トカゲ駆除
『見ツケタ』
しばらくそのまま飛んでいると、水華が急停止して、ある一点を指差す。どうにか水華にぶつからないように止まって、水華の示す方へと目を向ける。
「あれが、水華が言ってた変な魔力?」
『ウン』
そこにいたのは、大量の大きなトカゲだった。いや、だって、そうとしか形容できない。大きさは私の何倍もあって、体も少しゴツゴツでトゲトゲしてるけど、それ以外はどうみてもトカゲだ。
まあ、普通の生き物じゃない事は間違いない。これだけ近くに来た今なら、流石に私でもあのトカゲの持っている魔力が変だってことは分かる。この魔力の感じからするに、あれは魔物だ。
でも、あんな魔物がランドベルサの近くに出るなんて聞いたことがない。知らなかっただけっていうのもあり得るけど、調べた限りじゃいなかったはずだ。一体どこから来たんだろう。
『エナ、ドウカシタ?』
「……いや、何でもないよ」
そうだった。今はそんなこと考えている場合じゃない。
この巨大トカゲは群れを成して、街がある方へとゆっくり移動している。こんなにデカいトカゲがこのまま街の中に入っちゃえば、それだけで大きな被害になるし、もし暴れでもしたら、街は滅茶苦茶になる。
そうなると、悲しむのはエリスちゃんだけじゃない。あの街で暮らしている皆が悲しむ。それだけは絶対にあっちゃいけない。このトカゲはここで止めないと。
『アクアランス』
とりあえず、それなりに威力を込めたアクアランスを発動、そのまま一頭のトカゲにぶつけてみる。これで致命傷を与えられるのなら、あまり苦労しないで済むんだけど。
そんな私の期待は、アクアランスがトカゲに当たった瞬間に消えることになる。
――ガキンッ!
あの、すっごく硬い金属か何かにぶつかったような音が聞こえたような気がするんだけど……トカゲってそんなに硬かったっけ?
「ギュア? ギュアァ!」
攻撃を受けたトカゲは、やっと私がいることに気づいたらしく、威嚇っぽい鳴き声を上げてこっちの方を向く。そして、何やら大きな体をさらに大きく膨らませ始めた。
一体、何をしてるんだろう。そう思った瞬間、水華が大声で呼びかけてきた。
『危ナイ!』
水華の注意と同時に、トカゲが口を開く。
そして、真っ赤に燃え上がる炎が猛スピードで私の方へと向かってきた!
「ひゃあ!」
慌てて上昇気流を発生させて上空へと移動、何とか間一髪で回避に成功する。水華が注意してくれなかったら真っ黒焦げだった。
「あ、危なかった~……助かったよ、水華」
『気ヲツケテ、ネ』
まさか火を吐いてくるなんて思わなかった。だって、地球のトカゲは火なんて吹かないし……いや、そもそも火を吹く生物なんていないか。
これはいよいよ、この群れを街に近づけさせるわけにはいかなくなってきた。こんな危険なトカゲ、百害あって一利なしだ。
『エナ、アレ、止メタイノ?』
「うん……だけど、どうやって止めようかな」
そう、どうやって倒すかが問題なんだよね。アクアランスが全然効かなかったとこを見ると、このトカゲ達の硬さは、あのフルンと同じかそれ以上ってことだ。
となると、一撃で倒そうとしたら、最上級魔法を使わないといけない。だけど、このトカゲの群れを一掃しようと考えたら、一回のサイクロンじゃ難しそう。魔法の範囲が足りてない。三回……いや、二回でギリギリいけるとは思う。でも、そうなると私の魔力は空っぽになっちゃう。
このトカゲ達を倒すことだけ考えるならそれでいいんだろうけど、この後すぐに、エリスちゃんを助けないといけないんだ。魔法が使えなくなるのは非常にマズイ。
つまり、一回の最上級魔法に必要な魔力以下で、このトカゲ達をどうにかしないといけないということになる。
『ジャア、ワタシニ、任セテ』
「水華が?」
『手伝ウッテ、言ッタカラ』
自分の胸を叩いて主張する水華。簡単そうに言う辺り、やっぱり大精霊ともなると、私なんかとは比べ物にならないぐらいの力があるのかな。
『雨、降ッテルカラ、全力、出セルヨ』
「へ? 全力?」
……いや、むしろそれぐらいしないと水華でも駄目なのかもしれない。すぐに片づけられるに越したことはないし、ちょっとだけ水華の本気がどれくらいなのかも見てみたい。
止める必要はない、かな?
