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「研究都市ウェスタ、そして・・・」

ウェスタへ出発の朝。

私はすっかり片付いた自分の部屋で、身支度を整え、双剣を腰に固定する。

この部屋ともお別れ、か・・・

改めて自分の部屋のぐるりを見渡す。13歳で地方騎士団に入ってそれから、ずっと過ごしてきた部屋だ。

訓練の厳しさや男たちの嫌がらせに、涙したこともある。セレさんとお茶もよくしたっけ・・・。

さまざまな思い出が頭によみがえる。私は目を閉じてそれをしばし反芻してから、荷物を抱え、親しんだ自室を後にした。

本部の廊下。もうほとんど残っている地方騎士はおらず、がらんとしている。

・・・誰もいない・・・。もうだいぶ皆出ていっちゃったものね・・・この建物自体、閉鎖の日も迫っているし・・・

グレッグ団長もセレさんも、クライストたちの見送りに王都へ出ているのだろう。団長の部屋からも人の気配がなかった。

階段を降り、1階の稽古場の前を通ったとき・・・何やら人の声が聞こえた。

・・・あれ?あれは・・・セレさんと、トリスタン・・・?しかも・・・

「・・・セレ・・・」

だ・・・だ・・・抱き合ってる・・・!!!

「と、トリスタン、よせ・・・、こ、こんなところ誰かに見られたら・・・」

「もう地方騎士団はなくなるんだ・・・別にばれたって、構わないだろう」

「・・・・・トリスタン」

セレさん・・・

「本当に、王宮騎士団に入るつもりなのか?セレ」

「何度も言っただろ。もう手続きは終わってる。明後日には初勤務だ」

「セレ・・・ウェルム団長はあまりいい噂のある人じゃないし、俺は心配だ」

「トリスタン・・・私は大丈夫だから、気にせずウェスタへ行ってくれ」

「気にしないわけがないだろ・・・あのウェルム団長だぞ?」

「・・・大丈夫だから・・・ね?」

「セレ・・・」

セレさんがトリスタンににっこり微笑む。

なんていうんだろう・・・なんか、トリスタンの前だとセレさん・・・女の子っぽいっていうか・・・

「あ、そうだ・・・」

「トリスタン?」

「これ・・・まあ、その・・・お守りがわりにもっていてくれ」

言ってトリスタンが恥ずかしそうに取り出したのは・・小さな小箱だった。

セレさんはその小箱を開けて・・・目を見開く。

「・・・こ・・・これ・・・」

「・・・だいぶ、遅くなっちゃったけど。・・・セレ、俺が、ウェスタから帰って、全部片付いたら・・・」

「・・・トリスタン・・・」

トリスタンがセレさんの耳元に何か囁く。途端、セレさんがトリスタンに抱きついた。

「・・・遅すぎるんだ・・・お前は・・・っ・・・私が、どれだけ待ったと・・・」

「ごめんな。地方騎士団が、こんなになってからに、なっちまってさ・・・」

「馬鹿・・・」

トリスタンがセレさんの背中を優しく撫でる。それを見てから、私はふたりにばれないように稽古場をあとにした。

・・・プロポーズ・・・だった、んだよね、きっと・・・

セレさん、すごく嬉しそうだったな・・・いいなぁ・・・

本部の門の前までくると、クライストとライオネス、それから団長がなにやら話をしているところだった。

「やあ、イレインちゃん、おはよ」

「おはよう、クライストさん・・・よろしくお願いします」

「あはは。そんなかしこまらなくても。船の船長も気さくな人だから、心配しなくていいよ」

「は、はい!」

クライストは私に微笑んで傍らにある大きな荷物の点検を始める。

「キゥーキゥー」

あれ?この鳴き声・・・

「大丈夫だって。ちゃんと連れてくからそんなひっつくな、ラプタ」

ライオネスが背中から顔を出した翼竜の頭をなでている。

ラプタ、と名づけたらしい。

「なんかひとまわり大きくなってない・・・?」

「ああ。竜ってのは成長が早いらしいな。餌の確保が大変だぜ」

「キゥー」

「ふふっ。でも相変わらず甘えてるみたいで、かわいいね」

「・・・。・・・お前さ、ほんと、いいのか?」

ライオネスが私を見つめる。もう今更、迷いはない。私は彼を見つめ返した。

「うん。私決めたから。みんなでウェスタに行くよ」

「・・・そっか」

「うん」

ライオネスは私を見て、少し安堵したような笑みをうかべる。沈黙を守っていたグレッグ団長が口を開いた。

「それじゃあ、イレイン、ライオネス、クライスト・・・気をつけて、いってくるんだぞ。旅の無事を、祈っている」

「ウェスタは様々な研究をする者が集まる聖地ともいわれる場所だ。ヴァエルを倒すための手がかりも、きっと見つかるだろう」

「はい。グレッグ団長も、どうかお体に気をつけて」

「ああ」

グレッグ団長は私たち3人の顔をそれぞれ見渡して、ゆっくりとうなずいた。

それを合図にしたかのように、クライストが声を上げる。

「さあ、それじゃあそろそろ出発しようか。シャロームの街に船が待ってる・・・って・・・あ」

「クライストさん?」

言葉を切って街の方を凝視するクライスト。ライオネスも私も、彼の向いた方向を見やって・・・

(あ・・・あれは・・・)

「ランスロット!」


「イレイン、よかった・・・間に合って」

「ランスロット、なんで・・・」

「ウェスタに行くそうだな。ライオネスから事情を聞いたぞ。・・・なぜ、私にひとことでも相談してくれなかったんだ?」

「え・・・えと・・・それは・・・あんまり、心配かけたくなかったし・・・」

「・・・イレイン・・・」

「ご、ごめんなさい・・・」

ランスロットが顔をしかめる。しゅんとする私に、グレッグ団長がフォローを入れた。

「・・・わしがヴァエルのことを王宮には伝えないようにと言ったせいもあるんだろう。これはイレインの責任ではない」

「グレッグ団長・・・」

「このことはどうか内密に頼む。差し迫った脅威ではないのだが、王都民に伝わると混乱を招く可能性もある」

「ええ、ライオネスからも、そういわれましたし、私は最初からそのつもりです」

「すまんな、ランスロット」

「いいえ・・・地方騎士団の解散を止められなかったのは・・・私にも責があると感じていますので・・・力及ばず、申し訳ありませんでした」

「・・・いいのだ。陛下のご命令なら、誰も逆らえやしないのだから。貴公が気に病むことではない」

「グレッグ団長・・・。申し訳ありません・・・」

ランスロット・・・

「・・・。それじゃあ・・・イレイン・・・。くれぐれも、気をつけろよ」

「・・・ランスロット・・・。はい・・・。ごめんなさい・・・相談もせずに決めちゃって・・・」

「・・・気にするな、お前が自分で決めたことなんだろう。それなら、それが何よりだ。

その道を信じて進め」

「・・・はい!」

「ライオネス、イレインを頼んだぞ」

「・・・わーった」

あれ・・・ライオネスどこか不機嫌・・・?

そのとき、トリスタンとセレさんが小走りで本部から出てくる。

「すまない、イレイン!遅くなって・・・」

「あ、セレさん!大丈夫だよ」

トリスタンと・・・だったんだもんね・・・

「やあ、トリスタン。『終わった』かい?」

「きっ・・・貴様クライスト何を・・・!?」

「あはは。そんな赤くならなくても。さあ、それじゃあそろそろ行こうか。船長もまちくたびれてるだろうしね」

「それじゃ・・・セレさん、団長も・・・まだまだ異形が出るっていうから、気をつけてね」

「ああ。イレインも、航海の無事を祈っている。ヴァエルを倒す手がかりが、得られればいいがな・・・」

「・・・うん。ランスロットも・・・大丈夫だよね?」

「心配するな」

ランスロットは私の頭を撫でながら微笑んで・・・横目で一瞬、クライストのほうを見た・・・ような気がした。

「ランスロット?」

「あ、ああ、すまない。じゃあ、気をつけていってこい」

「はい!」



・・・こうして私たちは、見送るランスロット、セレさんや団長に手を振って、シャロームの町へと出発した。


研究都市ウェスタ・・・どんなところなのかな・・・

ヴァエルを具現化する方法なんて・・・本当に見つかるのかな・・・

不安はつきない。だけど今は、前に進むしかない。

故郷と同じ懐かしい潮風に吹かれながら、シャロームの港が見えてくる。

私は改めて決意を固め、腰の双剣をぐっと握り締めると仲間たちの背中を追った。





海は凪いでいた。

シャロームの港を出港してしばらく、クライストの知り合いという船長の指示のもと、船は順調な航海を続けている。私は甲板で、おだやかな海とかもめの群れをのんびりと眺めていた。

