表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/273

女神の祝福

 恵菜が窓の外から、そっと部屋の中を覗き込む。


『イタ?』


「……いや、ここじゃないみたい」


 その部屋に探している人物――エリスの姿が見当たらないと見るや、すぐに次の窓へと飛んでいく。大胆に移動しているが、強い雨で視界が悪くなっていることもあり、壁に限りなく近づいて素早く移動する恵菜達を地上から発見するのはかなり難しいだろう。


 その後も何度か同じことを繰り返していたが、ついに目的の部屋へと辿り着く。


「いた!」


 思わず叫んでしまい、慌てて窓から顔を離して口を押える。

 間を開けて再び中を覗くが、誰もこちらを気にしていない。先程の恵菜の声は聞こえていなかったようだ。


 ホッとする恵菜の上から、水華も逆さまに中を覗き込む。


『二人、イルヨ?』


「ベッドで寝てる方がエリスちゃん。もう片方は……たぶん、エリスちゃんのお母さんかな」


 ガラス越しにでも分かるぐらい、エリスの顔色は悪い。片方の腕で胸を押さえ、苦しそうに目を閉じている。

 そんなエリスの手を取り、心配そうな目をしている女性。その様は、入院していた時の恵菜を見舞いに来ていた母親のそれと同じだった。


「鍵は……かかってないね」


 不用心な気もするが、事が事だけに、そんなところまで気が回っていないのかもしれない。だが、鍵がかかっていないのは、恵菜にとっては好都合だ。もし鍵がかかっていたのなら、どこか別に入れそうな場所を探すか、壊す危険性を承知で魔法による開錠を試みなければならなかった。


「水華が姿を見せると驚いちゃうかもしれない。悪いけど、少しの間ここで隠れててくれる?」


『分カッタ』


 ここまで付いてきてもらっておいて外でお留守番など扱いが酷いと思うかもしれないが、大精霊を連れて部屋に入れるわけにはいかない。相手が驚き過ぎて、意図せず誰かを呼んでしまうかもしれないからだ。それならば、まだ一人で入った方が安全且つ穏便に事を済ませやすい。

 もっとも、部屋に入った時点で、エリスの母親に兵を呼ばれる可能性は高い。だが、エリスとはお互い知っている仲だ。これが上手く働き、都合が良くなることを祈るしかない。

 そう頭の中で判断した後、緊張で早くなる胸の鼓動を落ち着かせてから、恵菜は窓を開け中へと入った。


「な、何者です!?」


 窓から人が入ってきたのを見て、エリスの母親らしき女性が驚きの声を上げる。当然だ。扉からではなく、地上から十メートル以上もある窓から人が入ってくれば、誰だって驚くに決まっている。結局、水華がいてもいなくても結果は変わらなかったのだ。


「窓から失礼しました。私は霜月恵菜と言いま――」


「え、衛兵!」


 驚いている相手を落ち着けようとする恵菜。その言葉が全て相手に届く前に、衛兵を呼ばれてしまう。衛兵はすぐ近くに待機していたのか、扉の向こう側からガシャガシャと鎧の鳴る音が聞こえてきた。


『凍れ』


 呑気に自己紹介などしている暇がなくなった恵菜は、衛兵が部屋に入ってくるのを防ぐために、さっき使ったものよりも威力の落とした氷魔法を使う。恵菜の手から扉に向かって冷気が放たれ、命中すると同時に、扉が一瞬で凍りづけになった。


「なっ……!」


 突如出現した氷壁を見て、女性が驚愕の表情を浮かべる。


 その直後、ドンッという大きな音が扉から鳴った。急いで入ろうとした兵士が開かない扉に激突したのだろう。さらに、扉を叩いて開こうとする音や、衛兵が部屋の中に向かって呼びかける声が聞こえてくる。しかし、扉は音を通せど、人を通すことはなかった。


「すみません。邪魔をされたくないので、扉は閉じさせてもらいました。でも、エリスちゃんを助けた後は、ちゃんと元通りにします」


 衛兵が入ってくれば、例え何を言おうとも、恵菜は不審者として捕らえられてしまうだろう。これから悪事を働くわけでは決してないのだが、既にこの城への不法侵入を果たしてしまっている。一々、入城の許可など取っていられない(そもそも取れない)からとコッソリ入ってきたのだから、こればかりは弁解のしようがない。