「うん。それなら、全力でお願い」
『分カッタ』
水華がそう言って、まるで指揮者のように腕を振るい始める。
すると、辺り一面から水が噴き出してきた。
ただ、その量が尋常じゃない。滝が空に向かって落ちていくっていうぐらい大量の水が、次々と地面から噴き出している。気がつけば、今まで真っ直ぐ進んでいたトカゲ達も、いきなり目の前にでてきた水柱に驚いて足が止まっていた。
それを見計らったかのように、今度は水柱が形を崩して、トカゲ達に襲い掛かった。
「ギュアアアア!?」
トカゲが逃げようとするけど、足が遅いせいで瞬く間に激流に呑まれていく。他の場所でも水がトカゲに襲い掛かって、そのまま勢いよく辺りに広がって……あれ、ちょっと待って? あっちって街だよね? これ、このままだと街の方に水が押し寄せるんじゃ!?
「み、水華っ! 街には被害出さないで!」
水華に急いでそうお願いする。どうやら、お願いは間に合ったようで、水華はコクリと頷くと、手をクルクル回しだした。
今まで街に向かって流れていた大波が、突然、方向を変える。そして、渦を巻き始めたかと思ったら、今度は少しずつ水が中心へと集まっていく。
そして、私の目の前にできたのは、視界をほぼ埋め尽くすぐらい巨大な水の球だった。
「凄い……」
思わずそう呟いてしまう。こんな魔法、今までに見たことも聞いたこともない。精霊だけが使える魔法なのかもしれない。
『ン、シブトイ』
水華の言葉に、目を凝らして水の中を見る。中の水流でグルグルと回らされているトカゲ達は、水から逃げようと手足をジタバタさせている。
呼吸ができないのだから、ほっとけば力尽きるとは思う。だけど、結構時間がかかりそうだし、水華の力を疑っているわけじゃないけど、脱出してくるトカゲもいるかもしれない。それに、このまま水華に任せっぱなしで、私が何もしないっていうのも申し訳ない。
「水華。ちょっとそのままにしておいてくれる?」
『何、スルノ?』
「こうするの! 『凍れ!』」
必要な魔力を集めて、完成した魔法をイメージしながら発動する。
ふっと自分の体から魔力が一気に抜けたかと思うと、右手の先に青い光が灯った。それを確認して、水華の造った水の球目掛けて腕を振って光を飛ばす。
そして、着弾した瞬間、その位置から水の球が凍っていく。そのまま一気に氷の範囲は広がって、十秒ほどで水の球は氷の塊へと姿を変えた。
「成功かな」
私が使った魔法は、フルンから教えてもらった氷の魔法を改良したものだ。改良したといっても、物を凍らせるだけの魔法だけどね。
ちなみにこの魔法、詠唱は必要ないというか、私が作ったやつだから元から無い。でも、何となくそうした方がしっかりと発動している気がするから、いつもこうして口に出している。今回も上手くいったみたいでよかった。
『……凍ッタ?』
「うん。あのトカゲを完全に閉じ込めるために、魔法で凍らせたの」
爬虫類は変温動物。周りの環境によって体温が上下する。全部がそうとは限らなかった気もするけど、体温が下がれば活動が鈍っていく。
地球のトカゲは爬虫類。目の前にいるのもどう見てもトカゲ。それなら、これも爬虫類に違いない。そう思ったからこそ、この魔法だ。周りを氷に覆われたトカゲ達は身動き一つ取れないようで、炎も吐いてこないってことは、もう相当弱っているのかもしれない。
『エナ、凄イネ』
「私は水華の方が凄いと思うけどね」
あんなに広い範囲の魔法、私には真似できない。水華に教えてもらって必死に練習すれば、いつかできるようになるのかな。暇がある時に聞いてみよう。
「さ、エリスちゃんを助けに行こう」
『コレ、モウ、イイノ?』
「大丈夫。出てこられないから」