このまま、モンスターも出なくて天気もいいまま、ウェスタにつけたらな・・・

とは思うものの、そう簡単にはいかないのだろう。ウェスタまではそれほど近い距離というわけでもない。

ちょっとだけため息をつく。すると、クライストが船尾のほうから歩いてきて、船のへりにもたれた。

「トリスタン、具合はどうだって?」

「あ、クライストさん。うん、なんか船に乗ったの初めてみたいで・・・部屋でぐったりしてる」

勇んで船に乗り込んだトリスタンは、航海が始まったとたん青い顔になっていた。

あの様子では、甲板に顔を出すのも無理そうだ。

「大変だよね、船酔い持ちはさ。イレインちゃんは平気?」

「うん。お父さんが漁師だったから、船に乗せてもらうのなんてしょっちゅうだったし」

生まれてこのかた船酔いなど経験したこともない。私がそういうと、クライストは安心したように微笑んだ。

「そうなんだ。よかった。ライオネスも平気みたいだしね」

「・・・。そういえば、ライオネスは?」

「ああ・・・彼なら、船長に人手が足りないってんで働かされてるよ、ほらあそこ」

「ええ・・・」

クライストが指差した方向を見やると、ほかの船員とともにライオネスがなにやら木箱を運んでいる。

「やっぱりいい体格してるからじゃないかな。荷物運びに最適だって」

「てーかクライスト!てめえも手伝えよ!!」

クライストの声が聞こえたのか、ライオネスがどなってきた。気にもせず笑うクライスト。、

「あはは。がんばれがんばれ」

「てんめぇ・・・」

ら、ライオネスってば・・・だけどちゃんと律儀に働いてるとこ、ライオネスらしいっていえばらしいかも

なんだかんだいいつつ、船員たちとも打ち解けているようだ。笑いながら肩を叩き合ったりもしている。

「イレインちゃんも、部屋の場所とかもう覚えた?暇だったら散策でもしてきたらどうかな」

クライストの言葉に我にかえる。そういえば、甲板はともかく、船倉のほうはさっきちらと見ただけだ。

「そうだね・・・そうしようかな。まだ行ったことないとこもあるし・・・」

「俺はここにいるから。何かあったらいつでもおいで」

「ありがとう!」

クライストが海風に髪をなびかせ微笑む。私はお礼を言って、船倉へと向かった。



私が甲板に戻ってくると、クライストは退屈そうにあくびをしていた。

「さあて・・・なんか暇だし、俺は部屋に戻って昼寝でもしようかなあって・・・ん??」

「クライストさん?」

うーんと伸びをしたクライストだが、急に動きをとめてやれやれと首を振る。

「はあーあ、どうやらそうもいかないみたいだね。平和な航海だと思ってたのに」

「えっ・・・どういう・・・」

私が聞き返したそのとき。

突然、船が大きく傾いだ。

「きゃあああっっっ!」

「な、なんだあっっ!?」

甲板は大混乱だ。あわてふためく船員たち。ライオネスが慌てて揺れに足をとられながらも私のところにやってくる。

「イレイン!」

「ライオネス!っっって・・・・きゃあっ!!」

再び船が大きく今度は反対方向に傾く。その強い反動で体がふわっと浮いた。

「ひゃ・・・えっ・・・!?」

慌てて船のへりをつかもうとした手が宙を切る。目下には、激しく波立つ海面―。

おっ・・・おちるっ・・・!!!!

「イレインっっ!!!」

海にまっさかさま・・・と思った瞬間、ぐいと強い力で腕を引かれ、体が暖かいぬくもりに包まれる。

ライオネスが必死で腕を伸ばし私を抱きとめたのだ。

「・・・ったく世話の焼ける・・・」

「ら、ライオネス・・・あ、あの・・・ありが・・・っきゃああ!!!!!」

礼を言う間もなく、また船が大きく傾ぐ。まるで何かに海の底から揺さぶられているような、そんな激しい揺れだった。

ライオネスは私を胸に抱えたまま、甲板の床に腹ばいになる。

「俺にしがみついてろっ!!」

ら、ライオネス・・・た、確かにこのほうが安全は安全だけど・・・

で、でも・・・密着しすぎ・・・

目の前には彼の広い胸。背中に回った力強い腕と大きな掌。

少し高めの体温が、私の体を覆っている。つまり・・・完全に抱きしめられている状態。

はっきりいって、すごく恥ずかしい。

でも、船はそんな私の気持ちをお構いなしに右へ左へと揺れにゆれて暴れまわる。

「きゃあっ」

「馬鹿!つかまってろって言ったろ!」

ライオネスはますます私の体を自分の胸に押し付ける。

どぎまぎしながらも私は彼の胸元に必死につかまり、無情なる船の揺れに耐えた。

「やれやれ、お約束だなあ。せっかく人がいい気持ちで船旅を楽しんでたっていうのに・・」

クライストは船の揺れにも全く動じず、空を見上げて甲板に佇んでいる。

彼の視線の先には・・・巨大な烏賊の怪物・・・クラーケンが何本もあるその恐ろしく長い足をうねらせ、金色の目玉をちっぽけな船に向けてにらみを利かせていた。

「くそっ・・・このやろうっ!!」

船の船員たちが弓矢を放ったり、剣や斧を投げたりするものの殆どは届かず、また届いてもクラーケンのその硬い皮膚にあっけなく跳ね返される。

「ちっくしょう・・・おいクライスト!なんとかなんねえか!」

船の船長が駆け寄り、傍観を決め込むクライストをどなった。

「わかってるって。全員、俺の後ろに下がって!下がるんだ!」

クラーケンは船頭の先に頭を出して浮かんでいる。海の底からその長い足で船を揺さぶっているのだった。

船員たちが船尾のほうに下がると、クライストはゆっくりと船頭のほうへ歩き、クラーケンの目の前にただひとり、立った。

クライストさん・・・?

「・・・・・・」

それから何やらうつむき、ぶつぶつと呟き始める。

なんだろう、魔法の詠唱・・とか?

クラーケンの足が無防備なクライストめがけ飛んできたが、彼に近づいた刹那、青白い電流がばりっと走ってその足に絡みついた。

痛みを感じるのか、足を慌てて引っ込め耳障りな雄たけびをあげるクラーケン。

・・・いかずちの・・・バリアみたいなものなの・・・?

気がつくとクライストの足元には、例のあの紋章が浮かんでいた。

うつむいたまま、さっきから微動だにしないクライスト・・・だが。

バリバリバリッ・・・と凄まじい音とクラーケンの甲高い叫びが海原にとどろく。

えっ・・・!?

目をあげた先には、どこから出現したのか青白く輝く稲妻のラインがまるで網の目の檻のようにクラーケンの体を包み込んでいた。

船長も船員も、ライオネスもそして私も、驚きで声も出ない。

そして、次の瞬間―。

稲妻の檻がクラーケンめがけて収縮したと同時に、クラーケンの巨大な体が一瞬にして粉々に霧散する。文字通り、粉々だ。

あとには、何事もなかったかのように快晴の空と凪いだ海が残された。

「な・・・・なんだったんだ・・・」

ライオネスが茫然とつぶやく。船員たちもあっけにとられてその場に立ち尽くしていた。

「やいクライスト!クラーケンの肉はうめーんだから粉々にすんじゃねえよ!!!」

「あはは、ごめんごめん」

船長とクライストだけが、静まり返った船上で平然と会話を交わす。

「・・・あいつだけは、敵に回したくねえな・・・」

いまだ私の体を支えたまま、ぼそりとつぶやくライオネス。

・・・確かに・・・そうかも・・・

私は爽やかな笑顔を見せるクライストを見つめながらも、自然とうなずいていた。


それから、数日。

あのクラーケンの一件以降、特段何も起こることはなく平穏な航海を経て、私たちはウェスタに到着した。


ウェスタは中央大海の島にある小さな町だ。島全体がひとつの街としてつくられている。

本当に小さな町なのだが、ここはある特殊な役割を担う場所でもあった。

「さすがに学者の聖地とも言われるだけあって、荘厳な雰囲気だね」

クライストが町並みを眺めながら言う。確かに、ほかの街とはちょっと様相が違う。

さまざまな分野の研究者があつまる特別な街で、たくさんの研究所や書物庫が町中に点在していると

昔ランスロットに学んだことを思い出した。

(・・・歩いてる人も学者さんみたいな人が多いなぁ・・・あれ、あの遠くに見える大きな建物って・・・

「クライストさん、あの大きな建物はなに?」

私が家々の奥に見える巨大な施設を指差すと、クライストが、ああ、と声を上げた。

「あれは古代図書館だよ。図書館とはいうけど、学者たちの研究施設も兼ねてる」

・・・古代図書館・・・

王都にも図書館はあるにはあったけれど、あれほど巨大なものではない。

研究機関とも聞いてヴァエルの具現化のことが思い浮かぶ。もしかして・・・

「もしかして、具現化の研究をしてるその人もいるかな?」

「そうだね、まずは行ってみようか」

私の言葉に、クライストがうなずく。退屈そうにあたりを眺めていたライオネスと生き返った様子のトリスタンを伴い、私たちは町の中へと入った。



並木のレンガ道を、巨大な図書館の建物に向かって歩いていく。

すると急に視界が開けて、目の前に緑の芝生に覆われた広大な庭のような場所に出た。

奥のほうには森を背にして古代図書館がそびえたち、古めかしく重厚そうな門を構えている。

すっごい広い・・・これって、図書館の前庭みたいなものなのかな・・・王宮と同じくらいの広さはあるかも・・・

前庭にはそこここにベンチが置かれ、天気のいい今日は座って本を読む人たちが点在している。ひなたぼっこや昼寝などをしている人もいて、なんだか穏やかな風景だ。

「図書館は一般の人たちにも開放されているからね。憩いの場所にもなってるみたいだね」

芝生をさくさくと踏みながらクライストが言う。

昼寝をしている人たちを見て自らも眠くなったのか、ライオネスがあくびをしていた。

「クライストさん、いろいろ詳しいね」

「ああ、俺は来たことがあるからね。仕事でだけど」

傭兵の仕事でだろうか。そんなことを考えつつもぞろぞろと歩き、図書館の巨大な扉の前に立つ。

「さあ、行こうか」

クライストが鉄製なのだろう、重そうな扉を押して・・・

うわー・・・中はもっと広い・・・

天井は見上げても見えないほど高く、また背の高い本棚がずらりとそびえたち入り口にたつ私たちを見つめている。

上等な樫の木でできた本棚には色とりどりの様々な本がぎっしりと詰まれていて、その眺めは実に壮観だ。

「すごいな・・・これは・・・」

後ろのトリスタンが息を呑む音が聞こえた。

ライオネスが上を見上げて天井に目を凝らしている。

クライストは本棚の間をすたすたと歩き、奥にあるカウンターに向かうと、受付らしき女性と何やら話しはじめた。

館内には学者らしい者もいるが、普通の町の人といったいでたちの者もちらほらいる。

皆熱心に本を読みふけるか、本を探しているばかりであたりは静寂に包まれていた。

「・・・こういう場所は、苦手だな・・・」

ぼやくライオネスにトリスタンが茶々を入れる。

「お前は本を読まないからな。読み始めても3秒で寝るんだろ」

ライオネスがむくれて反論した。

「うるせえな、3秒はねえ。3分は持つ」

・・・どっちも変わらない気が・・・

「精神体の研究をしている学者が2階にいるらしいよ。トレヴィ博士っていうんだってさ」

やがてクライストが戻ってきて私たちに告げる。私たちは彼の案内で、博士がいるという2階へ向かった。


「クレールでそのようなことが・・・魔剣ヴァエル・・・」

トレヴィ博士は初老の男性で、2階にある講義室でちょうど学生たちに話をしているところだった。

講義が終わったあと、クライストが話しかけて事情を話すと、トレヴィ博士は驚いた顔をしてそうつぶやいた。

「博士は、魔剣のことはご存知なんですか?」

私が問うと、彼は深々とうなずいた。

「はい。自らの意思を持つ剣・・・その剣は、魔族の思念体集合・・ディーヴァにより構成されていると・・。」

「よく知っていますね」

クライストがトレヴィ博士を見つめる。博士はクライストに向き直り口を開いた。

「私も昔、魔剣については興味がありました。ここの書物を読み漁った結果です。その当時魔剣の研究は大流行でしたが、何しろ本当に存在するかもわからず、魔剣に関する書物も現存するものは限られていたため次第に専門に研究する者は減少し、今ではほとんどいません。しかしまさか、本当に存在していたとは・・・」

