第四十四話 世界の裏で(暗躍してなかったとは言っていない)
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20XX/12/31 23:59:59:35
[システムメッセージ]:『42/225109』
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修道服を思わせる黒のワンピースドレスを着用した背の低い灰色髪の女。そのヴィジュアルはこの世界で幾度も登場したNPCの大賢者とまったく同じ。しかし細やかに変化する表情や法則性のない身振り手振りは明らかに人間のそれである。GMの田神と同じくネームプレートはない。NPCにはそれと分かるプレートがつくものであるにも関わらずだ。
床から5メートルの高さに浮いたその女を、ミューはぽかんと口を開けたまま見上げていた。
「え、え、え、本当に……本物の……実在する{十二の月が巡る大地}の魔法王国の大賢者様なんですか?」
「はい、そうですよ、可愛いミューちゃん」
「え、え………………なんで?」
めっちゃ長い間を空けてからミューの口から出てきたのはシンプルすぎる疑問だった。それもなぜか俺の方を向いて小首を傾げて、である。
しょうがないので俺が答える。
「世界間移動してきたからだろ」
「………………なんで?」
「本人に聞けよ。そこにいるんだから」
ごもっとも、といった感じでミューが大賢者へ視線を戻す。
「え、あの。なんでこちらに? ……いや、こちらって言っていいのかな。ここってあたしたちの世界とはちょっと違う場所だし」
「いえ、こちらという表現でいいと思いますよ。ここが{一つの月の大地}の世界接触点として機能することから分かるとおり、この仮想世界はあくまであなた方がいた世界から派生した小世界に過ぎませんから」
口元を手で隠しながらクスクスと笑う大賢者。
「それに実際、私はあなた方の世界――{一つの月の大地}にいましたからね。“灰谷都羽”という偽名と、借り物の姿でしたが。ああ、話が脱線しました。
なぜ私がこちらに来たか、でしたね。その答えは簡単です。私のTipsは何度も御覧になったでしょう」
大賢者が指揮棒のように人差し指を振るう。
すると俺たちそれぞれの前にあまりにも見慣れたアレが表示された。
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・Tips
【大賢者ユリアーネ・アシェク】
三百年前に起きた“勇者の聖戦”で活躍した英雄の一人。
始祖勇者から授かった“叡智の聖印”の保持者。
現在は冒険の主な舞台となる魔法王国で宮廷魔術師を務めており、
勇者側勢力の最重鎮として魔王側勢力との戦いを指揮している。
知名度の割に謎の多い人物であり、その容姿も不明である。
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「私がこちらに来た目的。それは単純明快。魔王派魔族の野望を阻止することです。{一つの月の大地}への侵略という奴らの野望をね」
すらすらと話す大賢者。当然のようにやってのけたが、明らかに異常なことをしやがった。
システムに介入している。
「この世界じゃ1周目にはなかったTipsがいくつか増えてたが……その辺を仕込んだのはアンタだったのか」
「そのとおりです、“最悪犯罪者”のヨシヤさん。田神社長にバレないようにそういう小細工するのは骨が折れましたよ」
茶目っ気を見せて笑う大賢者。先ほどまでの謎めいた意地の悪い笑みとはまるで違う。
……なんだろうか。背の低さも相まって十代前半くらいにしか見えないのだが、仕草や言葉の端々から感じる雰囲気は老婆のそれだ。三百年も生きてるらしいから実際そういう精神性なのかもしれないが。
「イースの街で俺たちに田神大悟の半生を夢で見せたのもアンタだな?」
「然り。社長が置かれている状況を考察するための一助となればと」
「どうやってそんなことしたんだ?」
「簡単な話です。社長の持つこの世界の管理者権限を私も有しているのです。つまり私も田神社長のように、この世界をいかようにも調整することができたのです」
だろうな、と俺は思っていたが、他の三人――特に田神にとっては青天の霹靂だったらしい。呆気に取られた顔で一瞬固まったのち問いを発した。
そこにミューとレンカの問いかけが被る。
