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こんなはずじゃなかった

 まず、始まりは叙任式後のパーティにまで遡る。このパーティは、今回のような大事が起きた際に連携して動けるよう、貴族だけでなくフリフォニアにとって重要な人物が集まって交流するのを目的に開かれたものだ。一応、恵菜の爵位授与を祝うという目的もあるのだが、むしろそれはオマケ的な位置づけである。

 ただ、恵菜にとってはオマケで大歓迎だった。自分がメインだった叙任式とは違い、この場では一挙手一投足に慎重にならなくてもよい。もちろん、節度ある行動は当然だが、先ほどまでの厳格な空気はない。それに、パーティ会場には宮廷料理人達が腕によりを掛けて作った素晴らしい料理の数々があり、恵菜はパーティの始まりが待ち遠しくて仕方がなかった。


 だが、パーティで恵菜を待っていたのは料理ではなかった。


 パーティが始まるや否や、恵菜は一歩も動く間もなく、貴族達に取り囲まれた。別に気に食わないからと絡まれたわけではない。彼らは恵菜に自らのアピールをしにきたのだ。

 恵菜が聞いてもいないのに、彼らは自分がどんな人間であるかを話し始め、果てには息子の自慢話にまで発展。しかも、人数は減るどころか、一人、また一人と恵菜のもとを訪れてくる。

 そして、場所も相手も悪いだけに、無下にすることもできない。恵菜はそれらが終わるか他の者が割り込んでくるまでの間、「は、はぁ……」と適当な相槌を返すことしかできなかった。


 そして、問題のダンスの時間。貴族達は待ってましたと言わんばかりに、次々と恵菜をダンスのパートナーに誘いに来た。

 断ることもできず、言われるがままにダンスの連続。儀礼的に「喜んで」と笑顔で返す恵菜だったが、当然、そこに楽しさなど微塵も感じない。豪勢な食事に一切手を付けることもできず、ほぼ他人と言っても差し支えない相手とのダンスを半ば強要させられたのだ。徐々にストレスが溜まり、ついには踊っている最中に、「ここで力を籠めたら解放されるかな……」と、危ないことを考え始めたぐらいである。


 結局、自分の心を制御することに成功し、パーティは無事に終わった。だが、貴族の争いにうんざりした恵菜は、その次の日には逃げるように旅支度を整えてランドベルサを出発。以来、ずっとコッソリ旅を続けていた。


 そして、先日――もうほとぼりは冷めた頃だろうと戻ってきたのだが、恵菜の考えは甘かった。


 久しぶりのマイホームに戻ってきた恵菜を待っていたのは大量の手紙。それも郵便受けに入りきらず、手紙が玄関の扉の隙間を埋め尽くす程の。

 それでその肝心の手紙の内容というのが、案の定、ほぼ全部婚約絡み。大事な内容のものがあるかもしれない。そう考えて、一応、全ての中身を確認したが、縁談以外のものはほとんど見つからなかった。さらに、今でも一日に何通かの手紙(縁談)が来る始末。


(ほんと、どうしてこんなことになったんだろ……)


 心の中で大きくため息を吐く恵菜。そもそも、彼女のもとに何故これほどの結婚の申込みが来るのか。それは彼女の将来性の高さ故だ。


 国を救った英雄であり、王族を除けば最高位の爵位である公爵。今は自由奔放な暮らしをしているせいで何の発言力も持たない名ばかり貴族だが、国王にも厚く気に入られている。そんな恵菜が貴族の役目を果たし始めれば、彼女の発言一つが持つ影響力は途端に強くなる。

 そんなダイヤの原石である彼女を、上昇志向の強い貴族達が黙って見ているはずがない。自らが、それが難しければ自らの息子を婚約相手にと考え、こうして熱烈過ぎるアプローチをかけてきているのだ。


 また、縁談を持ちかける理由はそれ以外にもある。


「エナちゃんは可愛いですからね。政略結婚ばかりの貴族男性から見れば、かなりの優良物件ですよ」


「魔術師としても優秀っていうのがさらに人気を上げてるわね。身近なところに凄腕の魔術師がいれば、護衛いらずだし」


 エリスとリアナが言うように、単純に恵菜の容姿に惚れたり、魔術師としての腕を買ったりと、恵菜を娶りたい理由は様々だ。もし彼女が一般人であれば、貴族がこのような理由で結婚するなどあり得なかっただろう。だが、都合の良いことに恵菜は貴族。身分上の問題は無いと言っていい。


 お邪魔虫が寄ってこないための措置だと言われて(半ば強制的に)受け取らされた爵位。だが、虫よけスプレーかと思って蓋を開けてみれば、余計なものを呼び寄せるだけの誘蛾灯だ。元々の体質も合わさり、もはや面倒事しか寄ってこない。

 さすがの恵菜も思わず、これをくれた張本人に文句の一つでも言いたくなる。しかし、言える相手ではないし、言ったところでどうしようもない。


「はー、女性としては、男からモテモテなんて羨ましい限りよ」


「別にそんな……でも、リアナちゃんだって強いんだから、そういった話が来てもおかしくないんじゃ」


「それ、ギルドにいる男連中のアタシの評判聞いても言える?」


 リアナにそう返されてしまい、思わず黙ってしまう恵菜。それもそのはずだ。他の冒険者にリアナの印象を尋ねてみれば、「炎上娘」だの「頭のネジが外れている」だの、何故か悪い評判ばかり返ってくる。誰かがそう周りに吹聴しているという噂もあるが、真実かどうかは不明である。


