遠話器
「むぅ、そんな事があったとは……真に申し訳ない事をしましたな。不遜をお詫びしますぞ」
恵菜から何があったのか聞いたモスターンが深々と頭を下げる。
「気にしてません、って言うのは嘘になりますけど、もう怒ってはないですから大丈夫です。でも、態々モスターンさんが謝らなくてもいいんじゃないですか?」
「いや、今回の件は店の者への教育が不足していたために起きた事。それに、エナ殿が店を訪れる可能性があることを、私が皆に伝えておくべきだった。それらの責任は全て私にあり、私がエナ殿に謝罪をするのが当然なのですぞ」
経営者は店のトップであると同時に、何かあった時の責任者である。何かしらの失態があった時に、一店員の責任であるからと無視してはならない。それがモスターンの経営者としての心構えであり務めであった。
「謝罪は受け入れます。さっきも言いましたけど、もう怒ってませんから」
「おお、やはりエナ殿は寛大ですな! 普通は相手の弱みを見つけた瞬間、それにつけ込んで何か対価を要求するのが商人の常套手段なのですが」
「私は冒険者ですから」
そう言って笑う恵菜。冒険者だからというよりお人好しだからという理由の方が合っていそうだ。
ちなみに、恵菜は知らぬ事だが、商人からすれば冒険者の方がもっとたちが悪い。大抵の冒険者は「貰えるものは何でも貰っとく主義」であり、相手の弱みに対しては恐喝まがいの要求をしてくることもある。さらに、学の無い人間も多いため、小難しい交渉や説得など聞く耳を持たない。それに比べれば話が通じる商人の方がまだマシである。
「そういえば、モスターンさん。私ってそんなに子供っぽく見えますか?」
「は? ……あぁ、そういうことですかな」
突然何を言い出すのかと一瞬呆けるモスターンだったが、恵菜の質問の意図を悟って頷く。
「ふぅむ、今のエナ殿の容姿だけで判断しますと……正直に言えば、少し幼く見えるかもしれませぬな。ああ、勘違いしないでくだされ。それはエナ殿がどうというより、身に付けているローブに問題があるのですぞ」
「ローブ、ですか?」
全く予想していなかった幼く見える要因を聞いた恵菜は、自分の体を見下ろしてローブを軽く摘まんでみる。が、どこもおかしなところは見当たらない。
「見た所そのローブ、質はかなり良い物ですな。しかし……女性に対してこう言うのも何ですが、それが逆にエナ殿を幼く見せている原因にもなっていると思いますぞ」
ローブを着ると恵菜の体のほとんどはそれで覆われる。それによって体のボディラインが隠れてしまうのだ。
そうなると、恵菜の年齢を判定する基準は主に顔と身長ということになる。それだけを周りの人間と比較すれば、子供に見られてもおかしくはない。早い話が、周りの人間からは今の恵菜が「魔術師ごっこをしている子供」に見えるのだ。
もしもクレリアの様に、ローブでも隠し切れない発育の良さが恵菜にあれば、恵菜も少しは大人らしさが増したことだろう。しかし、恵菜の体の発育はあくまで「悪くない」といった水準なのだ。本人は特にコンプレックスを持っていないものの、周りと比べて自身があるわけでもない。
「…………」
「……やや。これは、またしても失礼な事をしてしまいましたかな」
「えーっと、むしろ自分を見つめ直すいい機会になったと思います……」
「よ、良ければ以前助けていただいたお礼として、新たな服でも用意しましょうかな? それなりの服を着れば、エナ殿も大人に見られ――」
「それは結構です」
軽いセクハラ発言に聞こえなくもないが、モスターンも悪気があって言っているわけではない。恵菜もそれは分かっているため、やんわり(?)と断る。
それに、このローブは恵菜がユーリエの下を離れる時に貰ったものだ。大切にしたいところではあるが、使わずに埃をかぶらせておくのも逆に申し訳ない。
例え新たな服を貰ったとしても、恵菜は恐らくこのローブを愛用し続けるだろう。ユーリエも恵菜が使うことを望んでいるはずだ。
「お、おお、そうですぞ! 冒険者のエナ殿にとって、非常に有益となる魔道具があったのを思い出しましたぞ!」
これ以上この話を続けると場の空気が悪くなると判断したのだろう。何とか名誉挽回を図ろうと、モスターンはそう言ってドタバタと部屋を出て行く。
そして、一分ぐらいすると、すぐにモスターンが戻ってきた。
「お待たせしましたな。こちらが、その魔道具ですぞ」
そう言って、モスターンは両手に持っていた小ぶりの木箱を恵菜の目の前に置き、その蓋を開ける。
そこには銀色に輝く腕輪が一つずつ入っていた。
「これは何ですか?」
「ふぅむ、説明自体はそれ程難しくないのですが、ここはその効果を実際に体験してもらった方が早そうですな。エナ殿。とりあえず、こちらを一つ持っていてもらえますかな?」
一体何が始まるのか。全く分からない恵菜は頭に疑問符を浮かべながらも、モスターンから渡された腕輪を受け取る。
「それでは、一度失礼しますぞ」
すると、腕輪を渡したモスターンはもう一つの腕輪を持って部屋を出て行ってしまった。
(まさか、爆発とかしないよね?)