「魔剣は本当に存在します。ここにも」

クライストは博士の目の前で青く輝く光剣・・・アグレアスを出現させた。博士が目を見開く。

「・・・これが・・・」

トレヴィ博士は震える手でアグレアスに触れようとした・・・が、その瞬間、魔剣はその刀身から激しい光線を放ち、彼の手をはじき返した。

「うわっ!!」

「不用意に触らないほうがいいです。魔剣は契約者以外の人間に触れられるのを嫌がる」

トレヴィ博士がはじかれた掌をさすりながらクライストを凝視する。

「君はこの魔剣と契約したわけだな」

「・・・はい」

「・・・愚かなことを・・」

吐き捨てるというよりは、どちらかというと哀れむような口調でトレヴィ博士は言った。

え・・・愚か・・・って・・・

「な、なんだよそれ・・」

「愚か・・・?どういうことだ・・・」

ライオネスもトリスタンも、戸惑って顔を見合わせている。

どうして、そんなことを・・・?

博士の意図を私が聞こうとする前に、クライストの冷静な声がそれをさえぎった。

「・・・確かにそうですね。しかし、今はそんな話などどうでもいい。

クレールに差し迫っている脅威を取り除くのが先です。

魔剣ヴァエルのディーヴァはクレールに恨みを抱き、次なる契約者を探して

 かの国を滅ぼさんとしています。ヴァエルが契約者を手に入れる前になんとかして倒さなくてはならない。その方法を探して、俺たちはここまで来たんです」

博士の言葉をあっさりと肯定し、淡々と説明するクライスト。その姿に私も、ここに来た本来の目的を思い出す。

そう・・・今はヴァエルのことが先だよね・・・哀れ・・・てのも、気になりはするけど・・・

そしてそれをいわれても、動じもしないクライストの態度に違和感も感じる。

・・・クライストさん・・・

クライストの言葉に、トレヴィ博士はしばし考え込むような様子を見せた後、私たちに向き直り静かに説明を始めた。

「・・・ディーヴァは思念体・・精神世界に生きるものです。私たちが生きている物質世界とは

異なる世界。私たちが肉体を持つ人間である限り、ディーヴァに物質的に働きかけることは

不可能でしょう」

「ふ・・・不可能・・・?・・・そんな・・・」

私は肩を落とした。せっかくここまで来たのに、ヴァエルには手も足も出ないと言うのか。

「ディ、ディーヴァをこっちの世界につれてきたりはできないのか」

やや焦った様子で、トリスタンがトレヴィ博士に質問する。彼も少なからず、いやかなりショックを受けたようだった。トレヴィ博士が応える。

「それは理論上無理です。精神世界と物質世界は本来隔離され、間には繋がりのないもの

とされていますから。ただ・・」

「ただ?」

険しい表情でクライストが聞き返す。するとトレヴィ博士はクライストを意味ありげに見て、続けた。

「・・・例外は、あります。代表的なものがその魔剣です」

「あ・・・!」

思わず声を上げる私。そうだ・・・確かに・・・。

「お察しのとおり、魔剣は魔族の思念体という精神体で構成されますが、契約者を得ることで物質世界に『剣』という形で姿を現す。このことから、魔族は精神世界と物質世界を行き来する何らかの方法を持っていたのではないか・・と推測されるのです」

確かに・・・魔剣は精神体が形作るものながら、物質の『剣』でもある。

精神世界と物質世界を行き来する方法・・・もしかして魔法が使えることと関係ある・・・?

魔法もいってみればそうかもしれない。本人の精神・・・意志で、何もないところからあらゆるもの・・・物質を生み出すのだから。

クライストのほうを見ると、彼も同じことを考えていたのだろう、私を見つめてうなずいた。

「・・・そうだね、その方法はおそらく魔力によるもの・・・っていうことになるんだろうね」

「おいクライスト、お前は知らないのかよ?魔法を使えるんだろ?」

ライオネスがクライストに質問する。クライストは肩をすくめた。

「知ってたとしたらここには来ていないよ。それに俺は魔族じゃない・・ただの人間だ」

「しかし・・・・・いくらそんな方法を使えるとしてもなぁ・・・」

トリスタンが腕組みをし、うなる。

「古代の文献が正しいとするならば・・・魔族はずっと昔に絶滅したのだろう?」

「・・・まぁ・・・それにたとえいたとしても、俺らに協力してくれるとは思えねえよな・・・」

ライオネスが眉間に皺を寄せた。

そっか・・・そうだよね・・・迫害を受けた魔族はきっと人間を憎んでいるはず。だとすると、力を貸してもらうことなんかできないのかも・・・

ライオネスとトリスタンのいうとおりだ。

万事休すか・・・と3人でがっかりしたそのとき。

「・・・・・・・・・いや」

「クライストさん?」

ぼそり、とつぶやいたクライストに、その場全員の視線が集まる。彼が再び口を開いて―

「・・・レムなら・・・」

レム・・・?

初めて聞く名前だった。クライストの知り合いかなにかなのだろうか。

しかも、魔族に関係する・・・?

トリスタンがたずねる。

「クライスト、力を貸してくれそうなやつを知っているのか?・・・まさか、魔族・・・?」

「純粋な魔族・・じゃないけどね」

「え・・・?」

純粋じゃない・・・?ってことは・・・人間とのハーフ・・・とか?

直感的にそんなことが思い浮かぶ。だが、憎みあった人間と魔族が結婚するなんてこと、あったんだろうか。クライストが続けた。

「彼は人間を毛嫌いしてるところがあるから、協力してくれるかどうかは保障できない。

だけど話を聞いてみる価値はある、と思う。」

「・・・話して、くれるのかなあ?」

どういう人かはわからないけど・・・魔族関係の人なら門前払いされそうな気もする。

「それは行ってみないとわからないよ」

見上げた私に、クライストが微笑んだ。魔剣の強さからくるものなのかわからないが、彼はいつも自信満々な感じがして、少しうらやましい。

「彼の住んでいる場所は、ネド砂漠の手前の小さな洞窟だ。ウェスタから船でそう遠くはない」

ネド砂漠といえば、私の故郷テーベの南にある広大な砂漠だ。確かに、砂漠の南側には自然にできた洞窟がいくつかあった。そのひとつに住んでいる、ということなのだろう。

「それじゃ、とりあえずそこに行ってみるしかないってことか・・・」

トリスタンが言って、ライオネスと視線を合わせる。

とりあえず次の行く先は決まったものの、ふたりの表情は浮かないものだった。

ヴァエルを倒す方法がわかると思ってきたのに・・・肩透かしをくらったようなものだもんね・・・

何もかもあやふやだ。そのレムという人物も、話さえ聞いてくれるかどうかわからない。

だけど・・・今は行くしかない・・・

「とりあえず、今日はウェスタの宿に泊まって、明日出発することにしよう。俺は調べものがあるから、ライオネスとトリスタンは先に宿へ行っててくれないか」

「調べもの?」

トリスタンが片眉を上げる。クライストは笑った。

「まあ、大したことじゃないんだけど、ちょっとね」

「つか・・・なんで俺とトリスタンなんだよ?イレインは・・・」

「ああ、イレインちゃんには俺の手伝いをしてもらうからさ」

「ええ・・・??」

「いいよね?イレインちゃん」

「そりゃ、か、かまわないけど・・・」

にっこりと微笑まれて、勢いでうなずいてしまう。ライオネスが舌打ちした。

「ちっ・・・仕方ねえ・・・。わーった。だけど、すぐ来いよな」

「わかってるって。君が想像しているようなことは何もしないよ」

「ばっ・・・何言って・・・べべ別に俺は・・・」

何を想像していたのか知らないが、ライオネスが真っ赤になる。クライストが心底おかしそうに笑った。

「あはは。カマかけてみただけなのに、面白いように引っかかるんだね」

「てんめぇ・・・」

「まあまあ、落ち着けってライオネス。それじゃ、俺らは先に行ってるな。博士、いろいろとありがとうございました」

トリスタンがフォローにはいって、ライオネスを諌める。彼が博士にも頭を下げると、トレヴィ博士はいささかすまなそうに微笑んだ。

「あまり力になれなかったようで、申し訳ないな。もしもまた何か聞きたいことがあったら、いつでもたずねてきてください。私にできることがあれば、協力いたしましょう」

「あ、ありがとうございます!」

お礼を言った私のほうを見て、トレヴィ博士が深くうなずいてくれる。それから、何か言いたそうにクライストを見つめていたが・・・結局は何も言わずに視線をそらした。

・・・なんだろう・・・?今、クライストさんのほう見てたけど・・・?

トリスタンとライオネスが講義室を出て行く。ライオネスは心配そうに私を振り返りつつも、しぶしぶと背中をむけてトリスタンとともに部屋をあとにしていった。

彼らの姿を見送ったあと、クライストがトレヴィ博士に向き直る。

「それじゃあ俺たちも、地下の書庫に行こうか。博士、入ってもよろしいでしょうか」

地下の書庫・・・?