 だが、当然のことながら恵菜は大人しく捕まる気などない。エリスを助けた後は、扉を戻して即座に窓から脱出しようと考えていた。


「……今、何と? エリスを助けると、そう言ったのですか?」


「はい」


 しれっと言った恵菜の一言が意外過ぎたのか、女性は目を白黒させている。さっきから驚いてばかりの女性だが、そんな彼女に対して恵菜は力強く頷いて見せる。

 女性は一瞬だけ期待に満ち溢れた表情を見せたものの、すぐにその表情を消し去る。代わりに浮かべた表情は、どこか諦めを感じさせる悲しげなものだった。


「……親である私もこう言いたくはありませんが、この子を助ける事は叶わないでしょう。この子にかけられた呪いは、そう簡単に解けるものではないのです」


「呪い? 一体、何の呪いを?」


「カースドライフの呪いをかけられたと、そう聞いています」


 呪いの名前を聞いた恵菜の表情が険しくなる。恵菜は魔術師、それに闇属性にも適正がある。いくつかの呪い魔法についての知識はあるし、当然、カースドライフがどんな呪い魔法なのかも知っている。


「その呪い……もしかして、ワストークという魔術師が?」


「そうです。ですが、何故そのことを?」


「私もその人に殺されかけましたから、そうじゃないかと思ったんです」


 思っていた通りの人物が原因だったことに、恵菜は怒りに身を震わせる。


 王族であるという点を除けば、エリスは普通の子だ。むしろ、王族であるが故に、普段の生活で身体的な苦痛を受けることはほぼ無いだろう。そんなエリスに、兵士ですら発狂してしまう程の痛みを伴う呪いは残酷過ぎる。

 最早、呪いをかけたワストークを許すことなどできない。真っ先にワストークのいる所へ向かいたくなるが、エリスをこのままにしておくわけにはいかない。


「とにかく、エリスちゃんにかけられた呪いを解かないと」


「話を聞いていたのですか? この子にかけられた呪いは――」


「カースドライフでしたよね。その程度の呪いなら問題ないです」


 その言葉にエリスの母親が目を見開く。


「問題、ない……? つまり、カースドライフを打ち消すことができると?」


「はい」


 解呪が困難と思われたカースドライフを、当たり前の様に「解ける」と言う恵菜。その顔に一切の不安は見られない。


「ですから、少しだけ場所を譲ってくれませんか?」


 だが、そう言われてもエリスの母親はその場から動こうとしなかった。それもそのはずだ。彼女からすれば、恵菜は窓から侵入してきた見ず知らずの不審人物。呪いを消すことができると言ってはいるが、それも本当か怪しい。そのような人物に、自分の娘の命運を託すことなどできるわけがない。

 それでも拒否の言葉を口にしないのは、本当に呪いを解けるかもしれないという期待があるからだろう。このままエリスが呪いに蝕まれれば、肉体的にも精神的にも壊れてしまう。いつまでもつか分からず、現状では呪いを解くことができないとあれば、目の前の希望の光に縋りたくなる。


