黒幕の最終作戦
「こ、こんな馬鹿な!」
もぬけの殻と化した牢屋の中で、ワストークは戸惑いと怒りが入り混じった感情を露にしていた。
「枷も檻も一番頑丈なものを選んだはず……それなのに何故っ!?」
魔道具でもある手枷で魔法を封じ、物理的な力による檻の破壊も不可能なはずだった。
それらが目の前で見るも無残にバラバラとなっている。あり得ない光景を前に、ワストークが頭を掻きむしる。
「せめて見張りの一人でも付けておけば……小娘の言葉を真に受けないように、敢えて配置しなかったのが裏目に……くそっ! 暴露される前に、さっさとあの小娘を見つけださねば!」
牢屋を出て、そのまま城の廊下を大股で移動するワストーク。抑えきれない怒りが行動に現れていた。
「おう、珍しく随分と苛立ってんじゃねえか、ええ? ワストークさんよ」
突如、背後から聞こえてきた声にワストークがガバッと振り返る。その視線の先には、こちらに向かって歩いてくるステンの姿があった。
「こ、これはこれはステン殿。この様な場所に何のご用で?」
「この場所に用事はねえんだがな。いや、無かったって言うべきだな」
牢屋の惨状を横目で確認するステン。だが、すぐにその視線を正面にいるワストークへと戻す。
「お前さんに訊きたいことがある。そこの牢、一体誰が入ってたんだ?」
「……それが私にも分からないのですよ。先程大きな物音が聞こえたので駆けつけてみたのですが、私が来た時には既にこの有様で」
両手を広げて肩を竦めるワストーク。その姿を見たステンの目が細められる。
「つまり、お前は何も知らないと?」
「ええ。ですが、ここで何かがあったことは明白。上に伝えなければならないので、一度失礼させてもらいます」
ワストークが反転して立ち去ろうとする。だが、一歩踏み出す前に後ろから肩を掴まれる。
「まあ、落ち着けよ。もう一つだけ訊きたいことがあるんだよ」
「ステン殿。あなたの訊きたいことというのは、この異常事態を国王陛下にお伝えするよりも重要なことなのですか?」
「ああ、重要だぜ。それもとびっきりな」
ワストークの非難の眼差しを飄々と受け流しながら、ステンが口を開く。
「単刀直入に訊くぜ。エリステリア王女に何かしたか?」
「……何の事でしょうか? 王女様に何かあったので?」
「惚ける気か」
「惚けるも何も全く身に覚えのない事です。そちらについて知っている事は何もありませんよ」
「ほほぅ~? 何も知らない、ねぇ」
ステンが腕を組んでニヤニヤと笑う。小馬鹿にするようなその態度に、ワストークも眉を顰める。
「……ステン殿。先程から少し失礼ではないでしょうか? 王女に何があったのかは分かりませんが、まるでその原因が私であると疑っているように感じるのですが」
「おっと、そいつはすまねえな。だが、疑ってんのは事実だぜ。何せ、本人がお前さんの名前を口にしたんだからな」
にやついていた表情から一転、ステンは真剣な表情でワストークを睨みつける。
「王女様が、私の名前を……?」
「そう言ってんだろ。何なら今この場で聞いてみるか?」
そう言ってステンが体を半歩ずらし、ワストークに自分の後ろが見えるようにする。
そこには件の王女、エリスが立っていた。
「馬鹿な……何故、ここに……」
「どうした? 何かおかしい事でもあるのか、ワストーク?」
ステンから顔を覗き込まれ、自分の失言に気付いたワストークが口を閉じる。だが、発してしまった言葉は戻ってこない。
「あまり何があったのかは覚えていません。ですが、あなたと目を合わせてから急に目の前が暗くなったことだけは覚えていますよ、ワストーク様……いえ、ワストーク」
エリスが真っ直ぐワストークの顔を見てそう告げる。
「いや~、少し気になることがあって王女様に直接話を聞きに行ってみたんだが、どうも様子がおかしくてな。まるで感情を失った人形にしか見えなかったもんだから、変な魔法でも掛けられてるんじゃねえかと思ってみれば、案の定だったぜ」
手をひらひらと振りながら簡単に経緯を説明するステン。その姿をワストークが憎々しげに見つめる。
「お、その目はどうやって魔法を解いたか気になって仕方がないって目だな? それはその辺にいた妖精さんに頼んで解いてもらったんだよ」
「そんな誤解を生むような言い方はしないでもらえるかしら」
諌める声が柱の陰から飛んでくる。そして、そこから現れた女性の姿を見たワストークの表情がさらに歪む。
「ギルド長、システシア……」
「あら、私のことを知っているみたいね。それなら自己紹介はいらないかしら」