「ああ。いいですよ。鍵を開けましょう」

首を傾げる私を横に、トレヴィ博士は懐から銀の鍵を出した。

3人で講義室を出て1Fに行き、カウンター奥の丈夫そうな扉を開けると、地下への薄暗い階段が現れる。

一瞬視界が悪いかと思えたが、どうやらそれは入り口だけらしい。ちょっと覗き込んでみると階段の脇にはちゃんと明かりがともしてあった。

「それでは、ごゆっくり。終わりましたらカウンターの女性に声をかけてください」

「ありがとうございます」

クライストが礼をいって、トレヴィ博士がカウンターを出て行く。おそらくまた講義室に戻るのだろう。

「じゃあ、行こうか。足元に気をつけて」

「う、うん・・・」

クライストがすたすたと石造りの古びた階段を下りていく。私はおそるおそるながらも彼のあとに続いた。



案外早く、クライストの調べ物は終わった。というよりも、探しているものは見つからなかったらしい。

だがそれでも、図書館を出るとすでに街は夕焼けに包まれていた。

「ウェスタは酒場兼宿屋がひとつしかないからね。たぶんトリスタンたちはそこに行ったと思うんだ」

ウェスタの町を歩きながらクライストが言う。私は町のぐるりを見回してみた。

クライストが言うように、酒場や食堂などはあまり見当たらない。

「そういえば、お店とかもあんまりないね」

「それはね。一応、研究都市だから。観光の街でもないし、歓楽街自体も存在しない」

なるほど・・・

「そっか・・・あったら、勉強に集中できないものね・・・」

「・・・・・」

ぽつりとつぶやいた私をクライストは少し真顔になって見つめていたが、やがてにっこりと微笑んだ。

「イレインちゃんは言うことがかわいいね」

「えっ・・・なんで?ど、どこが?」

「うん。そういうところがさ」

「・・・・・・・」

クライストさん・・・言ってることがわからないよ・・・

目の前には彼の満面の笑みがある。私はわけもわからず困惑するばかりだ。

複雑な心境ながらもふたりで通りを歩いていると、ふいに声がかかった。

「おお?なんだあ、お前、クライストじゃないか?」

クライストとともに振り返る。すると旅人といった服装で腰に剣をさげた男が人懐っこい笑みを浮かべていた。

クライストさんの知り合い・・・かな?格好からすると・・・傭兵さん・・・?

「やあ、ひさしぶり。こんなところで会うなんてね」

クライストもそつなく笑顔で挨拶する。男が私のほうをちらっと見てにやにやした。

「お前も相変わらず羽振りよさそうだなあ。また女連れかあ?」

「うん。でも、そういう関係じゃないよ?」

「よく言う。こないだフランチェスカで会ったときなんか、お前は・・・」

男とクライストが談笑をはじめる。なんだか会話も盛り上がっているようだ。

なんとなく、場をはずしたほうがいいような気もしてきた。

・・・先に宿屋に行ってたほうがいいかな・・・?

クライストの様子をうかがっていると、彼は気づいて私のほうを見、口を開いた。

「ああ、イレインちゃん。俺は彼と話してからいくから、先に宿屋に行ってて。すぐわかると思うよ」

「うん、わかった。じゃあ、またあとで」

ちょっとほっとしながらも、通りをあとにする。背中から聞こえる笑い声。話はまだ続いているようだ。

クライストさん笑ってる・・・結構仲がいい友達なのかな・・・

傭兵同士、気があうとかいうこともあるのだろうか。クライストが知り合いと楽しそうにしている姿を、はじめてみたような気がした。



酒場はすぐに見つかった。さほど大きくない看板でも、ほかに店がほとんどないとくればだいぶ目立つ。

えーと、ここだね。よいしょっと・・・

「いらっしゃいませー」

ドアを開けると小気味よいドアベルの音が響いて、店員が愛想よく声をかけてくる。

さほど広くない店内を見渡して、見慣れた男二人の後姿はすぐに眼に入った。

だが・・・

「だからよお、おーまーえーはー、ここぞってときにダメなんだよ~」

ちっちっと指を振ったトリスタンが、ジョッキを傾けて酒をあおる。呂律もだいぶ危なそうだ。

あーあ・・・かなり飲んでるっぽい・・・・・・

並んでカウンターに腰掛けたライオネスが肩をすくめた。

「何がここぞだよ。だいたい先に女作ったからってえらそうな顔してんじゃねえ」

「うらやましいだろ?え?」

「ぜんぜん」

「まったまたあ、つよがっちゃってー、ホントは非リアなメスライオンしかもD・・のくせにー」

「てってめえっ・・・ばっ・・・俺はそんなじゃ・・・ってかメスライオン言うんじゃねえよ!!」

非リアってなんのことだろう・・・

そのあとのDも気になるが、ライオネスの慌てようを見る限りあまりいい意味の言葉ではないらしい。

「お前ホントに誰かいないのか?ツラは悪くねえと思うが・・・やっぱあれだな、その口の悪さがなあ」

トリスタンは酔うとお説教くさくなるとセレさんに聞いたことがあるけど、そのとおりのようだ。

ふたりに声をかけてもいいのだが、どうもタイミングがわからず、私はとりあえず様子をうかがうことにした。

「その体格でどなったら、たいていの女は怖がって逃げてしまうだろ?逃げないのなんてセレは当然として、イレインくらいのもんじゃないか?」

えっ・・・私・・・?

トリスタンが私の名前を出すと、ライオネスはなにやら考えこむようなしぐさを見せた。

「いつもボケっとしてるくせになかなかしぶといからな。・・ま、付き合いが長いせいもあるんだろうけどよ」

「それにしたって、お前らって大体2人でいること多いよな?何かと目かけてやってるみたいだし」

「多くねーよ!あ、兄貴に頼まれたから、仕方なく面倒みてやってるだけで・・・」

「そんなこといって、実はお前もまんざらじゃなかったりしてな」

「な、なに言って・・・誰があんなまな板に・・・」

酔っ払い二人?の会話は途切れることなく続く。

なんだかやっぱりちょっと割り込みにくいな・・・それにしてもまな板って・・・

どうしようかと思案しはじめた私の背後から、聴きなれた声がした。

「あれ?イレインちゃんなんで入らないの?」

クライストだ。振り返ると入り口に突っ立った私を見て、首をかしげている。

「く、クライストさん!いつのまに・・・」

「ああ?クライスト・・・って・・・あ・・・」

今度はライオネスの声。そちらを見やればばっちり目があって、ライオネスの顔がみるみるうちに赤くなった。

トリスタンがつぶやく。

「噂をすればなんとやら、だな」

「べ、べべべべ別にお前の話なんかしてねえんだからな!!」

耳まで真っ赤にしながらも、弁解をはじめるライオネス。

え、えーと・・・

「・・・ばればれだぞ、お前・・・」

「あ、こっちのテーブル、クラーケンのリングフライ2人分ね。イレインちゃん、一緒に食べよ?」

トリスタンのため息。クライストは気にもせず店員を呼ぶ。

「は、はあ・・・」

店員に料理を次々と注文していくクライスト。わけもわからず流されるままに、私は食事の席に着いた。



なんだか目がさえちゃったな・・・お水でももらいにいこうっと・・・って、あ。

深夜。

階段を下りて一階の酒場にいくと、がらんとした店内のカウンター席にライオネスの後姿があった。

見回してもほかの客は見当たらない。閉店間際なのだろうか。

「何だお前、子供は寝る時間だぞ」

近づいてくる私を見て、彼はジョッキを片手に仏頂面で言葉を放つ。

ライオネス、ずっと飲んでたのかな・・・?

「子供じゃないのに・・・」

「・・・・・。子供ってことにしとけ」

「何それ・・・。あ、床にトリスタン伸びてる・・・」

カウンターの席に座るライオネスの足元には、できあがった様子のトリスタンが大の字になっている。

「ああ。全くセレセレセレセレって・・・そんなに心配ならクレールに残りゃあよかったじゃねえか・・・ったく」

ライオネスが深いため息をついた。

「ライオネス、トリスタンとセレさんのこと・・・」

「あれだけ垂れ流してりゃすぐわかるぜ。まあ、今まで隠してた反動なのかもしれねえけどな」

「そっかあ・・・」

地方騎士団がなくなり、二人の仲も隠す必要がなくなったということなのだろうが・・・

ライオネスが疑い深そうにトリスタンの寝顔を覗き込む。

「あの男勝りなセレとこいつがか?全く信じらんねえけど、指輪渡したって言ってたし、そうなんだろうな」

「うん・・・ウェスタに行く日だったよね。すごくセレさん幸せそうだったよ」

「・・・へえ・・・」

「それでもセレさんと別れてウェスタに来たんだもの・・・トリスタンもきっと、クレールを守りたいと思ってるんだよ」

「・・・この間抜け面でか?」

んが、といびきをかきはじめるトリスタンの頭をライオネスが足でこづく。

「う・・・ううーん・・・」

なんともいえず、とりあえずあいまいな返事を返した。



カウンターに店員の姿はなかった。トリスタンのいびきだけが、静まり返る店内にかすかに響いている。

ライオネスが黙ったまま、ジョッキの酒を口にした。

何か飲み物でも、とは思ったが、店員がいないのではどうしようもない。

しかたなしにライオネスの隣でぼうっと座っていると、彼がふいに口を開いた。

「・・・・・。・・・なあ」

「なに?」

聞き返した私の顔を、彼は横目でちらと見る。しばらく目を伏せてから、ぼそりと切り出した。

「・・・あいつのことだけど」

あいつ?

