衝撃的な出会い
「ん~……」
不思議そうな顔で、恵菜がT字路で歩みを止める。
「こっちかな」
交互に左右へ首を振った後、左側を選択する。そのまましばらく右へとカーブする道を歩いていくが……
「あれ……行き止まり?」
目の前にそびえ立つ壁を前に、恵菜が首を傾げる。
「ということは、さっきの所は右だったんだ」
二者択一を外したことに少しだけガッカリする恵菜。来た道を引き返して先程のT字路まで戻り、もう片方への道へと進む。
そして、またしても行き止まりへとぶち当たった。
「おかしいなぁ……こっちだと思ったんだけど」
選択肢の二つともが外れだったことに、恵菜が不思議がる。
現在の様子から見て分かるように、恵菜は絶賛迷子中である。
モスターンからお礼&お詫びの魔道具である遠話器を受け取った後、恵菜はそれを調べるために即座に宿へと戻ることにした。本当は店の中を見て廻りたかったが、自分を小馬鹿にしてきた店員に会いたくなかったため、それはまたの機会に取っておくことにした。
モスターン商店へ行く時は、初めて行く場所だったこともあり、大通りを通ってきた。その一方で、帰りはおおよその方角が分かっている。そこで、最短距離で帰ろうと、無謀にも大通りを離れて細い道へと入っていったのだが、大通りと違って入り組んだ路地裏は、土地勘のない恵菜の方向感覚を容易に狂わせた。
しかし、残念なことに、恵菜は自分が迷子だと理解していない。今、自分がどこにいるか分かっていないにもかかわらずだ。
こうして何度も行き止まりに遭遇している時点で、大抵の人間は自分が道に迷ったのだと気付く。だが、見通しの悪い森の中ですら迷子にならなかったという自信が、恵菜に「自分が迷子になるはずがない」という間違った認識を与えていた。
同じ見知らぬ場所であったとしても、森と街では少し異なる。森の中であったなら、木や地面に目印を付けるなどして、迷わないようにしながら進むことができる。例え迷子になったとしても、一直線に進み続ければいつか森を抜けられる。
だが、恵菜がいる場所は街の中。建物に何か傷を付けるのは憚られるし、一直線に進めば建物が壊れる。そんなことをすれば、一発で兵士に連れていかれるだろう。
自由に進むことが出来る森と違って、街は壁や建物が邪魔をする。その結果、目的地を目指すことだけを考えていた恵菜は、ついに自分のいる位置が分からなくなり、こうしてしばらく歩き回っている。
「むぅ~……こっちのはずなのに」
本日、何度目か分からない行き止まりを目の前に、恵菜が唸り声をあげる。それでも、自分が迷っていないと信じて疑わない。
自分が迷子だと気付けない人というのも世の中にはいるが、恵菜もそういった人と同じなのだろう。
(この街、もしかして生きているとか? まさか、私を閉じ込める気なんじゃ……)
ついに自分ではなく、街そのものを疑い出す恵菜。もちろん、そんなわけがない。
「……仕方ない。今度は三つ前の十字路を右に行こう」
自分を信じて、また恵菜が来た道を引き返す。
むしろ大通りまで戻った方が早く帰れるのではないかと思えるが、恵菜の頭にはその選択肢は存在しない。変なところで意地を張ってしまったようだ。
「……こへ……った?」
「……つけた……っちだ……」
「……がすな!」
目的の十字路へ差し掛かろうかという時、恵菜の耳に誰かの声が聞こえてくる。
「うん?」
距離が離れているせいで声の内容はよく聞き取れない。しかし、聞こえてきた足音から判断するに、誰かが右側の通路から十字路の方へと走ってきているようだ。
このまま十字路に進むと、出会い頭に衝突してしまう。
そう判断した恵菜は、誰かが通り過ぎるのを待つためにその場で立ち止まる。校則を無視して学校の廊下を走り回り、他の生徒や先生とぶつかって怒られるやんちゃな生徒の姿は何度も見てきた。自分が巻き込む側になるのも巻き込まれる側になるのも御免である。
「はぁっ……はぁっ……!」
数秒後、息を切らせた一人の少女が十字路へ飛び出してきた。少女は十字路を右、左と確認し、恵菜の姿を見つけて「ひっ!」と怯えた声を出す。
(え、何で私、初対面で怖がられてるんだろう……?)