「ま、あたしはそもそも貴族じゃないから、そういったのとは無縁よ。いや~、自由っていいわ~」


「うー、こんなことなら貴族になるんじゃなかったなぁ」


「私はエナちゃんが貴族になってくれて嬉しいですよ。こうして会いに来られるようになったわけですから」


「まあ、確かにそれは良いことだけど……」


 あの事件が起きるまで、エリスは城の外へ出ることが許されておらず、遊ぶ時は城内のみというのが当たり前だった。しかし、それはエリスの内に少しずつ不満を募らせることとなり、結果として城からの脱走へと結びつけてしまった。

 愛娘を大事にするあまり、城の中だけで遊ばせていたルーガンスも、エリスにストレスが溜まっていることには薄々気づいていた。そこで、頻繁にでなければ、中心地区内に限り、出かけることを許可したのだ。その時のエリスは大喜びし、ルーガンスも愛娘の最上級の笑顔にご満悦だったらしい。もっとも、万が一に備え、エリスが城を出るときにはひっそりと護衛が付いている。今も外では護衛が待機しているだろう。

 そんなエリスが城を出て向かう場所はほぼ一択、恵菜の家だ。むしろ、恵菜が街にいないときには、城の外に出かけることがない。行く当てのない外出など、城の中を散歩するのとほぼ変わらないのだ。


 ちなみに、恵菜が家にいるか否かは、彼女達が持つ遠話器で確認ができる。また、リアナも同じものを恵菜から受け取っており、彼女達の間の情報共有は容易である。


「あら、結構暗くなってきたみたいね。ほんと、こうしてると時間が過ぎるのが早く感じるわ」


「え! た、大変です! 鐘の音が鳴る前に帰らないと怒られてしまいます!」


 窓の外を見れば、景色が夕焼け色から夜色に染まりつつあった。あと十分もしないうちに、夜の鐘が鳴るだろう。門限が近いエリスは慌てて立ち上がる。


「送ろうか?」


「い、いえ、まだ間に合うと思いますから大丈夫です!」


「そう? それならいいんだけど」


 送るぐらいならどうということはないのだが、本人が大丈夫と言っているのに無理に送る必要もないだろう。だが、恵菜は知らない。エリスが絶対に恵菜に送ってもらうわけにはいかないと思っていることを。

 というのも、実は一度、エリスは今みたいな状況で恵菜に送ってもらったことがある。ただ、その時の方法というのが、エリスをお姫様抱っこして走るという送迎だった。昔、街中を同じ手段で移動されたことがあるエリスはあの時のトラウマが蘇り、あわや気絶する一歩手前までいった。そのとき、彼女はもう二度と恵菜の手は借りないと誓ったのだ。


「アタシもそろそろ帰ろうかしらね。エリスみたいに門限は無いけど、ここにずっといるのも悪いしね」


「私は別に構わないよ?」


「いや、居過ぎると、非常識だーってクレリアに怒られるの。バレなきゃいいんだけど、クレリアの勘って鋭いのよね……」


 どうやらエリスと同じく、リアナも長居すると怒られるらしい。それは門限があるのと同じなのではと思う恵菜だったが、口に出す前に二人とも帰る準備を終わらせる。


「紅茶、美味しかったわ。それじゃ、エナ、またね」


「エナちゃん、お邪魔しました。また来ますね」


「うん、二人とも、またいつでも来てね。もちろん、私がいるときだけど」


 エリスとリアナを見送る恵菜。扉が閉まり、二人の姿が見えなくなると、振っていた手を下してポツリと零す。


「結婚、か……」


 この国には、何歳から結婚しても良いという明確な法はない。結婚するのは年齢が十五になってからというのが世間一般の認識であるが、それを考慮しても恵菜はもう結婚できる。だからこそ、貴族から縁談の持ちかけが絶えないのだろう。


 しかし、恵菜は結婚に前向きではない。その理由は大きく二つ。


 まず一つは、旅を続けられなくなるのではという危惧だ。出稼ぎなどといった例外はあるが、基本的に人生の伴侶とは生涯共にいることが常識である。夢だとはいえ、趣味の域を出ない旅に出てパートナーと離れ離れなど、決して褒められることではない。今みたいに、好きな時に好きなだけ、どこかへ旅へ行くことなどできなくなるだろう。


 もう一つは、単純に女の子としての願い――すなわち、ちゃんとした恋をしたいからだ。白馬の王子様が迎えに来るようなメルヘンチックな恋、とまではいかなくとも、自然と相手を好きになって付き合い、めでたくゴールインといった普通の恋がしたい。そう恵菜は願っている。


 縁談に赴けば最高の相手と巡り合えるかもしれない。だが、如何せん数が多過ぎる。それに、今の恵菜にそこまでの結婚願望はない。


「ま、今はいっか。ご飯の準備でもしようっと」


 結果、恵菜は今回も全ての縁談を断ることに決める。今の彼女の頭には、結婚をどうするかではなく、今日の夕飯をどうするかという考えしかなかった。


過ぎたことは仕方ない。

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