第三十八話 決着の時(手を汚さないとは言っていない)
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20XX/12/31 23:05
[システムメッセージ]:『103/225109』
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狂信者ハルハと黒の頭目ヤギヌマ。
二人の怪物が恐ろしい速さで俺に迫る。
余裕はない。冒険用鞄から<(R)傲慢のルビー>を取り出し、狙いもつけずに前方に投げる。
《火球》の魔術が発動し、大爆発が巻き起こる。
無論あれを避けられない相手ではない。だが、どの方向に避けたにせよ時間は稼げる。
――はずだった。
ほんの僅かな間も置かず、二人は俺が巻き起こした黒煙の中から出てきた。回避行動など一切取らずに直進してきたのだ。
このレベルとなれば中級魔術は直撃しても致命傷には至らない。理屈は分かる。だが、熱と痛みの伴う爆発に迷いなく突っ込むのは正気ではできない。この世界では痛覚がいくらか軽減されているとはいえだ。
ハルハが手にする白き刃の大剣<(LEGEND)悪魔の背骨>。
ヤギヌマの持つ黒き刃の魔剣<(LEGEND)頂点捕食者の剣>。
致命的な二つの攻撃が襲い来る。
だがそれがヒットする前に、奇跡的に《短距離瞬間転移》の詠唱が間に合った。
間に合った――と俺は思った。
「『跳躍!』」
視界が歪む。体が転移する。
その寸前、激しい痛みが肩のあたりに走った。
HP220/315
後方三メートルの位置に移動し、視界が回復した。
回避がギリギリ間に合わなかったのは、ハルハが振るった白い大剣が目を刺すような赤い光を纏っていたからだ。その光が肩口を掠めた。
あれを付与したのは奴が胸につけた禍々しい十字架。黒の連中にワールドファーストを取られた第九の試練{果てなき水底の都}、あそこのボスが落とすアイテムだ。
<(LEGEND)破壊神の逆十字>。
あれには“滅びの女神”と呼ばれる存在に<罪貨>を捧げることで、次に放つ一撃の攻撃力と攻撃範囲を極大化する効果がある。奴が全身に纏っている黒いオーラ――HP消費と引き換えに筋力を向上させる滅びの女神の固有神性魔法も攻撃力を増すのに一役買っているだろう。
それにしても掠っただけでこれだけのダメージが出るはずはない。武器の基礎攻撃力が桁外れでもない限り。
あの<(LEGEND)悪魔の背骨>にはPKした白の数に応じて攻撃力が上がる特性がある――。
「どんだけ殺してきたんだテメェ!」
ハルハは答えなかった。ただ俺が恐怖を抱いたことに気をよくし、先ほどから顔に貼りつけている笑みを強くするだけ。
「今のは一枚。次は二枚ですわ」
ハルハはきらきらと輝く銀色のコインを二枚取り出し、握りしめて砕いた。奴の持つ大剣が先ほどよりも強烈な赤い光を纏う。
決断する。ラスボス戦まで取っておくはずだった切り札の一つを切ることを。
首から紐でぶら下げた<(LEGEND)賢者の石>を握り、専用魔術の一つを発動させる。
《絶対無敵の加護》。
純白のオーラが俺の体を包みこむ。受けるダメージを1割にまで低減し、残りを3分後まで先送りにする時間操作魔術だ。これを使ってもなお奴の常識外れの攻撃力の前ではどれだけ耐えられるか分からないが、他に手はない。
俺に勝機があるとすれば、一秒でも長く耐えて、誰かが助けに来てくれることを祈る。それしかないからだ。
「いいもん持ってやがる。テメェを殺してもらってやるよ」
ヤギヌマが賢者の石を指さし、ハルハと並んで再び駆けてくる。【受け流し】を封じるためにタイミングを合わせて。
残り僅かなMPを使って《短距離瞬間転移》を唱える。
今度は余裕を持って間に合う――はずだった。