「ま、待ってくれ、どうやってボクの世界の管理者権限を手に入れた?」
「あの、どうしてイクリプス・オンラインの製作に協力したんですか……? そんなことしたら魔族の計画を手助けすることになるんじゃ……」
「いつこちらに来たの? 一人?」
大賢者は三人の問いを聞き分けたらしい。まぁまぁと手で制す仕草をしたのち、片目を閉じる。
「皆さんたくさん聞きたいことがあることでしょう。それらに一つずつ答えてもいいのですが、見せた方が手っ取り早いですね」
大賢者が再び人差し指を軽く振る。
途端、強い眩暈が俺を襲った。頭の中で何者かの体験が鮮明に再生される。
田神大悟の半生を夢で見たあの時のように、この女が俺に、いや俺たちに見せているのだ。自分がこれまで何をしてきたかを。
☆
実在する十二の月が巡る大地。そこに存在する本物の魔法王国。その王都にある魔術師の聖地――“梟の塔”にて大賢者ユリアーネ・アシェクはおよそ二百年ぶりの蝕の兆しを感じていた。
世界全体に及ぶ彼女の情報網は魔王派魔族の動きをある程度掴んでいた。今回の蝕でもあちらの世界への侵攻を試みるのは疑いようがない。だがそのためにどのような布石を打っているかは不明な部分が多かった。件の赤子たちのように把握できているところもあるが、それすらも現在どう機能しているかは未知数。
数年にも及んだ熟考の末、彼女は一つの結論を出した。相手があちらで何をしているか分からない以上、間接的な行動でその企てを防ぐのは困難、ゆえに自分自身が世界を渡り、あちら側で臨機応変に対処するしかないと。
魔法王国の宮廷魔術師という職はもちろん、勇者側勢力の最重鎮である彼女はその職務にも穴を空けるわけにはいかない。そのため精工な人造生命体を製作し、そこに自身の残留思念を移植して、自分が留守中の代役とした。
世界蝕期間外に能動的な世界間移動ができる術者は{十二の月が巡る大地}全体でも五人もいない。大賢者は人間の魔術師の頂点に立つ存在ではあるが、その魔術的な特性は世界間移動に適したものではない。
ゆえに彼女は友人である召喚士の拡散魔王の力を借りた。多大な借りを作ったが、それでも世界転移してもらえたのは彼女一人だけだった。
そしてこちらの世界――{一つの月の大地}にたどりついたのが今からおよそ10年前。降り立ったのは日本の首都、東京だった。
彼女は友人の吸血鬼の姿を借り、偽名を名乗ることにした。同じように世界間移動をしてきた魔王派魔族の工作員と鉢合わせる可能性は低くない。同じ魔族の姿をしていればあるいは相手を騙せるかもしれない。そんな魂胆があった。吸血鬼を選んだのは、見る者が見れば勘づき、そうでない者にも言い訳が効く見た目で都合がよかったからだ。
魔力の希薄なこちらの世界で姿欺きの魔術を使うのは至難であったが、彼女の持つ叡智の聖印がそれを可能とさせた。
まだ平和そのものだったこちらの世界。そこで彼女が探したのは前回の蝕で共闘した者たちの末裔と、世界接触点となりうる魔力が高密度の地点の二つ。
それからおよそ一年活動して分かったのは前者に関してはほぼ期待外れだったということ。完全な空振りではなかったにせよ、蝕に関する伝承はどの地域においてもほとんど遺失しており大きな助力は見込めなかった。
そして後者に関しては意外すぎる場所にその有力候補を見つけることができた。
MMORPG『イクリプス・オンライン』。
まだ開発初期の段階であったこの作品の情報は少なかったが、Web上に公開されていたコンセプトアートを一目見て、それが{十二の月が巡る大地}を描いたものであることを、出身者である彼女はすぐに見抜いた。
慎重に調査を進める内にその開発会社のCEO“田神大悟”が、数十年前に魔王派魔族が行った赤子流しの被害者であることも分かった。すでに《魔蝕蟲》の完全なる支配下にあり、仮想世界を作り上げるために大儀式魔術――《共同幻想魔術》の準備を始動させていることも。
ゲーム開発は難航している様子であり、あるいは蝕までに間に合わないかもしれない。
力業でこれを止めるか否か。大賢者は選択を強いられた。
仮に強引にこの開発を止めたところで、他の場所が世界接触点になるのみ。で、あれば逆にこれを手助けし、利用する手もあるだろう。
そう考えた彼女は田神大悟の会社――ゲームメルト社を訪れ、試験を受けた。叡智の聖印の内にある画家の友人の技能を借りれば田神の多様な要求に応えるのは容易だった。田神が語る設定や人物はすべて彼女がよく知るものだったからそれも当然と言えるが。
