第八十二話 胸に灯る熱は
先ほどの特大の花火がどうやら最後の一発だったようで、それが終わった途端に花火打ち上げ終了のアナウンスが流れてきた。
それを皮切りに目の前の人の集団も流れ始めたので、この階段付近もいずれ人で埋まってくるだろう。
「…俺たちも帰るか。時間も遅いしな」
「うん。…もう終わっちゃったのかぁ」
楽しかったイベントが終わることに寂寥感を覚えたのか、漏らされた言葉には哀愁が漂っていた。
その気持ちは理解できるし、それまでの時間が楽しいと感じていたからこそ、その終わりに対する感情は比例するように強く感じられるものだ。
だが、それに反して拓也は今回の祭りが終わることにそれほど寂しさを覚えていなかった。
それは今日の思い出に対する寂しさ以上に、内心に充足感が溢れているからだろう。
「んな顔しなくても、また来年くればいいさ。そのための時間はあるんだ」
「…そっか、そうだよね。よし! 元気出た!」
「ならよし。人込みに巻き込まれないうちに早いとこ出ようぜ」
あの人の量に追いつかれれば帰る時間がさらに遅くなってしまうので、早々にこの場を去るに限る。
またこの周辺に人が溢れる前に、拓也と唯は祭りの会場を後にしていった。
神社を出た拓也たちは、自宅に帰るための帰路に付いていた。
少し辺りを見れば、同じように帰宅のための道を歩いている人や家族もそれなりにいるようで、時間も遅いというのに周辺は賑やかな雰囲気で満たされていた。
「祭りも終わったし、もう少しで学校か……なんか時間が過ぎるのも早かったよな」
「色々あったからね……それはあっという間にも思えるよ」
「確かにな……」
彼女が言う通り、この夏休みは今までの自分では考えられないくらいに様々な出来事が重なりすぎていた。
それによってもたらされた変化は自分にとっても良いものだったと思えるものばかりだったので一概に否定はできないが、それでも豪雨のような展開が続いたからか、気づけば夏休みも終わろうとしている。
もう少しで再開する学校生活も、いつもであれば何も思わなかったはずなのに、今年に限っては唯と過ごす時間が減ってしまうことを寂しく思ってしまう自分がいる。
随分と心持ちが変わった自分に内心呆れるが、それを悪くないと感じていることもまた事実だった。
「また学校か……授業が始まるのは良いけど、色々と面倒なこともあるからな…」
「その分楽しいことだってあるんだからいいんじゃない? …あ、そうだ!」
再び始まる学校生活に何ともいえない感情を抱いていると、唯は何かを思いついたかのようにポンと手を叩いた。
その仕草に何を思い出したのかと疑問を抱いていれば、こちらに向き直って笑みを浮かべている。
「ねぇ拓也くん! また学校が始まったら拓也くんの分のお昼も私が作っていいかな?」
「…弁当を作ってくれるってことか? そりゃありがたい限りだけど…急にどうしたんだ?」
「だって拓也くん、いつも学校だと適当にパンとかしか食べてないでしょ? そんなんじゃ体にも悪いよ」
「何で知ってんだよ……」
「そりゃたまに見かけてたからね! あの時も気にはなってたから覚えてたけど、こうなったら私が用意してあげたいなって!」
唯の申し出は非常にありがたいし嬉しいものだ。
確かに拓也の学校でも昼食は適当極まりないもので、以前に通っていた際には購買で目に付いたものを買って食べるだけだった。
それを彼女が改善してくれると言うのなら、これほど嬉しいことはないが……何より、好きな女の子が自分のために昼食まで用意してくれるというのは、これ以上ない幸福だろう。
ただ、それだと唯の朝の支度に更なる負担を与えてしまいそうなので、返答をどうするべきかと悩んでいると、彼女の方から声をかけてきた。
「…もしかして、私の負担になるからどうしようとか思ってる?」
「まぁな。俺のためにそこまでしてくれるのは嬉しい限りだけど、その分だけ唯に手間をかけさせることになるんだからさ」
「そんなこと気にしなくてもいいのに……相変わらず優しいよねぇ」
「そういうわけにもいかないだろ。ただでさえ現状でも世話になりっぱなしだっていうのに」
前々から実感し始めたことだが、最近は唯が世話をしたがる機会が格段に増えてきている。
寝坊しそうなときには寝室まで起こしに来てくれたり、毎朝欠かさず朝食を作りに来てくれたり、果てには気づかぬ間に掃除までしてくれている始末。
さらに細かな点を挙げていけば数えきれないくらいであり、そこに加えて唯の手を借りっぱなしというのは、彼女への想いを自覚した今、少々忍びない気もする。
しかし、肝心の唯本人はそんなことを気にも留めていないようで、余計にこちらを堕落させてこようとしてくるくらいだ。
「むぅ……拓也くんは私にお昼作られるの嫌だったりするの?」
「んなわけないだろ? むしろ作ってほしいとは思ってるけど、一方的に唯に負担を押し付けるのはまずいってことだよ」
「それなら問題ないよ。私だってお弁当を作ってあげたいんだから、それは負担でも何でもない。…拓也くんが私のためを思って言ってくれるのは嬉しいけど、遠慮のしすぎは良くないんだよ?」
