子供に見えても?
システシアによる依頼受注禁止令が出された翌日。
恵菜は街の中で周りをキョロキョロと見回しながら歩いていた。
「ん~、確かこの辺って言ってた気がするんだけど……あっ、アレかな?」
目的地らしき場所を見つけ真っ直ぐそこへ向かう。目的地に目掛けてダッシュしないのは、多くの人が道を歩いていて、走るとすぐ誰かにぶつかってしまうからだ。急いでいるわけでも目的地が逃げ出すわけでもないため、そもそも走る必要が無いというのもあるが。
「えっと、何々……『モスターン商店』?」
恵菜が目指していた目的地。
それはガーゴイル襲撃時に商隊の代表を務めていた商人、モスターンが経営する店だった。
恵菜の働きによって窮地を脱することが出来た際、モスターンは恵菜に欲しい物を一つあげる約束をしていた。恵菜はその約束を思い出し、街の観光ついでに彼の店を訪ねることにしたのだ。
「ここって本当に私が入ってもいいのかな……?」
目的地を目の前にして恵菜が入るのを躊躇う。
なぜなら、その建物は恵菜がすぐ見つけられなかったのが不思議なくらい目を惹く造りで、どう見ても平民が利用するような店ではなかったからだ。辺りにある他の店よりも一回り以上デカく、毎日掃除しているのか外見もピカピカである。店内にいる他の客も少し仕立ての良い服を着ているように見える。
だが、向こうから来てほしいと言われたのだ。問答無用で店から叩き出されることはないだろう。
「まあ、流石にいきなり追い返されるなんてことはないよね」
恵菜が躊躇うのをやめて店の中へと歩を進める。
一瞬、ここが当のモスターン本人の店ではなく、別の人物が運営している店だったらどうしようかと考えたが、すぐにそんな考えを捨てる。同じ名前の人物が二人いて、同じ街の同じような場所で商店を経営していることなどあり得ない。
「うわぁ、凄い……」
中へ入った恵菜の目に飛び込んできたのは、大きな店の中にズラーッと並ぶ大量の商品。まるでデパートかと思えるぐらいの品揃えは、恵菜がこの世界に来てから今までに見てきた中で一番のものだった。
そして、もう一つ特徴的なのは、ほぼ全ての商品が中々のお値段だというところだろう。お手頃価格な商品は何一つ見当たらない。
一番近くにある商品の値段を見た恵菜が固まっていると、一人の店員らしき男性がこちらへ歩いてきた。
「お客様。何か御用がおありでしょうか?」
やっぱり来るべき場所を間違えた。店員の対応からそう思った恵菜は、今すぐ「間違えました!」と言って回れ右をしたくなる。
しかし、それではここへ来た意味がない。
「あの、一つ訊きたいんですけど、ここってモスターンさんのお店で合ってます……?」
「はい。このモスターン商店の経営者はモスターン様です」
店員の首肯に、自信を無くしかけていた恵菜はホッと安心する。どうやら回れ右をする必要はなさそうである。
「良かった。それなら、モスターンさんに会う事はできますか?」
だが、恵菜の言葉を聞いた店員は訝しそうな表情になる。
「どういったご用件でモスターン様に?」
「えっと、ちょっと話がしたくて……」
「申し訳ありませんが、そういった理由では、お取次ぎすることはできません。何せ、モスターン様はお忙しい方なのです。」
目の前にいる店員に向かって「お礼を受け取りに来ました」などと言ってもチンプンカンプンとなるに違いない。モスターンが恵菜にお礼をすると約束した事を店員は知らないのだから。
故に恵菜は曖昧な表現で濁したのだが、それが逆に仇となってしまった。
この様子だとモスターンに会う事は難しい。いつでもどうぞ的なことをモスターンは言っていたが、だとしても事前にアポイントを取るぐらいはしておくべきだった。こればかりは恵菜に落ち度がある。
「申し訳ありませんが、本日はお引き取りを」
「あの、せめて中を見て廻るぐらいは……?」
どんな商品を取り扱っているのか興味があった恵菜は店員に尋ねる。このまま何もせずに帰ってしまうのはもったいない。
「何かをお求めなのでしょうか?」
しかし、店員から間髪入れずにそう言われて、恵菜は言葉に詰まる。
先程の事が影響して、店員は恵菜のことを如何わしく思っている。下手な事を言ってしまえば、さらなる誤解を与えかねない。
「特に何か欲しい物があるわけじゃないんですけど……ただ何か良い物がないか探したいだけです」
「そうでしたか。それでしたら、どうぞご自由にご覧ください……と言いたいところですが、お客様は本当にお客様なのですか?」
またしても何かを間違えたらしい。恵菜を見る店員の目はさらに疑惑の色が濃くなり、態度も少し硬化していた。
「? どういう意味ですか?」
「この商店で取り扱う商品は全て、モスターン様自らの目で良いと判断した物ばかりです。質が高ければ当然その価値も上がります。何が言いたいのかと言えば、あなたの様な子供が買える物は置いてないのですよ」
どうやら恵菜がお金に余裕のない人間だと思われているようだ。
