意外と頑固者
恵菜が宿に着いても尚、少女は意識を失ったままだった。
建物の入口で宿の主人に容体を心配されたが、恵菜は心配ないと告げ、少女を部屋へと運ぶ。そして、そっとベッドの上に寝かせた。
「とりあえず、治癒魔法はかけておいた方がいいかな? 『ヒール』」
少女に目立った外傷はない。しかし、恵菜がいた場所まで逃げてくるのに随分と体力を消耗しただろう。気休めにしかならないかもしれないが、無いよりはマシである。
だが、当然のごとく、少女は目を覚まさなかった。
「ん~、後は目を覚ますまで様子を見るしかないか」
恵菜は医者でも薬師でもない。治癒魔法で起きなかった以上、もう恵菜にできるのは、少女の意識が戻るまで傍にいてあげることぐらいだ。
問題は、この少女がいつ起きるかだ。今はまだ明るいが、目を覚まさなければ夜までこのままということになる。そうなってしまうと、この少女の家族が心配する。
だが、恵菜はこの少女がどこに住んでいるのか知らない。
出会ったのがこの街なのだから、ランドベルサに帰るべき場所があるのは間違いない。しかし、もう少し情報がなければ範囲を絞る事すら難しい。頼みの綱である少女も今はしゃべることが出来ない。
つまり、少女が目を覚まさないと状況は進展しないのである。
「はぁ……」
毎回毎回、どうしてこうも変な事に巻き込まれるのか。その理由を考えていた恵菜だったが、出てきたのは答えではなくため息だった。
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結局、すっかり日が落ちて街行く人の数も減ってきた頃になっても、少女は目を覚まさなかった。
目を覚ます気配が皆無だったため、恵菜はベッドの横に座りながら、モスターンから貰った遠話器を調べている。だが、恵菜の手元にある遠話器は、既に使い物にならない程バラバラになっていた。
どうしてこうなったのか。その原因は、描かれているはずの魔法陣がパッと見で見当たらなかったためである。
魔道具ということは、絶対どこかに魔法陣が描かれている。しかし、外から見る限りでは、この遠話器のどこにも魔法陣がなかったのだ。
そこで、恵菜はどこにあるのか見つけようと、適当な場所を引っ張ってみたり、逆に押し込んでみたりした。しかも、途中からは「少しでも欠けるとマズイから、頑丈に守られているのかな?」と思って、魔力で力を強化していた。
その結果、耐久性能があまり高くなかった遠話器は見事に大破し、こうして無残な姿となってしまったのだ。
壊した瞬間、流石の恵菜もやっちゃった感を抱いた。何せ、金貨五枚はすると言われた物をぶっ壊したのである。後悔しない方がおかしい。
しかし、壊れた遠話器のパーツに、お目当ての魔法陣が描かれていたのを見つけたことで、既にその後悔もどこかへ吹き飛んでいる。
元々、この遠話器を貰ったのは、どんな魔法陣が描かれているのか参考にするためだ。最初から正しい使い方をする気が無かった恵菜は、魔法陣を見つけられて結果オーライと開き直ってしまった。
これをモスターンが見たら悲しむだろう。大事に使ってもらえることを望んでいたのに、僅か数時間で使い物にならなくなったのだ。しかも、壊した本人が何とも思っていないとなれば、誰だってグサッと来る。
「ぅ……ん……」
「ん?」
微かに聞こえるぐらいの小さな声に気付いた恵菜が、手を止めてベッドの方に顔を向ける。
見ると、意識を失って何の反応も示していなかった少女が僅かに身じろぎしていた。
もしや意識が戻ったのか。恵菜が期待して少女の顔を覗き込む。
そして、閉じていた少女の瞼がゆっくりと開いた。
「ひっ……!」
焦点が定まっていなかった瞳がやっと恵菜の姿を捉えた瞬間、少女が小さく悲鳴をあげた。
助けてあげた恩人であるにもかかわらず、またしても怖がられてしまったことに、若干ショックを受ける恵菜。
しかし、少女の不安そうな顔を見て「おや?」となる。その不安が自分に対するものだけでない気がしたのだ。
