラルズ宰相って人の一人娘だって前にランスロットが・・・

ユリアが話を続ける。

「・・・・ウェルム団長がおかしくなられたのは・・・あの、赤い双剣を手に入れてから・・・」

「赤い・・・双剣・・・」

ライオネスがぼうぜんとつぶやく。

ヴァエルのこと・・・だよね・・・絶対、そうだ・・・

「不吉な、まるで血のような色の、見るだけでおぞましい剣でした。

それからは人が変わったようになり、親友でもあったお父様、そして陛下でさえ・・・」

「こ、国王陛下を手にかけたというのか!!??」

「・・・・親父の野郎・・・」

トリスタンが叫んで、ライオネスがぎりっと歯軋りする。ユリアはライオネスに体を支えられたまま、また口を開いた。

「使用人たちが私を逃がしてくれましたが、逃げる当てもなく・・・

せめてランスロット様にこのことをお伝えしようとしたのです・・・」

「兄貴のやつ、王宮にいるんじゃねえのか?」

ライオネスがつぶやく。ユリアがライオネスの顔を見上げた。

「お父様を手にかける直前に、ウェルム団長はランスロット様を、エルムナード関所に遠征させたのです。

女王のいなくなったエルムナードをクレール領にするという目的で・・・」

「それで・・・ランスロットのところに」

私がいうと、ユリアはこちらを見てうなずいた。

「ウェルム団長のご子息でもある方です・・・不安はありましたが、ランスロット様ならきっと、わかってくださる・・

・・・そう、信じるしかありませんでした・・・」

「ユリア様・・・」

ユリアが顔を覆う。トリスタンが同情するような瞳で彼女を見た。

「・・・わーった。じゃあとりあえず、兄貴のところまで送っていくか」

そういって、ライオネスが指笛を吹く。トリスタンがライオネスに問うた。

「どうするんだ。ラプタでエルムナード関所まで運ぶのか」

「それしかねえだろ。このままじゃ、偵察もなにもねえ」

「そうだな・・・」

トリスタンがひとつ息をつく。遠くのほうで翼竜の鳴き声が微かに聞こえた。

後ろをふと見やると、レムがたらたらと歩いてきているのが見える。

トリスタンはそれを確認してから、おもむろに口を開いて、言った。

「・・・それに・・・ヴァエルの持ち主はもう、わかったようなものだしな・・・」

「・・・ああ」

ライオネスがうなずく。その表情は至極険しいものだった。ユリアが彼の顔を見て、うつむく。

「・・・・・・・・」

ユリアさん・・・ライオネスにずっと・・・抱かれて・・・仕方、ないんだろうけど・・・

でもなんか・・・。なんだろ・・・この気持ち・・・

私は胸元をぐっと握り締める。さっきからずっと、そう、ライオネスがユリアを助けてからずっと、心のもやもやが収まらない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・嫌だな・・・・・・・・・・・・・・・・・

