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何をすべきか

『雨、雨ダ』


 降りしきる雨の中、水華が嬉しそうに飛び跳ねている。水の大精霊にとって雨は一番大好きな天気なのだろう。


 そんな水華とは対称的に、恵菜は魔法で作った土のかまくらの中で雨宿りをしながら、灰色の空を見上げていた。

 脱獄した後、兵士に見つかる可能性を危惧した恵菜は、そのまま街の外周にある壁すらも飛び越え、ただひたすら西に向かって逃げた。その途中で雨が降ってきたので一旦雨宿りをすることにしたのだが、近くには雨避けにできる手ごろなものが無かった。そこで、こうして簡易的な避難所を作り、雨を凌ぐことにしたのだ。


『エナ、元気、ナイネ』


 雨ではしゃいでいた水華が恵菜の傍へとやって来て顔を覗き込む。


「え、そう?」


『ウン。街、出テカラ、ズット』


「……そっか。そう見えちゃったか」


 恵菜が足を抱えて膝に顔を(うず)める。そこにいつもの元気な恵菜の姿はない。


『ドコカ、体、悪イノ?』


「ううん、体は大丈夫。だけど、ちょっと、ね……」


『心、痛イノ?』


「心かぁ……うん、そうかも」


 自分の胸に手を当てる恵菜。治癒魔法で体は治したはずだが、体の内側には締め付けられるような感覚が残っている。


『街デ、休ム?』


 水華の気遣いが心に沁みる。だが、それに頷くことはできない。


「私を捕まえてた人がね、この国の軍の結構偉い人だったんだ。もう私が逃げたって事に気付いてるだろうし、絶対私を探してる。だから、もうあの街には戻れないし、他の街にも行けない」


『他ノ、国ハ?』


「……それも無理だと思う。私、いつの間にか大罪人ってことになってるから」


 他の国へ渡ったとしても追手がいないとは限らない。軽い罪を犯した扱いだったのならまだ何とかなったかもしれない。だが、大罪人ともなればギルドを通じて世界中で指名手配される。どの国へ行っても追われる身となるのは間違いない。


『ドコニモ、行ケナイ?』


「……そう、なるのかな」


 人が集まる場所に行けない。それはつまり、普通に旅ができないという事と同義である。どこの街にも訪れず、魔物を狩るなどして食糧などの必要物資を自力で手に入れることができれば旅することも可能だろう。だが、一人でできる事には限界があるし、そのような旅に楽しさを感じられるはずもない。


「もっと、色んな所へ行ってみたかったんだけどな……」


 この世界で一番やりたいことができなくなるどころか、普通の生活すらできなくなる可能性を前に、恵菜の心は段々と沈んでいく。


『悪イ事、シテナイッテ、言ウノハ?』


「言っても聞いてくれないよ、きっと。実際、捕まった時は何を言っても聞いてくれなかったしね……」


 必死に身の潔白を伝えようとはしたが、それは何の意味もなさなかった。今、兵士の前に姿を見せようものなら、問答無用で取り押さえられる。そう思い込んでしまっている恵菜は、もう言葉による解決は難しいと感じていた。


 だが、暴力に訴えて相手を黙らせるわけにもいかない。それだと相手がワストーク一人ではなくフリフォニア軍となるからだ。騎士団や魔術師団の精鋭が何人も集まってしまえば、いくら手数を増やしても数と質で押しつぶされる。

 それに、そんなことをすれば新しい罪を被ることになる。軍を相手に戦うということは、国に敵対するということに等しく、かなりの重罪だ。無実を証明するために罪を犯すなど矛盾もいいところである。

 そして何より、恵菜は無関係な人を傷つける真似はしたくなかった。


「……エリスちゃんにこの事を伝えられたらなぁ」


『?』


 恵菜の小さな呟きに水華が首を傾げる。それに気づいた恵菜が「そっか、水華は知らないんだっけ」と口を開く。


「私の友達だよ。この国の王女様で、もしかすると、このどうしようもない状況を打開してくれるかもしれない人」


『ナラ、言イニ、行コ』


 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら水華が恵菜の手を掴む。だが、恵菜は立ち上がろうとせず力なく首を横に振る。


「無理だよ。エリスちゃんがいるのはお城の中だけど、お城のどこにいるかは分からないし、エリスちゃんを見つける前に私が見つかっちゃう」


『デモ、行カナイト、伝ワラナイ、ヨ?』


「それは、そうなんだけど……」


 城は多くの兵士が集まる場所だ。誰にもバレずにエリスの下へ辿り着くことは不可能と言っていい。

 逆に、お城の中で騒動を起こせばエリスが気付いてくれるかもしれない。だが、それ自体も犯罪行為であることは間違いなく、成功する可能性も低過ぎる。捕まってその場で殺される可能性も考えると、迂闊に行動することはできない。