恨みでも籠っているかのような視線を受けても、システシアはどこ吹く風だ。
「そこの団長様が言っていたことに少し付け加えると、私達のところにいる大事な冒険者がお城に連行されたって情報が耳に入ってね。さらに調べてみたら、その娘が王女様と一緒にいたって分かったの。そこの団長様に頼んで確認しに行ってもらったら、王女が何者かに魔法で操られていたってわけ」
「あとはさっき言った通りだ。掛けられてた魔法を解いた後、エリステリア王女から事情を聞いたら、お前の名前が出てきたんだよ」
ステンとシステシアの口から次々と語られる真実。ワストークが王女に何らかの魔法をかけて操っていたことはもはや明らかだった。
「さて、ワストーク。流石にこの状況、言い逃れはできねえぜ?」
追い詰めたと確信したステンが指を突き付ける。
だが、そんな状況だというのに、ワストークは不敵な笑みを浮かべだした。
「まさか、またあの小娘絡みで邪魔されるとはな。忌々しい小娘め……こんなことになる前に、無理してでも始末しておくべきだったか」
突如変化したワストークの口調と人柄。そのあまりの変貌に驚いたエリスが一歩後ずさる。しかし、他の二人は一切動じない。
「やっと本性現しやがったな」
「その様子だと、まだエナちゃんは生きているみたいね。あの牢屋の惨状を見る限り、そこに閉じ込めておいたけど、まんまと逃げられちゃったってところかしら?」
「ああ。どうやったのかは知らないし、どこへ行ったのかも知らないがな」
見事に予想を的中させるシステシア。もはやワストークもそれを隠そうとはしなかった。
「ワストーク。お前には色々と訊きたいことがある。一緒に来てもらうぜ」
「ふっ、そう言われて、私が大人しく捕まると――」
そこまで言ったところでステンの姿がブレた。
あまりにも速い移動速度を前に、その場にいる誰もが反応できない。次の瞬間には、ステンがワストークを後ろ手に拘束した状態で、顔を壁に押し付けていた。
「てめぇの実力は認める。だがな、俺がこの距離で魔法の詠唱なんかさせると思うか?」
「ぐっ、流石は第一騎士団団長……この一瞬で私を取り押さえて魔法まで封じるとは」
いつの間にか、ワストークの手には、恵菜に付けられていた物と同じ手枷が嵌められている。
魔術師の生命線でもある魔法が使えなくなった今、ワストークは詰んだといってもおかしくない。
「く、くくく……」
「何を笑ってやがる」
「いや、まさかこれだけで私の全てを封じたつもりでいるのかと思うと滑稽でな」
「ああ? まさかこの状態から逃げられるとでも思ってんのかよ」
魔力を使わずに魔術師が騎士に腕力で勝つことなど不可能、ワストークにステンの拘束を振り解く手段はない。そのはずなのに、何故かワストークの顔には余裕が見られる。
「ああ、ステン殿の言う通り、魔力を封じられて弱くなった私はもう逃げることはできないだろうさ。だが、それでもこれぐらいのことはできる!」
突然、ワストークが両足の底を素早く床に打ちつける。突然の小さな動きだったため、ステンもそれを止めることができない。
ただ床を打ちつけただけ。傍から見ればそうとしか思えない謎の動作だったが、それと同時に異変が起きる。
「あぐぅ!?」
突如、胸元を押さえてエリスが倒れ込んだ。
「王女様!?」
システシアが慌てて王女に駆け寄るが、エリスは苦しそうな表情をしながら蹲っていた。
「てめぇ! 王女に何しやがった!?」
その様子を見ていたステンが更に腕に力を入れてワストークを問い質す。だが、ワストークは押しつけられる力が強くなったにもかかわらず、未だ余裕気に笑い続けていた。
「こんなこともあろうかと、靴の内側に魔法陣を仕込み、いつでも使えるようにしておいたのだ。王女に予めかけておいた魔法、カースドライフを発動するための魔法陣をな」
「カースドライフ、だと!?」
その魔法名を聞いたステンの目が見開かれる。
闇属性上級魔法、カースドライフ。呪い魔法の中でも最悪と言われることがある魔法である。
この魔法が発動すると、まず相手は激痛に襲われる。最初は体のどこか一部にのみそれを感じるのだが、時間が経つにつれて体のあちこちが痛むようになり、最終的には全身へと広がる。それはいつまで経っても消えることはなく、徐々にその身は蝕まれていき、死ぬまでその苦痛を味わうことになる。
そして、この魔法が最悪と言われる最大の理由は、魔法を解く手段が限りなく少ないというところにある。
