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通い妻となったクラスメイトに堕落させられる  作者: 進道 拓真
第二章

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第八十話 離さない、離されない


 一体いつまで泣いていたのだろうか。

 気づけば先ほどまで鳴り響いていた慟哭もその鳴りを潜め、今は辺りに静けさが戻っている。


 だがそれでも、唯が拓也を手放す気配はなく、現在もその頭を優しく撫で続けていた。

 その瞳はたった一人で苦しみ続けてきた少年を慈愛の瞳で見つめ続けているが、その脳裏ではまた別の相手への感情が渦巻いていた。


(…さっき私に触ってこようとしてきた男。あいつが、拓也くんを苦しめた相手)


 浮かべているのは、先ほど偶然の遭遇を果たした人物でもあった工藤のこと。

 正直思い出すのも不快なほどにあの男への好感度は低いものになっているが、それ以上に嫌悪感と同様に怒りが込み上げてきていた。


 心から愛おしい相手でもある拓也を苦しめ、その心を塞ぎこむまでに追い込んだという憎き男だ。

 彼から話を聞いている間は必死で抑え込んでいたが、こうして落ち着いた状況になってくるとその激情もさらに強くなってきてしまった。


(許せない……いくら気に入らないからって、あの言葉はなかった)


 おそらくあの男は、自分に歯向かってくる人間、意見してくる人間を認めないタイプの者だ。

 唯自身もそういった相手はこれまでにも何人か見てきたし、そういった手合いは関わりを薄くすることでトラブルを避けてきたが……拓也は、その目に付けられてしまったのだろう。


 彼自身の言うことでは、周りの者達から暴言を吐かれる、悪質な悪戯をかけられるといったことをされてきたということだが、それもあの男の手によるものだろう。

 見る限り自分より格下だと思った相手を徹底的に陥れる性格の持ち主だろうし、拓也があんな男よりも格下だなんて認めるつもりはさらさらないが、それを本人に訴えたところで無駄なことは分かり切っている。


 全てが自らの思い通りにならないと済まない。そんな子供の我儘を体現するかのように幼い精神性を持ったまま成長してしまったからこそ、他者が自分の言動でどれだけ傷つくのか想像することもできない。

 はた迷惑な話だが、思考が丸ごと自己完結しているからこそ、拓也はその悪意に押しつぶされたのだ。


(…辛いのも当然だよ。信頼してきた人たちに見放されて……それを間近で見せられてきたんだから)


 彼からその過去を聞いて、ある意味納得した面もあった。

 拓也はなぜか己を顧みない……自分を犠牲にしてまで行動しようとする節がある。


 普段はそれを変わっていると思ったし、どうしてそこまでするのかと疑問にも思っていたのだが……今回のことを聞いて、それにも理解がいった。

 拓也はかつて傷つけられた経験から、自分に何の価値もないと思い込んでしまっている。

 だからこそ、その傷跡が残した名残から自らが傷つくだけならばどうでもいいという思考に陥ってしまい、他人のために自分を犠牲にできてしまうのだ。


 …だが、拓也の過去を知った今なら、そんなことをさせはしない。


 以前までの唯も、自分から拓也の元を離れるなんて選択肢ははなから存在していなかったので彼の味方でいることに変わりはなかったが、今回の話を聞いて心境に一つ変化が生まれた。


 それは、たとえ拓也に離れるように頼まれたとしても、絶対に彼の傍にいるという決意だった。


(前までは、迷惑になるようなら拓也くんの傍を離れることはしょうがないと思ってた。…でも、もうそんなこと関係ない。私は絶対に離れないし、離されない)


 拓也がなぜ自分を卑下するのか。その原因もわかった。

 ならばこそ、もし拓也自身が唯を突き放そうとしても、その意思を押し切ってでも彼の近くにいることが何よりも大切だと思ったのだ。


 かつて一人になった経験を持つ自分と、一人にされてしまった彼。

 境遇こそ似ているが、そこで味わってきた苦痛は全く別物だろう。


(…私の方が辛いとか、拓也くんの方が辛かったとか。そんなことを比べるつもりはないし、多分比べちゃいけない。それは、この人にしか分からないことだから)


 思い知らされてきた苦痛の大小は、結局その当事者にしか理解できない。

 …だったら自分がやるべきことは、その苦痛が少しでも和らぐように傍で支えてあげることだけだ。


(…駄目だなぁ。これ以上の想いなんてないって思ってたのに、もっともっと支えてあげたいって思っちゃってる)


 拓也への想いを自覚してから、彼の隣に立ちたいと思い続けてきたし、その感情は今でも全く変わっていない。

 ただ、拓也の置かれていた境遇を聞けば聞くほどに、その一途ともいえる感情は増大していっていることが自分でも感じ取れた。


(でも、それは後回しだね。…少なくとも今は、拓也くんの気持ちに寄り添ってあげたい)