 信じられない。だが、信じたい。彼女の心で天秤の針が小刻みに揺れる。


「お母様……彼女の言葉を……信じて、ください……」


 そんな母親の背中を押したのは、他でもない彼女の娘だった。


「エリス!? 何を馬鹿なことを言っているのです!?」


 苦しみに耐えながら絞り出された娘の発言に、母が目を見開く。


「心配なのは、分かります……ですが、彼女を信じる以外で、他に方法がありますか……?」


「それは……しかし、こんな窓からいきなり入ってくるような者を信じられるわけがないでしょう!」


 正論である。恵菜としては、ここ以外に安全に入れる場所がなかったのだから仕方がないのだが、彼女が不信感を抱く理由としては充分過ぎる。


「大丈夫、です……彼女は……エナちゃんは、私の、友達ですから……」


「と、友達? 一体どこで……いや、そんな理由で、私に信じろというのですか?」


「難しいことなのは、分かっています……それでも、私はエナちゃんを、信じています……」


 母親の説得を続けるエリス。その体には、今も想像を絶するような苦痛が駆け巡っているはずだ。

 それでも、エリスの目には力強い光が宿っていた。一歩も引かない自分の娘の言葉に、母もしばらく額に手を当てて考え込む。


「…………本当に、この子の呪いを解けるのですね?」


「はい」


 エリスの母親の問い掛けに、恵菜が即答する。


「それなら、あなたに全てを任せたいと思います。――どうか、私の娘を救ってください」


 大きく頷く恵菜。それを見た彼女は、エリスの手を一度ぎゅっと握りしめて、隣から離れた。


「すみません、エナちゃん……」


 恵菜がベッドに近づくと、突然、エリスが謝ってきた。


「どうして謝るの?」


「エナちゃんには……助けていただいて、ばかりなのに……またしても……助けを求めて、しまいました……」


 そう申し訳なさそうに言うエリス。恵菜に頼りきりな自分を惨めだと思っているのか。


「そんなの、どうってことないよ。人は一人じゃ生きていけないんだから。自分以外の人と助け合わなくちゃ駄目なんだよ。」


「ですが、私は……まだ何も、エナちゃんに……」


 恩を返せていない自分が、さらに助けを求める資格があったのか。その言葉だけでも、簡単にエリスの心情が分かる。

 そんな悩みを吹き飛ばすかのように、恵菜が口を開く。


「友達っていうのは、貸し借りで動くものじゃないと思う。頼りたい時は頼って、助けたい時は助ければいい。今までは無かっただけで、私も困ったら、エリスちゃんに助けてって言うかもしれない」


 損得勘定で動く人もいるにはいる。だが、家族や友人などといった親しい者に対してまで、そんなものを持ち出す必要はない。それが恵菜の考えだった。


「そう、ですね……その時は、きっと、エナちゃんを助けますね……」


「うん。じゃあ、エリスちゃんの願いを叶えないとね」


 そう言って、恵菜がエリスの手をとる。


 恵菜が今から使おうとしているのは、ユーリエの下で修業していた時に習得した魔法の一つだ。

 一人で旅をするには、何事にも自分一人で対処できる力が必要である。最低でも、魔物に襲われた時の撃退と、怪我をした時の治療。これができなければ、一人で旅をするのは自殺行為に等しい。

 恵菜はその二つができるように、ユーリエから二つの高度な魔法を教わった。詠唱無しでも発動できるようになるまで旅に出る事は許さないと言われていたため、嫌と言うほど練習した。

 その一つは、以前にも使ったことがあるサイクロン。広範囲を襲う風の嵐は、例え多数の魔物に襲われても、一発で殲滅できる力がある。


 そして、もう一つは――


『ゴッデスブレス』


 詠唱を省略して紡がれた魔法が発動し、恵菜の手に明るい光が灯る。その光は繋がれたエリス手を介し、彼女の全身へと広がっていく。


 光属性最上級魔法、ゴッデスブレス。攻撃性はなく、怪我の治療や呪いの解呪に使われる魔法だが、最上級と呼ばれるに相応しいだけの力がある。

 まずは治癒。傷や骨折といった怪我だけでなく、四肢の切断などといった、普通なら治らないような大怪我でさえ治してしまう。流石に死んでいる者を復活させることはできないが、死んでさえいなければ治すことができる力を持つとまで言われている。

 そして解呪。これに関しても治癒と同じぐらい強力な効果があり、ランクが下の呪いはもちろんのこと、同格の呪いすら打ち消すことができる。まさに呪い魔法の天敵と言える魔法だ。

 今にも死にそうな状態の者が、これをかけられると、まるで本当に女神の祝福を受けたかのように何の異常もない姿となって現れる。もはや奇跡とも言うべきその魔法が、エリスの身を包み込んだ。