「あいつって・・・クライストさん?」

なんとなくだがそんな気がして問うと、ライオネスは返事のかわりにまたジョッキのふちに口をつけた。

「・・・・・お前よ、あいつにあんま近づきすぎんなよ」

「近づきすぎるなって・・・」

ライオネスがジョッキをカウンターにどんとおき、ため息をつく。

「わかってんだろ。鈍い俺にだってわかるぞ。あいつがお前に言い寄ってるってこと」

「・・・!」

言い寄られている・・・意識したことはなかったが、今までのクライストの行動からみればどう考えても間違いはない。私は思わず口をつぐむ。ライオネスが続けた。

「兄貴のやつがやたらに心配してうるせえのなんの・・・」

「ランスロットが?」

「お前・・・あれでよく気づかねえなあ・・・もうホントうるせえぞ。

近づけさせんなって何度言われたことか・・・なんなんだよあいつ・・・」

「でも・・・クライストさん、そんなに言うほど悪い人じゃないよ」

ランスロットが心配してくれているのはわかるけど、そこまで警戒する人物でもないと思う。

半ばクライストをフォローするような気持ちで言うと、ライオネスは私を正面からじっとみた。

「確かに、根っからの悪人じゃねえだろ。だが問題はそこじゃねえ」

「お前は、ガキだが女で、あいつは男。言ってる意味、わかるか?」

「っ・・・」

言葉につまる私。ライオネスは盛大にため息をついた。

「あいつ・・・男の俺から見たって一人に本気になるタイプじゃねえし、魔剣のことだってある」

「いろんな意味で、兄貴は近づくなって言ったんだと思うぜ」

「で、でも・・・」

「兄貴の言うこと聞いとけ。じゃねえと俺がどやされる」

「・・・」

「めんどくせえんだよ・・・はあ・・・」

ライオネスはうんざりした様子で頭を掻いた。私はランスロットの心配そうな顔を思い出す。

「ランスロットは・・・いつまで私のこと子供扱いするのかな・・・」

自分の身を自分で守れるようにと、一人前になれるようにと私に色々と教えてくれたのは彼のはず。

剣の腕だって上達したし、騎士にもなれた。だけどそれでも・・・

彼はいつまでたっても、私のことを未熟者だと思っている気がする。

「さあな、けどとばっちりはごめんだぜ」

ライオネスはそ知らぬ顔で酒をあおっている。自分は部外者だといわんばかりの態度だ。

「ライオネスは・・・どう思うの?」

「・・・何に対してだよ、兄貴?クライストか?」

「・・・・えっと・・・その・・・」

ライオネスは言葉に詰まった私を見て、ひとつ息をついた。

「・・・・。クライストのことは兄貴と同じ意見だが?今はあいつがなきゃヴァエルもなんとかできねえしな・・・兄貴は・・・お前がいつまでもふらふらしてっから、気が気じゃねえんじゃねえか?」

「そっ・・・そんなことないよ!」

しっかりしていないという意味なんだろうか。思わず抗議すると、ライオネスはあごに手を当てた。

「・・・ま、それだけじゃねえような気がするけどな・・・あいつ・・・やっぱり」

「・・・え?」

ライオネス・・・?

ライオネスは言葉を切って、なにやら思案顔をしている。

だが結局は何もいわずに席を立った。

「・・・・。飲みすぎた。寝るわ。お前も寝ろよ」

「あっ・・・ライオネス・・・」

彼は立ち上がり、そのまま歩き出そうとして・・・つま先をトリスタンの体にひっかけた。

「・・・だっ・・・」

「きゃっ・・・」

足元に伸びていた同僚のことをすっかり忘れていたらしい。

バランスを崩したライオネスがそのまま私のほうに倒れこむ。彼の大きな体が目の前にせまって思わず目をつぶった。ところが・・・

・・・?

「・・・っ・・・わ・・・わりぃ・・・大丈夫か」

そのまま、体を床にうちつけるかと思っていたけれど、ライオネスがかばってくれたらしい。

彼の大きな手のひらのぬくもりが、背中に感じられてどきりとした。

ライオネスは心配そうに私の顔を見る。薄く澄んだ水色の瞳。

「だ、大丈夫・・・」

・・・ライオネスの瞳の色って、こんなに薄いんだ・・・

背が高いから、こんなに身近で見ることなんかないけど・・・なんか・・・意外な感じもする。

透き通って、綺麗な色だとは思っていたけれど、こんなに近くで見たことはない。

思わずじーっと覗き込むと、ライオネスは照れたのか顔をそらした。

「な・・・なんだよ・・・そんな珍しいか」

「だって、ライオネス背高いからこんな近くで顔みることないもん」

「あー、お前ちびだからな」

「ち、ちびなんかじゃ・・・もうっ・・・」

思わず少し睨むとちょっとだけからかい顔になって、ライオネスは私をそっと立ち上がらせる。

その仕草が思いがけずやさしくて、胸がとくんとはねた。



床の上で、トリスタンが気持ちよさそうにいびきをかいている。

時折寝言みたいなことも言っていて、熟睡しているのはまちがいなかった。

「しっかし、トリスタンのやろう・・・こんなとこに寝やがって、転ぶとこだったじゃねえか・・・」

ライオネスがトリスタンの頭をつま先でこん、と小突く。

「どうするの?」

「・・・店主も困るだろうから、俺がつれてく。よ・・・っと」

彼はトリスタンの腕をつかむと、そのまま背中に背負うようにしてかつぎあげた。

トリスタンも結構体重あると思うのに、軽々と・・・さすがっていうか・・・

「お前もさっさと寝ろよ。明日寝坊すんぞ」

「わかってるってば!」

声をあげた私に、ライオネスはちょっと笑ってそのまま背中を向けた。

「じゃーな、おやすみ」

「お、お休みなさい・・・」

トリスタンを担いだまま、階段をのぼっていくライオネス。

その見慣れた姿を見送れば眠気も襲ってきて、一息ついた私は部屋に戻るとすぐに眠りについた。




次の朝。

・・・?・・・なんだろう?なんか町の人たちが・・・

昨日は静かだった町の通りは、なぜか街の人でいっぱいだ。

彼らは深刻な顔でなにやら話し込んでいるようだった。

「・・・それ本当か?なんでまた・・・」

「・・・傭兵同士のいさかいってやつか?たまんねえなぁ・・・何もうちの街でやらなくても・・・」

彼らの表情からあまりいい話でないことは明らかだ。なんだか胸騒ぎもして、私は彼らに話しかけた。

「何かあったんですか?」

「街の近くの草原で、傭兵の死体が見つかったんだよ」

「えっ・・・ええっっ!?」

傭兵の・・・死体・・・って・・・

絶句する私を前に、街の人たちは口々に言い合う。

「どうも昨日の夜やられたっぽいぜ」

「モンスターのしわざなのか?」

「それがわかんねえんだと、剣にしては不自然な傷でよ・・・」

・・・死体・・・こんな静かな街でなんて

「物騒だね・・・」

私は胸に手を当てて、後ろにいた仲間たちを振り返った。

「頭がいてえ・・・」

「お前飲んだくれて管巻きすぎだっつうの」

トリスタンは二日酔いらしい。半ばあきれたような顔をしてライオネスが同僚を見やっている。

「・・・・・・・・・」

・・・誰も聞いてないし・・・

クライストといえば後ろのほうで町の人を眺めている。

いつもどおりの飄々とした顔で、こちらも興味はないようだった。

そりゃ・・今はヴァエルのことが先だから、私たちには関係ないのかもだけれど・・・

死体などと聞いて、心中穏やかでいられるわけはない。

それに・・・無関係なはずなのに、なぜだか傭兵という言葉が胸にひっかかっていた。

なんだろう・・・何かが気になる・・・

そう思いながらふと見ると、ライオネスがクライストをじっと見つめている。

え・・・

だがクライストが気づく前に、ライオネスは目をそらし、何事もなかったようにトリスタンと話し始めた。

・・・ライオネス・・・?

もやっとした気持ちを抱えながら、とりあえず船へと向かう。ライオネスのこの視線の意味を私が知るのは、このすぐあとだった。


船長が言うには、出航前に少し船にトラブルがあったらしい。

「わりいな。コイツもだいぶ年季入っててよ。もうちょっとで準備ができるから、甲板で待っててくれや」

「あっ・・・はい」

「わかった。あとで行き先の詳しい説明をするよ。ちょっとわかりにくい場所だからさ」

クライストが了承すると、船長は分厚い胸板を張って、どんとたたいて見せた。

「おう!どんな難所でも任せとけ!お前さんには世話になったからなあ、どこだって行ってやるぜ!」

「それじゃ、またあとで」

地図を確かめてくる、とクライストが船倉に消える。船長が船員に声をはりあげた。

「おらー!野郎どももたもたすんな!急げよお!!」

・・・また出航かあ・・・

クライストの知り合いだというレムという人物。魔族の血を引くというが、どんな人物なのだろう。

協力はしてくれるのだろうか。私がそう考え始めたとき、ライオネスが声をかけてきた。

「・・・おい、イレイン。」

「ライオネス?どうしたの?」

「・・・ちょっとこい」

「??」

何もいわず、手招きする彼。いぶかしく思いながらも、私は彼のあとに続いた。


たどりついたのは、ウェスタの街からそう遠くない草原だった。

ライオネスは躊躇もせずずんずんと歩いていって、不安になった私は声をかけた。

「ライオネス、どうしたの?あんまり遠くに行くと船行っちゃうよ?」

「・・・・みろ、あそこ」

「・・・・えっ・・・」

ふいに彼は立ち止まり、草原の少し丘になった場所を指差す。そこには。

・・・人が・・・倒れてる・・・?


「あっ、あの、大丈夫ですか!?」

近寄り、声をかけてみる。こんなところで、具合でも悪くなったのだろうか。

ライオネスが近寄って言葉を放った。

「馬鹿、どこが生きてるように見えんだ」

「え・・・じゃ、じゃあ・・・」

「・・・みたとこ、傭兵だな。大方、さっき街の奴らが話してたんは、これのことじゃねえのか」

「この人・・・」

「知ってるのか?」

「昨日、クライストさんとしゃべってた・・・」

昨日のことが鮮明に思い浮かぶ。そう、クライストと笑顔で話していた男だ。間違いなかった。

一見眠っているようにも見えたが、よくみるとその首筋にはそう大きくはないが傷のようなものがついている。

「・・・・・・」

ライオネスが男を見つめる。その険しい表情。犯人が誰か検討がついた、だが断定はできない、そんな感じの顔にも思えた。

「まさか・・・・クライストさん、が・・・?」

しかし、昨日男が話をしたのはクライストだけではないはずだ。私は慌ててその考えを振り払う。

ライオネスが言った。

「・・・・・・。・・・そろそろ、船でんぞ」

「で、でも・・・」

「傭兵の最後なんざ、こんなもんだ。そのうち、モンスターが死骸片付けてくれんだろ」

「っ・・・」

「急がねえと間に合わねえぞ」

返事もまたず、さっさと船に引き返すライオネス。私はその背中を慌てて追った。

・・・・・・そんな・・・クライストさんが、まさか・・・でも、まさかそんなこと・・・ない、よね・・・?