別に怖がられるようなことはしていない。その場に突っ立っていただけである。
以前に、どこかであの少女に対して何かをしたというのなら話は別だが、少女の顔に見覚えはない。
それなのに怯える少女。何故自分が恐怖の対象として見られているのか、恵菜は理解できなかった。
「ぇ……あ」
恵菜が首を傾げた瞬間、怯えていた少女も何かに気付いた素振りを見せる。その途端、少女の顔から怯えた表情も消えていく。
だが、その様子を見ていた恵菜は、ますますわけが分からなくなった。少女の心境がどうなっているのか読めないからというのもあるが、それ以前に、何故少女が十字路から飛び出してきたのかが分からない。
先程聞こえてきた声、あれはどう聞いても男性特有の低い声であった。しかも、明らかに複数――聞こえるだけでも三人の声がしていた。
しかし、目の前にいるのは少女一人だけ。どう考えても人数が合わない。
目の前の少女が野太い声の持ち主で、同時に三種類の声を発せられるというのなら問題は解決する(むしろそれはそれで問題はあるが)。だが、先の小さな悲鳴や微かに聞こえた少女の声は、そういったものとは似ても似つかぬ可愛らしい声だった。
過去の情報と現在の状況が一致しない。そんな不可解な現象を前に、恵菜は疑問を募らせるが、直後に響いてきた声がそれを解決してくれた。
「あそこだ!」
「っ!?」
聞こえてきた男の声に、少女がビクッと反応して振り返る。それを見た恵菜が、やっと状況を理解する。
恐らく、誰かがあの少女を追っているのだ。
少女はその追手から逃れようと、ここまで走ってきたのだろう。しかし、息も切れ切れの状態では、もう捕まるのは時間の問題だ。
どうすればいいのか分からず、少女がその場であたふたと視線を彷徨わせる。だが、迷っていては駄目だと判断したのか、すぐに走り出した。
――恵菜がいる方へと。
「は? えっ、ちょ!?」
少女が自分目掛けて突進してくるという突然の事態に、恵菜が焦る。横に避けようにも、狭い道のど真ん中を走る少女は躱せそうもない。
ならば大きくジャンプするしかない。そう考えた恵菜だったが、行動に移るよりも早く、少女が勢いそのままに恵菜にしがみ付いてきた。
「ぐぇ」
二日連続、二度目のタックル直撃。しかし、リアナの時と違って、ある程度予測していた恵菜は心構えができていたこともあり、衝撃で後ろに倒れ込むことは回避する。
未だにしがみ付いたままの少女。これをどうしていいのか分からない恵菜だったが――
「お、お願いします! 助けてください!」
「え、えぇ~?」
少女からの懇願に恵菜が戸惑う。
怯えられて、突撃されて、タックルされて、助けを求められる。一体、この少女は何がしたいのか。恵菜の頭の中はもう混乱状態だった。
「おう、そこまでみてぇだな」
目を白黒させていた恵菜が、聞こえてきた声に顔をあげる。
その視線の先には三人の男の姿があった。恐らく、彼らがこの少女を追いかけていた人物だろう。
恵菜と同じ様に、少女も彼らの姿をその目に捉え、再び怯えたような表情になる。そして、男達の視線から逃れるように、素早く恵菜の後ろへ隠れてしまった。
「え? あの、ちょ、ちょっと?」
少女が後ろに隠れてしまったことで、必然的に恵菜が男達の正面に立つかたちになる。それはまるで、恵菜が少女を庇っているようだ。
当然、そうなると男達が黙っていない。
「あん? んだてめぇ」
「邪魔だ。そこをどけ」
「まさか、そいつを守ろうとか言うんじゃねえだろうな?」
「え、えっと……」
今、恵菜が取れる選択肢は二つ。後ろで隠れている少女の頼み通りに味方をするか、それを無視して男達に引き渡すかだ。
どちらが良いかと言われれば前者を選択するだろう。怯えている少女を男達から守りたいという気持ちの方が強い。それに、先に助けてくれと頼まれたのだから、そちらを優先したい。
だが、そう簡単には決められない。なぜなら、この少女が何か悪い事をして追われている可能性があるからだ。もしそうだった場合、この少女の味方をすれば悪事の共犯と見なされかねない。
少女が悪いのか、男達が悪いのか。それが分からないことには、どうするのか決められない。それ故に恵菜も悩んでいた。
しかし、次に男達が発した言葉の内容を聞いて、恵菜の決心は簡単に付いた。