お礼と称して爆発物を渡すなど、もはや殺意があるとしか思えない。常識的に考えればあり得ないことなのだが、正体不明の腕輪と共に一人取り残された恵菜は、掌の上にある腕輪を不安そうに見つめる。
『あー、あー。聞こえますかな?』
「ひゃあ!?」
突如、響き渡る声。それに驚いた恵菜が悲鳴をあげながら腕輪を落とす。どうやら、声は腕輪から聞こえてきたようだ。
『ぬ? そういえば使い方を教えていませんでしたかな。腕輪に手を翳して話してみてくだされ』
床に転がった腕輪からの指示。恵菜は恐る恐る腕輪を手に取ってから、それに従う。
「モ、モスターンさん?」
『おお! やっとそちらから声が聞こえましたぞ!』
恵菜の呼びかけに対して返事が返ってくる。その直後、腕輪を持ったモスターンが部屋に戻ってきた。
「いかがでしたかな?」
「ビックリしました。まさか、でん……離れた場所にいる人と会話できる魔道具があるなんて」
一瞬、電話と言いそうになった恵菜だが、何とか堪える。しかし、それ程までにこの魔道具との出会いは恵菜にとって衝撃的だった。元の世界にしかないと思っていた科学の塊が、この世界で魔法の道具として存在していたことが。
「そうでしょう、そうでしょう。この魔道具は遠話器と言ってですな。離れた場所にいる他の仲間と連絡を取り合えるようになりたいという冒険者の望みを叶えるために、かの有名なフィレクトル氏によって作られた物なのですぞ」
これまた電話機と間違えそうな名前だが、恵菜はそれよりも気になることがあった。
「フィレクトル……? あ! もしかして、収納袋を作った人ですか?」
「その通りですぞ。これの時もそうでしたが、収納袋の存在が公に知らされた時は、この日から時代が変わると噂されておりましたな」
「へぇー」
モスターンの説明を聞いて、恵菜が感嘆の声をあげる。
恵菜は今までに新たな効果を持つ、もしくは効果の強い魔法陣なら作成したことはある。しかし、それらは全て既存の魔法陣を修正・改良することによって実現してきたものだ。未だにゼロから新たな魔法陣を作ったことは無い。とはいっても、単純に発想力が足りないだけで、実力的にはできなくないだろうが……
その一方で、件のフィレクトルは収納袋や今回の腕輪などといった、今までにない魔道具を実現するための新たな魔法陣を開発している。自分にはできない事ができる人間は素直に尊敬できる。
「ところで、これはどれくらいの効果があるんですか?」
「実はこの魔道具、まだ試作の段階でしてな。会話できる距離は百メートル以内。そして、魔法陣の魔力が切れると、誰かが魔力を入れ直さなければならないという欠点があるのですぞ。ただ、条件が整ってさえいれば、相手との間にどれだけ障害物があっても話ができますな」
いよいよ電話機――特に携帯電話と似てきた。通話可能な距離が極端に短いという一点を除けば、その他の特徴はもはや電話のそれと同じである。
「あまり離れられないんですね」
「そう、ですから試作品なのですぞ。しかし、少し離れた位置にいる隠れた仲間と会話して、意思の疎通や連携を取るには充分な性能ですぞ」
冒険者が魔物を狩る時、相手によっては罠を張ったり待ち伏せをしたりといった方法を採ることがある。当然、そうなると隠れる必要が出てくるし、場合によっては他の仲間が少し離れた位置にいるということもあるだろう。そういう時にこの遠話器があれば、情報の共有や飛び出すタイミングを合わせることも簡単になってくる。
しかし、その効果が発揮されるのはあくまでパーティを組んでいる、もしくは一緒に行動する仲間がいる場合だ。基本的に一人で行動することが多い恵菜にとっては、遠話器など無用の長物となるはずである。
「これ、本当に貰ってもいいんですか?」
だが、恵菜はこの遠話器を受け取る気でいた。その理由は二つある。
一つ目は、他にお礼として貰っても良いものが見つからない可能性を危惧したからである。全てではないが、既に恵菜はこの店にある商品をいくつか見ており、その中にはいくつか興味を惹く物もあった。
だが、それらは全て値段の高い物ばかりであり、お礼として受け取るにしては恐れ多かった。もしかすると中には値段の安い物があるかもしれないが、大量の商品全てを見て廻るのは骨が折れる。
しかし、恵菜の目の前にある遠話器は、モスターンが「恵菜に対するお礼」として持ってきたものである。自分で選んだ物ならいざ知らず、モスターン自らが持ってきた物ならば、以前の働きに見合った値段になるはず。少なくとも、タダで渡してもモスターンが困るような値段ではないだろう。そう判断したが故に、恵菜もこれがお礼として受け取るに相応しいと判断したのだ。