「やっぱり安全にいくなら、手紙でも書いて読んでもらうとかかな。そうすればお城へ行かなくても、遠くから私の言葉を伝、えられ、る……?」


 そこまで言ったところで、突如、恵菜が黙ってしまう。

 疑問に思った水華が近づいて声を掛けようとする。が、そうする前に恵菜が突然立ち上がり、驚いた水華は『ワァ』と後ろに転がった。


「そうだ! そうだよ! 遠くから伝えられる手段がある!」


 そう言って恵菜が収納袋の中を漁り始める。そして、すぐに一つのペンダントを取り出す。

 それはエリスと一緒に街を歩いていた時に手に入れた、あのペンダントだった。


『ソレ、何?』


「遠話器だよ。良かったぁ、なくなってなくて」


 収納袋を取り戻した時に確認はしていなかったが、無事だったことにホッとする。様々な事が起き過ぎて、その存在がすっかり頭から抜け落ちていたのだ。


『エンワキ?』


「あ、えっとね、魔道具……って言っても分からないか」


 簡単に魔道具と遠話器について説明する恵菜。希望の光が見えたことで、説明している恵菜の表情には明るさが戻っていた。


『便利ダネ、ソレ』


「だよね、発明した人は凄いと思うよ」


 考えた人物が凄いのは間違いないが、それに魔改造を施してしまった恵菜も相当である。本人はそのことに気付いていないみたいだが。


『ソレデ、王女ト、オ話スル?』


「うん。通じるか分からないけど、試してみるだけ試してみないと」


 王女が対となる遠話器を身に付けていない。遠話器の魔法陣の設定が間違っている。そういった事が原因で、恵菜の声がエリスまで届かないかもしれない。

 だが、逆にエリスと話すことができ、事実を伝えて事態を収束させられる可能性も充分ある。それに、失敗したところで恵菜に悪影響が及ぶことはほぼないのだ。安全且つ成功率が比較的高い方法である以上、恵菜の頭の中には試すという選択肢しかなかった。


「それじゃあ、話してみるね」


 恵菜が遠話器に手を翳す。すると、遠話器が薄らと黄色く輝き始める。

 これは遠話器同士が接続を行っている合図であり、お互いが正常に接続できると青色に、問題が発生して接続できないと赤色に変化する。この機能は元の遠話器も恵菜の改良版遠話器も同じである


 そのまましばらく待っていると、遠話器の光が黄色から青色へと変わった。事前にテストしておかなかった自分を心の中で叱りながら祈っていた恵菜だが、問題なく通じたことに安堵する。


 あとは、通じた遠話器の先にエリスがいるかだ。


「もしもし、エリスちゃん?」


 そういえば、この世界で「もしもし」という概念はあるのだろうか? そんなことを頭の片隅で考えながら、恵菜が遠話器に呼びかける。

 だが、遠話器からは何も返ってこない。


「エリスちゃん、聞こえる?」


 もう一度呼びかけるが、やはり応答はない。悪い予感が当たってしまったのか。


『イナイ?』


「う~ん、そうかも」


 だが、この一時の間だけ遠話器を持っていないだけで、後々になれば通じるかもしれない。そう信じて恵菜は遠話器の接続を切ろうとする。


 その時だった。遠話器の向こう側で微かな声が聞こえたのは。


『……ぇ……ちゃ、ん……』


「エリスちゃん! 良かった遠話器の近くにいたんだね! あのね、エリスちゃんに話したことが……」


 頼みの綱が切れていなかったことに喜ぶ恵菜。さっさとこの悪夢から解放されたいという思いから、何が起きているのかを一気に伝えようとする。


『た……て……』


「? エリスちゃん?」


 しかし、すぐにエリスの様子がおかしい事に気付く。エリスが何かを言っているのは聞こえるが、声が小さいせいで上手く聞き取れない。それとは対称的に、荒い呼吸音みたいなものだけはハッキリと聞こえてくる。

 どこか遠話器の設定を間違えたのだろうか。訝しげな表情をしながら恵菜が耳を澄ます。


 そして、次に聞こえてきた声を聞いた瞬間、恵菜は外へと飛び出した。


『……助けて……エナ、ちゃん……』

私が言うのも何ですが、水華可愛い。

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