・・・そんな、こと・・・




「しっかしなあ、あのへんは波が高くてなかなか船つけるのは難しいぜ?」

「俺たちが上陸できればそれでいいよ。あとは決めたところで落ち合えば・・・」

船に戻ってきて、しばらくのち。私は甲板でクライストの姿を見つけた。

木箱に座った船長とクライストは甲板で話している。船長がぽんと自身のひざをうった。

「わかった。そいじゃあ、いっちょやってみるか!」

「頼りにしてるよ、船長。あとで部屋に行く。こまかい合流地点を説明するよ」

「おうよ!そいじゃ、先に行ってるぜ!」

威勢よく手を挙げて船長が船長室に消えていく。

クライストがさっきまで彼と見ていた地図をもう一度確認し始めた。

・・・クライストさん・・・なんでもないような顔してる・・・やっぱり、傭兵さんのこととは無関係なのかな・・・

彼の姿を見つめると、クライストはすぐに気づいたらしい。きれいな微笑みを浮かべて歩いてくる。

「・・・そんなに俺のことが気になる?」

「き、気になって、なんか・・・」

「さっきからずっと見てたじゃないか」

「み・・・見てない、よ・・・」

気まずいながらもとっさにうそをついてしまう。クライストは気にもせずに肩をすくめた。

「じゃ、俺の気のせいかな。俺はずっと気になってたのに、残念」

え・・・

思わず目をあげると、至近距離で微笑まれる。

「っ・・・」

頬が熱くなって目をそらす私。対するクライストは何もなかったように地図をまた広げる。

「・・・そういえば、さっきライオネスと2人でどこ行ってたの?」

「えっ」

彼は視線を地図から私に移して、ひた、と顔を見据える。

「・・・ほら、出航前にさ、船出てっただろ」

「・・・あ・・・」

「・・・もしかして、逢引とか?」

「そ、そんなんじゃ・・・」

「へえ?じゃあなんだったのかな、気になるなぁ」

クライストはまた、目を地図に移した。平然とした顔で、書かれた航路を眺めている。

・・・クライストさん・・・。やっぱり、聞いて、みようかな・・・

私は思い切って息を吸うと、クライストの顔を見つめて、声を出した。

「あ、あのね」

「ん?」

「さっき・・・ライオネスと・・・」


話が終わると、クライストは地図をたたんで、ひとつ息をついた。

「・・・ああ、見ちゃったんだ」

「えっ・・・く、クライストさ・・・じゃあ・・・」

言葉がつまり、何もいえなくなった私を静かに見やって、クライストは口を開いた。

「傭兵同士ではよくあることだよ、血の気が多いやつが多いから、ちょっとしたいさかいでね

こっちとしても、降りかかる火の粉は払わなくちゃならないから」

「それでも、こ、殺すなんて・・・」

あのとき、仲がいいようにも見えたのに・・・

「・・・・・・・・」

それに、どうしてそんな平気な顔をしていられるの・・・?

クライストの表情はいつもと同じだった。そして微動だにしない。

彼は私とそのまま目をしばらく合わせたのち、目を閉じてぽつりとつぶやいた。

「・・・・・・。否定したければすればいい。だけど、俺にはこういう生き方しかできないんだ」

「・・・クライスト・・・さん・・・」

「この紋章を、体に刻んだときからね・・・」

クライストがきびすを返して歩き出す。海風になびく、鮮やかな髪の蒼。

その後姿がひどく悲しげに見えたのは、きっと・・・気のせいではなかったと思う。

理由も根拠もないのだけれど・・・彼の心が何も感じていないはずはないと、そう、信じたかった。

・・・クライストさん・・・


「・・・・・・・」

「・・・おい、イレイン」

「あっ・・・ライオネス・・・」

振り返ると、いつのまにかライオネスがそこに立っていた。私の顔を見て彼は眉間にしわを寄せる。

「・・・あの傭兵の件、やっぱりあいつだったのか」

「えっ・・・なんで・・・」

「・・・お前の顔見てなんとなく」

「・・・・・・・」

「傭兵、か・・・同じ剣を扱う仕事でも、俺らとはまた違った奴らってとこなんだろうな」

傭兵・・・は、いうなればお金しだいで仕事を請け負う何でもやのような存在だ。

特に、モンスター退治や護衛、ときには戦争のこまとして使われることもある。

さまざまな人間がいるが、気質としてはだいたい喧嘩っ早い者が多かった。

「・・・昨日も言ったけどよ・・・あいつに近づきすぎんじゃねえぞ」

「・・・・・ライオネス」

ライオネスが警告するように言葉を放つ。私は彼の顔を見つめた。

「・・・上っ面に騙されて気許すと、何されるかわからねえからな」

「で、でも・・・クライストさんは・・・」

「そんなやつじゃねえって思いたいのか?あのツラ見ただろ。殺人やってあんな顔してられるなんて、正気じゃねえぞ」

「っ・・・」

「痛い目にあってからじゃおせえんだ。とにかく、あいつには気をつけろ。・・・わーったな」

「ライオネス・・・」

ライオネスはそういい含めると、船倉のほうへと歩き出した。

彼は私のことを心配して、言ってくれているのだと思う。

だけど・・・私にはどうしても、クライストがそんなに危険な人物だと思えなかった。

王都で子供たちと一緒にいたときのことを思い出す。

事実だけとれば、そうなのかもしれない。警戒することにこしたことはないと・・・だけど・・・

・・・クライストさんは・・・ホントにそんな残酷な人なの・・・?

・・・王都で子供たちと一緒にいたときは、すごく優しそうに見えたのに・・・

ひとつため息をついて、穏やかな海原を遠く眺める。

空の色を移した海の青さが、クライストの髪の色を連想させるようだった。


レムという人物が住む洞窟は、ネド砂漠のちょうど南端のあたりにあった。

いくつか自然にできた洞窟が点在する中で、ひときわ大きな洞窟、その前でクライストが立ち止まる。

「・・・こ、この洞窟に、住んでるの?」

「うん。まあ本人、変わり者だからさ。色々事情もあって」

「事情・・・?」

聞き返す私に、クライストがあいまいに笑う。詳しくは答えず、彼は洞窟の中に歩き出した。

「とりあえず、行こうか。足元に気をつけて」

「う、うん・・・」


洞窟の奥の奥。その男は、私たちに背中を向けて立っていた。

「やあ、レム。ひさしぶりだね」

クライストが屈託なく声をかける。しばし間があったあと・・・彼はゆっくりとこちらを振り向いた。

「・・・・・クライストか。なんだそいつらは」

こ・・・この人がレム・・・さん?

長身痩躯に、ぬれたような長い黒髪が背中を覆う。鋭い蛇のような瞳が、私たちをぎろりと睨みつけていた。

そのまるで憎しみのこもったような気迫に、私だけでなくライオネスやトリスタンまでもが言葉を失う。

「ちょっと色々あってね」

クライストだけが慣れたように、肩をすくめてみせる。レムはもともとあった眉間の皺をより深くした。

「・・・・・・・・・」

クライストは私たちそれぞれと目を合わせたあと、レムに向き直る。ゆっくりともったいぶったように、くちを開いた。

「レム・・・・。・・・・・力を・・・。力を、貸して欲しいんだ」

「・・・・・・断る」

えっ・・・

思わず絶句する私。ライオネスもトリスタンも、目を見開いている。クライストがため息をついた。

「・・・そういうと思ってたよ」

「・・・クライスト。俺が人間との関わりを避けているのを知っていて言っているのか?」

人間との関わりを・・・避けるって・・・

「ああ。だから今まで、君を巻き込まない解決方法を探していたんだ。だけど今回は、俺たちの力だけじゃどうにもならないらしい」

「・・・・・・・・」

だが、レムはかたくなに沈黙したままだ。

ライオネスもトリスタンも、何もいえないでいる。クライストが再び口を開いた。

「とりあえず、話だけでも聞いてもらえないか」

「帰れ」

「お、おいおい・・・なんだよそれ・・・」

「さっきから、ずいぶんと無礼な態度じゃないか」

ライオネスが思わず口を出し、トリスタンは責めるような口調だ。レムが再度、私たちをぎろりと睨んだ。

「無礼だと?無礼なのは貴様らだろう。いきなり押しかけて・・・」

「・・・それは、謝るよ。だけど・・・レム」

「人間の話など聞く気はない。さっさと帰れ!」

「レム・・・」

クライストが目をふせる。レムは私たちを睨みながらつぶやいた。

「クライスト・・・貴様はわかっているはずだ。俺が今まで、どれだけこいつらに苦しめられてきたか・・・」

・・・え?

「・・・レム、彼らがやったわけじゃないよ」

「それでも同じだ。俺にとって人間は憎い敵でしかない」

敵、という言葉に、私はぐっと唇をかみしめる。ライオネスもトリスタンも、神妙な顔をしていた。

敵・・・って・・・やっぱり・・・この人が・・・魔族・・・?

レムが私たちに背中を向ける。クライストがその背中に、一歩近づいた。

「だけど、それを言うなら俺も人間だ。その人間の俺を、君はあのとき助けてくれただろ」

助けた・・・?

「・・・・・ふん・・・・・・」

レムは鼻を鳴らした。

「・・・・・・・ただの気まぐれだ。どうせ、魔剣の持ち主など、最後にはどうなるかしれているからな」

「本当に・・・、そうなのか?」

そのときのクライストの表情は、どこか切実だった。だが、レムは振り返って彼をさげすむように言葉を放つ。

「それ以外に何かあるとでもいいたいのか?そんなくだらぬ期待を持つような甘い奴だとは思っていなかったが」

「・・・・・・・」

クライストさん・・・

「・・・ともかく、これ以上人間どもと関わる気はない。・・・帰れ」

レムが再び私たちに背中をむける。もう、話したくないとでも言うように。

いや・・・実際、話したくもないのだろう。なにしろ魔族からすれば人間は・・・。

「・・・・レム・・・・」

クライストはしばらくその背中を見つめていたが、やがて深々とため息をついた。

「・・・わかったよ。いきなり来て、色々とすまなかった」

「・・・・・・・・・」

「けれど俺は、感謝してるよ。例え気まぐれでも・・・あのとき君が助けてくれたことを」

「クライストさん」

彼はちょっとだけ目を閉じて、それから何かを振り切るように声をあげた。

「イレインちゃん、ライオネス、トリスタン、帰ろう」

「ちょ、ちょっと待て、せっかくここまで来たんだぞ?」

「・・・クライスト」

トリスタンとライオネスが食い下がる。当然だ。海を隔ててはるばる航海してきたというのに・・・

だがクライストは首を振った。

「ごめん、やっぱり・・・レムの気持ちを考えたら・・・。ヴァエルについては、他の方法を探そう」

「・・・ヴァエル・・・」

・・・え・・・?