視界が歪み、転移が行われる寸前、赤い光が飛んできた。ハルハが<(LEGEND)悪魔の背骨>を短剣形状に変えて投げてきたのだ。あの武器に形状変化の機能があるのを失念していたわけではない。が、反応はできなかった。あの貴重な武器を投擲に使うとは想像もしていなかった。
無防備な状態で喰らった俺は後方の壁に激しく叩きつけられた。
痛みに耐えて即座に起き上がる。
そこにヤギヌマの短剣が飛んできた。とっさに身をよじるが避け切れず、肩口に刺さる。《絶対無敵の加護》での軽減もあり、ダメージはそれほどではない。
しかし。
HP166/315 【DEADLY POISON】
短剣には緑色の粘着質の液体が塗布されていた。第八試練のボスのドロップ品<(LEGEND)白き眼のペンダント>による付与効果だ。人間の眼球の形をしたアイテムに刃物を刺すことで、この世界で最も強力な毒を付与する――今の俺の毒耐性でも継続ダメージが入るほどの毒を。
しかし第八試練のワールドファーストは白の誰かだったはずだ。……殺して強奪したのか。
ハルハが地面から<(LEGEND)悪魔の背骨>を拾い上げて大剣に戻し、距離を詰めて振り下ろしてくる。
体勢を崩しているので【受け流し】はできない。ほとんど勘で横に転がり、かろうじて躱す。
続けざまにヤギヌマが毒を付与した魔剣を振るってきた。それは立ち上がりながらバックステップで躱す。
本当に紙一重。身のこなしだけで躱すのには限界がある。
「往生際が悪いですわね!」
間髪入れずにハルハが振ってきた大剣は赤い光を纏っていた。今度は<罪貨>を三枚消費したものだ。
とても躱せず、俺は再び壁に叩きつけられた。
さらに追撃にきたヤギヌマの魔剣も躱せず直撃を受ける。
「……『弾けろ!』」
正真正銘最後のMPを使って《大気炸裂》を唱え、ヤギヌマを吹っ飛ばして距離を空けた。
だが追い詰められた。
HP12/315 【DEADLY POISON】
部屋の角。後ろにはもう下がれない。
MPもない。HPもない。猛毒で時間もない。
勝利を確信してハルハが<罪貨>を砕く。今度は4枚同時。今までで一番明るい赤い光を白い大剣が纏う。ハルハの黒いネームプレートからはコインマークが消えていた。これで奴も死んだ瞬間にロストが確定する。
二人はやはり並んで駆けてきた。
回避はできない。片方を【受け流し】しても確実に死ぬ。
だが勝機は見えた。
メニュー画面を出し、操作をする。
俺たち全員の目の前にメッセージが表示される。
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システムメッセージ:『プレイヤー:【ヤギヌマ】に100,000,000Gの賞金がかけられました』
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コイツに対する切り札としてゾンに集めてもらった金をすべて使った。
ほんの一瞬、ヤギヌマの目がそのメッセージに喰いついた。
謝肉祭以降、コイツはその魔剣で多くの白から<罪貨>を奪ってロストさせ、賞金額を伸ばしていた。そこにこの額の加算。計算せずとも直感的に分かったはずだ。
俺と同じ。<罪貨>を最大数携帯していようと、死ねばロストを免れぬ額になったと。
恐怖か、あるいは念願が叶った感慨か。
コイツが何を思ったかは分からない。
だがその一瞬は致命的な隙となった。ゆえに次の俺の攻撃行動を躱せなかった。
<(R)怠惰のエメラルド>を投擲して当てる。
1秒間の睡眠でヤギヌマがふらつく。その体を押しのけるように俺は手で押した。
「……無駄なあがきすんじゃねえよ!」
意識を取り戻したヤギヌマが両腕を大きく振り上げた。
が、それを振り下ろす前に愕然とした顔で動きを止めた。
その手に握られていた魔剣がなくなっていることに気づいたからだ。
目押しグリッチの【窃盗】で盗ったのだ。睡眠中の【窃盗】は対象アイテムのレアリティに関わらず100%成功する。