こんな気持ちでいる自分にも、なんだか嫌気が差してきて。ユリアをその腕に抱くライオネスから、そっと目をそらした。


そのすぐあと、ラプタがやってきた。

「エルムナードまで、送ります。しっかりつかまってください」

「申し訳ありません・・・。ありがとうございます。ライオネス様・・・

あの、もう立てますので・・・」

ライオネスがユリアを抱き上げて運ぼうとする。ユリアはそれを制して自らで立とうとした。

が、その体が傾く。

「きゃっ・・・」

「っと・・・。大丈夫です。俺が支えてますから」

「ライオネス様・・・」

揺らいだユリアの背中をその腕で抱きとめ、ライオネスがユリアにうなずく。ユリアが潤んだような瞳で彼を見た。

「・・・・・・・・・・・」

また胸の中がうずいた。二人の姿を視界にいれたくないのに、私はどうしても気になってしまう。

・・・ずいぶん、優しいんだな・・・。そりゃ、ユリアさんはいろんなことがあったあとだから、気遣うのは当然といえば当然かも、だけど・・・

「おい、イレイン」

ライオネス、いつもはあんなじゃないのに・・・

「イレイン!」

ライオネスが私の名前を叫ぶ。はっと気づくと、トリスタンまでがいぶかしげにこちらを見ていた。

「っ!?なっ・・・なに?」

「3人ならぎりぎり乗れるから、お前も来い」

「なっ・・・なんで私・・・」

とっさにそんな言葉が出る。心の中は行きたくない気持ちでいっぱいだったけど、ユリアの手前あからさまに出すわけにもいかない。

「お前をおいてきたなんて兄貴に何言われるかわかんねえし・・・ああほら・・・

その・・・女手がいたほうがいいだろ」

「それもそうだな。関所は男ばっかりだろうし、ユリア様の付き人はいない」

ちょっと言いにくそうにするライオネスに、トリスタンが助け舟を出してもっともそうなことを言う。

こんなことまで言われたら、断れるわけもない。

「わ、わかった・・・」

渋々、だけどそんな感じは出さないようにして、私はうなずいた。トリスタンがそれをみて、レムのほうに顎をしゃくる。

「じゃあ、とりあえず俺はあのおっさんと一緒に王都に向かう。

あとで船で落ち合おう」

「あぁ。頼んだ」

ライオネスが返事をして、私に目で合図する。早く来い、ということなのだろう。

私はなるだけ自然を装ってふたりに近づき、ラプタに乗る。

ラプタで飛んでいる間、ユリアはずっと、ライオネスの腕に抱かれていた。



エルムナードの関所に到着すると、ユリアはすぐに介抱を受け、私たちは関所の指揮官をつとめているランスロットの部屋に通された。

部屋で待っていたランスロットに、ライオネスが今までのことを話す。ランスロットはうなずいて、私たち二人の顔を見た。

「ご苦労だったな、ライオネス。それにイレインも・・・無事で何よりだ。

大きな怪我などはしなかったか?」

「う・・・うん・・・」

「そうか・・・・」

ほっとした表情で微笑むランスロット。・・・だがすぐに険しい顔になって、目を伏せた。

「・・・しかし・・・父上がまさか、そのような・・・」

「親父が手に入れたのは、魔剣ヴァエルだ。間違いねえ。

実際に見たわけじゃねえが・・・あのお嬢様の話からすっと・・・そうとしか考えられねえだろ」

ライオネスが腕を組んで、ランスロットを見つめる。彼の兄は弟の顔をみて、ゆっくりと深くうなずいた。

「・・・そうだな・・・。ユリア様が回復次第、また詳しいお話をうかがうことになるだろうが・・・

ユリア様も、命に別状はなくてよかった・・・」

「ああ。間一髪だったな。しかし一人でもなんとか逃げてくるなんて、ま、少しは根性あるってことか」

「・・・そうだな・・・。か弱い女性だとばかり思っていたが・・・」

兄弟ふたりがユリアのことでなにやら話し込む。

話題が話題というのもあって、私が言葉を挟む余地はないように思えた。

「・・・・・・・・」

なんか私、関係ないみたい・・・いなくてもいいかな・・・

この場にも居づらいような気がしてきて、私はこっそりと部屋を出る。

ライオネスがラプタを馬小屋のほうに連れて行ったことを思い出して、とりあえず足を向けた。



馬小屋の前では、ラプタが不機嫌そうに目の前にある干草を鼻息で飛ばしていた。

「・・・・・ゥゥ」

ラプタの前にあるのって・・・干草?餌のつもりなのかな・・・

「~~・・・」

飛ばした干草が宙を舞う。それがラプタの顔の上にも落ちてきて、翼竜はうるさそうに頭をぶんぶんとふった。

不満そう・・・そりゃそうだよね・・・馬扱いされてるようなもんだし・・・

関所の騎士が気をきかせたつもりだったのだろうか。

しばらく、機嫌の悪いラプタを眺める。眺めているうちに、自然とため息が出てきた。

胸の中のもやもやがおさまらない。

「・・・はぁ・・・」

・・・あぁ・・・なんだろう・・・この気持ち・・・なんていうか・・・

ユリアとライオネスのことを思い出す。

「ライオネス・・・なんでユリアさんの前であんな・・・。あんなふうに・・・」

・・・いつもは女の人相手だってぶっきらぼうなのに・・・

ユリアに安心させるように微笑みかけた、その顔。まるで、まるで別人だ。

もともと整った顔立ちで、しかもランスロットに似ているともあってか・・・ユリアもちょっとぼうっとしているようだった。

思い出せば、苛立ちが募る。

・・・・・・なんなの・・・この気持ち・・・すごく・・・いらいらするっていうか

「ああもうっ!!わけがわからないよ!!」

「何がわかんねえんだ」

「!!!!」

びっくりして振り返る。突然背後から聞こえた声。低い、ちょっとかすれたような、でもよく通るこの声は・・・。

「・・・ら・・・ライオネス・・・」

「クゥクゥ」

現れた主人を見て、ラプタが甘えたように鳴く。ライオネスが近寄って、鼻面を撫でた。

「よしよし、あー・・・こりゃひでえな、干草かよ・・・食うわけねえ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

沈黙していると、ライオネスがこちらを見た。とがめるような目つき。

「いきなりいなくなるから、どこ行ったかと思ったら・・・」

申し訳ない気持ちがちらりと胸をよぎる。だけど苛立ちのほうが強くて、私は彼から目をそらした。

「・・・別に・・・私、関係なさそうな感じだったし・・・」

「だから黙って出てったのか?それにしたって、声くらいかけろよ」

「・・・・・・・・・・」

私はうつむく。ライオネスが、ラプタから改めて私に向き直った。


「・・・・おい」

どこかしら怒気をはらんでいるような、彼の声。

「っ・・・・」

ホントならここで・・・謝るべき・・・だと思うけど・・・だけど

いつもならたった一言、ごめんって言えるはずなのになぜだか今は・・・

いえない・・・言いたくない・・・

理由なんかわからないけど、でも、言いたくなかった。

同時に、その場にいるのもなんだか嫌で・・・私は彼から目をそらしたまま口を開いた。

「・・・私・・・先に船戻ってる」

「・・・おい!イレイン!歩いてくつもりか」

関所から船までは、結構な距離があったと思う。

だけど、歩けない遠さではない。

疲れはするかもだけど・・・今、ライオネスと一緒に・・・いたくない・・・

顔を見たくない。話したくもない。

「おい!待てって!」

自分の感情がよくわからなくて、走り出そうとした私の腕を、ライオネスがぐっとつかんだ。

高めの体温と、その掌の力強さに、胸が跳ねる。

「じきに兄貴もくる。ラプタに乗ってけ」

っっ・・・嫌・・・!!

