自由を求めて
今回は???視点です。
私はとても恵まれた子だと思います。
あ、別に自慢をしているわけではないですよ? 確かに今のだけだと「何だこの生意気な子は」と思われてもおかしくはありませんが、私の身の回りを見てみれば、ほとんどの人が私と同じ感想を抱くと思います。
見た目と着心地が重視された仕立ての良い服。毎日三食出てくる美味しい食事。常に清潔に保たれた部屋。身の回りの衣食住は完璧と言ってもいいぐらいです。実際に見たことはありませんが、少なくとも一般的な人の生活と比べれば、かなり充実していると思います。
……念のためもう一度言っておきますが、これは自慢じゃないですよ? ええ、絶対に。ただ、客観的に評価すればそうなってしまうだけなのです。
また、何かが足りなくても欲しいと言えばほとんどの物が手に入ります。お父様は凄く優しいので、ほとんどのお願いを聞いてくれるのです。とは言っても、入手することがとても難しい物や見つかること自体が稀な珍しい物はさすがに無理ですが。
それに、度が過ぎるとお母様に怒られてしまいます。お母様も普段は優しいのですが、怒ると容赦ないです。今までに何回か本気でお母様を怒らせてしまったことがありましたけど、怒っているはずなのに笑っているお母様の姿には恐怖を感じました。目で見える恐怖というよりは、体の内側に直接働きかけてくるような怖さがありました。
……あ、少し話が逸れちゃいましたね。
ここまで聞けば、私の生活が充実していて何も不足が無いかのように見えると思います。
ですが、一つだけ……たった一つだけ、私がどれだけ望んでも手に入れられないものがあります。
それはとても高価なものでも、とても珍しいものでもありません。
なのに手に入らない理由は、私がそれを手に入れることを許されていないからです。優しいお父様だけでなく、普段から私の言う事を聞いてくれる人全員に頼んでも、皆が首を横に振るのです。
ですが、何度駄目と言われて首を横に振られても、私は諦める事ができませんでした。私にとっては簡単に諦められないぐらいそれが魅力的なのです。
私が魅力的に感じるもの。それは――“自由”です。
少し意外に思えるかもしれませんが、私の生活には“自由”がほとんどありません。
毎日、お部屋の中で将来必要となる知識や作法を学ぶためのお勉強があります。日中の半分ぐらいはそれで占められているので、基本的にはずっとお部屋の中です。
一応、お勉強が終わった後は自由にしていいと言われています。部屋の外へ行くのも許されています。
それでも、行ける所はお庭まで。お家の外へ行って遊ぶことも、数少ないお友達に会いに行くこともできません。周りの人は皆、常に忙しそうにしているので、私は一人でお部屋かお庭で遊ぶしかありません。
何一つ不自由が無いように見えて、限られたことしか許されていない生活。それが私の日常なのです。
ですが、お勉強は必要なことです。それに、駄々をこねて周りの人を困らせるわけにもいきません。
それが分かっていた私はこの生活が常識なのだと思っていました。少なくとも少し前までは。
数か月前に、私はお父様と一緒に外へ出掛けたことがありました。何気にこれが初めての外出だったのですが、親子で遊びに出掛けたのではありません。お父様が普段どのようなお仕事をしているのか気になった私が、無理を言ってお父様の乗った馬車に乗せてもらっただけです。
お願いした時のお父様は困った顔をしていましたが、「馬車の外には出ないこと」を条件に、私のお願いを聞いてくれました。その時の私はただ単純にお父様のお仕事を知りたかっただけなので、何故そのような条件を出したのか分からずとも迷わず頷きました。
今になって思えば、あの時お父様は私が抱くことになる想いを予想していたのかもしれません。
馬車の中から見える外の景色は、私の知る世界とはかけ離れたものでした。
あちこちを行き交う多くの人々。何かを話し合って笑いあっている人もいれば、売物と思われる食べ物とにらめっこをしている人もいました。その賑やかさはまるで街の住人総出で何か祝い事をしているのかと思えました。
でも、そのお祭り騒ぎよりも印象に残っているものがあります。それは街中を普通に歩いている子供の姿です。
私よりも小さな子が母親らしき人と一緒に手を繋いで歩いている。私と同じくらいの子が大人達に交じって露店で買い物をしている。
これだけでも目を疑う様な光景でした。ですが、それ以上に衝撃的だったのは、馬車が少し静かな場所を通った時に見た、何人もの子供が遊んでいる光景です。
小さな木の棒を武器に見立てて振り回している子。お花で冠や首飾りを作っている子。他の子を追いかけて走り回っている子。皆が笑いながら遊ぶその光景が、今でも心に残っています。
何故こんなにも自由に家の外へ出られるのか。何故他の子と一緒に遊べるのか。
初めて外の世界を見た私には、それがとても不思議でなりませんでした。
お父様が言うには、街で見たものは全ていつも通りの光景――つまり当たり前の日常らしいです。
私にはそれが信じられませんでした。
それと同時に、とても羨ましく思えました。
