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通い妻となったクラスメイトに堕落させられる  作者: 進道 拓真
第三章

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第九十二話 先か、停滞か


 水飲み場で唯と鉢合わせてから、この近くに他の誰もやってくる気配が無かったので彼女と雑談を繰り広げていたが、なんとなくその様子にも違和感を覚えてきた。

 どこか話している最中にも返答がぎこちないというか、一瞬言葉に詰まったりもしているので、最初は唯が話してくれるまで触れないようにと思っていたが……この様子だと、そういうわけにもいかないかもしれない。


 もし彼女が何かに悩んでいるというのなら、それを共有してやりたいし、苦しみを少しでも減らしてやりたい。


「なあ唯。何かあったのか? さっきから様子が変だけど…」

「え、そ、そんなことないよ? …ただ、少し悩んでるというか……」


 …やはり、彼女の中でちょっとしたトラブルのようなことがあったのか。

 なんとなく察しはしていたが、こうして直接告げられるとそれをどうにかしてやりたいと思う。


 拓也一人の力では頼りないかもしれないが、それでもできることはするつもりだ。


「…力になれそうだったら相談に乗るから、話してくれないか? 頼りないってことなら素直に諦めるけど」

「頼りないなんてことないよ! だけど、内容がちょっと……拓也くんに関係のあることというか……」

「え、俺に関係のあること?」

「う、うん……」


 少し悩みの中身に踏み入って聞いていけば、なぜか気まずそうに唯が自分に関連したことだと言ってくる。

 まさか拓也も、そのような内容のことが飛んでくるとは思っていなかったので目を丸くしてしまうが、そうだとしたら尚更内容が気になってきてしまった。


 彼女の態度から考えるに、何か拓也の陰口でも言われたのだろうか……?


