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通い妻となったクラスメイトに堕落させられる  作者: 進道 拓真
第二章

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第八十一話 その情の名は


 唯と手をつないだまま花火の打ち上げ会場となっている近くの河川敷まで歩いていけば、予想できたことではあったが多くの人でごった返していた。

 こうして神社の階段で上から見下ろして見てもその数のすさまじさが見て取れるので、実際に向かえば想像以上の混雑具合なのだろう。


「まさかこんなに混んでるとは……あそこに入っていくのはちょっとな…」

「うん……途中で人の波に押しつぶされちゃいそうだね」


 まるでおしくらまんじゅうのような状態になっている密集地帯では、その喧騒も相当なものになっている。

 あれではゆっくり花火を楽しむ余裕なんてないだろうし、どうしたものか………。


「…仕方ない。ちょっと花火とは離れるけど、ここで見ていくとするか」

「そうだね。ここならまだ人も少ないし」


 今拓也たちがいるのは、神社の長い階段の中腹だ。

 通路の妨害にならないように端に寄っていれば問題もないだろうし、座ろうと思えば座ることだってできるので、悪くもないだろう。


「よっこらせっと……そういえば、花火っていつ打ち上げ開始なんだ?」

「えーっとね…確かもうすぐだと思うけど……」


 階段に腰掛けてその時を待っていれば、二人の会話を遮るかのように聞き慣れたアナウンスが響いてきた。


『お待たせしました! ただいまより、花火の打ち上げを開始いたします!』

「おぉ、タイミングばっちりだったな」

「ふふっ、そうだね。…あ、ほら! 今上がったよ!」


 周囲に合図のアナウンスが響き渡ると同時に、遠くから光の筋が打ち上げられ、それが空のある地点まで到達した途端……盛大な音と共に炸裂していった。

 一発目ということもあってインパクトを重視したのか、かなりの大きさのものでもあり周りからは歓声も上がっている。


「すっごーい! ねっ、拓也くん! 今のすごかったよね!」

「…そうだな。見事なもんだ」


 それは隣で見ていた唯も同様だったようで、興奮を隠しきれない表情で拓也へと感想を伝えてくる。

 その様は見ているだけで楽しんでいることが伝わってくるようで、一段と彼女の姿も輝いて見えた。


 …思い返せば、今日は色々なことがありすぎた。

 工藤との邂逅ももちろんそうだが、そこからは唯に己の過去を話し、さらにはその辛さを分かち合ってくれた。


 今までの自分では考えられないほどに切迫した状況を、何てこともないように支えてくれる唯の存在は、今の拓也にとって何よりも大きな支柱になってくれていると断言できる。

 そしてそれは、もはや返しきれないくらいの恩になってしまった。


 もちろん彼女に直接そう告げれば笑いながら、気にしなくていい、なんて言われてしまうんだろう。

 しかし拓也自身の感情としては、救ってもらった分の感謝を返すべきものだと思っている。


 そんなことを考えながら、今も純粋に打ち上げられている花火を楽しんでいる唯の方をチラリと見れば、その視線に気が付いた唯がニコッと笑いかけてきた。


(……っ!)


 その笑顔は、花火の光に照らされた影響か、はたまた拓也の視界に映り込んできた唯自身の魅力のせいか。

 普段の何倍も可愛らしく見えてしまう表情に照れくささを隠し切れず、思わず彼女から視線をそらしてしまった。

 なぜか心臓はうるさいくらいに高鳴り、止む様子もなくドクドクと脈打ち続けている。


 もう何度も見たはずの笑顔を見ただけで、どうしてか感情が強く揺さぶられる。

 見慣れたはずだった彼女の表情一つで、ここまでかき乱されることなんて………いや、そうじゃないか。


 もう、自分にも嘘をついて誤魔化すのはやめにしよう。

 俺は……どうしようもなく彼女に、唯に惹かれてしまっているんだ。


 変われたと思い込みながら沈み込んでいた己の気持ちを引っ張り上げ、途方もない明るさで照らしてくれた。

 過去に引きずられるままだった自分を抱きしめ、優しい言葉で背中を押してくれた。


 そんなどこまでも優しく、他人のことを思って行動ができる唯という少女のことを、好きになっていたんだ。


(呆れるくらい単純だな……でも、仕方ないか)