「ふわぁ……温かい」


 エリスは光の中で、自分の体の中にあったドロドロとした何かが洗い流されていくのを感じていた。心地よいその感覚と同時に、今まで感じていた苦痛が徐々に消えていく。

 そして、光が収まると、エリスは自分の体調がすこぶる良くなっていることに気がついた。


「え? 痛みが……」


「エリス! もう痛みはないのですか!?」


「は、はい。何とも、ありません」


 未だに信じられないのか、エリスが上体を起こして、体を捻りながらあちこちを確認する。


 成功を確信した恵菜がスッと一歩身を引く。すると、エリスの母親が入れ替わるように、エリスへと駆け寄って、その身を抱きしめた。


「あぁ、良かった……! 解呪できないと言われた時は、本当にどうすればよいのかと思いましたよ……!」


「お母様……心配していただいたのは嬉しいですが……苦しいです」


 苦痛から解放されたにもかかわらず、母親の激しい抱擁で再び苦しい思いをするエリス。しかし、抗議はするものの、それを拒否する素振りは見せなかった。


「エナ、と言いましたね。私の娘を救ってもらったこと、本当に、感謝します」


 しばらくしてエリスの母親が恵菜に向き直り、最大限の謝意を示す。自分の娘を助けてもらったからか、部屋に入ってきたときの不信感はもうどこにも見当たらなかった。


「友達として、当然の事をしたまでです。ところで、一つ教えてください」


「? 何をです?」


 この場で一体何を聞く必要があるのか。疑問に思ったエリスの母親が聞きかえす。


「この呪いをかけた張本人は、どこにいますか?」


 その問いをした瞬間、恵菜の雰囲気がガラリと変わった。エリスの前であるからか、トランナでキレた時の状態とまではいかないが、声のトーンは本人もびっくりするぐらい低くなっていた。


「……牢に入れられていると聞きました。今も恐らくそうでしょう。しかし、それを聞いてどうするのですか?」


「謝らせるんです。自分がした悪事を反省させて」


 そう言って、恵菜が凍りづけのままの扉へと歩いていく。十中八九、向かう先は自分が数刻前まで囚われていた場所だろう。


「お待ちなさい。ワストークがしでかした事は、それだけで済むようなものではありません。あなたが何かをせずとも、国が処刑することになるでしょう」


「当然、それ相応の罰は受けるべきです。でも、反省もせずに死んでいくなんて許せません」


「反省をすると思いますか? 呪いを解く気が全くなかった、あの男が」


「するんじゃなくて、させるんです。何をしてでも。私だけじゃなく、エリスちゃんも苦しめようとしたあの人を、私は絶対に許しません」


 恵菜が止めていた歩みを再開し、再び扉へと進んでいく。そして、扉の氷を解かすために、手を前に突き出して魔力を操ろうとする。


 だが、魔法は発動せず、不意に恵菜の視界がぐらりと揺れた。


「あ、れ……?」


 フラつく体を支えるために力を入れようとする。しかし、その力すら出せずに、恵菜はドサッとその場に倒れ込んだ。


「エナちゃん!?」


 さっきまで病人同然だったエリスがベッドから飛び出し、慌てて駆け寄ってくる。薄らとしか開かない瞼の奥でその姿を捉え、恵菜は「大丈夫」と口にしようとするが、力なく漏れる空気は喉を震わせることすらできなかった。


(あぁ……そういえば、魔力を使い切ったら、こんな感じになるんだっけ……)


 魔法の修行をしていて、似たような状態に陥ってしまった時の事を思い出す。あの時も、恵菜は砂浜にぶっ倒れ、気づいた時にはベッドの上だった。

 それに加えて、恵菜は昨日から充分に体を休められていない。ここまではエリスを助けるという使命を果たすために頑張ってこられた。それを成し遂げた今、ドッと疲労が溢れ出してきたのだろう。流石の丈夫な体も今回ばかりは耐えられず、もはや指先一つ動かすことさえ叶わなかった。


「――! ――っ!」


 意識が段々と薄れてきて、もはやすぐそこにいるエリスの声すら聞こえなくなってくる。

 暗くなる視界の中、泣きそうになりながら必死に呼びかけてくるエリスに、恵菜はなんとか笑顔で答える。


 それで力を使い切ったのか、恵菜の意識は深い暗闇へと沈んでいった。


助けられて良かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