第四十話 他の全員を踏み台にしてでも生き残る覚悟(まっとうできたとは言っていない)
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20XX/12/31 23:30
[システムメッセージ]:『68/225109』
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〔始原竜〕。
それは世界と世界を隔てる魔力の海に棲まう竜である。一説には世界蝕の摩擦で生じた膨大な魔力が生物の姿を取ったものであるという。
最奥フロア“世界接触予想点”。そこで俺たちの前に降り立ったその竜はこれまで戦ってきたいかなるモンスターよりも巨大だった。血の謝肉祭で多くのプレイヤーを死に至らしめた機械蜘蛛や機械狼はおろか、あの邪竜グラニヤアックすらも凌駕するその巨体は、数十メートル手前から見上げなければその全容を掴めぬほどだ。
城すら一嚙みで砕きそうな顎を開き、〔始原竜〕が凄まじい咆哮を発する。
大気が、地面が、自分の体がビリビリと震える。
ゲーム画面で見るのとはわけが違う。恐怖と激しい畏怖に総毛立つ。
悠久の時を経て朽ち果てたこの竜の亡き骸から、新たな世界が誕生するとも言われている。
いわば相手は一つの世界そのもの。
こんな化け物に勝てるのか。
弱気に心を支配されそうになり、足が止まる。俺だけでなく、他の連中も。
そんな俺たちを鼓舞するように先頭に進み出る者がいた。
ゾンだ。
<(LEGEND)大神官の大盾>を構えて竜の正面に立ち、【挑発】を使って敵対心を取る。そして俺たちに向かって声を張り上げる。
「臆すな! 僕たちなら勝てる! 絶対に!」
その口上が戦闘の口火となった。
二十人のプレイヤーが一斉に行動を開始する。最後の試練を乗り越えるために。
先陣を切って突っ込んでいったのはやはりレンカだった。勇者特有の跳躍力で高く飛び上がると、〔始原竜〕の頭部に<(LEGEND)天剣ローレンティア>を大上段から振り下ろし、すさまじいダメージをたたき出す。
迷いを振り切ったレンカの強さはやはり別格。かつて“白き純潔”と呼ばれ、多くの者の指針となった女は、この世界の最後の戦いにおいても眩いほどの輝きを放っていた。
前衛は他にもいる。
両手持ちしたバカでかい斧――<(LEGEND)全屠斧>で竜の足の一本を力任せに殴り続けているのはエルフの戦士[アレス]。
その戦い方は脳筋そのもの。しかしその脳筋でこの男は斧使い最強の座についたのだ。そしてこの命がけの世界でも一ミリも己の戦い方を曲げずにここまでたどり着いた。
それはある種の狂気。ゆえにイクリプス・オンラインのトップランカーに相応しい。
別の場所では太った狸のような姿の亜人が竜の攻撃の間合いを出入りしながら両手槍でちくちくと、しかし着実にダメージを与えていた。タップダンスのようなステップで行う紙一重の間合い管理は神業としか形容できない。
槍という不遇武器でトッププレイヤーの一角にいたこの寡黙なクソ狸の名は[ボディ]。実はコイツは俺が一番苦手とする相手だった。PVPでただの一度も勝てなかった唯一の相手だからだ。しかし仲間になるとこれ以上なく頼もしい。
巨大な鉄板のような大剣――<(LEGEND)斬竜剣>を豪快に振るっているのはミューと大して年の変わらぬポニーテールの少女だった。1周目においてもっとも恐れられた廃人ギルド『十二乙女』、そのリーダーの[セシル]である。
コイツはこの世界でも独自路線を貫き、ずっと自分のギルドの連中とだけ攻略していた。なので絡むことは少なかったが、このラスボス戦でついに道が交わった。
かつてレンカやゾンと並び、冒険者Tier表で総合SSランクをつけられた数少ないプレイヤーの一人。その評価が正しかったことを少女は確かに証明していた。
後衛も豪華だ。
多数の精霊を使役して前衛をサポートしているのは二十代半ばの痛々しいゴスロリドレスの女。かつて“暗黒街のオタサーの姫”と称され、レンカとも互角に渡り合った女傑[ラーラ]である。