そんな諭されるように説き伏せられてしまえば、もう拓也から言えることは何もない。
降参の意を示すように苦笑いを浮かべながら彼女の方を見れば、とても満足そうに笑っている。
「…わかった、そこまで言われたら何も言えないよ。頼んでもいいか?」
「もちろん! …今度から何を作ろうかなー」
先ほどまでとは打って変わって、喜びを全開にした笑顔を咲かせている唯。
その可憐さは拓也のみならず、周囲の人々にも伝播していっているようだが、正直それを気にかけている様子もなかった。
…唯への想いを自覚してからというものの、こうした彼女の言動一つ一つに胸の高鳴りを隠せないでいる。
今も嬉しそうに笑っている唯の顔を見るだけで、その鼓動はますます強まっている。
(……唯は、俺のことをどう思ってるんだろうな)
脳裏に浮かび上がってくるのは、唯が自分に対してどのような感情を抱いているのかという単純な思考。
唯に対する好意をはっきりとさせてから、頭のどこかで浮かんでは消えてゆく疑問だった。
こうして拓也のためにと気にかけてくれている以上、何かしら好意的な感情を抱かれていることは確かだろう。
だがそれが果たして友愛なのか、異性への愛情なのかは区別もつけられない。
今のような関係も悪くはないが、願うのであれば……その先の関係へと進みたいとも思ってしまっているくらい、唯には惚れ込んでいるのだ。
そう焦ることでもないことは理解しているが、やはり彼女の人気っぷりやその魅力の数々を思えば、自分以外の誰かが彼女に近づいてきたところで、なんらおかしくはないのだ。
(…俺はまだ、自分に自信が持ててない。唯に釣りあうくらいの人間にはなれてない)
おそらく、彼女に伝えればそんなことないと即座に否定される考えではあるだろうが、拓也にとっては大きな壁でもあった。
唯という可憐な少女に釣りあう……とまではいかなくても、その隣に立てるくらいの人間になれなくては、この願いは叶わないだろう。
そんな思考に耽っていれば、いつの間にか服の袖を引っ張られるような感覚がしたので、そちらの方を振り返ってみれば、唯が若干のジト目になりながらこちらを見ていた。
「…拓也くん、今の話聞いてた? ずっと上の空だったけど」
「えっ? あ、あぁごめん。ちょっと考え事しててさ」
「もう! せっかく勇気出して話してたのに!」
「悪かった。…それで、どうしたんだ?」
何やら拓也が思考に集中している間、唯がこちらに話題を振っていたそうで、意識していたわけではないが半ば無視をしたような形になってしまった。
全面的にこちらが悪いので素直に謝れば、まだむくれ顔は直っていないが何とか許してもらえた。
「…一緒に手を繋がないかって言ってたの! 全くもう、何度も言わせないでよ!」
「……そ、そうだったのか」
予想外に可愛い提案に思考が停止しかけるが、少し頬を赤らめながら申し出てくる唯の姿に見とれていたおかげで何とか堪え、持ち直す。
何度も気恥ずかしいことを口にさせてしまったことは申し訳なかったが、素直に白状すればもう一度言ってほしいなんて邪な思考が浮かび上がって……これ以上はよしておこう。
おかしな方向に陥りかけていた意識を無理やり軌道修正し、叩き直した。
軽く息を吐きだして彼女に向き合えば、未だ恥ずかしそうに視線をずらした唯がそこにいる。
…せっかく唯の方から言ってくれたんだ。このチャンスをふいにするのはもったいなさすぎる。
「えぇっと……これでいいか?」
「…うん! …やっぱり拓也くんの手は大きいよね。私の手と比べちゃうとそうなんだろうけどさ」
小さな片手を優しく握ってやれば、満足したかのように笑いかけてくれる。
その状態で歩いていくが、唯が拓也の手の感触を確かめるかのようににぎにぎとしてくれるので若干くすぐったい。
…だが、それ以上にこの掌で感じられる温もりには、自らを支えてくれた優しさが込められているのが伝わってくる。
これから先、唯の隣に拓也がいられるかどうかは分からない。
それでも……この胸に灯る熱が消えない限り、彼女の隣に立ち続けたいと、そう思った。
さて、第二章はここまでとなります!
長らく読んでくださった皆様には感謝のしようもありませんが、いかがでしたでしょうか?
この章では拓也と唯。二人の過去と向き合いながらも互いの支えもあって乗り越え、それぞれの想いを自覚するということをメインのテーマとしておりました。
自分の中でもこの章はかなり重要なパートに位置していたため、かなり熟考しながら進めてまいりましたが……少しでも「面白い!」「二人ともはよ付き合え!」なんて思っていただけたら幸いです。
そうして両片思いとなった二人の日常ですが…まだまだ甘くなってまいります! というか本番はこれからと言っても過言ではない!
そんな第三章ですが、ちょっと間を空けて一週間ほど経ったら始めようかなと思います。
今後も甘さたっぷり、砂糖大量の物語を目指していきますので、是非とも応援のほどよろしくお願いいたします!