 自分でも己の好意の単純さに呆れてしまうが、それもどうしようもない。

 好きになってしまったことに、大した理由なんてないんだから。


 冷静に振り返ってみれば、彼女との思い出は数えきれないくらいのものになってきている。

 雨の日の偶然の出会い。家に招かれたこと。そこから始まった何気ない日常。


 その全てが、輝くような記憶へと変貌していた。


 中学時代の記憶は確かに苦しいものだったし、消すことができるのならこの記憶から消したいと思ったことだって、一度や二度じゃない。

 だけどここまでやってきてようやく、あの頃の出来事は今にもつながっているんだと実感できた。


 あの日々が無ければ今の高校に進むなんて選択肢は取らなかったし、あの過去がなければ唯と出会うことさえもなかった。

 …消し去りたいと思う気持ちに嘘はないが、それと同時に過去に区切りをつけることができるようになった。


 そしてそれは、唯がいてくれたからこそ成し遂げられたことなんだ。


「ほんと……支えられてばっかりだな」


 ぽつりと漏れ出た一言は、花火に夢中になっている唯には届かなかったようでキラキラと輝いている光に夢中だ。

 そんな微笑ましい姿を見た拓也は、半ば無意識に上がっていく口角を自覚しながら自分も花火を見つめる。


『さぁ! いよいよクライマックスとなってまいりました! 最後まで優美な花火をお楽しみください!』


 会場に流れるアナウンスを耳にしながら、あっという間にこの楽しい時間が終わってしまうことを少し残念にも思う。

 クライマックスに近づいた花火が打ちあがるまでに期待感を高めるための演出なのか、少し間をおいてから花火が打ち上げらた。


 …これで終わりか。そう思いながら少しずつ空へと昇っていく花火を見つめていると、不意にトントンと肩を叩かれた。

 そちらを振り返ってみれば、叩いてきたのは唯だったようで、なぜか小悪魔めいた悪戯心に満ちた笑みを浮かべながら拓也の方を見ていた。


「…拓也くん、あのね。────!」



 …唯の言葉は、拓也には届かなかった。

 まるで狙いすまされたかのように、特大の花火の炸裂音と被せられた彼女の声はかき消され、その言葉を上書きしていった。


「…えっと、ごめん唯。全く聞こえなかったんだけど、もう一回言ってもらってもいいか?」


 せっかく彼女が話してくれたのに聞き逃してしまったのは申し訳ないが、適当に相槌を打つのも違うので聞き返せば、どうしてか迷うような仕草を見せてくる。


「うーん……今言ってもいいけど、やっぱり秘密! いつかまた聞かせてあげるね!」

「えぇ……そんなこと言われたら余計気になるって」

「うっふふ! そんな遠くないうちにまた言ってあげるから、待っててくれたらいいよ!」

「どういうことだよ……」


 彼女の言葉の意図もつかめないまま、あやふやに話題を濁されている気がするが、聞き出そうとしたところで教えてくれるとも思えないので、唯の言う通りその時とやらまで待たせてもらうとしよう。

 気にはなるが、待つだけの時間はたっぷりとあるのだから。





     ◆





 拓也が唯の言葉に困惑させられている間、唯は先ほど勢いのままに告げてしまった言葉が聞こえていなかったことに安堵する。

 …まぁ、聞こえていても大した問題はなかったのだが、それでもやはり、伝えるべき時は今ではないだろうから。


(ちゃんと言うのはもう少し先かな。…うふふ。その時までに私のことを好きにさせてあげるから、覚悟しててね?)


 今はまだ、両者ともに自覚したばかりの感情。

 その熱は時間が経つごとに大きくなり、いずれ燃え尽きることもないほどに巨大な炎となるだろう。


 ならば、この胸の感情を伝えるのは今でなくてもいい。

 目の前の愛しい彼が、自分を好きになってくれる瞬間まで傍に付き添って……その時が来たら、想いを伝えればいい。


 その時は、またさっきの言葉を口にするのだ。


 ──『好きだよ』、と。


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