ぼそりと、レムがつぶやいた気がした。気のせいだろうか。

トリスタンもライオネスも、しばらく納得いかない表情だったが、クライストの説得に折れ、しぶしぶ同意したようだった。

・・・レムさん・・・

私はレムの後姿を見た。彼のかたくなな体は、微動だにしない。洞窟のかすかな光に、彼の艶やかな黒髪が反射していた。

魔族の人からしたら・・・当然なのかもしれない。・・・でも・・・

「・・・それじゃ、行こうか」

最後の頼みの綱が、切れてしまったようだった。レムを頼りにしてきたのに、このさきいったいどうすればいいというのだろう。

クライストの後ろに、ライオネスとトリスタンが続く。私もうつむきながら歩き出そうとした、そのとき。

「・・・おい」

レムの声が、私たちをひきとめた。クライストが、いぶかしげにレムを振り返る。

「・・・・・?レム?」

「・・・今、ヴァエルとか言ったな」

え・・・

「・・・・ああ・・・・。ヴァエル。魔剣ヴァエル。

以前に君が言っていた・・・アグレアスと対になるもうひとつの魔剣だ」

レムが腕組をする。

「・・・強大な魔力を北から感じたが・・・あれはやはりヴァエルだったか・・・」

「・・・レム」

レムはクライストと私たちに改めて向き直った。

「詳しい話を聞かせろ」

・・・レムさん・・・?

「・・・・・・・・わかった」

クライストが了承したようにうなずき、これまでのことを話し始める。

とりあえず、話は聞いてもらえるらしい。少しだけ、希望の光が見えたような気がした。


クライストが一通り話し終えると、レムは厳しい表情でぼそりとつぶやいた。

「魔剣ヴァエルがエルムナードに・・・」

「ああ。持ち主のエルムナード女王は倒したが、ヴァエルは宿主を探してさまよっている状態だ」

レムが再度腕を組む。クライストをはじめ、私たちを見渡して口を開いた。

「・・・なるほどな。それで・・・貴様らは何をしようとしているんだ?」

レムの視線が私の上でとまる。自分に聞かれているような気がして、私はおずおずと言った。

「・・・その、ヴァエルを、倒そうと・・・」

「・・・ディーヴァを・・・倒すだと・・・?」

レムの、その蛇のような瞳が見開かれる。息をのんでそれを見つめていると、彼はとたんに声をあげて笑い出した。

「くっ・・・・はははははっっ!!」

「何がおかしい!」

むっとしたかトリスタンが食ってかかる。だがレムは意にも介さず、クライストを見て言った。

「人間ごときがディーヴァを倒すだと!?とんだ笑い話だな、クライスト」

「・・・・・・・」

「ここのクズどもに情がうつって、俺に話をしにきたとでも言うつもりか」

「てめえっ・・・」

見下した口調に、ライオネスが激する。私はぐっと胸元のこぶしを握り締めた。

そんな・・・言い方・・・

レムはなおも続けた。

「ずいぶんと虫のいい話だな。自分たちが彼らにしてきた所業・・・その報いを受けることなく

彼らが精神体となったのちもなお、その存在を潰そうとするとは」

レムの言葉は真実だ。クレール国民が魔族を根絶やしにしようとした残酷な事実。だが・・・

「・・・ヴァエルのことは・・・確かに昔のクレールの人たちが悪いのかもしれないけど・・・

・・・でも・・・」

「小娘。彼ら・・魔族が迫害を受けていたのは何もクレールだけのことではないぞ。」

「え・・」

レムの言葉に、私は目を見開く。レムはなおも蔑んだような目で私を凝視し、続けた。

「世界中の魔族という魔族が、人間たちから差別と虐待を受けていたのだ。

・・・彼らは人間たちに何もしていないというのに・・むしろ、弱き人間たちを手助けしていたというのに・・・

人間たちはその力に恐れおののき、彼らを追放し、残虐な方法で殺戮した」

「古代人魔戦争の文献には、この戦争は魔族が火種だったとされているけど・・」

クライストが口を挟む。すぐさまレムが反論した。

「それは人間側の言い分だ。ずるがしこい人間どもは、歴史を都合のいいように美化するからな。

・・・迫害を受け、滅び行く直前、魔族たちは自らの魔力を結集して、ふたつの魔剣を作り出した」

「!・・・それが・・・アグレアスと・・・」

「ヴァエル・・・・」

私の言葉をクライストが受けつぐ。レムがうなずいた。

「そうだ。ふたつの剣は人間どもへの復讐のために作り出された、いわば呪われた剣」

「呪われた・・・剣・・・だと!?し、しかし・・・」

「・・・・・・・・・」

あまりな言いように、トリスタンが驚いたようにライオネスと目を合わせる。

すさまじい力を持つ、魔剣。それは魔族に作られた、復讐のためののろわれた剣だというのか―。

「どうして・・・剣に・・・」

「人間の命を喰らうためだ」

「!!!!」

命を・・・食らう!?

「なっ・・・命を喰う・・・って・・・なんだよ・・・それ・・・」

ライオネスが声を上げる。レムが心底馬鹿にしたような目でライオネスを眺めた。

「魔剣は命を喰らう。契約した宿主の肉体を使ってな。

宿主がいなくなれば、また次の契約者を探す。

そうしてすべての人間の命を刈り取るまで復讐は続くのだ」

「復讐のためだけに存在する・・魔族の怨恨・・それがディーヴァ・・か。」

目を伏せて言うクライスト。レムはにやりと笑った。

「人間は本当に愚かだ。より強い力を得ようと、次から次へとディーヴァと契約する。

・・・なあ、クライスト」

「・・・ああ、そうだな・・・。」

クライストがうなずく。

魔剣はのろわれた、剣・・・じゃあ・・・クライストさんのアグレアスも・・・

「・・・く・・・クライストさんのディーヴァも、人間の命を欲しがるの・・?」

心臓の鼓動が早まる。私は胸を押さえた。そんな恐ろしい魔剣を、クライストが・・・。

「・・・そうだよ。・・命を欲するのは、ディーヴァの性だから。

それがなければ、魔力を維持できないというのもある」

彼は平然と躊躇もなく、うなずく。その冷静さが、なんだか逆に不自然だった。

「じゃあ・・・魔剣の持ち主は、絶えず命を奪いつづけていなければならないということなのか・・?」

「・・・まあ、一度に大量に手に入れば、当分は持つよ。俺がこの仕事をしてるのも、都合がいいからで・・・大幅な強化ならともかく、魔力の維持だけなら、たいしたことない」

「・・・・・・」

トリスタンの問いにクライストはやはり普通に答える。

「クライストさん・・さらっとすごいこと言ってる・・」

感覚が、麻痺しているのだろうか。命を奪うことに、なんの疑問ももたないような話しかただった。

ライオネスが質問する。

「なあ・・命を欲しがるのはわかるけど、あえて人を殺さなかったらどうなるんだ?他を探してでていっちまうんじゃねえのか?」

レムが答えた。

「それはないな。ディーヴァは貪欲に生命を欲する。殺したくなくても、魔剣に振り回されながら無差別に虐殺を繰り返すはめになる」

「・・・・マジかよ・・」

目を見開いたまま、呆然とつぶやくライオネス。レムはおもむろに口を開いた。

「・・・・・・・この際だから、はっきり言ってやろう。お前らがディーヴァを倒すことなど、不可能だ」

不可能ということばに、胸がえぐられるような気持ちになる。だけど・・・私は慌てて声をあげた。

「っ・・・で、でも、今は手も足も出ないけれど、もし・・・」

「仮に直接攻撃をできたとしても、人間が魔族の魔力にかなうわけがなかろう」

「っ・・・」

私は言葉につまった。確かに、レムの言うとおりだ。魔力を持たない私たちに、魔族に勝つことなど・・・

だけど・・・だけど・・・

「と、いうわけだ。俺は貴様らに協力などする気は微塵もない。さっさと帰るんだな」

「だってこのままじゃ・・クレールの人たちがヴァエルに・・・!!」

搾り出した声はほとんど叫びに近かったと思う。

だが、そんな私をあざ笑ってレムは言葉を吐いた。

「だからなんだというのだ。魔族の恨みを買うようなことをするお前らが悪いんだろう」

「それは昔のことじゃない!今の人たちはそんなこと知らない!」

「知らないから、罪はないというのか?ふざけるな!!!俺の母や父を血祭りにあげたのはお前らだろう!」

「!」

血祭りって・・・

「・・・あなたのお父さんやお母さんが・・・?」

「・・・レム。イレインちゃんたちがやったわけじゃないよ」

クライストがレムをいさめる様に言う。しかしレムは鼻で笑った。

「それに何の意味がある?さっきも言ったが、俺にとって人間は敵でしかない」

ライオネスとトリスタンが、厳しい顔でお互いを見やる。

協力は期待できそうにない、と彼らの表情がすでに物語っていた。

「・・・予想はしてた。だけど・・・俺を助けてくれた君なら・・・あるいは、と淡い期待を抱いていたよ」

「気まぐれを優しさと勘違いされても困るな。人間とはつくづくおめでたい生き物らしい」

「レム・・・」

クライストがどこかすがる様な目でレムを見つめる。彼のこんな表情を、初めて見た気がした。

「・・・・・・・・」

それでも、レムは少しも表情を変えない。クライストはやがて、深い深いため息をついた。

「・・・・・・・・。わかったよ。・・・無理を言ってすまなかった。

酷な話だよな。親を人間に殺され、自身もずっと人間に追われ続けてきた君にとっては・・・」

「・・・・・・・・」

レムは何も答えない。そのまま、顔をそらしてクライストは歩き出した。

「・・・行こう」

「クライストさん・・・」

私はレムのほうを気になりつつも、彼の後姿を追う。

「お、おい待てよ!」

「・・・クライスト・・・」

ライオネスとトリスタンのふたりが、慌ててあとに続いた。


これから、どうすればいいのだろう。

絶望的な気分が、胸の中を覆っていた。

私だけではない、ライオネスもトリスタンも、そして、クライストも・・・皆、険しいとしかいいようのない表情をしていた。最後の頼みの綱であったレムはもう、協力はしてくれない。

今はまだ、持ち主を得ていないヴァエル。だがそれも、時間の問題だろう。

いずれは・・・。最悪の事態を想像して、私は唇をかみしめた。

帰りを待っていた船長が、私たちの顔を見て目を見開く。それに反応する余裕もないまま、船倉へ入ろうとすると・・・

「なんだ?あんたら、仲間が増えたか?」

船長のいぶかしげな声。私は顔をあげた。彼が甲板の向こうを指差している。そこには・・・

「・・・お前らのためじゃないからな」

「レム・・・!」

海風に黒く長い髪をなびかせる、レムの姿があった。クライストが駆け寄る。

「レム・・・いいのか?」

レムはすっと目をふせた。

「・・・ただの暇つぶしだ。ありがたく思え」

っていうことは・・・!!!!