思わず、無言で思いっきりライオネスの手を振り払った。

早まった鼓動が収まらない。彼につかまれた腕が、熱い。

なんなの・・・これ・・・

なんで・・・こんな・・・

「てめ・・・」

ライオネスは私の肩をつかんで、無理やり自身のほうに振り向かせた。

アイスブルーの鋭い瞳が、私をまっすぐに射抜いてくる。

「っ・・・・・」

・・・かなり怒ってる・・・当たり前だけど・・・

「なんなんだよさっきから・・・何が気に入らねえんだよ」

「・・・な、なんでもないよ・・・」

「なわけねえだろ!ふざけやがって・・・」

「なんでもないって言ってるじゃない!ほっといて!」

何が気に入らない?そんなことを言われても私にだって答えられない。

再びその場を離れようとして、しかしまた腕を捕まえられる。

「離してよ・・・!」

「嫌だ」

その、低くきっぱりとした口調。忽ち顔が熱くなって、私はその熱を払うように頭を振った。

逃れようとしたけれど、大剣使いの腕力にかなうはずもない。

ライオネスは無言で私を一度自身に引き寄せると、そのまま馬小屋の壁にぐっと押し付けた。

・・・ライオネスっっ・・・

私をじっと睨みつける、彼の強すぎる瞳。

逃げられない。そう思ったら急に、視界がにじんだ。

「っ・・・ひっく・・・・やだ・・・」

「っ!・・・」

「・・・・・わ、・・・わりぃ・・・」

ライオネスは目を見開き、あわてて腕の力を緩めた。

涙をぬぐう私を見て、気まずそうに視線をさまよわせる。

「イレイン!?ライオネス!!!」

馬小屋の向こうから、駆けてくる人影が見えた。あれは、ランスロットだ。

「ちっ・・・。めんどくせーのがきた・・・」

ライオネスが腕を離して、私は胸をなでおろす。

ほっとしている気持ちにどうしてか・・・少しだけ、切なさが混じっていた。


「どうした・・・イレイン?」

「っ・・・」

ランスロットが私の頬に触れる。何もいえなくて、私はただ目を伏せた。ライオネスが舌打ちする。

「・・・なぜ泣いている。ライオネス?お前・・・」

「っ・・・知らねーよ!!!」

「なんだとっ!!??」

なげやりな様子のライオネスに、ランスロットが声を荒げる。私は慌てて口を開いた。

「ら、ランスロット・・・やめて・・・」

「イレイン・・・」

「ライオネスは、何も悪くないんだよ・・・」

私の言葉にライオネスが一瞬だけはっと私を見る。だけどすぐに目をそらした。

「・・・・」

「しかし・・・」

納得がいかない様子のランスロットに、私は、無理やり笑顔を作った。

「大丈夫。私が勝手に、すねてただけだし・・・。早く、船に戻ろう」

「イレイン・・・・・」

ランスロットが心配そうに私を見つめる。平然を装う私。

ライオネスの視線を痛いほどに感じる。

気まずい雰囲気のまま、私たちはラプタで船に向かった。


やがて―ラプタの足が、甲板の床につく。

私もライオネスもランスロットも無言のまま、ラプタの背中から降りた。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

結局、ひとこともしゃべらずについちゃったな・・・気まずかった・・・

私がこっそりため息をついた、そのとき。

「・・・イレイン!!!」

名前を呼ばれて顔をあげ、私は目を見開く。

「・・・!!??セレさん!!??」

甲板を歩き近づいてきたのは王宮騎士団に入ったはずのセレさんだった。

ランスロットもライオネスも、驚いて彼女を見ている。

私はセレさんに駆け寄った。

「どうして・・・」

セレさんは私の顔をみて少しうれしそうにしたが、私の質問にすぐに眉を寄せる。

いいづらそうにしながらも、ゆっくりと口を開いた。

「・・・それがな・・・」




船長の部屋には、すでに帰ってきていたトリスタン、レム、そして船で待っていたクライストが顔をそろえていた。

私とセレさん、それからライオネスとランスロットが入ってくると、トリスタンが皆の顔を見て口火を切った。

「魔剣ヴァエルの持ち主は・・・やっぱりウェルム団長だった。

王宮騎士団はウェルム団長のいいなりで・・・政権を握る王族たちを次々と殺しはじめたらしい」

トリスタンがここで言葉をきって、セレさんを見る。セレさんはトリスタンと視線を合わせて、言った。

「私は、隙を見て王宮から逃げ出して・・・その途中、トリスタンと合流したんだ」

クライストがレムに視線を移した。レムは腕組をして目を閉じ、じっとしている。

「レム・・・間違いはないんだな?」

レムが目を開ける。蛇を思わせるような瞳がすっと、細められた。

「あれだけ強大な魔力はヴァエルでしかなかろう。クレールの王宮を中心に王都を赤い魔力が包み込んでいる」

王都が・・・ヴァエルに・・・

そしてヴァエルの持ち主は、あのウェルム団長。ちらりとライオネスとランスロットのほうを見ると、彼らは黙ったまま、顔をしかめていた。

「ウェルム王宮騎士団長が・・・魔剣ヴァエルを・・・てことは・・・」

「ヴァエルを俺の魔剣、アグレアスに封印する・・・そのためには、ヴァエルの持ち主を倒さなければならない」

私の言葉を継いで、クライストがきっぱりと言う。ランスロットがぼそりとつぶやいた。

「・・・父上が・・・魔剣ヴァエルを・・・」

「・・・親父・・・」

ライオネスが唇をかみしめる。ヴァエルの持ち主を倒すということはつまり・・・

・・・実の、お父さんを、手にかけるって・・・ことだよね・・

「も、持ち主を倒さずに封印はできないのか?」

ライオネスとランスロットの顔を見て、トリスタンがレムに問う。レムは鼻を鳴らした。

「それは不可能だ。魔剣は宿主の体に守られているようなもの。

ヴァエル自身に直接働きかけるなら、魂を失った宿主からヴァエルが這い出た瞬間を狙うしかない」

レムの無情ともとれる口調。トリスタンが心配そうに同僚・・・ライオネスの様子を窺う。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