精霊使い系はそのあまりの操作難度に多くのプレイヤーが挫折した不遇職であるが、この女は多様な精霊魔法を的確な判断で使い分けていた。
十数人いた取り巻きは彼女をここに送り届けるためにすでに全滅していた。しかし、その献身が無駄ではなかったことは胸を張って戦い続ける女の姿を見れば明らかだった。
最上級魔術の一つである《大火球》を双呪で放ち続けているのは孤高の最強魔術師[サンク]。ほぼすべてのダンジョンをソロで乗り切り、数多の黒を撃退している内にPVPでも最強格と呼ばれるようになったイクオンの伝説。コイツも総合SSランクの一人だ。
実際に戦闘しているところを見るのは初めてだったが、伝説は誇張ではなかったのだと俺はまざまざと見せつけられた。
この一年間、こいつらも命がけの冒険をしてきたのだ。そのすべてを知るわけではないが、きっと苦難に満ちたものだっただろう。
試練を乗り越えてきたのは俺たちだけではない。
心強い。
ミューは今回は最後方に控えていた。両手を組んで祈りを捧げ、長い呪文を詠唱している。その背後には〔始原竜〕にすら劣らぬ巨大な透き通った人影が立っていた。畏怖すら覚えるほどに美しいローブ姿の女性だ。
森と狩猟と復讐を司る女神アールディア。その霊体である。
アールディアがミューと同じように両手を組むと俺たち全員の体が真珠色のオーラで包まれた。あらゆるダメージを半減させる世界最高峰の汎用強化だ。
1周目でもわずか数名しか到達できなかった究極の神聖魔法――《神霊降臨》。ミューはこのダンジョンの道中でついにそれを習得していた。一年前には右も左も分からぬ素人だった少女は、今やこの世界における司祭系最強の座を確固たるものとしていた。
「すげえな」
感嘆の声を漏らす。オールスターのような面子が繰り広げる派手すぎる戦闘に、一人のイクオンファンとして思わず見入ってしまっていた。
そんな余裕があったのは、俺が後ろの方から地味な投石攻撃をしているだけだったからだ。はっきり言って一番役に立っていない。
こうなっているのは最後の詰めで使うためにMPを温存しなければならないからだ。先ほどのPVPでほぼ空になるまで使ったMPは半分ほどしか回復できておらず、必然石を投げる以外の行動が取れない。サボっているわけでは断じてない。
プレイヤー側はおおむねそのような感じだった。
一方〔始原竜〕はというと、爪や尾での物理攻撃、巨体を生かした突進や牙の並んだ顎での噛み砕き、さらには三対六枚の翼で飛翔してからの急降下攻撃――前衛を二、三発で沈めるほどの威力の攻撃を絶え間なく繰り出していた。
時折口から吐く炎のブレスも極めて範囲が広くて躱しにくく、十分に耐性を積んだ者さえ簡単に瀕死へ追い込む。ミューがかけてくれた強化の上からでさえである。
ゾンは必死にスキルを回して敵対心維持に努めているが、この竜は定期的に攻撃対象がランダムに変わるためそれも容易ではない。
1周目で最後まで続けたプレイヤーの九割を未クリアのままサービス終了を迎えさせた元凶。理不尽なまでの高難度を売りとするイクリプス・オンラインの象徴のような存在。
それでも俺たちは一人も欠けることなく、戦闘を進めた。
しかし、やはりこの竜にも田神大悟が調整を施していた。
HPゲージが半分を切った瞬間、〔始原竜〕が再び身の毛がよだつような咆哮を上げた。それも最初のものより遥かに強烈なものを。
全方位に向けて巻き起こる凄まじい突風。俺たちは全員フィールドの端まで吹き飛ばされた。同時に、かけられていたすべての強化が解除される。ミューの《神霊降臨》も同様に。
竜の蒼い鱗が輝きだし、蝕の巨大な穴もそれに呼応するように光を発する。
こんな動きは一周目にはなかった。第四の試練のボス〔狂える悪魔のシルヴィア〕と同じ。こいつも発狂タイプに変更されている。
次なる動きは何か。未知の行動に身構える俺たちに対し、〔始原竜〕は顎を開き、青白く輝く光の奔流を口腔から放った。
【虚空流】。
前半に放っていた火のブレスとは速度が違う。それはブレスというよりも極太の収束光線だった。
意表を突かれて回避が遅れた二人が直撃を喰らい一撃で倒される。
