助ける理由
走るか飛ぶか。少し悩んだけど、ぬかるんだ地面は走りにくそうだったから、空を飛ぶことを選んだ。
東へ進む私に対して、雨が反対方向へ走り去っていく。ほぼ真正面から殴りつけてくる雨が鬱陶しい。風を制御して少しは当たらないようにしてるけど、流石に全部は防げない。既に服も体もびしょ濡れだ。まあ、そもそも傘を持ってない時点で、歩こうが飛ぼうが雨に打たれるんだけど。
でも、今はそんなこと気にしてられない。私には急いで向かわないといけない場所がある。
『エナ、ドコ、行クノ?』
「街! さっきまでいた所のね!」
『何シニ?』
「助けに行くんだよ! エリスちゃんを!」
遠話器越しに聞こえたエリスちゃんの声は、明らかに普段とは違った。苦しそうに、辛そうにしながら、掠れる声で助けを求めていた。
何が起こっているのかは分からない。でも、誰がエリスちゃんに危害を加えたのかは簡単に想像がつく。
私を処刑しようとした人、ワストーク。あの人にとって、エリスちゃんは一番邪魔になる存在。エリスちゃんが真実を話してしまえば、それだけで私を殺す計画が狂う。
それなら、いっそのことエリスちゃんを話せないようにしてしまえと考えてもおかしくない。エリスちゃんは王女様。そう簡単に手出しはできない身分にあるけど、あの人も身分は高そうだった。苦も無くエリスちゃんに近づいて襲い掛かれるかもしれない。
少し考えれば分かることだった。だけど、私は私のことばかり考えていたせいで、それに気付けなかった。檻から脱出した時に、見つかる事を恐れずエリスちゃんの所へ向かうべきだったんだ。
そうすれば、私が助かるだけじゃなく、エリスちゃんは苦しまずに済んだかもしれないのに……!
『捕マルカモ、ヨ?』
「うん! だけど、今はそんなことはどうでもいい!」
ワストークの悪事がバレていて、私が無罪だと知られていればいいけど、楽観視するのは危険すぎる。さっきまで考えてた事が現実になってたら、私を見つけた瞬間、お城の人達は私を捕まえようとしてくるはずだ。
捕まれば今度こそ死は免れない。牢屋送りになる前に殺されちゃう。
でも、行かないとエリスちゃんが死んじゃうかもしれない。それだけは絶対に駄目だ。
『デモ、エナ、危ナイヨ?』
分かってる。何が起きてるのか分からない場所だもん。だけど……
「エリスちゃんを助けずにこのままでいるか、エリスちゃんを助けに危険な所へ行くかなら、私は後者を選ぶよ」
私が向かったところで、絶対にエリスちゃんを助けられるという保証はない。もう手遅れな状況に追い込まれているかもしれないし、力が及ばずに私も途中で力尽きてしまうかもしれない。
だけど、このまま何もしないのは、エリスちゃんを見捨てるのと同じだ。『助けなかった』と『助けられなかった』はお互い似た言葉だけど、その意味は全然違う。
あの時に、ああしていれば良かった。そんな後悔はしたくないし、それを背負ってこれから生きていくなんて嫌だ。
『ドウシテ?』
水華が疑問に思うのも仕方ない。自分から危険な事に首を突っ込もうとしてるんだもんね。
でもね、その理由ってとても単純なことなんだよ。
「……水華はさ、私が檻から逃げるのを手伝ってくれたよね」
『ウン、友達、ダカラ』
「それと一緒だよ。私の友達が助けを求めてるから助けに行く。それ以上の理由は必要ないよ」
エリスちゃんと友達になったのはついこの間。友情が深いとはお世辞にも言えない。エリスちゃんが王女様だったことも昨日知ったばかりだし、まだお互い知らない事が多すぎる。
でも、付き合いがどれくらい長いだとか、助けたらどれくらい自分が得をするだとか、そんな事は関係ない。
ただ、エリスちゃんが『友達』だから。それだけで助けに行く理由としては充分過ぎるし、見捨てるなんて真似はできない。
この世界で数少ない私の友達を、せっかくできた大切な友達を失ってたまるもんか。
「それに、私は今までの清算もしたいの」
『セイ、サン?』
「そう。恩返し、みたいなものかな」
私は今までに何度も死にかけた。病魔に体を蝕まれて。魔物から逃げようと崖から海に飛び込んで。捕まって死刑だと宣告されて。