彼ら兄弟は、ずっと黙っていた。私も、トリスタンもセレさんも、そしてクライストも、じっと彼らを見守っていた。

レムだけが、我冠せずというように窓から海を眺めている。

波の音と、ときおり聞こえる船員の声。しばらく、長いような短いような沈黙がその場に続いたあと―。

「・・・・・・・・・・わかった」

「え・・・ランスロット?」

口を開いたのは、ランスロットだった。強いまなざし。しっかりとした口調。

私を見て、宣言するように言った。

「・・・いずれにしろ、クレールをヴァエルから救うには、父上を倒すしかないのだろう」

「だ、だけど・・・」

「・・・私にも責任がある。近くにいながら、まさか・・・」

彼は一度目を伏せ、唇を引き結ぶ。気持ちの中の何かと戦っているような、そんな表情だった。

「ランスロット・・・」

ライオネスがランスロットをちらっと見て、すぐに目をそらすのが視界に入った。

ライオネス・・・

ランスロットはすぐに顔をあげ、その場にいる面々を見渡す。

「私は自分の隊を再編成し王宮に向かう。・・・無理強いはしないつもりだが、部下たちも戸惑うだろうな・・・」

ランスロットの声だけが部屋に響き渡る。皆、何も言わなかった。否、それに対して何も言えなかった。

これから実の父親を手にかけようとしている男に、どんな言葉をかけたらいいのか、誰も思いつかないようだった。

ランスロットがきびすを返す。ライオネスだけに顔を向けて、言った。

「ライオネス。竜に乗せてもらうことは可能か?」

「・・・あ・・・あ、ああ・・・」

「すまないが、送りを頼みたい」

ライオネスは兄の顔を複雑な表情で眺めていたが、やがて、うなずいた。

「・・・・・・・・。・・・わーった・・・・」

ランスロットとライオネスが部屋を出て行く。だが彼らが出て行ったあとも、部屋の中の重苦しい雰囲気が変わることはなかった。


ラプタは昼寝をしてしまったようで、ライオネスが一生懸命に起こそうとしていた。

ラプタ、なかなかおきなそうだな・・・大変そう。ランスロットは・・・甲板に見当たらないけど・・・

私はきょろきょろとランスロットの姿を探す。あれだけしっかりした口調だった彼だが、やはり心配ではある。

近くの海岸まで出てくると、砂浜にたたずんでいる彼の姿が見えた。

彼はただじっと、水平線を見つめている。声をかけづらくて、ゆっくり近づくと・・・ランスロットのほうが私に気づいた。

「・・・・・・・・・・イレインか。・・・どうした?」

彼の表情は、いつもどおりだった。海風に吹かれながら穏やかに笑みをうかべ、私を見つめている。

私はおずおずと切り出した。

「・・・あ、あの・・・ランスロット・・・・・・?」

「なんだ」

「大丈夫、なの・・・?ウェルム団長のこと・・・」

ランスロットは微笑んだ。

「・・・・・・お前が心配することじゃない」

「でも・・・」

本当に大丈夫なのだろうか。そんな思いもこめて彼を見上げると、彼はふっと笑って私の髪に触れた。

目を細めた、その笑顔。これから戦いに赴こうとしている男の顔には到底見えない。

私がとまどっていると、彼は少し笑みを消してゆっくりと口を開いた。

「・・・それより・・・」

「え・・・」

「・・ライオネスと、何かあったのか」

「・・・・え・・・・・」

どきっと、胸が鳴る。思わず目をそらしてしまった。ランスロットが名前を呼ぶ。

「・・・イレイン」

「・・・・・・・。何も・・・なにも、ないよ。何も・・・けど・・・」

「・・・・・」

ランスロットは感づいている。絶対に何かあったと思っているのだろう。

これ以上隠し通すのも無理があるよね・・・

私はぎゅっと拳を握り締め、なんとか言葉をつむぎだした。

「ライオネスが・・・ユリアさんに・・・その・・・

すごく・・・丁寧で、気遣ってて・・・いつもなら、絶対あんなんじゃないのに・・・」

「ユリア様に・・・」

「いつも、あんなに言葉づかいも悪いし、ぶっきらぼうなくせに・・・」

「・・・なるほど」

ランスロットが腰に手を当てる。私は思わず彼につめよった。

「お、おかしいよね!?突然・・・」

「・・・いや。逆にあいつにしては、じゅうぶん気を使ったほうだろう」

「へ?」

気を使った・・・って?

きょとんとする私に、ランスロットは苦笑する。ひとつ息をついて、説明し始めた。

「王族への無礼な言葉遣いや行為は、断罪に値する。

最低限な礼儀はわきまえるべきだし、特に騎士は貴婦人に対しての気遣いを忘れてはならない」

「え・・・・・じゃ、じゃあ・・・」

・・・ライオネスは・・・作法として、ああやってただけなの・・・?