基本的に呪い魔法を解くには二つの手段がある。
一つは、呪いをかけた術者に自らの意思で魔法を解かせるというものだ。ほぼ全ての魔法に共通することだが、術者が魔法の維持をやめてしまえば魔法の効果は消える。呪い魔法の場合も同じで、術者が魔力を消費しなくとも勝手に維持され続けはするが、術者が呪いを解くという意思を持てば消えてしまう。
そして、もう一つの手段が光魔法による解呪である。光魔法の中には呪いを解くための魔法がいくつか存在し、それらを用いれば呪い魔法の効果を打ち消すことが出来る。しかし、解呪の魔法よりも呪いの魔法の力が強かった場合は解呪できない。つまり、上級の呪いを打ち消すには最低でも上級の解呪が必要となる。
だが、カースドライフは上級魔法の中でも最上位の部類に入り、しかもそれ以下の解呪魔法を無力化するという特性がある。そのため、カースドライフを解呪するためには上級越え――すなわち最上位の解呪魔法が必要となる。しかし、最上級の魔法を使える魔術師がごろごろといるはずもない。
したがって、現実的に考えると、カースドライフを解呪するには術者に解かせる以外ない。だが、カースドライフを使うほど強い殺意を持つ人間を説得するのは至難の業だ。
「ワストーク! 王女の呪いを解きやがれ!」
「ふっ、解いた時点で殺されると分かっていながら首を縦に振る馬鹿がどこにいる」
王女に危害を加えた時点でワストークは大罪人。処刑されることは免れない。
だが、ここでワストークを殺してしまえば、エリスにかけられた呪いを解く手段を消すことになってしまう。それも一番現実味のある手段を――
「ギルド長さんよ。お前さんの力で呪いを解くことはできねえか?」
ステンがチラリとシステシアの方を見ながら問う。だが、システシアは力なく首を横に振った。
「……無理よ。私が使えるのは上級まで。カースドライフ相手じゃ弾かれるわ」
「くそっ!」
ステンが壁を蹴りつける。解呪できるかもしれないという薄い期待もなくなり、悔しさをぶつけられずにはいられなかった。。
「くっくっく、王女のことを気にかけたくなるのも分かるが、こんな場所で悠長に時間を潰していていいのか?」
そこへ、更に不安を増大させる不穏な事をワストークがしゃべりだした。
「どういう意味だ」
「なに、いずれ分か――」
と、その時、遠くからカンカンカンと甲高い金属音が響いてきた。
その音は街に危険が迫っている時――害をなす敵が街に近づいてきている時に鳴らされる警鐘であった。
「何だ!?」
「もう気付いたのか。やはりこの国の兵士は優秀だな」
「こいつもてめぇの仕業か。今度は何をしやがった?」
「なに、ちょっとした仕掛け――レッサードラゴンを大量に生み出す仕掛けを動かしただけだ。街の近くに大量のレッサードラゴンが出現したとなれば、大騒ぎだろうな」
想像だにしなかったワストークの言葉を聞き、ステンとシステシアの表情がガラリと変わる。
「くっくっく、信じられないって顔をしているな」
「あたりめぇだ。いきなり魔物が出てくる、ましてや人の手で生み出すなんて芸当、できるはずが……」
あり得ないことだと笑い飛ばそうとするステンだが、途中で口が止まる。思い出したのだ、つい最近、似たような出来事があったことを。
「やっと気が付いたか。そう、お前達も良く知っているあのガーゴイルの事件、あれと同じだ」
ガーゴイルの商隊襲撃事件。報告では、何もなかった場所に突然、ガーゴイルが現れたとあった。それと同じ現象が起きたとするなら、レッサードラゴンが突然出現する可能性はある。
「私は十年前から、ずっと魔法陣の開発に取り組んでいた。そして先日、やっとその魔法陣が完成したのだ! 魔物の一部から魔物を生み出すことができる魔法陣を!」
「それでガーゴイルを作って商隊を襲わせやがったのか……だが、あの周辺を調べても魔法陣なんぞ」
「ふっ、私を誰だと思っている。宮廷魔術師の団長だぞ? 魔法で隠蔽することぐらいわけない」
エリスに使ったカースドライフの魔法は上級の闇魔法。それを使うことができるワストークの実力は相当高い。錯乱や幻惑をも得意とする闇魔法、それの扱いに長けた魔術師が本気で隠蔽工作を施してしまえば、あると分かっていない限り、それ見破る事は困難だ。
「……なるほど、そういうことだったのね」
今まで話を聞くに徹していたシステシアが口を開く。その頭の中では、いくつものピースがピッタリと当て嵌まっていた。