少女が何に不安を抱いているのか。恵菜はすぐにそれらしいものを思い付く。なぜなら、その不安は恵菜も既に一度体験しているからだ。
(もしかして、今、自分がどんな状況にあるのか分かってないのかな)
覚醒した場所が見知らぬ場所となれば、誰だって警戒なり恐怖なりしてしまう。それが年端も間もない少女ともなれば尚更だ。恵菜もユーリエの家で目を覚ました時はそうだった。
それに、少女からしてみれば恵菜は知らない人である。追いかけていた男達と何ら立場は変わらない。あの時は助けてもらったが、実は悪い人だったという可能性もなくはないのだ。今いる場所が知らない場所ということも相まって、もしや連れ去られたのではないかと誤解されかねない。
もっとも、恵菜は目の前の少女に危害を加えるつもりは全くない。
「大丈夫だよ、私はあなたに何かするつもりはないから」
少女を安心させるために、恵菜は優しく話しかける。
「こ、ここは……?」
「私が泊まってる宿。外にいると、またあの人達に見つかっちゃうしね。あなたが住んでる家がどこにあるのか分からなかったから、とりあえずここまで運んできたの」
ここはどこなのか。どうしてここにいるのか。恵菜はそういったことを一つ一つ説明していく。
「あ……私、確か追いかけられて、それで……」
それを聞いた少女は何があったのかを思い出す。気を失う前に何があったのかを忘れていたようだ。
少女はしばらく頭に手を当てながら、それ以降にあった出来事を必死に思い出そうとしていたが、ついに何かに気付いたようにハッとなる。
「そ、そうです! 私からあなたに助けてくださいと頼んだのでした! あわわわ、私は命の恩人に対して何ということを……」
自分の失態に気付き、あたふたし始めた少女。
そして、そのことについて謝らなければいけないと考えたのか、ベッドの上で膝を折って座り、物凄い勢いで頭を下げる。
「この度は私の無礼によって不快な想いをさせてしまい、誠に申し訳――」
「お、大袈裟過ぎだから。そんなに畏まらなくていいから、落ち着いて、ね?」
もはや土下座に近いそれを見た恵菜が慌てて止める。年下、もしくは同い年(少なくとも恵菜が見る限りで)の少女に、ここまで丁寧に謝られると、逆に罪悪感が湧いてくる。
「で、ですが、私はとても失礼な事を……」
「気にしてないから大丈夫。それに、「ごめんなさい」よりも、相手が言われて嬉しくなる言葉があるよ」
「あ……」
恵菜にそう言われて、少女は自分がまだ述べていなかった――何よりも先に言わなければいけない言葉があったことに気づく。
「こ、この度は――」
「畏まり過ぎるのは無しで」
「……た、助けていただいて、ありがとうございました」
「うん、どういたしまして」
若干畏まりが残っていたが、少女が口にした感謝の言葉は本心から来るものだろう。恵菜もそれを聞けたことに満足して微笑んだ。
「それで……えっと……」
少女が何かを話そうとするが、恵菜の方を向いて首を傾げる。
一体どうしたのか。少し考えた恵菜は、まだ自分が何者か名乗っていないことに気付く。
「そっか、まだ名前を言ってなかったよね。私は霜月恵菜。エナって呼んでね。あなたの名前は?」
「私はフ……じゃなくて、エ、エリスと申します、エナ様」
少女改め、エリスが自分の名前を言う。
一瞬、どうしてエリスが言いよどんだのか気になる恵菜。しかし、それよりもっと気になることがあった。
「えっと、どうして、様付けなの?」
「エナ様は命の恩人ですから、敬うのは当然のことです」
「う~ん……何となく言いたい事は分かるけど、様はちょっとやめよっか」
「そ、そんな!?」
まるでこの世の終わりの様な顔をするエリス。たかが「様」を外すように言っただけで大袈裟である。
「だって、多分、私達ってそんなに年は離れてないよ? お互いが様付けで呼び合うのは、やっぱりおかしいんじゃないかな」
「私のことは様付けでなくて構いません! 呼び捨てにしていただいても――」
「それだと、私だけが様付けで呼ばれることになるよね。それはちょっと……」