そして二つ目の理由は、単純に遠話器が欲しかったからである。恵菜は一人で活動することが多いとはいっても、誰ともコミュニケーションを取らないわけではない。行く街々で親しくなった人もいれば、最近ではリアナという初めての友人もできた。そういった人といつでも話せるようになるというのは、恵菜にとって嬉しい限りだ。
だが、恵菜が旅を再開すると、その街からは離れてしまう。例え遠話器があったとしても、その仕様上、違う街にいる相手と話せなくなってしまうのは避けられない。
しかし、恵菜には一つ考えがあった。
(収納袋みたいに、ちょっと魔法陣を直せば効果が上がるかも)
そう、首からぶら下げているあり得ない程の容量を持つ収納袋を作った時のように、遠話器も魔改造しようというのだ。
遠話器も魔道具である以上、どこかに魔法陣が描かれているはずである。それを手直しすれば、相手と離れられる距離も長くなるのではないかと考えていた。
本来ならその行為はかなり難しいはずなのだが、恵菜にしてみれば鼻歌交じりにできてしまうぐらい簡単なことである(実際、収納袋の時はそうだった)。宿に戻るとすぐにそれに取り掛かり、ぱぱっと終らせてしまうだろう。
もしこれを作ったフィレクトルがその場にいれば、呆然とした後に倒れ込むかもしれない。自分が丹精込めて編み出した魔法陣が、初めてそれを見た少女の手によって一瞬で改造され、さらに性能まで高くなる。そんな現場を見てしまえば、自分の努力は何だったのかと崩れ落ちたくなるに決まっている。
「もちろんですぞ! 何でも望む物を、という約束でしたからな! どうぞ、こちらを持っていってくだされ」
「……あれ? でも、二つ目からはお金を貰うって言ってませんでしたっけ?」
自分が手に持つ物とモスターンが差し出してきた物を、恵菜が交互に指差す。
この魔道具の仕様上、一つだけを持っていても意味は無い。二つで一つという考え方もできるが、一つだけという言葉をそのまま受け取るのなら、どちらか一つだけを貰うことになるはずだ。
だが、恵菜にとってこの腕輪はあくまで参考資料だ。描かれている魔法陣がどんなものなのか分かりさえすれば一つだけでも充分であり、それを考慮して一つだけ貰うつもりだった。
「ほっほっほ。代金を請求するつもりはありませんぞ。どちらか一つだけ、などとケチ臭いことも言いませぬ」
「それはそれで申し訳ないんですけど……」
「色々と無礼な事をしてしまいましたからな。そのお詫びを加えて二つ、ということでいかがですかな?」
約束していた以上の事をしてもらうのに気が引ける恵菜だったが、そう言われてしまっては断りづらい。
「分かりました。そういうことなら、ありがたく受け取らせてもらいます」
結局、恵菜は素直に二つの腕輪を受け取ることにした。モスターンの所に一つだけあっても困るだろうからだ。
しかも、ここで受け取っておかねば、後々「この前のお詫びをまだ渡しておりませんぞ!」と言われてしまう可能性がある。そう考えると、今ここでお礼とお詫びの二つを同時に受け取ってしまった方が良い。
「しかし、自分で持ってきておいて言うのも何ですが、本当にそれで良かったのですかな? それもなかなか価値のあるものには違いありませんが、それ以上に価値がある物もウチでは扱っておりますぞ?」
「いえ、価値よりも自分が欲しいと思ったかどうかが大事……うん?」
何かに気付いたのか、恵菜が少し首を傾げながらモスターンに尋ねる。
「あの、モスターンさん……失礼ですけど、この魔道具ってどれぐらいのお値段なんですか?」
「実はその魔道具、つい先日手に入れたばかりでしてな。まだウチでは商品として販売しておらんので値段は付けていないのですぞ。まあ、付けるとすれば大体金貨五枚ぐらいではないですかな?」
モスターンの口から語られた予想外の金額のデカさに、恵菜が固まる。
金貨五枚――石鹸換算で言うと五十個分である。お礼とお詫びを合わせても、恵菜の基準では明らかに見合っていない金額だった。
(……いらなくなりました、とか言って返そうかな)
一瞬だけ、恵菜の頭にそんなことがよぎる。だが、それはすなわちお礼とお詫びの拒否を意味する。一度受け取った物をいらなくなったからなどと言って返すなど、礼儀知らずにもほどがある。
「む? どうなされましたかな? もしや、やはりもっと高級な物の方が――」
「いやいやいや! これで! これで大丈夫です!」
もはや恵菜にはこれを持って帰る以外の手段は残っていない。
これからはちゃんと相手に確認しよう。そう心に誓う恵菜であった。
大丈夫、外見より中身だよ!