 今やるべきことは、勇気を出して苦しみを吐露してくれた彼の感情にそっと手を貸してあげること。

 どこまでも一人で頑張ってしまう……頑張れてしまう彼に、一人ではないということを教えてあげることだった。


(焦らなくても大丈夫。…私はどこにも行かないからね)


 この胸の中にある温もりがどこにも行かないようにと強く抱きしめながら、彼女は決意を固めたのだった。





     ◆





 …先ほどまでは声を上げながら涙を漏らしてしまったが、こうして少し落ち着いた状況になってくると現状がやや恥ずかしく思えてきた。

 美少女である唯に支えられながら、自らの苦しみを吐き出したことで気持ちも楽にはなれたが、唯に抱きしめられているというのは絵面的にも気恥ずかしくなってくる。


 どうしようもなくなっていた感情を受け止めてくれたことには感謝しかないし、何があろうとも味方でいてくれると言ってくれたことは嬉しかったが、頼りすぎというのも良くはない。

 ひとまず、彼女の腕を優しくつかんで抱擁を解いてもらった。


「…ありがとな。おかげで楽になれた」

「……もうよかったの? よければまだやってあげるよ?」


 そう言って彼女は拓也の方へ両腕を広げる。

 その提案は非常に魅力的だったが、いつまでも抱きしめられてばかりというのも恰好がつかないので今はよしておく。


「いや、もう大丈夫だ。色々と助けられちまったな」

「そんなことないよ。私だっていっぱいもらってるんだから、そこはお互い様でしょ?」


 唯はそう言うが、やはり今日の一件で大きく救われたことは事実だ。

 今まで一人で抱えたままここまで来てしまったものを、共に抱えてくれると言ってくれたのは、何よりも嬉しい言葉でもあったのだから。


「…けど、遊ぶ雰囲気じゃなくなっちまったよな。これからどうするか…」

「そうだねぇ……屋台を歩いてたらまたどこかで鉢合わせそうだし、それは避けたいもんね」

「…そう、だな」


 工藤に言われたことを思い返せば、確かに苦々しい記憶が蘇ってくる。

 ただ自分でも驚いたのは、その思い出してしまった記憶に対してかつてのような恐れを大して感じなくなっていたことだ。

 あまりにも急激な変化に戸惑ってしまうが、その原因にはすぐに思い至った。


 …おそらく、唯の言葉によって救われた拓也の心は、一人になることに以前までの恐怖心を抱かなくなっている。

 どんな状況であろうとも揺らがない味方がいてくれるという事実は、これまでにないほどの安心感と余裕を生み出してくれていたのだ。

 こんなにもあっさりとトラウマを克復したことに思わず笑いそうになってしまうが、それも全て唯のおかげだ。

 本当に、彼女には感謝してもしきれない。


 だが、工藤とまた会うことになればまた意味のない暴言を吐かれて終わりだろうし、それは唯にとっても気分の良いことではない。

 どちらにせよ、もう出店を回るのは避けた方がいいだろう。


「したらどうするか……何か良いところは……あっ」

「ん? どこかいい場所があったの?」

「…いや、そういえばさっきアナウンスで花火が打ち上げられるって聞いたんだよな。そこなら人も多いだろうし、工藤とも会わなくて済むかなって」

「あっ! そういえばそんなこと言ってたね! せっかくだし行ってみようよ!」

「そうだな。もうじき始まるだろうし、行くか」


 怒涛の展開のせいで頭から抜け落ちていたが、思い返せば事前の放送で花火が打ち上げられることが予告されていた。

 開催場所も出店と比べれば人だかりも集まるだろうし、そこならばあいつと出会うこともないだろう。


 時間を見ればもうすぐ打ち上げの時間だ。

 少し見に行ってみるのも悪くない。


「それじゃあ……はい!」

「…? どうしたんだ?」


 石垣に腰掛けていた体を立ち上がらせ、唯はこちらに向かって片手を差し伸べてくる。

 その意図が分からずに呆気に取られていると、とてもいい笑顔を浮かべた彼女の顔が視界に入ってきた。


「ふふっ。せっかくだし、手を繋いでいかない? はぐれちゃったら嫌だもんね!」

「…あー、俺は良いけど唯はそれでいいのか?」

「もちろん! ほら、早く行かないと混んじゃうよ?」


 こちらに向かって伸ばされてきた手の意味は、どうやら手を繋いでいかないかということだったらしい。

 拓也としてはそれは嬉しいくらいなのだが、唯の方が嫌ではないかと聞けば、満面の笑みで問題ないと返されてしまった。


 …彼女にここまで言わせておいて、こちらから断るのは違うよな。


「…分かった。ほれ、これでいいか?」

「…んふふ。うん!」


 その小さな掌を握れば、満開の花を咲かせたような笑顔になった唯が嬉しそうにはにかんでいる。

 だが、その小さな手にはこれ以上ないくらいの頼もしさが感じられ、それに救われた拓也の心は道中とは比べ物にもならないほどに澄み渡っていたのだった。


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