「お前にも、それは教えたはずだが。忘れてしまったか?」

「あ・・・そ・・・そう、だっけ・・・」

「・・・・・イレイン」

ランスロットが師匠の顔で私を見る。私は素直に謝った。

「ご、ごめんなさい・・・」

「・・・・・・・いい。それよりも・・・・」

「ランスロット?」

顔を上げると、ランスロットはふ、と微笑んだ。いつもの微笑みよりも少し、さびしげな笑みで。

「ライオネスのことを、頼むぞ」

「どうして・・・」

「・・・私などよりも、今一番不安になっているのは、あいつだろうからな」

「ライオネスが・・・?」

ランスロットがうなずく。波打ち際を見つめながら優しい声で、言った。

「あいつは不器用で、言葉足らずなところがあるから皆に誤解されやすい。

お前はきっと、あいつのいいところをわかっているはずだと思うから」

「・・・・・・・・」

「だから・・・支えてやってほしい」

「でも・・・それならランスロットのほうが・・・」

兄弟である彼のほうが、ライオネスのことはわかっているはず。しかし、彼はあきらめたように私を見て・・・言った。

「私に、その資格は・・・ないんだ」

「え・・・・・・・・・・」

私が目を見開くと、彼は顔をゆがめてうつむく。何かをこらえるような表情。

・・・・・・ランスロット・・・・・?