片方が呼び捨てで、もう片方が様付けで呼び合う。相手の身分が上であればそれも不思議なことではないが、恵菜はただの冒険者にして普通の女の子(自称)である。
「で、では、私は何とお呼びすれば……」
「普通に呼び捨てか、ちゃん付けでいいと思うんだけど」
「命の恩人を呼び捨てになんてできるはずがありません!」
エリスが恵菜の提案に対してブンブンと首を横に振る。
命の恩人を敬うというのは大事な事かもしれない。だが、目の前のエリスのは、あまりにも度が過ぎている。恵菜は極端に敬い、敬われるのを好ましく思っていない。
そういった行為は、無意識に相手と自分との間に壁を作ってしまうからだ。立場の差を認識し、一定以上距離を詰めることを躊躇ってしまう。一度壁ができてしまうと、それを取り払うのは難しい。
しかし、エリスも頑固者であるのか、なかなか素直にウンと頷かない。このままでは完全に平行線だ。
どうすればエリスを納得させられるのか。あれこれと考えていた恵菜だったが、一つ名案を思い付く。
「それじゃあ、私のことを命の恩人としてじゃなくて、友達として見てくれないかな?」
「と、友達、ですか?」
予想だにしていなかった恵菜の言葉に、エリスが目を白黒させる。
長い間一緒にいたから、気が合ったから、その人と仲良くなっていた。どんな時に相手と友達になるか、どんな相手と友達になろうと思えるかは、人によって様々である。
恵菜の場合、重要としているのは、この人となら仲良くできそうだと直感的に思えるかどうかである。どれくらい相手との付き合いが長いかはどうでもよく、例え初対面であろうとも、そう感じたのなら友達でありたいと思っている。
そして、目の前にいるエリスは、そんな恵菜の直感が反応する相手であった。最近、またしても友達の人外比率が上がってきた恵菜としては、なんとしてもエリスと友達になりたいと願っていた。
「そうだよ。もちろん、私もこれからはエリスちゃんを友達として見るから」
相手の方から距離を詰める気がないのなら、自分の方から相手との距離を詰めに行く。そのために、恵菜は自らが言った相手の呼び方を先に実践する。
「え、あ、うー……」
それでも尚、エリスは迷っていた。命の恩人を気安く友達扱いしていいのか悩んでいるといったところだろう。
その様子を見た恵菜はじれったくなり、ついに最後の手段に出た。
「じゃあ、私と友達になって。命の恩人からのお願いだよ」
命の恩人という立場を逆手に取り、エリスに拒否しづらくさせるという強硬策である。友達になろうというのに強迫染みたことをするのはどうかと思うが、様付けを回避するためには、こうするぐらいしか方法がない。
「で、ですが、エナ様――」
「はい、その様付けは禁止。友達の名前を呼ぶ時に、なんとか様とは呼ばないよ。それとも、エリスちゃんは私と友達になるのは嫌?」
もはや強迫と言ってもいいレベルの恵菜の説得。エリスもいよいよ追い詰められる。
「い、嫌というわけではありませんが……」
「それなら、様は無くして普通に呼んでみて」
「エ……エナ、さん?」
「もう一声!」
恵菜がさらにくだけた呼び方を要求する。既に「様」付けではなくなっているのだからそれで良い気もするが、最初が肝心だと思っている恵菜は妥協しない。
現に、リアナを例にしてみると、恵菜は友達となった今でもリアナを「さん」付けで呼んでいる。最初の呼び方が一番しっくりくるようになってしまったのだ。いつか直したいとは思っているのだが、リアナ本人がどう思っているか分からない(突然、怒りだす可能性もなくはない)ので、今もそのままである。
「エナ、ちゃん……」
尻すぼみになっていくエリスの声。しかし、確かにそれは恵菜が要求した通りの呼び方だった。
「うん。じゃあ、エリスちゃん。これからよろしくね」
そう言って、恵菜はエリスに向かって手を差し出す。エリスはその手と恵菜の顔を交互に見ていたが、ようやくその意図を察する。
「は、はい。よろしくお願いします。エナさ……エナちゃん」
ぎこちなくなりながらも、エリスは恵菜の手をしっかりと握り返した。
これで友達比率は半々。