「大人しくそいつをこっちに渡せ。そうすりゃあ、てめぇは見逃し――」
「おい待て。俺達が奴を追いかけているところを見られてんだぞ。消しといたほうが良くねえか?」
「あー、確かにな。でもそれは後にしろよ? みたとこあいつも女みてぇだし、後の楽しみは多い方がいいだろ」
「んだよ。おめぇ、ガキが好みなのか?」
「そこそこ成長してて顔が良けりゃあ誰でもいいんだよ。希望を付け加えるなら、壊れにくい奴の方がいいけどな」
男達の言葉に、恵菜が嫌悪感を露にする。
消す――つまりは殺すということだろう。しかも、殺す前に自分達の欲望の捌け口にしようと企んでいる。
恵菜は何も悪い事はしていない。それなのに巻き込もうとしている。もう男達の方が悪者であることは間違いなかった。
「……さない」
「あ? んだって?」
訝しげに男が聞きかえす。
「渡さない。私はこの子に助けてって頼まれたから」
今度はハッキリ聞こえる様に、恵菜は真っ直ぐ相手の方を向いてそう告げた。
後ろにいた少女もそれが聞こえたようで、救われたような顔で恵菜の顔を見上げる。
「いい度胸じゃねえか、てめぇ……痛い目見ても知らねえぞ」
青筋を浮かべながら、男達がそれぞれの武器を手に取る。街の中で武器を取り出せば大騒ぎになろうが、人気のない路地裏には少女の怯える声が漏れるだけだ。
男達が持っている武器は短剣や手甲。どれも狭い通路で取り回しの良い武器である。
しかし、いくら武器と地形の相性が良くても、使い手の実力が高くなければ意味がない。彼らの構えは様になっているようでどこか抜けている。冒険者のレベルでいえば銅ランクが精々で、銀ランクには一歩及ばない。
その程度の相手に、恵菜が普通に戦って負けるなどあり得ない。向こうは三人いるが、近づく前に範囲系の魔法を一撃叩き込めばそれで終わりだ。
――しかし、魔法が放たれることはなかった。
なぜなら……恵菜がその場でクルリと百八十度体の向きを変えて、少女を抱えて逃げていったからである。
「なっ!?」
これには男達も驚きを隠せない。何せ、強気の発言をしていたにもかかわらず、次の瞬間スタコラサッサと逃げていったのだ。もしやそこそこ実力があるのではないかと思って張りつめていただけに、不意を突かれてしまった。
「逃がすな!」
恵菜の逃走から少し遅れて、男達も追跡を開始する。
だが、スタートダッシュが遅れても、男達は未だ楽観的であった。
追いかけている相手は女一人。しかも、人を抱えながら走っている。対して、こっちは身軽な男三人。
明らかに自分達にとって有利な条件。咄嗟の事で差をつけられはしたが、充分追いつくことは可能である。
そう考えていたのだが……
「くそっ! 何でだ!? 全然追いつけねえ!」
全力で走っているはずなのに、自分達の視線の中にいる女の姿が徐々に小さくなっていく。そのあり得ない光景に、男が悪態をつく。
確かに、男達が考えている通りであったのなら、彼らはすぐに追いつくことができただろう。誤算だったのは、恵菜の身体能力がその辺の大人を軽く上回っているということだ。
しかも、恵菜は魔力によって全身を強化している。たとえ少女一人を抱えているというハンデを背負っていても(むしろハンデとなっているかどうかすら怪しいが)、短距離専門のスプリンターもかくやというスピードを出せていた。
その後も恵菜は、後ろから追ってくる男達を引き離す。そして、スピードをほとんど落とさずに、曲がり角を直角に曲がって視界から消える。
「おい! どこにいったか分かんなくなっぞ!」
「んなこと言われなくても分かってらあ!」
「落ち着け! あの先はT字路でどっちへ行っても行き止まりだ!」
男の一人が他の二人に何も問題は無いことを説明する。当初の目標だった少女がどこへ行ってもいいように、予め下調べを済ませておいたのだ。
当然、恵菜が逃げて行った先が行き止まりだということも知っている。
「マジか? ……ったく、それをさっさと言えよ。必死こいて追いかけてた俺らが馬鹿みてぇじゃねえか」
「全くだぜ」
全力で追いかけなくても既に相手が詰んでいる。それを聞いた男達が走るスピードを緩める。
「悪い悪い。とにかく、さっさとあの子猫ちゃん達を追い詰め、て……?」
だが、得意げにしていた男の言葉から自信がなくなっていく。