こうして開発チームに潜入した彼女は田神の周囲に魔王派魔族の影を探した。しかしなかなか尻尾を出さない。遠巻きに田神を観察、誘導している者が複数名いるのは間違いなさそうだったが、相手方もこちらの妨害を見越して慎重に行動していたのかもしれない。魔王派魔族も一枚岩ではないので、突如現れた来歴不明の吸血鬼を敵対する魔族と見て警戒していた可能性もある。
いずれにせよ、暗躍を直接的に妨害してくる者がいないのは僥倖だった。
開発は4年に及び、サービスも4年続いた。
蝕の時が近づくにつれ増大していく田神大悟の魔力。着々と準備が整う《共同幻想魔術》。
だがそれだけの時間そばにいればその魔術にバックドアを仕掛けるのは容易だった。それこそ大賢者と呼ばれる彼女にとっては赤子の手をひねるよりも。
☆
「そんなわけで私はこの世界の管理者権限を手に入れたのです。……“灰谷都羽”の姿や人格は、あちら側での魔族の友人から借りたものだったわけですから、コスプレというのもあながち嘘ではなかったのですよ」
夢が終わった途端、大賢者がそんなことを俺に言ってきた。
例のオフ会での問答の話だろう。『リアルで顔を合わせたという意味では初対面』とかこの女は言ってたが、確かにアレも嘘ではない。
しかし。
「スウェーデン人ってのは大嘘だったじゃねえか」
「ふふ。それは、ええ。ごめんなさい。私のこの本来の姿があの辺りの人に似ているので、この世界ではそういう偽りのプロフィールで活動することにしたんです。
あ、ずっと日本に興味があったのは本当ですよ。{十二の月が巡る大地}にやってきた本物の訪問者たちから話をよく聞いていましたから」
イクリプス・オンラインのサービス終了後は温泉巡りやらなにやらしてたとか言ってたがあれは本当だったのだろうか。いかにもしてそうではある。どうでもいいことだが。
「しかし、ずいぶんたくさんお友達がいるんだな。ええ?」
「伊達に長生きはしていません。それに私は友達の力を借りるのが数少ない長所ですしね」
レンカが俺の袖を引いてくる。
「ねえ、ヨシヤ。大賢者が実在しているのは推測できるとしても、どうしてそれがこちらに来ていて――どうしてそれが灰谷都羽だとわかったの?」
「……あー、それか。話すと長くなるが『コイツ誰だ?』ってずっと疑問に思ってたからだな。で、候補者を考えている内に大賢者くらいしか俺が知ってる範囲ではありえそうになかったからだ。全然ハズれてる可能性もあったけどな」
「『コイツ誰だ』……って灰谷都羽に対して?」
「それもそうだが、それだけでもねえ」
「は?」
まったく理解できない様子で首を傾げるレンカ。
俺は目を細めて、大賢者の首元に存在する梟の形状の大きな入れ墨を確認した。あれが“叡智の聖印”だ。
「コスプレもずいぶんたくさん持ってんだな」
「……ええ、まぁ」
「そろそろネタばらししろよ。こういうのは早い方がいいもんだぞ」
「そう、ですね」
弱々しい苦笑いを浮かべる大賢者。相当気が重そうだった。たぶんこんな風に上から目線で諭されることは普段ないのだろう。
大賢者は憂鬱を振り払うように大きく息を吐くと、息を決した顔で中空からゆっくり降下し、床に降り立った。
ミューの真正面に。
「え? え? え?」
困惑するミュー。
その目の前で大賢者の姿が再び万華鏡のように変化していく。
身長が僅かに伸び、黒のワンピースドレスは黒い魔術師用のローブに変わる。露出度高めに改造したものだ。
頭の上にはとんがり帽子。そこに空けた二つの穴からは獣のようなふさふさとした耳が生え、お尻のところからは尻尾が生える。
「……騙してごめんね、ミューちゃん」
罪悪感で押しつぶされそうな顔をして、自称美少女ケモミミ錬金術師のヴィブティが深く頭を下げた。
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・Tips
【叡智の聖印】
三百年前に突如として現れた大英雄“始祖勇者”。
彼が生まれながらにその身に宿していた十六の聖印。その一つ。
現在は彼の義妹であり、共に真なる魔王と戦った聖戦十六将の一人である大賢者が譲り受けている。
その具現たる賢者の石と同じくあらゆる情報を集積する大容量記憶装置であり、
中に人間の魂を封じることで、その人物の人格や姿を借りることが可能となる。
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