「これで賞金首ランキング一位になったんじゃねえか? よかったな」
煽りながら盗んだばかりの<(LEGEND)頂点捕食者の剣>を両手で振るう。ヤギヌマは攻撃モーション中だったのでカウンターヒットが決まり、大ダメージが入った。
あと一撃。
ヤギヌマがサブウェポンである短剣に手をかける。
「ヨシヤァ!!」
「遅えよ!」
俺は迷うことなく黒い剣でヤギヌマの胸を貫いた。コイツ自身が大勢の人間から奪ってきた<罪貨>。それで成長した剣はトドメを刺すのに十分な攻撃力を持っていた。
血走った目を俺に向けたままヤギヌマが前のめりに倒れる。使用者が死んだことで俺の猛毒が解除される。
最後に何か言うべきか迷ったが、そんな暇はなかった。
もう一人の敵の方を向く。
先ほど確実に俺を仕留められるはずだったハルハの方を。
「邪魔をしないでください! ……お姉さま!」
「今すぐ剣を置いて投降して! 警告はこれが最後!」
叫びあいながらハルハと斬り結んでいたのはアイツの信仰の対象――レンカだった。先ほど勝機が見えたと思ったのはこいつがハルハの後方から駆けてきたのが見えたからである。ハルハの一撃はレンカが止めてくれると俺は信じていた。
血の謝肉祭でもこの二人は戦っていた。
暗黒街の宿屋の屋根の上で。
レンカはあの時と違う。確かにハルハを殺す気でいる。ハルハが<罪貨>を所持していないと知りつつも、全身全霊で攻撃している。
ハルハもあの時と違う。レンカが自分を殺す気だと感じている。その戸惑いと恐怖が一挙手一投足に現れている。その動きは明確に鈍っていた。
ハルハはレンカを攻撃することさえ自己正当化できていた。自分が殺されることを恐れてもいなかった。だが自分がレンカに殺される覚悟だけはなかった。
レンカはそれを分かっていたのだ。
「ヨシヤと戦って分かった。私がしたいこと。私の正義」
迷いなく攻撃を続けながらレンカが続ける。
「謝肉祭の時、あなたを倒す勇気がなかったせいで、あなたにたくさん罪を重ねさせてしまった。でも、もう迷わない。あなたが折れないなら私も折れない。この手を汚してでもあなたを止める。――絶対に」
強烈な一撃を受けて、ハルハが吹っ飛ぶ。
距離が空いた隙にレンカは冒険用鞄に手を入れた。
「ハルハ! 私を見て!」
叫んで取り出したのは1枚の<罪貨>。
ハルハのように“滅びの女神”に捧げるはずはない。
何をするのかと思えば、レンカはそれをただ地面に捨ててハルハに向かって駆けだした。
意味不明の行動。
だがそれ以上に異常だったのはハルハがピタリと動きを止めたことだ。
なぜか。
ハルハの視線を追って、ようやく俺も気づいた。
レンカのネームプレートから<罪貨>の所持を示すコインマークが消えていた。今のが最後の一枚だったのだ。
距離を詰め、レンカが横薙ぎを見舞う。
ハルハは棒立ちのまま受けた。
続けざまの袈裟切り。
ハルハはこれも棒立ちで受けた。
ハルハは妄信していた。『レンカは絶対に死なない』と。
しかし自分の手で殺しうる場面が来たらどうなるのか。
論理矛盾を抱えることになる。
レンカはその致命的な矛盾を突いた。
これもそうだ。ハルハが覚悟していなかったことだ。
自分がレンカを殺す覚悟はなかった。
間違いなくあと一撃でハルハは倒れる。
力んだ時のレンカの癖が出た。
大上段に構え、振り下ろそうとする。
それすらもハルハは躱そうとしなかった。ただ相手の顔を凝視したまま震える唇で言葉を紡いだ。
「お姉さま……どうして」
レンカが歯噛みするのが見えた。
剣を持つ両腕に力が入る。
しかし、それが振り下ろされることはなかった。
その前に俺がハルハを後ろから刺した。
それがトドメになった。
ハルハが崩れ落ちるように倒れる。
剣をゆっくりと降ろしたレンカは茫然とした顔を俺に向けた。
「……ヨシヤ」
「オメーが全部背負いこむ必要はねえよ」