「魔法陣が完成して、あなたはその運用試験としてあのガーゴイル事件を引き起こした。魔法陣が問題なく動く事を確認した後、街中のレッサードラゴンの素材を買い集め、今度はレッサードラゴンを生み出した」
「流石はギルド長、ステン団長と違って頭の回転が早い。その様子なら、何故私が今、その仕掛けを発動したのかも分かっているのだろう?」
「……対処できる人間が少なくなった瞬間を狙った。そんなところかしら」
問い掛けに対して、少し間をおいてシステシアが答えを口にする。それ聞いたステンがギリッと歯を食いしばり、ワストークは嬉しそうに笑う。
「ご名答。この時期は軍の半分が大規模な遠征訓練に向かう。それに、レッサードラゴンの素材が品薄となれば、商人達がこぞって高ランク冒険者に指名依頼を出す。需要があるから金になると勘違いした馬鹿共の行動は早かったぞ」
大規模遠征。それは何年も前からランドベルサにいる軍が行ってきた一種の伝統だ。毎年同じ時期に行われ、各騎士団や魔術師団が遠方の地へ赴き、兵士は行軍に必要な知識や戦闘技術を身に付ける。
しかし、全てがランドベルサを離れるわけにはいかない。そのため、軍の半分が遠征を行っている間、他の軍はランドベルサに留まるのだが、戦力が半減しているということに変わりはない。軍が冒険者の力を借りてガーゴイル襲撃の手掛かりを掴もうとしたのも、これによる人員不足が原因だった。
ワストークはそこを狙って、大きな戦力となりそうな冒険者を街から追い出す作戦を立てたのだ。
「軍の戦力は半減、高ランクの冒険者も多くが不在。そんなこの街に、レッサードラゴンの群れをどうにかできる力は残っているかな?」
「てめぇ……一体、何が目的だ」
「決まっているだろう。この街、あわよくばこの国の滅亡だ」
それ以外に何があるとでも言わんばかりの表情で答えるワストーク。だが、システシアはその答えに疑問を抱く。
「不思議ね。それならどうして、そんなにペラペラと何もかも話すのかしら?」
ワストークが何も言わずに黙っていれば、何が起きているのかを把握する時間を必要としたはずだ。例え戦力が足りていないと分かっていても、街を襲わせることが目的なら、万全の準備を整えさせないように情報を隠しておくのが一番良い。
だからこそ、システシアはワストークが簡単に口を割っている理由が分からなかった。
「簡単なことだ。お前たちが慌てふためき、絶望する顔を見たかった。ただそれだけだ」
システシアの疑問とは裏腹に、ワストークの答えは至極単純だった。
「ほら、急いでレッサードラゴンの討伐の準備をしないと街が危ないぞ? ついでに私をここに放置していってくれると助か――」
「糞野郎が!」
全てを言い終える前に、ステンがワストークの顔を思いっきり殴りつける。吹っ飛ばされたワストークは気絶し、床を転がって動かなくなった。
「おい、誰かいねえか!」
ステンが大声で辺りに呼びかける。近くにいたのか、すぐに数人の兵士が大急ぎで集まってきた。
「ス、ステン団長! これは一体、何が……」
「こいつが国に反旗を翻した。エリステリア王女に危害を加えただけじゃなく、どうやら街に大量の魔物をけしかけやがったそうだ」
ステンが兵士達に対して簡潔に何があったのかを話すが、今は詳しく説明している時間は無い。ワストークの言っていた内容が事実であれば、事態は一刻を争う。
兵士は皆揃って困惑していたが、苦しそうに蹲っている王女とそれを介抱しているシステシアの姿が、ステンの言葉の信ぴょう性を増している。今が緊急事態であると悟っていたこともあり、自分達を無理やり納得させるのに時間はかからなかった。
「とりあえず、俺達は早急に現状を把握して対処しなきゃいけねえから、この糞野郎を牢へぶち込んでおけ。身体検査は入念に行っておけよ。間違っても逃がすな」
「はっ!」
ワストークを担いで牢屋の方へと向かう兵士達。その姿を見送ることなく、ステンとシステシアは王女を連れて移動する。
「王女様はお部屋に戻した方がいいわね」
「ああ。上への報告は俺がしておく。あんたは王女を戻した後、ギルドに戻ってくれ」
「分かったわ。こっちでやるべき事はやっておくけど、一応、情報共有のためにそっちの兵士さんを一人送っておいてね」
「ああ、通信用の魔道具持たせた奴を送っておく。頼んだぜ」
ギルドは緊急時に国へ協力するという取り決めがある。時間はあまりないため、早急に情報収集と現状把握をしなければならない。
二人はお互いがやるべき事と予定を確認し、別々に行動を開始するのだった。
知らないところで事態は進む。