どうしたらいいのかわからず、ただランスロットを見つめる私の耳に、ライオネスの声が響いた。

「兄貴!!」

見るとライオネスが船のほうから歩いてきている。ランスロットが顔をあげた。

「ああ、今行く」

・・・その声も、顔も、すでにいつもの彼だった。ライオネスはどことなく複雑そうに兄と私を見て、だが何も言わずに再び船のほうへきびすをかえした。

弟の背中を追うように、ランスロットが歩き出す。

「ランスロット!!」

なんとなく・・・なんとなくだが、胸騒ぎがして。

私が彼の名を呼ぶと、彼は振り返った。一部の隙もない、師匠の顔で。私は言葉をなくす。

ランスロットが口を開いた。

「・・・父上は腕の立つ双剣騎士だ。私とて・・・本気を出してかなうかどうか・・・

・・・お前もじゅうぶん、気をつけろよ」

「ランスロット・・・・」

「・・・じゃあな」

彼は身を翻し、ライオネスとともに、海岸を歩いていく。

「・・・・・・・・・・・」

私は黙ったまま海岸に立ち尽くし、彼の背中をただ見送った。

胸騒ぎが、収まらない。どうかこれが、気のせいであったらいい。

胸元をぐっと握り締める。

そんな私の心中とは逆に、足元では波が静かに、寄せては返すを繰り返していた。


オレンジ色の夕日が船倉の廊下を染めるころ。同時に、翼竜の鳴き声が聞こえた。

私と話していたセレさんが窓の外を見て、まぶしさに目を細める。

「・・・ラプタが戻ってきたみたいだな」

「あ・・・うん・・・」

セレさんの言葉に私はライオネスのことを思い出した。彼を頼むといった、ランスロットのことも・・・。

ランスロット・・・ウェルム団長と・・・戦えるのかな・・・

私の表情から、何かを読み取ったのだろう、セレさんも唇をかみしめて下を向いた。

「・・・私にもショックだった・・・まさか・・・あの、ウェルム団長がな・・・」

「・・・・・・・」

「ランスロットやライオネスはなおさらだろうが・・・・」

「う・・・うん・・・」

・・・ランスロット・・・ライオネスも・・・何も言わないけど・・・

私が心配したところで、どうにもならないことかもしれない。だけど、気になって仕方なかった。

ただ、どんなふうに言葉をかけたらいいかも、わからない。

ため息をついた私を見て、セレさんはしばし何か考えていたようだったが、やがてゆっくりと口を開いた。

「ところで・・・お前」

「え?」

「ライオネスと、何かあったのか?」

どきっとする。ランスロットだけでなくセレさんまで・・・

「な、なんで・・・」

思わず問うと、セレさんは肩をすくめた。

「いくらなんでも、目もあわせないなど不自然すぎるだろう」

「っ・・・」

確かに、あの関所でのことがあってから気まずくて意識的にライオネスを避けていた。

唇をかみしめる私の顔を、セレさんが覗き込む。

「・・・どうした?」

「なんだか・・・わからなくて・・・自分でも、なんでこんなに嫌なのか・・・・・・」

「イレイン・・・?」

「ライオネスが・・・騎士の作法で・・・ユリアさんに、優しい態度をとったのが・・・」

「それが、礼儀だってことは知ってるけど、それでも、すごくその、イライラして・・・」

いくぶんつっかかりながらもおどおどと説明すると、セレさんはひとつ息をついて、それから腕組をした。

「ふうん・・・」

「・・・せ、セレさん・・・?」

セレさんはしばらく瞑目して・・・それから、私の目をひたと見据える。

「・・・それなら・・・じゃあ、お前は、ライオネスにどうして欲しかったんだ?」

「どうして欲しい・・・って・・・」

・・・ライオネスに・・・?どうして欲しいって・・・いきなり・・・聞かれても・・・

セレさんが笑った。

「・・・まあ、とりあえず、あいつに非がないのは確かなんだ。

謝るくらいくらいのことはしておいたほうがいいだろうな」

「セレさん・・・。う・・・うん・・・」

そっか・・・そうだよね・・・

ライオネスは何も悪くないのに・・・あんな態度とっちゃったし・・・


「ライオネス・・・どこにいるのかな・・・」


船の中に彼はいないようだった。私は外に出て、彼を探しにでかけた。、

船を出てすこし歩くと森があり、小高い丘のようになっている場所がある。

そこにさしかかったとき、見慣れた後姿が目に入った。

「あ・・・」

いた・・・



海を眼下に見渡せる崖の上。あたりはもう夕方をすぎ薄暗い。

ライオネスはこちらに背中を向け座っていた。

その広い背中がいつもより小さく見えたのは気のせいか。

「・・・なんだよ」

数歩近づいただけで、後姿のまま、声をかけられる。

「・・・よ、よく、わかるね」

「だいたい足音でわかる。それに、お前なような感じがした」

そ、そういうものなんだ・・・

「なんか用か」

「・・・えっと・・・あの・・・」

「さっき・・・関所でのこと・・・謝ろうと思って・・・変な態度とって・・・ごめんなさい」

「妙に素直だな」

「あの・・・まだ、怒ってる?」

彼はため息をついたようだった。

「・・・別に。こんなとこで、仲たがいしてる場合じゃねえだろうしな・・・」

・・・・あ・・・・

もしかして・・・もしかしなくても・・・だよね・・・

「・・・お父さんの・・・ウェルム団長の・・・こと・・・?」

「兄貴の野郎・・・かっこつけやがって・・・」

・・・ランスロット・・・

「ランスロットだってきっと、平気なわけじゃないよ・・・」

私は別れる直前のランスロットの顔を思い出した。

絶対・・・平気なはずなんかない・・それでも、ライオネスを頼むって・・・

「あいつ・・・親父の腰巾着みてえに言いなりになってるだけかと思ってたのに、いざとなったら・・・」

「ライオネス・・・」

「くそっ・・・なんなんだよ、畜生!!」

ライオネスが短い草の生えた地面を殴りつける。

叩かれた砂が微かに、舞った。

「なんで俺は・・・」

地面を殴ったその拳を開き、手のひらを見つめて彼はつぶやく。

その、掌が震えているのが―少し離れた私のところからでもよく見えた。

「っ・・・」

彼は震えを押さえつけるように、もう片方の手でぐっと手首を握り締める。

それでも、収まりはしないようだった。

ライオネス・・・

肉親をすすんで手にかけたいと思う者は、そうそういない。

彼のように戸惑うのが、普通のはずだ。

ランスロットだってきっと身を斬られるような思いでいるに違いない。

・・・そうだよ・・・こんなの・・・むごすぎる・・・

ライオネスはウェルム団長のこと、悪くいってばかりだったけど、お父さんなんだもの・・・

「ライオネス・・・その・・・無理は、しなくても・・・。クライストさんや、セレさんもいるし・・・」

「・・・てめえまでそんなこと言うのか」

「え・・・」

「兄貴だけじゃなくて、てめえまで言うのか」

ランスロットが・・・?