床に倒れたハルハを顎でさす。少女の頭上には蘇生待ち状態の1分を示すゲージが出ていた。しかしもう無意味なゲージだ。蘇生したところで<罪貨>がなければロストするだけなのだから。
ハルハの体は硬直していたがその瞳は確かにレンカに向いていた。
だがチャットの一つも打ってこない。
レンカは地面に膝を突き、ハルハの手を両手で握った。
その頬を涙が伝う。
そうだ、この世界でも涙は出るのだ。
「ごめんね、ハル……」
最後に呼んだのはリアルでの愛称なのだろう。
返事をするものはいなかった。
ヤギヌマの体が黒い灰となり、崩れて消えた。
それから同じようにハルハの体も。
一周目で俺が買った恨みや怒り。
そういったものの帰結。
こんな形の結末しかなかったのかと考える余裕はない。
《絶対無敵の加護》の効果が切れてダメージが順番に戻ってきたのでポーションをがぶ飲みしてどうにか耐える。
それから床に落ちた<罪貨>を拾い上げ、レンカに渡す。
「ごめん。ヨシヤがくれた1枚、手放しちゃった」
「いいさ」
いつだかのようにレンカが額を俺の胸に押し付けてきた。
これもいつだかのように、ぽんぽんとコイツの頭を撫でる。ドキドキはするが、さすがに慣れた。
「お前らしくねえやり方だったな。悪くはなかったけどよ」
「ヨシヤならどうするか考えた。使えるものはなんでも使えって言ってたし」
「まーた俺のせいかよ。どいつもこいつも」
これも冤罪体質のせいだろうか。
いや、しかし。
「……そうだな。悪いのはぜんぶ俺だ。だからお前は悪くない。なんも悪くねえからな」
レンカがハッと顔を上げた。目を見開いて。
今のはちょっとキザっぽかったかなと照れ隠しに右の頬を掻く。
するとレンカが逆側――左の頬に顔を寄せてきた。
頬に、何かが触れた。
「……今、キスしたか?」
「うん」
「……マジか」
「ダメだった?」
「いや」
俺が即答すると、レンカは嬉しそうに微笑んだ。
それから涙をぬぐい、再び剣を手にする。
そうだ。まだ終わりじゃない。黒煙の向こうでは戦いが続いている。
「行こ」
「ああ」
レンカと二人、戦闘音がもっとも激しい方向へ駆けていく。
世界閉鎖まであと1時間足らず。ごちゃごちゃ考えるのはすべてが終わってからでもいい。
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【レンカ】
LV:76
クラス:[天意勇者]
HP:903
MP:640
筋力:145
知力:46
器用:60
敏捷:54
意志:56
幸運:65
【書物作成LV10】【釣りLV15☆】【絵画LV5】【食料採集LV10】【刺繍LV8】
武器:<(LEGEND)天剣ローレンティア>
足:<(SSR)純戦士の足鎧+7>
腰:<(SSR)聖銀のキュイス+7>
胴:<(SSR)リクサの聖衣+9>
頭:<(SSR)リクサの髪留め+9>
装飾:<(LEGEND)始祖勇者の花飾り>
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【あとがき】
読者の皆様こんにちは。作者のティエルです。
前回のお願いに対し、たくさんの応援や評価、とても素敵なレビュー等をいただき、大変うれしかったです。
まことにありがとうございました。感謝感謝です。
しかしホントすいません。更新まで予想以上に間が空いてしまいました。
これ以降もどの程度の頻度で投稿できるか不明なのですが、最後まで全力で書いていきますので、引き続き応援よろしくお願いいたします。
いや、ホント絶対に完結させますので……マジお願いします。トラストミー。
※ラストダンジョンに突入してから、現在時刻と残り人数を各話冒頭に書くのを忘れてたので追記しておきました。ご確認ください。
2026/02/01 by作者ティエル
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