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通い妻となったクラスメイトに堕落させられる  作者: 進道 拓真
第三章

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第九十五話 可愛さへの称賛


 想定外のアクシデントに巡り合ってしまうという事件こそあったが、わざわざ大事にすることでもないのでそのまま教室へと戻っていけば、ちょうど昼休憩も終わりの時刻だった。

 颯哉には時間ギリギリだと窘められてしまったが、これも自己責任なので仕方がない。



 それから体育祭は午後の部もつつがなく進んでいき、全ての種目が終わる頃には全員がへとへとになりながらも、どこか清々しい表情を浮かべていたのが印象的だった。

 あれだけ全力を振り絞って取り組めば勝ち負けに関わらず思うところもあるだろうし、それはこの行事に真剣に参加していた奴ほど顕著なことだ。


 全体の結果としては拓也たちの所属する赤組は白組に対して僅差で負けてしまったが、それも気にならないくらいには良い思い出になったと言えるだろう。

 …まぁ、勝ち負けにこだわっていた颯哉に限っては非常に悔しがっていたが、後の対処は真衣に任せておくとしよう。


 様々なトラブルこそあったものの、終わってみれば何だか寂しいと思ってしまうのはきっと拓也だけではないだろう。

 それはきっとこの楽しかったイベントが過ぎ去ることへの寂寥感でもあり、退屈な日常に戻ってしまうことへの心残りがあるからだ。


(…でも、得たものもあった。もう燻ってばかりでいるのはごめんだ)


