友達だと普通?
「ところで、エリスちゃんに二つ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
お互いが友達になったところで、恵菜が話を切り出す。
「はい、何でしょう?」
「まず一つ目なんだけど、どうしてエリスちゃんは街中で追いかけられてたの?」
エリスがここに運ばれてきた原因。恵菜はそれが気になって仕方なかった。
「……分かりません。エナちゃんに会った場所の近くを歩いていたら、突然、後ろからあの人達が声をかけてきて、肩を掴まれそうになって……怖くなって逃げたのです」
「じゃあ、エリスちゃんの方からは何もしてないんだよね?」
「もちろんです! 何もしていませんし、何かをする勇気もありません!」
自信を持ってそう答えるエリス。もっとも、最後のは自信を持って言えることではないが。
しかし、そうなるとエリスが追われていた理由がますます分からない。一番あり得そうなのが、エリスが男達の癇に障るような事をしてしまったという理由だったからだ。エリスが言っている事が真実だとすれば、その可能性はないと見ていい。
次にあり得そうなものといえば、男達が酔っぱらっていた可能性だ。
ギルドにいる冒険者を見て分かる様に、昼間から酒を飲む人間もそこそこいる。夜だろうが昼だろうが、量を間違えれば思考能力を失って感情的になりやすい。一人だったエリスを見つけて絡みにいき、逃げられたのでカッとなって追いかけたとなっても不思議ではない。
「う~ん……」
だが、恵菜はそう思ってはいなかった。男達が口走っていた内容はかなり危ないものではあったが、呂律は回っており、顔も赤くなっていなかった。それに、追いかけてくる足取りもしっかりとしたものだった。多少飲んでいるにしても、街中で犯罪行為をする程、思考能力に影響を与える量の酒は飲んでいないはずだ。
その他にもあり得そうな理由を、恵菜は片っ端から考えていく。だが、どれも現実味のないものであり、これといったものは何一つ出てこない。
これ以上は考えても無駄だろう。そう判断した恵菜は、これに関しては一旦保留にすることにして、他の質問に切り替える。
「それじゃあ、もう一つの質問。エリスちゃんってどこに家があるの?」
「えっ!?」
特に変な事は聞いていない。だが、何故かエリスは大きく驚く。
「ど、どうしてそのようなことを?」
「いや、エリスちゃんの家まで送っていこうと思って。窓の外を見れば分かると思うけどもう夜だよ? エリスちゃんの家族も心配してるんじゃないかな」
夜も灯りが多くて明るい日本の都会とは違い、この世界の夜はかなり暗い。街の中の灯りといえば、夜まで営業している店から漏れる光がある程度だ。そんな夜道を、追われている身であるエリスが安全に帰れる保証はない。
だが、それはエリスが一人で帰る場合の話だ。恵菜が一緒にいれば、不意に後ろから襲われたとしても、まだ何とかなる。
あれ程のことがあったのだ。エリスも早く帰りたいと思っているに違いない。そう思ったが故の恵菜の提案だった。
「え、ええっと……実は、まだお家には帰りたく、ないのです……」
しかし、何故かエリスは家に帰りたがろうとしなかった。
「え、どうして?」
「か、家族に見つかりたくないと言いますか、何と言いますか、その……」
エリスが言葉を濁す。
何か言いづらい事なのだろうか。恵菜の脳裏に一つの可能性が浮かび上がる。
「もしかして、家出?」
「ほえ?」
恵菜の推測を聞いて、エリスがきょとんとした顔になる。だが、恵菜は自分の推測にそこそこ自信があった。
成長して一定の年頃になると、子供は周囲の環境に敏感になる。それで身近な人達と衝突することも往々にしてあり、その相手が家族であるのなら家には居づらくなる。
恵菜がまだ元気に中学校へ通っていた頃、仲の良い友達が偶に家出してきて、コッソリ泊めてくれと頼みに来たものだった。「親と喧嘩した」だとか「家にいても心が休まらない」など、その理由は様々であったが、今のエリスもそれと同じ様なものなのかもしれない。
「いや、家にいると何か辛い事とか嫌な事があるのかなって思ったんだけど」
「あ、そ、そうです! お家に帰るとそれはもう恐ろしいものが待っているので、あまり帰りたくないのです!」
一体何が待っているというのか。非常に気になる恵菜だったが、あまりプライベートな事に首を突っ込む気はない。変な事に巻き込まれないためにも(既に巻き込まれている気もするが)聞かないことにした。
「エリスちゃんが帰りたくないって思ってるのは分かったよ。だけど、ずっと帰らないままっていうのは流石に駄目だよ」
家出をしてきた友達は、大体次の日になると、恵菜の両親の密告によって、自分の親に強制連行させられていた。
喧嘩をしたのなら仲直りを、気に入らないことがあったのなら話し合いをする必要がある。いつまでもそのままでは何も解決しない。恵菜の両親もそれが分かっていたからこそ、そうしていたのだ。