勉強をする必要はなく、いつでも外へ出かけられて、友達と遊ぶことが出来る。私とは全く反対の自由な生活。
普段から縛られた生活を送っていた私には、それに憧れを抱くなと言われても無理な話でした。
街でその光景を見てから、私は自分が自由に街中を歩き回る夢を何度も見ました。友達と一緒に遊ぶ夢を何度も見ました。
そして、夢に出てくる度に、私の想いは強くなっていきました。
私は夢と同じようになることを何度も願いました。例えそれがほとんどあり得ない事だと分かっていながらも、諦めきれなかったのです。
そんな私の想いの強さが通じたのかは分かりません。ですが、先日やっと一人、私の望みに頷いてくれる人が現れたのです。
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お庭にある木の影に身を隠し、こっそりと顔だけを覗かせます。
「……やっぱり、いますよね」
そこにいるのは談笑している二人の人影。私が今いる場所は二人の後ろなので、こちらからは二人の背中と、お互いが話し合っている顔の横側しか見えません。
しばらく様子を窺ってみましたが、こちらを振り向く素振りはありませんでした。どうやら、私には気づいていないようです。
「ここまでは順調です……」
今のところは予定通り。誰にも見られていませんし、私が何をしようとしているのかはまだバレていないはずです。たぶん。
「……あ、でもあの人は別ですね」
そうでした。私以外にも一人だけ知っている人がいましたね。うっかりしていました。
その人は私の協力者。その人が私の手伝いをしてくれたからこそ、ここまで順調に来られたのです。感謝してもし切れません。
これから再びその人が手助けをしてくれることになっています。まだ姿は見えませんが、きっと来てくれると信じて、木の幹に背中を預けながらジッとその場で待ち続けます。
それにしても、全てが上手くいった後のことを考えるとワクワクします。実際に見る事はできませんが、お父様や使用人の人達が焦って走り回る姿が目に浮かびます。
こういうイタズラめいたことを最後にしたのはいつだったでしょうか。お母様に怒られてからは悪い事をしないように気を付けてきましたから、恐らくそれ以来でしょうね。
……あ、でもこれってつまり、成功したらお母様に怒られるってことにな――
「君達。ちょっとよろしいでしょうか?」
「!」
隠れる私の耳に届いてきた聞き覚えのある声。
もう一度顔を覗かせて確認してみると、そこには先程の二人に加えて、新たに一人――紛れもない協力者の姿がありました。
「上手くいくでしょうか……」
……いえ、確かに心配ですが、躊躇いは失敗してしまう可能性を上げてしまいます。弱気になってはいけません。あの人を信じましょう。
「はっ! 何でございましょうか!」
「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。少し手を貸していただきたいだけです」
「それでは、私めが……」
「ああ、できれば二人ともに手伝っていただけると助かるのですが」
「二人とも……ですか?」
「それでは警備が手薄に――」
「大丈夫ですよ。こんな時間に誰かが来るとも思えませんし、そういった予定も入ってはいません。それに場所はすぐそこですし、人手があれば時間もかからないことですから。もし何かあったとしても君達に責任は取らせません。私が全責任を負いますよ」
「は、はぁ……」
「そんなわけですから付いてきてもらえますか? 早く終わらせたいですしね」
「わ、分かりました」
なんと見事な手際でしょうか。その場から全員が離れていきます。これなら私を妨げる障害はありません。
それでも、今の話を聞く限りだとあまり時間はなさそうです。
機会はこの一度きり。ですが、焦ってはいけません。今飛び出せば、まだ見える位置にいる彼らに気づかれてしまいます。
「まだ……全員が見えなくなってから……」
緊張で早まる胸の鼓動を抑えるために、自分にゆっくり言い聞かせながら、私は自分の姿を見下ろしました。
私の服装は普段着ているものとは全く別のもの――街に住む子供が着ているものと同じ服です。態々、お父様に「街に住んでいる同じ年の子がどのような服を着ているのか知りたい」と駄々をこね……いえ、お願いをして、街で売られている服を買ってきてもらったものです。
ですが、当然本当の目的は別にあります。
今の私の姿は、どこからどう見ても普通の子供に見えるはずです。これなら私が街に行っても他の人から注目されることはないでしょう。お父様やお母様に見つかってしまう可能性も低くなります。これこそが私の狙いです。
全てはこの日のため――私が望んでも手に入れられなかった、僅か一時の自由のために。
だから、失敗するわけにはいきません。
落ち着いて……落ち着いて…確実に行ける瞬間を待ちます。
そして、その瞬間はすぐに訪れました。
「……今ですっ!」
視界から三人全員の姿が消えた瞬間、私は木の陰から飛び出して全力で走りました。
目の前にある門の先――部屋の窓から眺めることしかできなかった外の世界を目指して!
理想を求めて、彼女は鳥かごを抜け出した。




