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無実の罪

「で? 貴様は街で暴漢に襲われていた王女を保護し、城まで護送してきたと?」


「そうです。何度も言ってますけど」


 兵士が確認するように問い、恵菜が少し気だるげに答える。


 兵士に連行されてきた恵菜は、この取調室の様な部屋でずっと同じやり取りを繰り返していた。


「信じられるわけないだろう! このランドベルサで暴漢などあり得ん! 野蛮な冒険者同士ならいざ知らず、一般人に襲い掛かる者などいてたまるか!」


 何故かこの兵士は、事ある毎にこうして冒険者を野蛮だの荒くれ者だのと罵ってくる。冒険者である恵菜にとって気分の良いものではない。


 しかし、怒りたくなってもそれは我慢しなければならない。怒って何か失言をしてしまえば、それだけで何らかの罪に問われるかもしれないからだ。ここは既に城の中。何かあればすぐにわんさかと兵士が集まってきて、あれよあれよと牢屋行きだ。

 大人しくしていれば平和的に解決できる。そう信じて、恵菜はいくら気に障る様な事を言われても我慢するようにしていた。


「じゃあ、エリステリア王女に話を聞いてみてください。私と同じことを言うはずです」


「言われんでも、既に他の兵が王女に何があったのか聞きに行っている。もう少しすれば報告に来るはずだ」


 兵士の言葉に内心安堵する恵菜。エリスは恵菜が何をしていたのか知っている。エリスが兵士にあった事を正直に話してくれさえすれば、この拘留からも解放されるだろう。エリスが自身の保身に走って嘘を吐いた時は立場が危うくなるが、友達を見捨てる真似はしないだろうと信じたい。


「あの~、ところでこれって外してもらえないんですか?」


 恵菜が両手を前に付き出す。

 その手首には、頑丈に造られた大き目の手枷がかけられていた。この部屋に連れてこられた時に問答無用でかけられてしまったものである。地味に重量のあるそれは、自分が悪い事をしたと無理やり認めさせようとしているかのように感じられる。


「当たり前だろう。まだ貴様の身が潔白だと証明されていないからな。分かったら外してやる」


「…………」


 恵菜が不満そうに口を尖らせる。兵士の言う事はもっともなのだが、自分では既に自分が無実であると分かっている。

 そもそもこんな事をせずとも恵菜には逃げる気など無いのだ。手枷くらい外してくれてもいいじゃないかと思わずにはいられない。


(なんていうか、もう私が悪い事をしたって決めつけてるみたい……)


 手枷をかけられ、こちらの言う事もまともに聞いてもらえない。昔見たドラマで不幸な目に遭う主人公になった気分だった。


「念のためもう一度聞くが、本当に貴様……む?」


 兵士がもう何度目になるか分からない質問をしようとしたとき、扉をノックする音が響いてきた。先程兵士が言っていた、王女への事情聴取を行っていた者が戻ってきたのだろう。


「やれやれ、やっと報告に来たか。入れ」


 待ちくたびれたかのように兵士が指示する。やれやれと言いたいのはこっちだと思う恵菜だったが、それを口に出す様な真似はしない。


 扉が開いて兵士が入ってくる。だが、入ってきた人物は兵士だけではなかった。


「やあ、少し邪魔させてもらいますよ」


「ワ、ワストーク様!? どどど、どうなされたのですか?」


 椅子に深く腰掛けていた兵士が、バネ仕掛けのように一瞬で直立する。まさか入ってくる人物がお偉いさんだとは思っていなかったのだろう。


「ああ、実はさっき王女様からお話を伺ってきたので、彼の代わりに私がこうして報告に来たのですよ」


「そ、それはまた、ご足労をおかけしてしまったようで……」


「構いませんよ。私が直接話した方が早いですからね」


 話を聞く限り、エリスに話を聞きに行った兵士が偶然ワストークと出会い、ここまで一緒に来たというところだろう。


 ワストークはチラッと恵菜を見てから、再度兵士へと視線を戻す。


「一つ確認したいのですが、そこに座っている彼女が王女様と共にいたという人物で間違いないですね?」


「はっ! 御察しの通りです」


「良かった良かった。いなくなっていたらどうしようかと思いましたよ」


 芝居がかったようにホッとするワストーク。しかし、元々恵菜には逃走する気がなく、兵士も帰す気が無かった(少なくとも今までは)のだから、この場にいて当然である。


(何か凄くモヤモヤするけど……これでやっと帰れそう)