胸がぐっと痛くなった。ランスロットは・・・ライオネスのことを気遣って・・・

ライオネスは勢いよく私を振り返った。あたりはもううす暗くて表情はよくわからない。

「ざけんな。俺は・・・俺は、親父を殺すのなんかわけねえ!!!」

「ライオネス・・!!」

「・・・望むところじゃねえか。あんなやつ・・・前からたたっきってやりてえと思ってたんだよ・・・・・っっ」

強気な台詞。だけど、声は絞り出したかのように悲しげだ。

その声でそして必死の表情で叫ぶ彼。喉がつんと、痛くなった。

「・・・俺は・・・迷ってなんかねえ・・・っ・・・」

唇をかみしめ、ただ前をにらみつけてライオネスは歩き出した。

目も合わせず、すれ違っていく。頑なな表情。

振り返ったその先に、宵闇の中広い背中が遠ざかっていく・・・。

あ・・・

・・・っ・・・ライオネスっ・・・

「~~っっ!!!」


「嘘つき!!!」

気がついたら、私は叫んでいた。ライオネスが怒りの表情で振り返る。

「んだとっ・・・」

「ほんとうは・・・本当は、怖くて仕方ないくせに!つ、強がらないでよっ!!!」

彼がはっと目を見開く。だけどすぐに、私をぐっとにらみつけた。

「何言って・・・俺が・・・俺がそんな・・・そんなわけねえだろっ!!」

「わかるよ!!ただでさえライオネス、わかりやすいんだから!!!!」」

「っ・・・・・・・・・・・・」

ライオネスは唇をかんだまま、うつむいた。

「・・・ライオネス・・・」

私が彼に近づくと、ぼそぼそと下を向いたまま、つぶやく。

「・・・ここで俺が・・・弱音吐くわけにいかねえだろ・・・」

「・・・兄貴だって・・・覚悟していきやがったんだから・・・」

「ライオネス・・・」

私はすっかり力の抜けた彼の掌を、取った。

そのときなぜそんなことがすんなりできたのかはわからない。

だけど今は、恥ずかしくなかった。ライオネスも、抵抗することはせずに、大人しくしていた。

「・・・情けねえな・・・俺・・・」

「・・・・・・・・。そんなことない。そんなこと・・・ないよ」

彼の手は・・・まだ微かに震えていた。元気付けるように、ぎゅっと握り締める。

「・・・イレイン・・・」

弱弱しい声音に顔を上げると、困ったように微笑まれる。

「・・・・・・・・・。お前の前では・・・かっこつけらんねえなあ・・・」

「・・・・ライオネス・・・・」

「格好・・・つけなくたっていいよ。格好悪くたっていいよ。・・・私は・・・そのままのライオネスが・・・」

・・・・?・・・・・

・・・・・・・・・今・・・・なんだろう・・・えっと・・・

「・・・・・・・・イレイン・・・・・・・・・」

ライオネスが笑って、私の頭をそっと撫でる。

ぶっきらぼうな彼にしては、やけに優しい仕草で・・・どきっとした。

「・・・・・・。・・・・・ありがとな」

「その・・・だいじょうぶ?」

「ああ・・・・・・」

「・・・・・・・・」

いつもは鋭い印象のアイスブルーの瞳が、ふっと柔らかくなる。

前にランスロットが言ったように、言葉は悪いし、表現も上手じゃないから誤解されやすいけれど・・・

・・・そうだよ。ライオネスは、誰よりもきっと、優しい・・・

だから、ラプタも動物たちも、ああやって警戒せずに懐くのだろう。

ランスロットとは違って、器用にそつなく振舞えない。本人は、それを格好悪いって言う。

・・・でも、私は・・・

両手で包んだ彼の大きな手のひらは、夜風のせいか少しひんやりしてきていた。

私の片手など、すっぽり収まってしまうくらいの大きさ。さすがに、大剣を扱うだけのことはあると思う。

って・・・あ・・・

「・・・・・・・・・」

「ごっ・・・ごめんなさいっ・・・手、ずっと・・・」

「あ?あ、ああ・・・いや・・・」

あわてて手を放すと、途端にすごく恥ずかしくなってくる。

「そ・・・そろそろ船、戻らなくちゃね、お腹すいたし・・・」

顔の熱さをごまかしたくて、私はきびすを返し、歩き出した。

と―

「っっ!!ひゃああっ!!」

つま先が何かにひっかかって、体がぐらりと傾く。

こっ・・・転ぶっ・・

と思った瞬間、体がふわりと浮き、耳元で低い声が聞こえた。

「っ・・・と・・・何やってんだ、お前」

無様に転倒するかと思いきや、ライオネスがとっさに片腕で支えてくれたらしい。

彼のその腕で抱きかかえられてることに気づくと、またまた顔も体も熱くなる。

「あっ・・・ありがとう・・・ご、ごめんなさい・・・」

とにかくすぐに彼から離れようとしたが、ライオネスの腕はびくともしない。

「・・・・・・・・・・・」

・・・・え・・・・なんで・・・

気のせいではない。ライオネスが私の身体を抱いたまま、離さないのだ。心臓が、すぐに騒がしくなった。

「あ・・・あの・・・。ライオネス・・・・・・?」

ドキドキしながら、おそるおそる彼の名前を呼ぶ。すると。

「っ・・・はははっ・・・」

「えっ・・・」

笑い声とともに身体を解放されて、振り返ると彼は声をあげて晴れやかに笑っていた。

「なっ・・・なに笑って・・・!」

むっとして睨んだ私の頭を、彼の優しい手のひらが再び撫でてくる。また胸が、どきんと鳴った。

「・・・わりい。ただ、力抜けちまった」

「・・・へ・・・・?」

「こういうときにまでドジ踏むお前見てたら」

~~~!!

「ライオネスっ!!もうっっ!!」

なんだか腹が立って、私は彼から逃げるように歩き出す。

あんな場面で転んで笑われたことが悔しい。けど、それよりも今は・・・

さっきからドキドキしてたのが、馬鹿みたいじゃない・・・!

いらいらしつつ、さっさと船に戻ろうと踏み出した足がまた、何かにつっかかった。

「!!っっ・・・ひゃあああっ」

「・・・っと・・・」

「・・・・・あ・・・・・」

するとまた、ライオネスに後ろから抱きかかえられる。

「・・・・全くお前・・・・ほんと見てらんねえのな・・・」

「離して・・・!!・・・・・っきゃっっっ!!!」

心臓の鼓動が早まる。それが嫌で彼の腕から逃れようとすると、なんと今度はひょいと抱き上げられた。

「な・・・・な・・・・」