ミューが駆けだした。《蘇生魔法》を使う気だ。
「待て!」
遠くから叫んで制止した。
理由を察したミューが戦慄したように身震いを起こす。
倒れた二人のネームプレート。そこについていたコインマークが消えている。
「あのブレス、<罪貨>を溶かすぞ!」
危険を周知する。あの〔狂える邪眼鬼モルディベート〕の視線と同種のものだ。しかしあのブレス自体が致死量の威力を持っているので桁違いに悪質。喰らえば誰でも即ロストする危険がある。
ヤられる前にヤるしかない。
それまでの攻撃に加えて【虚空流】を高頻度で繰り出すようになった後半の〔始原竜〕の苛烈さは前半の比ではなかった。
世界の上澄み中の上澄みであるプレイヤーが一人、また一人と倒れてロストしていく。
時間も危うい。残りは十分強。竜のHPゲージはまだ1/4は残っている。こちらの人数が減るにつれて削る速度も遅くなる。切り札を考慮に入れても間に合うかは本当にギリギリだ。
そのうち最も恐れていたことが起きた。
ミューが【虚空流】を避け切れず、直撃を喰らったのだ。元々耐久度が高いビルドなのと俺が渡した<(LEGEND)聖母のお護り>の防護効果によりHPはギリギリ残った。
しかし瀕死。その上<罪貨>も焼き尽くされ、ネームプレートからコインマークが消えた。
「ミュー! 自分を回復しろ!」
叫んで駆け出す。俺の持っている<罪貨>を渡せば、ブレス以外の攻撃なら死んでもロストは避けられるようになる。さいわい〔始原竜〕の敵対心は別のプレイヤーに移っていた。最悪の展開は避けられたと胸を撫でおろす。
ミューが自身を対象に《治癒魔法》を唱え始める。
〔始原竜〕が再び【虚空流】を放ったのはその時だった。今度はフィールドを大きく薙ぎ払うように顎を横に動かしている。ミューは射線上にはいない。大丈夫だ。
しかし。
青白い光の奔流が向かう先に別の瀕死のプレイヤーがいた。倒れていて回避行動が取れない。
そのHPがギリギリのところで全快する。ミューが発動寸前の《治癒魔法》の対象をそのプレイヤーに変えたのだ。
ミューがホッと息をつくのが見えた。
その体の上に大きな影が落ちる。
真上から〔始原竜〕がその巨大な右手を振り下ろしていた。
ミューにできたのは首を動かし、その手を見上げることだけ。
――直撃する。
気が付いた時、俺は<(LEGEND)賢者の石>を握り、叫んでいた。この先の計算がすべて狂うのも承知の上で。
「『時よ、奔れ』!」
残りMPをすべて使って《時の凝縮》を発動する。
思考と動きが加速する。他のすべての物体の動きが鈍化する。今まさに振り下ろされている〔始原竜〕の右手もスローモーションのように遅くなった。
全力で走る。自身に落ちた影を見上げるミューの下へ。
《大気炸裂》を唱える時間的な余裕はなかった。
そもそもMPもない。
体当たりをしてミューを竜の右手の攻撃範囲外へ押し出す。
俺が逃げる時間はない。
ミューが驚愕した顔を俺に向けるのが、やはりスローモーションのように見えた。
満足する。
1秒が過ぎた。
すべての時が正常に動き出す。
瞬きする間さえなく〔始原竜〕の右手が振り下ろされた。
あっけなく押しつぶされた俺のHPは一瞬で0になる。
仰向けに倒れる。
頭上に蘇生待ち状態を示す1分間のゲージが現れるのが見えた。
この世界での二度目の死。
第四の試練でハルハにMPKされた一度目と違うのは俺に懸かった致命的な賞金額。
ロストが、確定した。
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・Tips
【賢者の石】
大賢者ユリアーネ・アシェクが始祖勇者より授かりし叡智の聖印。
それを錬金術により物質として現出させたもの。
あらゆる情報を魔力として集積する大容量記憶装置であり、
内に秘めた膨大な魔力により青白く輝いて見える。
もっとも貴重な宝石の一種とされており、
呪術や儀式魔術の媒介としても最上の物である。
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