恵菜が曲がっていった曲がり角を同じ様に曲がった三人。説明通りなら、彼らの視線の先にはT字路があるはずだった。
しかし、彼らの目の前にあったのはT字路ではなかった。右へと曲がる道はあるが、左側はどう見てもただの壁――つまり単なる右への曲がり角である。
「……おい! T字路じゃねえじゃねえか!」
「い、いや、確かにこの先にT字路があったはず……いや、もう一本先だったか?」
「馬鹿野郎! さっさと追うぞ!」
ここで言い争っていても時間の無駄である。いくらこの先が行き止まりと分かっていても、目標を見失ったままというのは心理的不安が大き過ぎる。
一刻も早く目的を達成するために、男達は右へ曲がって通路の先へと走っていった。
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男達が通り過ぎ、姿が見えなくなった瞬間、曲がり角の左側の壁が崩れていく。
「……行ったかな?」
崩れた壁の中から恵菜がひょこっと顔を出す。そして、男達が見当たらないことにホッと胸を撫で下ろした。
男達がただの曲がり角だと勘違いしたこの場所は、実は男の言う通りT字路だった。
何故壁ができていたのか。それは恵菜が魔法で作ったからである。
ここまで逃げてきた恵菜は、どうにかして男達をやり過ごす方法を考えていた。そして、思い付いた方法が『道の一つを塞いで隠れる』というものだった。
考えた方法を実践するため、恵菜はT字路を左に曲がった瞬間、土属性魔法のアースウォールを発動。周りの壁と同じ様な色になるようイメージした壁は見事に周囲の風景に溶け込んだ。
その結果、男達もここがT字路ではなく曲がり角だと誤認したのである。
「これで逃げられそう。ねぇ、あなたも大丈夫?」
念のためにもう一度周囲を見渡しながら、両腕に抱えている少女に声をかける。だが、彼女からの返事は無い。
不思議に思った恵菜は、視線を自分の手元に移す。
「あ、あれ?」
恵菜の視線の先にあったのは、「周りの景色が~……飛んでいきます~……」と呟いてぐったりしている少女の姿だった。
短時間とはいえ、恵菜の全力疾走をその身で味わったのだ。遊園地の絶叫アトラクションばりのスリル体験ができたことだろう。
そして、少女はガクッと意識を失った。
「ど、どうしよう……」
自分の失態を反省しながら、今後どうするのかを考える。
まず、この少女をどうするか。当然、ここに放置していくのはマズイ。男達の最初の狙いは恵菜ではなくこの少女なのだ。助けてくれと頼まれた以上、少なくとも意識が戻るまでは安全の確保をしてあげる必要がある。
しかし、この場に居座り続けるのもマズイ。男達が走って行った先は、彼らの予想通り行き止まりである。あと数分以内にここへ戻ってくることは間違いなかった。
そう判断した恵菜は、少女を連れてどこか安全な場所へ行くことに決める。問題は、安全な場所はどこなのかということだ。
最初に思いついたのはギルドだったが、即座に却下した。誰でも入ってこられるような場所では、男達も入ってくる可能性があったためである。何かあればギルドが護ってくれるだろうが、ギルドに迷惑を掛けてしまうのは避けたいところだ。
その後思いついた場所も、同じような理由で却下されていく。そうなると、必然的に残るのは一つの場所だけだ。
(残るのは……私が泊まっている部屋だけかぁ)
恵菜が泊まっている部屋に入れるのは恵菜だけだ。押し入って来られればどうしようもないが、それだとこの街の大抵の場所が駄目になる。それに、周りに人が少なければ押し入ってくる前に気配で気づきやすい。
そう考えると、意外と恵菜が泊まっている部屋は身を隠すのに最適な場所だった。
「うん。それじゃあ、ちゃっちゃと移動しますかー」
そう言って、恵菜は少女を抱えたまま空を飛ぶ。
大通りまで戻って帰ることも最初は考えた。しかし、他にも追手がいる可能性がある。聞き込みをされても面倒だ。だからこそ、恵菜は人目に付かない様に移動するこの方法を選択した。
高く飛びすぎると逆に人目に付きやすくなる。恵菜は高度をあまり上げず、障害物を超えられる最低限に留めて、人通りの少ない建物の影を飛行する。
最初からこうしていればすぐに帰ることができたのではないだろうかと誰もが思うだろう。だが、残念ながら当の本人はその事に一切気づいていなかった。
衝撃的。