しかし、この世界には恵菜の両親はいないため、恵菜自身がその役割を担わなくてはいけない。
「分かりました。ですが、あと二日……いえ、あと一日だけ待ってもらえないでしょうか?」
エリスがしっかりと恵菜の目を見て、自分の意思を伝える。
時間を先延ばしにしたところで状況は変わらない。むしろ下手をすれば悪化する恐れもある。
だが、恵菜は同時に、心の準備をするための時間も必要だろうと思っていた。今すぐに解決するように言われても、戸惑って自分の想いを伝えられないということがあり得るからだ。
心を鬼にして今すぐ連れて行くべきか。それともエリスの言う通りにして一日待つか。恵菜が考えて出した答えは――
「――分かった。でも、一日だけだからね」
これが数日という期間だったのなら、恵菜も問答無用でエリスを連れて行こうとしただろう。
だが、恵菜の友達の時のことを考えれば、一日程度で状況が悪化し過ぎることもないはずだ。それでエリスの考えがまとまるというのなら、猶予としては充分待つことができる。
そう判断したが故に、恵菜も一日だけは認める事にした。
しかし、ここで一つ新たな問題が浮上する。
「でも、エリスちゃん。一日待つとして、今日はどこで寝泊まりするの?」
「あ……」
恵菜の問い掛けにポカンとした後、何かに気付いた表情になるエリス。その様子から察するに、何も考えていなかったようだ。
「……ど、どこか外で」
「絶対駄目。追われてる身だってこと忘れたの? そんなことしてたら、今度こそ捕まるよ」
「そ、それではどうすれば? 恥ずかしながら、私はお金を持っていないのです……」
一文無しである以上、どこかの宿で部屋を借りる事はできない。外で一夜を明かすことも宿に泊まることもできない状況に、エリスがしゅんと項垂れる。
だが、恐らくそんなことだろうなと思っていた恵菜は、事前に一つの案を考えてあった。
「何も考えがないなら、私と一緒にここに泊まればいいよ」
「い、いいのですか?」
「うん。同じ部屋を使えば、値段は変わらないしね」
宿に泊まる料金は、基本的に借りる部屋の数で決まり、そこに食事料金などの人数分のサービス料金が追加されるかたちになっている。とは言っても、日本の様に充実したサービスを提供している宿はほとんどない。
つまり、借りる部屋が一部屋だけで食事も無しとしたのなら、例え何十人という人がその部屋に泊まろうと、値段は一人で泊まる時と変わらないのである。流石に物理的な限界を超える人数は不可能だが、冒険者の中には宿代を安く済まそうと、集団で一部屋だけ借りている者達もいる。それで心身が休まるかどうかは不明なところではあるが。
「ありがとうございます! それでは、お言葉に甘えさせてもら――」
――きゅるるぅ~。
泊まる場所の問題が解決して気が緩んだのか。エリスのお腹から小さな音が鳴った。自らの意思に反してあがってしまった抗議の声に、エリスは顔を真っ赤にしながら俯く。
「そっか。さっき起きたばかりだもんね」
気絶している状態では物を食べる事はおろか、水を飲むことすらできない。今の時間は夕食時を少し過ぎたぐらいである。お腹が空くのも当然だ。
(そういえば、私も食べてないや)
エリスが寝ている間、ずっと付きっきりだった(途中から別の事に夢中になっていた)恵菜も夕食はまだである。
前払いの宿代には夕食代も含まれているので、今からこの宿の食堂に向かえば何か食べられる。一人分しか払ってはいないが、追加で料金を渡せばエリスの分も出してもらう事はできるだろう。
しかし、宿の食堂は宿泊者以外も利用することが多い。エリスと一緒に食堂へ行って、彼女を追いかけていたあの男達と出くわしても困る。そう考えると、食堂で食べるのは好ましくない。
「よし。今から何か作るよ」
他の人にも迷惑をかけないようにするため、恵菜はこの部屋で食事をすることに決める。
「え? エナちゃんがですか?」
「そ。こう見えて、料理はちょっと自信があるからね」
そう言って恵菜は手持ちの食材と相談しながら、今作れそうなものを作り始めた。
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食事を済ませてお風呂にも入り、後は寝るだけとなった時、ふと恵菜があることに気付く。
(そういえば、ベッド、一つしかなかったね)
今は二人いるが、元は一人用として借りた部屋だ。当然、備え付けの物もほぼ全てが一つずつしかない。
新たに二人用の部屋に移らせてもらうことも考えたが、二人用の部屋は単純計算で今の二倍の料金が発生する。しかも、事前に払っている部屋代は戻ってこない。
最近、いくつもの依頼を達成したおかげで少しはお金を稼いでいたが、無駄遣いができる程、恵菜の懐は温まっていない。
しかし、エリスに辛い思いをさせるわけにもいかない。恵菜は自分よりもエリスを優先することに決める。
「ベッドはエリスちゃんが使って。私はいいから」
「え? それでは、エナちゃんはどこで寝るのですか?」