 しかし、拓也の中にある感情は尾を引いた心残りではなく決意だった。

 いつも自分の隣で笑いかけてくれるあの少女へ、想いを伝える。その覚悟を。


 まだ具体的なことは何も固まっていないが、それはまた少しずつ考えていけばいい。

 今の拓也にとっては、踏み出す覚悟を決めたことが一番重要なことなのだから。


 そんな思考に耽りながら体育祭が終わった後のグラウンドをぼーっと眺めていると、背後から声がかけられる。


「よう、拓也! もう終わっちまうのは残念だけど、何だかんだで楽しいもんだったな!」

「まあな。ギリギリで負けたのはもったいなかったけど、それもいい思い出だろ」

「俺としちゃ、本気で勝ちにいったんだけどな……来年こそは勝ち越してやる!」


 イベントが終わった後の高揚感に包まれているのか、普段より二割増しのテンションでこちらに絡んできた颯哉。

 それに伴ってこちらの背中をバンバンと叩いてきたが、正直痛いのでやめてほしい。


 こいつのテンションが高いのは今に始まったことでもないが、時と場合によってそれも変動してくるようだ。


「そういや、この後お前はどうすんだ? せっかくの体育祭後だし、どっか寄って行くか?」

「…いや、今日はこのまま帰るよ。動き回って疲れたし、少し体を休ませてやらないと来週に響きそうだ」

「それもそうか。じゃ、今日はここまでだな」

「ああ」


 少し腕を回しながら自分の身体の状態を確認すれば、日々のジョギングの成果が出ているのかそこまで消耗はしていない。

 ただ、やはり日課の軽い運動だけではカバーしきれない部分もあったのか、所々で痛む箇所もあるし無理はしないのが賢明だろう。


 そういった理由もあって颯哉の誘いを断れば、あいつも納得してくれたようで身を引いてくれた。

 一見周りが見えなくなっているように思えても、実のところしっかりと他人を気遣えるやつなので、こういった時にはこちらの事情も汲んでくれるのだ。


 既に帰宅してもよいという合図は出されているので、とっとと帰ってしまったのが吉だろう。


「そんじゃまたな。今日はせいぜい休んでおけよ!」

「わかってるよ。自分で自分を苦しめるようなことはしないって」


 拓也としても筋肉痛で苦しむことなど御免被るので、今日一日はしっかりと休息を入れる予定だ。

 特にこの後は動く予定もないし、それでいいはずだ。


 そのまま颯哉に別れを告げながら帰路に付いていけば、時間的にも拓也と同じように帰り道を歩いている者達は多いようで普段よりも道が混雑していた。

 自宅に近づいていけばこの人だかりも減っていくはずなので、それまでの辛抱だろう。





     ◆





 家の鍵を開けて扉をくぐれば、玄関に拓也のものではない靴が並べられているので唯が既に帰ってきているのか。

 リビングの奥の方ではテレビから漏れ出ているような音が聞こえているし、彼女ものんびり休みに来たのだろう。


 そんなことを考えながら廊下を通りリビングへと入っていけば、予想通り唯がソファにもたれかかっていた。


「やっぱいたか。ただいま」

「お帰りなさい! 今日は大活躍だったね!」


 ドアを開けてきた音で気が付かれていたのか、入ったと同時に彼女の方から労いの言葉を投げかけられた。

 その一声で今日一日の疲労さえ吹き飛ぶような錯覚さえ起こってきそうなものだったが、その感情を隠すように笑って誤魔化した。


「そうでもないって。結局そこまで貢献できてなかったからな。…少し着替えてくるよ」

「はーい。…あ、でも私にとっては拓也くんの活躍が一番だったからね?」

「……そうかい。ありがとな」


 帰ってきた直後で私服にもなれていないので、一旦リビングを出て汗を吸ったシャツを脱いで来ようとすれば、その直前に唯から何よりも嬉しい褒め言葉をもらってしまった。

 おそらく赤くなっているであろう顔を隠すかのように背を向けながら礼を言えば、作戦成功と言わんばかりに笑う彼女の声が静かに部屋に響いていた。


 …あまりにも突発すぎてしてやられてしまったが、今はこの顔の熱を冷ますことも兼ねて顔でも洗ってくるとするか。




「ふぅ、やれやれ。やっと落ち着けた感じだな」

「だねー。さっきまで動きっぱなしだったもん」


 着替えを済ませて部屋へと戻れば、唯と中身のない会話を交わしながらついさっきまで行われていた体育祭への心労を思い出してしまった。

 本来の意味とは違った意味でイベント盛りだくさんになってしまった今回の件だが、それによってはっきりとさせられたこともあった。


 収穫がゼロではないことは、かなり大きなことだろう。

 今も隣で座ってる可憐な少女の方をチラリと見れば、上機嫌そうに体を揺らしながら目を細めている。


(……多分、唯は俺のことを好いてくれてる……と思う。絶対とは断言できないけど、あれだけわかりやすく言われれば、嫌でもそれは伝わってくる)


 今までであれば、唯から向けてきてくれた感情は仲の良い友人にあたる親愛であり、それは異性へ向けたものではないと思い込んできていた。

 …だけど、彼女の好きな人がいるという発言とこの現状を考えれば……それは拓也である可能性が最も高いだろう。


 もし仮にそうだとしたら、もう唯の好意に気づかないふりはできない。

 少なくとも、彼女は確実に寄り添うための一歩を踏み出して来てくれたのだ。

 ならばその勇気には、こちらも覚悟を持って返さなければならないはずだ。


(問題はいつ伝えるかだけど……あまり焦って失敗するのもあれだし、難しいところだな…)


 拓也の予想通りに唯が好意を向けてくれているというのなら、彼女を待たせすぎるというのもさすがに失礼だ。

 とはいえ、結果を急ぐあまり勢いのままにことを進めるのも得策だとは思えない。


 告白の日付にこだわるわけではないが、どうせなら手を尽くしたいと思ってしまうのは自然なことだろう。


 そんな思考を続けていれば、拓也の視線を感じ取ったのか横目で唯を眺めていたことが気づかれてしまった。


「ん、なぁに? 私の顔にゴミでもついてた?」

「…あぁいや、何でもないんだ。ただ…なんとなく見てただけだから」


 とっさの言い訳も思いつかなかったので曖昧に弁明しようとすれば、さすがに怪しいと思って追及してくる……かと思いきや。

 どうしてか嬉しそうにはにかむ唯に、今度はこちらが首を傾げてしまう。


「…そっか! ならもっと見ててもいいよ? ほら、今の私を見てどう思う?」

「また唐突だな……うーん。安直だけど、いつも通り可愛いと思うぞ」


 いきなり始まった唯への批評に少し戸惑ってしまうが、彼女への評価を全てまとめようとすると長時間を要しそうなので一言にまとめた。

 拓也からしてみれば唯に対して真っ先に抱く感情は「可愛い」や「愛しい」といったものだし、これも嘘ではない。


 素直に口にするのは少し気恥ずかしさもあったが、ここで言い淀んだりすればそれこそ唯のことを何とも思っていないのかと思われかねないので、はっきりと言葉にする。


 そうすればそれは正解だったのか、口元を盛大に緩めながら笑顔になっている唯の姿が見受けられた。


「えへへ~。また拓也くんに言われると格別だね!」

「…ゆるゆるだな。もっと気を引き締めておいた方がいいんじゃないか?」

「それも今更だよ。…拓也くん以外にはこんなとこ見せないし、ちょっとくらいいいでしょ?」

「まぁ…それならいいか」


 拓也の飾り気のない褒め言葉でここまで喜んでくれるのであれば、こちらとしても嬉しい限りだった。

 …こんな姿をクラスのやつらが見たら驚愕してきそうなものだが、そんな懸念とは裏腹に拓也にしか見せないという発言は、一種の優越感を感じさせるようで胸が熱くなった。


(…ほんと、可愛い限りだよ。全く)


 この胸に灯る炎は、日を経るごとに強くなっている。

 それは唯への想いを強めていることを暗示しているかのようで……不思議と、そんなことも喜ばしく思うのだった。


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