 腑に落ちない恵菜だったが、とりあえず帰る目星がついたことに安堵する。

 エリスから話を聞いてきたということは、恵菜が街で何をしていたか分かったということ。つまり、彼らにはもう恵菜をここに拘留する必要はないはずだ。


 もう少しすれば兵士から帰っていいと言われるだろう。長く拘留させられたのはかなりのストレスになったが、穏便に帰れるように、恵菜はジッと待っていた。


「ところで、ワストーク様。王女様は一体何と?」


「そのことですが、それを話す前にやらなければならないことがありましてね」


 ワストークの言葉に全員が首を傾げる。今この場で必要なのは、エリスが何を言っていたのかを知る事のはずだ。それよりも優先すべきことがあるとは思えない。


 そう全員が疑問に思う中、唯一状況を理解しているであろうワストークが場所を移動する。僅か数歩で足を止めたその場所は、恵菜が座っている椅子の真横だった。


「? 私に何か用があるんですか?」


「ええ。君に伝えなければならない事があるのですよ。いや、伝えるというよりも宣告に近いでしょうか」


 もしや先に帰っていいと言ってくれるのだろうか。だが、それだと宣告という言葉は似合わない。

 何を言われるのか分からず、頭が混乱する恵菜。それを余所に、ワストークは思いもよらぬ言葉を恵菜に告げた――


「――シモヅキ=エナ。王女様を誘拐した罪により、君の身柄を拘束する」


「…………え?」


 突然、自分に告げられた有罪判決。数分前まで思っていた事と真逆の事を言われた恵菜の頭が、混乱を通り越して一瞬真っ白になる。


 だが、状況を掴めていないのは恵菜だけではなかった。


「ワ、ワストーク様? それは一体どういう事でしょうか?」


「どうもこうも、今言った通りですよ。王女様が城の外にいたのは、彼女が王女を誘拐したからだったのですよ。つまり、彼女は大罪人なのです」


 ワストークが簡潔に兵士の疑問に答える。しかし、兵士が何か反応を返す前に、今度は恵菜が口を開く。


「ま、待ってください……誘拐ってどういうことですか……? 私はエリスちゃんをお城に連れてきただけで……」


「シラを切ろうとしても無駄ですよ。王女様に催眠をかけて誤魔化そうとしたようですが、私には通用しません。正気を取り戻された王女様は、素直に真実を話してくださいました」


「さ、催眠? そんな魔法、私は使ってなんか……」


 全く身に覚えのない単語。恵菜はエリスに催眠魔法はおろか、害を与える魔法は何一つ使っていない。使ったのは治癒魔法のヒールだけだ。


「そ、そもそもおかしいですよ! 誘拐したのなら、どうして態々(わざわざ)お城にエリスちゃんを連れてくる必要があるんですか!? それに、誰にも気づかれずにお城からエリスちゃんを誘拐する方法なんてあるわけが……」


 明らかにおかしい点を次々と挙げていく恵菜。だが、ワストークは一切聞く耳を持たなかった。


「何と言おうと君の勝手ですが、全ては王女様が話された事。さあ、彼女を牢に連行しなさい」


 ワストークから命令された兵士達は、一瞬だけ躊躇う素振りを見せる。しかし、すぐに恵菜を捕まえるために動き始める。


 このままでは無実の罪で逮捕されてしまう。しかも、大罪人という名を背負って。

 捕まれば牢屋で何十年という生活、最悪の場合は死刑という可能性もあり得る。裁判所など存在しないこの世界では、自身の弁護をする機会など与えられない。捕まった瞬間、ジ・エンドである。


 先程までは逃げる気など更々無かったが、今は状況が変わってしまった。冤罪で捕まる前に、何とかして逃げなければならないと判断した恵菜は、身体能力の強化と闇魔法のダークミストを使うために、魔力を操ろうとする。目くらまししている間に、後ろの窓から逃げ出そうと言う魂胆だ。

 突然のことで若干慌てているが、身体能力の強化は普段から使っている。ダークミストも最下級の魔法であり、今更失敗するはずがない。そのはずだった。


……だが、恵菜は魔力を微塵も操ることができなかった。普段は呼吸をするかのように自然とできていたそれが、今は何の反応も返さない。


「ど、どうして!?」


「ああ、魔法を使おうとしても無駄です。君の手にあるその枷、実は装着している者の魔力を封じる魔道具なのですよ。君みたいに魔法を使って逃げようとする者が偶にいるので、こうして防いでいるのです」


 狼狽する恵菜に向かって、ワストークが不敵に笑いながら説明する。ただ手の動きを阻害するだけかと思いきや、この枷にはそれ以上の力があったようだ。魔力を封じるということは、これがある限り、恵菜は魔法が使えないということになる。

 ならばこの手枷を外すまで。そう考えた恵菜は手枷を壊そうと、壁に腕を思いっきり振り下ろす。


 ガァン! と鈍い音が響く。だが、頑丈に造られた手枷は全く壊れる様子がない。表面に薄らと傷が付くだけだった。

 もう一度壁に叩きつけようと腕を振り上げる恵菜。しかし、その前に近づいてきた兵士に腕を押さえられてしまった。


「いやっ! 離して! 離してください!」


「なっ! こら、暴れるな!」


「大人しくしろ! くっそ、コイツ、何て力だ……!」


 取り押さえようとする兵士達を振りほどこうと、恵菜が全力で抵抗する。見た目からは想像できない力強さを前に、兵士達も思うように恵菜を連れて行くことができない。


「このっ――!」


 業を煮やした一人の兵士が、持っていた槍の柄で恵菜の首元を後ろから殴りつける。


「うあっ……!」


 後頭部に走る衝撃に、恵菜が呻き声を上げながら倒れ込む。急いで起き上がろうとするが、体が動かない。九十度回転した視界は徐々に暗くなっていき、恵菜はそのまま意識を失った。


何も悪いことはしていないのに。

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