「う、うーん……じゃあ隠してても意味ないし、話すね?」

「あ、ああ……頼む」


 自分に関連することとなると聞くのが怖い気もしてくるが、そこで怯えてばかりもいられないので覚悟を決めて話を聞く態勢になる。

 唯も諦めがついたのか、その固く閉ざしていた口を開いて拓也へと事情を説明してくれた。


「その……さっき同じクラスの人たちが、拓也くんの容姿がいいねって褒めてて……」

「俺の見た目って……他のやつらがか?」

「…うん」

「……それだけか?」

「えっ? そ、そうだけど」


 何を言われるのかと身構えていれば、相談内容が予想以上に軽いことだったので思わず聞き返してしまった。

 唯があまりにも深刻そうな顔をするのでどんなことを口にするのかと思っていたのだが、それくらいならばなんてこともない。


「…そんな重大なことでもないだろ、これ」

「ええぇ!? で、でも! 拓也くんの良さが周りの人に知られてきてるってことだし、何か思うこともあるでしょ?」

「まぁ嬉しいか嬉しくないかで聞かれたら、そりゃ嬉しくはあるけど……」


 確かに同じクラスの者達、それも顔見知りの相手に自分が認められてきているというのは歓迎すべきことだ。そこは間違いない。

 ただ何というか、以前までの自分であれば周りに認められることに感じることもあったのだろうが、今ではそこまで大きなことだと思えていないのだ。


 これは勝手な想像でしかないが、現在の拓也にとっては唯に認められることこそが何よりも嬉しいことであって、それ以外のことには関心も薄くなってきているのかもしれない。

 それだけ唯の存在が拓也の中で大きくなっているということでもあるので、嬉しくも思えてくるが……少し感覚がずれてきてるのかもな。


「しっかし見た目がねぇ……こんなののどこがいいんだか」

「…拓也くんって、細かいところにも気が付くわりに鈍いよね」


 目元を隠している前髪をいじりながら、自分の外見の良さなど皆無だろうと漏らせば、なぜか呆れたように溜め息をこぼしている唯にジト目で見られる。

 別に間違ったことは言ってないだろうに。


「このままじゃ野暮ったいことも確かだしな。…せっかくだし、前髪も切ってみようかな」

「え? そ、それはちょっと……」

「…なんかまずいことでもあったか?」

「まずくはないんだけど……色々と大変なことになりそうなので、そのままでお願いします……」

「唯がそう言うならそうするけどさ…」


 自分の不愛想なイメージを加速させているこの長い前髪だが、印象を変えるためにも短くしてみるのもいいかもしれない。

 そう思って漏らした一言だったが、少し慌てた様子の唯に止められてしまったので思いとどまる。


 この前髪に執着があるわけではないが、特段髪を短くしたいと強く思っているわけでもないので、彼女が望んでいないのならわざわざする理由もない。

 なので髪を短くすることは踏みとどまれば、唯もホッとしたようで安心したかのように息を吐いている。


「なんにせよ、教えてくれてありがとな。何か悪口でも言われたのかと思ってたから身構えちまったけど、そういうことでもなさそうで安心したよ」

「…私はちっとも安心できないんだけどね」

「そうなのか? そりゃまたどうして」

「…拓也くんは知らなくていーの! これは私が頑張ることだから!」

「お、おう……そっか」


 機嫌を損ねていたかと思えば、一変して何らかのやる気を漲らせていく唯。

 その変化の激しさに戸惑ってしまうが……気分も回復したようだし、別に良いか。


「まああんまり気張りすぎるなよ? 頑張るのも良いけど、それで気負いすぎて倒れたりしたら怖いからな」

「…そういうところだよ、本当に」

「……え?」


 何を頑張るのかは分からないが、彼女が努力するのならそれを止めるのも無粋だろう。

 せめてもの応援として一声かけてやれば、どうしてか意見がすれ違っているようだった。




「…じゃあ、そろそろ戻るか。唯はどうする?」

「私ももう戻ろうかな。もともと拓也くんに声をかけようと思って来ただけだからね」

「なら一緒に行くか。それくらいならいいだろ」

「うん!」


 話している間に大分体も休まってきたし、走ったことによって溜まっていた疲労も抜けてきた。

 目的であった水分補給も済んだので帰ろうと思い、一緒にいた唯に声をかけてやれば彼女も戻るつもりのようだ。


 あまり長い時間唯と共にいるところを見られるわけにはいかないが、一緒に帰るくらいならばそこで偶然鉢合わせたとでも言っておけばいいだろう。


「…でも、戻ったらまた一緒に話せなくなっちゃうんだよね……それはちょっと残念かな」

「仕方ないさ。お互いに接点ができたって言っても周りから見れば日も浅いし、そんな中で親し気に話してたらどうあっても違和感は抱かれるからな。…それにもうすぐ昼時だし、午後の部が終わったらまた家で話せるだろ?」

「それはそうなんだけどね……やっぱり、学校でも家みたいに話したいなーって思っちゃうんだ」

「……まぁ、それは追々な」


 寂し気に話す唯の言葉を聞くが、拓也もその意見には賛同だった。

 もし学校でも素の様子を出した唯と話すことが出来たら楽しいだろうし、拓也もそちらの彼女の方が好きなのだから当然だ。


 …しかし、それを可能にするためには今の関係性だけでは足りないのも事実だ。

 単なるクラスメイトでは我が家での距離感で接することなんてできないし、もしそれを可能にしたいのなら周囲を納得させられるような材料が必要だ。


(…でもな。こんな俺でいいのか?)


 唯は言っていた。自分が拓也から離れていくことはないと。

 それは本心からの言葉だっただろうし、拓也自身もそれに救われたのだから疑うつもりなんて微塵もない。


 …けれど、自分が彼女にこの想いを告げたことで今の心地よい関係に罅を入れてしまったとしたら?

 自分の傍から彼女が離れていくことはなかったとしても、それまでの和やかな雰囲気は全て崩されてしまうだろう。


 その可能性を思えば、一歩先へ進むための勇気が抜けていってしまいそうになる。



 先へと進むのか。停滞した関係を選ぶのか。

 その答えはまだ、出ていない。


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