「また転びでもされたらめんどーだ。このまま連れてってやる」

ここここここれって・・・その・・・

恥ずかしい。暗いし、誰も見てない。だけど恥ずかしい。

「お、降ろして!!」

「嫌だ」

「お・・・降ろしてよ!!」

「嫌だっつーの」

何度言っても、ライオネスは聞き耳を持たなかった。

それが、憎たらしくて、でも、どうしてだかわからないけど、少し・・・嬉しくも、あって。

・・・ライオネス・・・

この気持ち、なんなんだろう。

落ち着かない。早まった鼓動が、収まらない。

・・・わかんないよ・・・

早く離してほしくて、でも・・・彼の暖かさを・・・もっと感じていたいような、気もして・・・。

なっ・・・何考えてるんだろ、私・・・

急におとなしくなった私を、ライオネスはちょっといぶかしんだようだったけど、それ以上は何も言わなかった。



「・・・・・・・・」

なんとなく、まだ背中に彼の手が触れている気がして、落ち着かない。

船倉の廊下を歩いていると、誰かに声をかけられた。

「ちゃんと、謝ってきたか?」

「うん・・・」

「おい、イレイン!!」

「ひゃっ!?あっ・・・セレさん!」

慌てて顔をあげたらそこにはセレさんが立っている。セレさんは怪訝な顔で私を見た。

「何をぼーっとしてるんだ。大丈夫か?」

「だ、だいじょうぶ・・・」

「明日の早朝には王都に出立する。ランスロットのほうも関所から明日の朝出撃するらしい」

・・・そうだよ・・・こんなことでぼうっとしてる場合じゃ・・・しっかりしないと

ぼうっとしていた頭を振って、気を引き締める。セレさんが厳しい口調になって、言った。

「・・・相手はウェルム団長だ。相当な覚悟が必要になる。装備の確認を怠るな」

「・・・うん・・・わかった」

私はうなずく。セレさんはそれにうなずきかえしたあと、きびすを返して歩いていった。

今はほかの仲間たちも装備や道具の確認をし、明日に向けて備えているのだろう。

私も、物思いにふけっているわけにはいかない。だけど、ライオネスのことを思い出すと、どうしても心が痛んだ。

・・・ウェルム団長・・・。やっぱり、戦わなくちゃならない・・・

ライオネスは・・・大丈夫、なのかな・・・

大丈夫なはずは、きっとないと思う。それでも、剣を交えなくてはならないのは明白で・・・。

部屋にもどったあとも、彼のことが気になって、なかなか眠れなかった。




翌朝―。

皆がそろった甲板で、クライストが口火を切った。

「・・・ランスロットは正攻法で行くつもりなのかな?」

「・・・兄貴のことだからな・・・。たぶん、最初に親父に話をつけにいくはずだ」

ライオネスが答える。クライストは肩をすくめた。

「見た目から堅物っぽいなあと思ってたけど、やっぱりお堅い性格なんだねえ」

「てめえとは正反対だな」

「ほんと。気が合わなそうだよ。まあ、それはともかく・・・」

ここで言葉を切って、魔剣の持ち主は真顔になる。私たちの顔をみながらゆっくりと口を開いた。

「恐らく彼らの交渉は決裂に終わるはずだ。ランスロットが先に王宮に到着したとして・・・」

「乱戦状態になる可能性が・・・?」

トリスタンが眉をひそめる。レムがふんと鼻を鳴らした。

「人間どものくだらぬ争いごとに巻き込まれるようなら、俺は協力せんぞ」

「おっさん・・・」

ライオネスはいささか憮然とした顔でレムを見る。クライストが彼を目でなだめて、話を続けた。

「まあ、レムの言うことはともかくとして、こちらも無駄な争いは避けたい。

すると・・・やっぱり空からピンポイントで攻めるのが正解かなあ」

「ラプタか・・・だけど言っとくが、全員乗るのは無理だぞ」

ライオネスがラプタのほうを仰ぎ見る。翼竜はまだ眠いのか大きな牙を見せてあくびをしていた。

「そうだね・・・そうすると先発と後発に分けて3人ずつ・・・とか」

クライストが考え込むように顎に手を当てた。トリスタンやセレも顔を見合わせている。

しばらく、甲板に波の音だけが響いた。

「・・・・・・・・・・・」

・・・・?ライオネス?

ライオネスはしばし躊躇するように視線をさまよわせていたが、やがておずおずと口を開いた。

「・・・・・・あのよ・・・・。クライスト」

「ん?」

「先に、俺とイレインだけで行ってもいいか」

えっ・・・

「誰か船に残るってことになっちまうけど・・・」

「うーん・・・」

クライストが唸る。セレさんが一歩前に進み出た。

「・・・・・・・。それなら、私が残ろう」

「セレさん・・・」

「何かあったときのために、船で待機する人間が、ひとりはいたほうがいいだろう」

「セレ・・・」

「トリスタン、頼んだぞ」

「・・・・・・。ああ、わかった」

セレさんの目を見て、トリスタンがうなずく。クライストがひとつ息をついた。

「・・・うーんまあ、それなら・・・」

「人間がひとり減ったところで、たいした差はないだろうからな」

「レム・・・」

珍しくとがめるようなクライストの視線から逃げるように、レムが目をそらす。

だけど私にそれを気にしているほどの余裕はなかった。

ふたりで・・・って、ことなんだよね・・・

胸が騒がしくなってくる。今は大事なときで、こんなふうにドキドキしている場合ではないはずなのに。

ライオネスの瞳が、私にゆっくりと向けられる。切なそうな色をたたえたその目に、私は息を飲んだ。

ライオネス・・・

「イレイン・・・。

・・・・・いい、・・・よな?」

「う、うん・・・」

まるで許しをこうようなせりふに押されるように、うなずく。ライオネスが船尾のほうを向いて、叫んだ。

「・・・ラプタ!!」




ライオネスはなぜ突然、ふたりで先に行くと言い出したのだろう。

・・・まさか・・・ウェルム団長と・・・?

いやな予感が胸をよぎって、私は後ろで手綱を握る彼の様子をうかがった。

「・・・・・・・・・・・・」

・・・ライオネス、何も言わないけど・・・

あ・・・

「・・・・・・っっ・・・・・・」

手が・・・震えて・・・・





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