思い返せば、どれもかなり絶望的な状況だった。抗おうとはしたけど、私一人じゃ絶対にどうしようもなかったはずだ。
それなのに、私はこうして今も生きている。
どうしてかって? 私を助けてくれる存在がいてくれたからだ。手を差し伸べてくれる存在が近くにいて、私を見捨てないでくれたおかげだ。
神様は、病気で死んでいくはずだった私の運命を変えてくれた。
イルカさんは、海の上で動けない私を陸地まで運んでくれた。
ユーリエさんは、大怪我をしていた私を保護して治してくれた。
そして、水華は、私が檻から脱出するを手伝ってくれた。
水華は友達だから助けてくれたけど、神様とイルカさんとユーリエさんとは、あの時はまだ初対面だったはず。それでも、皆は助けてくれた。助ける義理なんてものはなかったはずなのに、私を助けてくれた。
だけど、何度も助けられてばかりじゃ駄目だ。何もできなかった以前の私と違って、今は誰かの助けとなれるだけの力がある。人は助け合わないと生きていけないのだから、私も誰かを助けてあげないとおかしい。
本当は恩人達に直接恩を返すべきだろうし、私もそうしたいけど、遠すぎて今は難しい。なら、回り回って恩が届くように、身近な人を助けてあげよう。金は天下の回り物って言うぐらいだし、お金が回るのなら恩も回るに違いない。
遠話器の向こうで、エリスちゃんは助けを求めていた。つまり、今、エリスちゃんの近くに力になってあげられる人はいないんだ。
なら、私が助けに行く。自己満足かもしれないけど、それがどうした。今まで私が助けられた時と同じように、私がエリスちゃんに手を差し伸べる存在になってあげるんだ。
そう、今度は私が助ける番だ。
『ソレナラ、私モ、手伝ウ』
「水華も?」
そういえば、さっきから水華は私に付いてきている。私が自分から勝手にエリスちゃんを助けるって言い出したんだから、無理に手伝ってもらわなくてもいいんだけど……
『エナ、友達失ウト、悲シム。エナ、悲シマセタクナイ』
「水華……」
なんていい子なんだろう。あまりの優しさに涙が出そうになる。
ほんと、水華と友達でよかった。
「分かった。じゃあ、一緒にエリスちゃんを助けに行こう」
一人じゃないと意味がないとかいう意地は張ってられない。水華は嫌々付いてくるって感じじゃないし、エリスちゃんを助けられる可能性が上がるのなら、一緒に来てもらおう。
『捕マッタラ、マタ、助ケルネ』
「だ、大丈夫だよ。今度は捕まらないから」
あの時に捕まっちゃったのは、あの魔力を封じる枷があったせいだ。それが無い今、簡単に捕まる気は全然ない。水華がいれば安心なんて思わないで、慎重に行かないと。
『ン』
今まで私の顔を見て話していた水華が、突然、別の方向へと顔を向ける。表情も少し険しい。
「どうしたの?」
『近クニ、何カ、イル』
水華はそう言うけど、私は何も感じ取れない。普段なら近くに何かいれば気配で気づくんだけど、さっきから降り続いてる雨のせいで少し感覚が鈍っちゃっているのかもしれない。
水華は水の大精霊だから、逆にこの雨のおかげで気づけたのかな。
「それが何か分かる?」
『分カラナイ。デモ、変ナ魔力、感ジル』
変な魔力……一体、何だろう? 少なくとも良いものじゃない気がするけど……
『アッチニ、向カッテル』
そう言って水華が指差したのは、私達が向かっている方角――ランドベルサがある方角だった。
今は何よりもエリスちゃんを助ける事を優先したい。でも、その変な魔力がエリスちゃんの苦しんでる理由だとすれば、そっちをどうにかする必要がある。
いや、苦しんでる理由じゃないにしても、街に向かっているのなら止めないといけない。じゃないと、折角エリスちゃんを助けても、また苦しめられる要因になってしまう気がする。
「水華。その変な魔力の所まで連れてってくれる?」
『分カッタ』
街へ向かうのをやめて、水華の後を追いかける。どれくらい飛んでいくのかによるけど、水華が進むスピードと方角的に考えて、変な魔力っていうのは街の近くにいる。尚更、無視するわけにはいかなさそうだ。
助けられるかもしれない。それだけで充分。