「ん~……床、かな」
冒険者稼業をしている人間にとっては、地面の上で寝ることなど日常茶飯事である。当然、恵菜もその例に漏れない。日本にいた頃は考えられなかったが、今では固い床の上でも寝ることができる。
それに、収納袋の中には、トランナで乱獲したフォレストウルフの毛皮(マット兼毛布用)が残っている。それを重ねて使えば、床の固さも多少はマシになる。
「それはいけません! この部屋はエナちゃんが使っているのですから、使う権利はエナちゃんにあるはずです!」
だが、恵菜が床で寝ると聞いたエリスは納得いかないようだ。普段、恵菜がどういう生活をしているのか知らないエリスは、「エナちゃんが可哀そうです!」と首をブンブン横に振っている。
「別に私は何とも思わないんだけど……」
「そんなに気を使っていただかなくても良いのです。むしろ私が床に寝るべきです」
「それこそエリスちゃんが可哀そうだよ。慣れない床の上だと体の疲れが取れないかもしれないから、絶対エリスちゃんはベッドの方がいいって」
「それはエナちゃんにも言えるはずです。床の上よりもベッドの上の方が疲れは取れます。私が今までベッドを占領していましたから、今度はエナちゃんが使ってください」
お互い一歩も引かない譲り合いが始まる。
エリスが冒険者であり、こういった環境で寝る事に慣れているというのなら、恵菜の考えも違っただろう。しかし、外見はどう見ても街にいる普通の女の子だ。そんなエリスを床の上で寝させる気はない。
だが、エリスが意外と頑固者だということは、先程の件で既に認識済みである。素直に恵菜の好意を受け取ろうとはしないだろう。きちんと納得させられる説得をしなければ、折れる事はまずあり得ないと思われる。
しばらくは自分の意見を相手に押し付けていた二人。だが、恵菜が一つの打開案を思い付く。
「分かった。それなら二人で一緒に寝よう」
「え? 一緒に、って……ベッドは一つですよ?」
「うん。だから、一つのベッドに二人仲良く寝るの」
幸いなことに、恵菜もエリスも体格は大きくない。一人用のベッドでも寝る事は可能である。
「ふ、ふふ、二人でだなんって、そそそ、そんなこと、しし、知らない人同士でやることでは……」
まるで深刻なエラーに見舞われたかのように、エリスの言葉がおかしくなる。何故か顔も少し赤い。
「エリスちゃんとはもう友達でしょ。友達同士なら普通なことだと思うけどなぁ」
修学旅行などで一緒の部屋に複数人で泊まるのと、意味合い的には同じだ。寝ている時の距離が近いか遠いかという違いしかない。恵菜はそう考えていた。
もし相手が異性、もしくは同性愛者であったのなら、恵菜も当然こんな提案はしない。しかし、エリスは同性で、性の対象とみなすような相手ではないだろう。
ちなみに余談だが、恵菜は至ってノーマルである。
「え? と、友達だと、こういうのは普通なのですか……?」
「うん。少なくとも、私は何回かそういう経験をしてるよ」
当然の様に頷く恵菜。普通かどうかはかなり怪しいが、友達を家に泊めた時に、一緒のベッドで何度か寝たことがある恵菜には、女の子同士一緒のベッドで寝る事に、大きな拒否反応は無かった。
「それに、近くにいた方がエリスちゃんを護りやすいしね。もしかすると、寝ている時にあの人達がまた襲って来るかもしれないでしょ?」
恵菜がしれっとそんな事を言う。それっぽい事を言って、頑固者なエリスを納得させようとしているだけである。
「友達だと普通……友達だと普通……」
しかし、エリスにその理屈が聞こえているかは微妙なところだ。何やらさっきからブツブツと呟いている。
「エリスちゃん?」
「は、はい! ええ、そうですね! 友達ですからね! 護りやすいですよね! 近い方が良いのですよね!」
何やら頭の中がゴチャゴチャしていそうだが、少なくとも恵菜が言っていたことは聞こえていたようだ。
「それじゃあ、一緒にベッドで寝るってことで」
「え? あっ、そ、そうですね。その方が疲れも溜まらないですよね」
「そうそう。あ、私は全然寝相が悪くないから、叩かれたり蹴られたりする心配はしなくていいよ。されるのはちょっと困るけど」
「わ、私も悪くありません!」
「あはは、ごめんごめん、冗談だよ」
心外だと抗議するエリスを恵菜が宥める。
このように同性の友達に冗談を言うなんていつぶりだろうか。少なくとも、こちらの世界に来てからは一度もなかったはずである。
こんなにも砕けて話せる友人は、エリスが初めてだった。
(こうしてると、元気だった時のことを思い出すなぁ……)
恵菜の頭の中にその時の記憶が流れていく。
家で。
学校で。
帰り道で。
様々な場所で仲の良い友達と他愛のないことをしゃべり、からかい合い、笑い合った。
そんな日常的な生活から、非日常的な生活へ。そして、非日常的な生活から、非現実的な生活へ。周囲の環境が劇的に変わっていった恵菜にとって、今の空気はとても懐かしい感じがした。
懐かしい普通(?)の生活。