氷の魔法は何かと便利そうだと思って、あれからずっと毎日練習してきた。最上級魔法並みに魔力を込めてあるし、さっきの炎でもこの氷は割れない自信がある。このまま放置してもトカゲは脱出できずに、いずれ力尽きるはずだ。
「少し高度上げてね。静かに街に入りたいから」
『ウン』
街を出る時、誰にも見られないように壁を飛び越えてきたから、私はまだ街の中にいるってことになってるはず。街の外から入ってくるのはおかしい。
そもそも、入る時に冒険者カードなんて見せたら、私のいる位置が即座にバレる。追われている身なのに、そんなヘマをして捕まりましたなんてことになったら、水華に哀しい目で見られるし、また助けられる側になってしまう。
「じゃあ、急ぐよ」
予想外なところで時間を使っちゃった。早くエリスちゃんの所へ行かないと。
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「おいおい、ありゃあ一体、どうなってんだ……」
信じられないといった表情で、ステンが呟く。だが、ステンだけではない。これから起きるであろう激戦の事を考え、緊張感から無駄口一つ叩かずにいた兵士や冒険者達も、流石に今は動揺してざわついていた。
無理もない。街に残っている兵力をかき集め、ギルドからの援軍も加わり、いざレッサードラゴンを討伐しようと街を出た所で、目を疑う様な光景に出くわしたのだから。
突然、遠くの方で天高く水が噴き出したかと思えば、それがレッサードラゴンを飲み込んだ。そして、レッサードラゴンを取り込んだまま球状に姿を変え、次の瞬間には水が氷へと姿を変えていた。簡単に言えばそんなところだ。
今、彼らの目の前には、人と比べるのが馬鹿らしくなるほど巨大な氷塊と、その中で凍りづけにされて動かなくなっているレッサードラゴン達の姿があった。
「賢いギルド長様なら、何が起きたのか分からねえか?」
「あんな現象に心当たりなんてないし、初めて見たわ……ただ、自然に起きることじゃないことは確かね」
「おいおい。あれが人の手によって引き起こされたもんだってことか?」
「あら、それなら、団長様はこの現象を単なる偶然の自然現象だと片づけられるの?」
「……まぁ、無理だな」
雷が落ちたり、竜巻が発生したりといった自然現象は、確率は低いが起こり得る。しかし、水が大量に湧き出して一瞬で凍りつくような自然現象など、この世には存在しない。
間違いなく、目の前の出来事は誰かの手によるもの――魔法によるものだった。
「だが、こんな芸当、流石に誰でもできる事じゃねえだろう。ていうか、あんな魔法、俺は見た事ねえぜ。ウチの軍の奴じゃねえってことは、おたくの所にいる誰かが最有力なんだが、心当たりは?」
ステンにそう問われ、システシアが手を顎に当てて考え込む。この街のギルドを拠点に活動する冒険者はもちろん、この近くに偶然来ている可能性も考慮して、自分が知っている有名な冒険者まで。脳内にある冒険者リストの全員の中から、この現象を引き起こすことができそうな冒険者を検索する。
そして、システシアの脳裏に一人の冒険者の姿が浮かぶ。つい最近ランドベルサを訪れたばかりで、尊い存在とされる大精霊と親しげに接し、数多くの依頼をこなしながらも、未だにその実力の底が知れない少女の姿が――
「――まさか」
「ん、思い当たる奴がいるのか?」
「……いえ、思い違いだったわ」
一瞬、その少女の名を口にしかけたが、少女と交わした約束を思い出す。彼女が抱えている秘密等は、一切口外しないという約束だ。
だが、ここまで大きな事をしでかしてくれたのだ。混乱を抑えるためにも、何かしらの説明は必要となる。
(こっちも最大限努力するけれど、恨まないでね)
全部を隠しきれる自信はない。システシアが心の中で呟いたそれは、もはや諦めに近かった。
強さ的には、一対一なら『フェンリル>レッサードラゴン』です。