実際、今の恵菜の懐には余裕があるようで無い。先程見ていた商品も買おうと思えば買えるのだが、買ってしまうと今後の生活が苦しくなる。
「今はお金に余裕がありませんけど……でも、将来的にはここで何か買うことになるかもしれないですよ」
「確かに、未来のお客様と成り得る方々であれば、商品を買わずに見て廻るだけでも大いに歓迎です。ですが、そういった方々には信頼がある、ないしは将来性があります。逆に、初めてここを訪れた子供であるあなたには、そういったものはありません」
それを聞いた恵菜がムッとなる。だが、それは別に店員の言っている事が間違えているからではない。
以前から店を利用している者、もしくは客になってくれれば店にとって大きな利益となる者には誠心誠意な対応をする。逆に、そうでない者――店に利益を齎さない者に対しては、接客をしても労力の無駄であるとして切り捨てる。それがこの世界における商売だ。
つまるところ、その者を客と見なすかどうかは、店にとって得となるか損となるかで決まる。考え方が現金だが、元の世界でも似たような考えがあったため、恵菜にそれを否定する気は全くない。
恵菜が怒っているのは、店員が自分のことを接客する必要のない人物だと評価した事に対してではなく、子供であるからという理由でそう評価した事に対してである。
既に冒険者として活動しており、年齢も一応十五歳でお酒も飲める(飲む気はない)。他人からは子供っぽく見られて子供扱いされることもあるが、世間的に見れば既に大人に近い。
だが、この店員は恵菜の内面的な要素を見ようとすらせず、子供であるという理由だけで恵菜の将来性を否定した。どう思うかは人の勝手だが、個人の価値観で判断したものを自分に押し付けられるのは気に入らなかった。
ここは一言相手に行ってやらないと気が済まない。そう思った恵菜が口論覚悟で口を開きかける。
「何を騒いでいるのですかな?」
だが、恵菜が言葉を発するよりも早く、店員の後ろから声が飛んでくる。
そこにいたのはこの商店の経営者、モスターンだった。
「モスターン様!?」
振り返った店員が上ずった声を上げる。
「ダメですぞ。お店の中で騒いでいては、他のお客様の迷惑となってしまいますからな」
「も、申し訳ありません!」
「して、先程から一体――」
店員を諌めながらモスターンが視線を恵菜の方に移す。その瞬間、その顔が満面の笑みへと変わった。
「おお!? これはこれは! エナ殿ではないですか!」
モスターンが店員を押しのけ、ドタドタと恵菜の方へと近づいてくる。
「覚えててくれたんですか? 顔も名前も」
「もちろんですぞ。相手の顔と名前を覚えるのは商人にとって当たり前のことですからな! それに、助けていただいた相手の事を忘れる程、私は恩知らずではありませんぞ!」
身振り手振りを交えながら話すモスターン。この辺は以前と変わっていなかった。
「あ、あの、モスターン様。こちらの方はお知合いでしたのでしょうか?」
「そうですぞ。この前、私と商隊がガーゴイルに襲われた事は知っていますな? エナ殿は、その時に商隊を護衛していた冒険者の一人でしてな。馬車の脱出だけでなく、ガーゴイルの足止めまで引き受けてくださった、正に私の命の恩人。エナ殿がいなければ今頃どうなっていたことやら」
若干の過剰評価が含まれたモスターンの説明を聞いて、店員の顔がみるみる真っ青になっていく。
恵菜がモスターンのお客様であり、彼女に対して自分がどれだけマズイ応対をしたのか、やっと理解できたようだ。
「それで、エナ殿は本日、どういったご用件で? この前言っていたお礼として欲しい物でも決まりましたかな?」
「いえ、まだ特にこれって物は決まってなくて。それで、一度モスターンさんのお店にどんな物が置いてあるのか見にきたんですけど……」
そこで恵菜は視線をモスターンの後ろにいる店員の方へと向ける。それを追ったモスターンは恵菜と店員を交互に見ていたが、しばらくして何かに気付く。
「ふぅむ……どうやら私の店の者が何かしてしまったようですな。エナ殿、少し奥で話を聞かせてもらっても宜しいですかな?」
「大丈夫ですよ。今日は特に他の予定もありませんし」
システシアの権力によって、恵菜は今日と明日は街を見て廻る事しかできない。明日はその翌日の依頼に備えた買い物に行こうかとも考えているが、今日はここに来る事以外の特別な用事はない。
「それでは、こちらですぞ」
モスターンが先導し、恵菜がそれに付いていく。
だが、未だに立ち竦んで動くことが出来ない店員の横を通る際、恵菜は立ち止まって小声で呟いた。
「今度からは相手が子供に見えても気を付けた方が良いですよ」
その方がお店のためになると思います。そう言い残して、恵菜はモスターンの後を追って歩いていく。
立ち竦んでいた店員は、ガックリと項垂れるしかなかった。
どちらかというと来る者拒まずのタイプのお店が好き。