胸の中の暗雲が、たちまちに晴れていく。知らぬ間に私は、レムのところへ走っていた。

「ありがとう!おじさん!」

「おっ・・・おじ・・・?」

「・・・レム・・・すまない・・・」

クライストが申し訳なさそうに、謝る。その顔を静かに眺めながら、レムは海原のほうへ視線をそらし、口を開いた。

「・・・見届けてやる」

「え?」

顔をあげたクライストの脇をすっと通り過ぎ、すたすたと甲板を歩き出す。その唇が、また語った。

「お前が選び取った生き方を。・・・退屈しのぎにちょうどいい」

「・・・レム・・・」

クライストさん・・・

そのときのクライストの表情。私が今までに、見たこともない、

限りなくうれしそうな、そして限りなくさびしそうで悲しそうな・・・そんな、笑顔だった。


作戦会議は船長の部屋で行われた。

協力してくれることとはなったものの、レムは変わらず尊大な態度で、私たちに言葉を吐いた。

「・・・正直、ディーヴァ・ヴァエルは人間の力でどうこうできるような存在ではない。

たとえ俺が協力したとしても、倒すなどということは到底無理な話だろう・・・だが」

「レム・・・」

「・・・術がないわけでもない」

「どういう意味だよ?」

回りくどい言い方にライオネスが聞き返す。クライストが顎に手をあてた。

「倒すのが無理・・・とするならば」

「・・・・・『封印』だ」

聞きなれぬ言葉に私は眉をひそめる。

そんな私の顔を見て、レムは深いため息をつき面倒くさそうに口を開いた。

「ディーヴァ・ヴァエルを、アグレアス内に封印する」

「・・・えっ・・・ええええっ!!??」

「な・・・なんだそりゃ・・・」

トリスタンが素っ頓狂な声をあげ、ライオネスは呆然とつぶやく。

「・・・アグレアスの、中に・・・」

クライストは自身の胸に手を当てた。

「クライストさん・・・」

「・・・・・・・。具体的には、どうやって?」

クライストがレムと目を合わせる。レムはクライストの胸元を見つつ、説明をはじめた。

「まず、宿主がいる場合なら・・・ヴァエルの持ち主を倒す。ディーヴァヴァエルが出現したところで、アグレアスの魔力を全解放し、俺がそれを増幅する」

「・・・魔力の抱合・・・か・・・」

「抱合って?」

クライストのつぶやきに思わず質問すると、レムがかわりに答えた。

「異なる性質の魔力同士は、より強大な方が小さなほうを包括することがある」

「・・・増幅したアグレアスの魔力で、ヴァエルの魔力をアグレアスの中に封じ込めるってことか」

レムがうなずく。

「そうだ。一度封じ込められた魔力は抱合反応により一時的に包括魔力の質と同化する」

「え・・・えーと・・・????」

抱合・・・とはなんだろうか。さっぱりふたりの会話についていけない。

「つまり・・・」

「・・・どういうことなんだよ?」

トリスタンとライオネスも同じようだ。レムがせせら笑った。

「・・・頭が弱そうだと思っていたが、銀髪、どうやら本当に中身もそうらしいな」

「こんのやろっ・・・」

ライオネスがレムを睨みつける。クライストはそれをなだめながらも、私たちに向き直って口を開いた。

「つまりはこういうことだよ。

レムの力を借りて、俺のアグレアスにディーヴァ・ヴァエルを封じる」

「ふ、封じるって・・・でも・・・そんなことして大丈夫なの?」

強大な力を持つアグレアス。それにヴァエルの力までをも加えるとなると・・・とんでもないことになりそうな気がする。

「ふたつの異なる魔力に力の差があるとき、低い魔力は高い魔力の属性に同化する性質があるんだ。だから、アグレアスの魔力がヴァエルより格段に大きければ、ヴァエルはアグレアスと同化する」

「ヴァエルが・・・アグレアスに・・・」

「・・・もちろん、一時的なものではあるけどね」

「同化しても、完全ではない。何かのきっかけで分離する可能性はあるが・・・それでもヴァエルの力を削ぐには、これで十分だろう」

レムがこともなげに言う。なんだかすごい方法のようだが・・・

だいじょうぶ、なのかな・・・

私はクライストをちらりと見る。いつものなんでもないような顔をしているけれど・・・

クライストさん・・・

「し、しかし・・・本当に、可能なのか?できるのか?」

トリスタンも同じような気持ちのようだ。レムはそんな彼を小ばかにしたように見やった。

「無意味な質問をするな。成功する可能性など、誰にもわからん」

成功するかどうかは、わからない・・・だけど・・・

「・・・でも、方法は、それしか、ないんだよね・・・」

「イレイン・・・」

つぶやいた私を、クライストが見つめる。私は彼の不思議な瞳を見つめ返した。

「・・・クライストさん・・・」

クライストはまるで私を安心させるように、微笑む。

「・・・わかってるよ、イレインちゃん。必ず、成功させて見せる。だから、心配しないで」

「・・・・クライストさん・・・!・・・・あ・・・ありがとう・・・」

その、きれいな笑顔とやさしい声。思わずお礼の言葉が出た。けれど・・・

だけど・・・本当に、大丈夫なんだろうか・・・

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

ライオネスとトリスタンも、なんとなく、複雑そうな表情をしていた。

この方法でなければ、クレールは助からないという。だが・・・・・・・・。

「・・・レム、ヴァエルは今・・・?」

クライストの問いに、レムが目を閉じる。しばらく閉じた後、目を開けてにやりと笑った。

「・・・クライスト、面白いことになってきたぞ」

「え・・?」

「ヴァエルが宿主を手に入れた。誰かはわからんがな。場所は・・・クレール王国だ」

「!!!」

「な・・・なんだって・・・」

ヴァエルが・・・ヴァエルを宿した人がクレールに・・・!?いったい・・・

レムの宣言するような声に、その場は騒然となる。

クライストが静かに、言った。

「・・・クレールに、急ごう」


船は一路、クレールへと出港した。

船員たちがあわただしく働く中、船倉に下りると、廊下に向かい合う二人の男の姿が見えた。

あ、クライストさんと、ライオネス・・・?

ふたりが話しているのは珍しいことでもないけれど、ライオネスのほうは深刻な顔をしている。

どうしたんだろう・・・?

なんとなく声もかけづらい雰囲気で、私が彼らを見つめていると、ライオネスが口火を切った。

「・・・なんか、悪いな・・・」

クライストが聞き返す。

「ん?何が?」

「ヴァエルのことを、お前ひとりに任せるような感じに、なっちまってよ・・・」

「なんだ、そんなこと。いいよ、別に」

私のほうからはクライストは後姿しか見えない。だけど、肩をすくめたのが微かにわかった。

ライオネスが首を振る。

「よくねえだろ・・・」

「ライオネス」

「もともとお前は騎士団の人間ってわけでもねえし、クレールに住んでたわけでもねえのに・・・

そのお前に・・・俺らクレールの人間が、頼りきるしかねえなんてよ・・・なんか・・・」

ライオネス・・・

ライオネスの顔は気まずそうだった。たぶん、本当に申し訳なく思っているのだろう。

「・・・仕方ないよ。人間がどうこうできる相手じゃないって、レムも言ってただろ」

「・・・・・・・・」

ライオネスは目を伏せたまま、何も答えない。クライストがそんな彼を見つめながら、ふっと息を吐いた。

「・・・むしろ俺は、嬉しいんだ」

「・・・・・・・なんだって?」

ライオネスが聞き返して、クライストの顔を凝視する。クライストは、静かに語った。

「・・・人の命を奪うことしかできなかった、こんな俺に・・・できることがあるってことが」

「クライスト・・・・・・・・・」

「・・・のろわれた力でも、誰かのために使えるのなら・・・それを持つのも悪くないって思える」

・・・クライストさん・・・

クライストは・・・笑顔でも浮かべていたのだろうか。ライオネスが目を見開くのが見えた。

「・・・・・・・・お前」

「・・・だから、俺は絶対に成功させるよ。せっかくレムが、力を貸してくれるって言ってくれてることだしね。

それじゃ、またあとで」

そのままクライストは歩き出し、ライオネスとすれちがう。そのまま廊下の奥に姿を消した。

「・・・・・」

ライオネス・・・

私は一歩、二歩、沈黙するライオネスに近づく。ライオネスが私を見て、唇をかみしめた。

「・・・俺、何もわかってなかった」

「え?」

「・・・あいつのこと。あいつは、いつもあんな平然とした顔して・・・本当は・・・」

彼はじっと、船倉の木でできた床を見つめている。その瞳がこころなしか・・・潤んでいるようにも見えた。

「・・・ライオネス・・・。クライストさんは、そんな人じゃないんだよ」

クライストを疑ってばかりいたライオネス。自責の念に駆られているのか、どうかはわからないが・・・。

彼は拳をにぎりしめ、天井を仰いだ。

「・・・ああ・・・。お前の言うとおりだな。本当に苦しい奴は・・・苦しいなんていわないもんなのかもな」

「・・・クライストさん、それでも私たちのために・・・」

「・・・ああ・・・」

ライオネスが再びうつむく。

『・・・のろわれた力でも、誰かのために使えるのなら・・・それを持つのも悪くないって思える』

・・・・・・・クライストさん・・・・・・・

きっとこの言葉も、あの変わらない笑顔でいったのだろう。

複雑な思いたちを抱きながら、私たちは王都へと海を渡る。

王都クレールをヴァエルから、救うため。ただ、それだけのために。



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