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空を飛ぶ

恵菜視点です。

 時々、そよ風が吹いて湖に小さな波紋を生み出している。揺れる湖面で乱反射する朝の光が少し眩しいけど、不思議と不快な気持ちは全然ない。


 ランドベルサから西側へ進み続けて約一日。ギルド長のシステシアさんが言っていた通り、私の目の前には大きな湖が現れた。フルンと会った時の場所よりも明らかに大きくて、湖面の面積だけでも数倍はありそうだった。


 私は今、そんな大きな湖の周りを探索している。もちろん、ここに来た目的の一つのビッグボアを見つけるためだ。

 これだけ広い湖だと一匹(もしかしたら他にもいるかも)の魔物を探すのは苦労するはず。そう思っていたんだけど、その予想は逆の意味で裏切られた。


「……見つけた」


 数十メートルぐらい離れた湖の縁、そこで湖の水を飲んでいる大きな一匹の猪――ビッグボアがいた。


 姿だけは日本に生息してる猪とほとんど変わらないように見えるけど、体の大きさは全然違う。軽自動車ぐらいあるんじゃないかな? 体重も私の何倍もあるに違いない。勝った。


 一先ず、その場で身を屈めて少しだけ様子を窺ってみる。だけど、ビッグボアは私に気付いていないみたいで、未だに湖の水を飲み続けていた。


 ビッグボアがどれだけ強いのかは、一度も戦ったことが無いから分からない。でも、システシアさんは討伐依頼にするなら銅ランクが普通って言ってたっけ。


 それなら、中級魔法の先制攻撃でいけるかな。

 距離はちょっと離れてるけど、充分魔法が届く距離だから大丈夫。


「ちょっと卑怯かもしれないけど、真正面から戦う必要もないしね――『アクアランス』」


 念のため普段より多く魔力を込めて発動させたアクアランスを、ビッグボアに向けて放つ。

 修行じゃ動き回る目標に魔法を当てるのが当たり前だった。こっちに体の横側を向けて動こうともしない相手に、よく狙いながら外すなんてあり得ない。


「プギッ――」


 狙い通りにアクアランスが命中して、ビッグボアから悲鳴のような鳴き声が上がる。ビッグボアは魔法の勢いそのままに吹き飛ばされて、ズンッと重い音をたてて地面に横たわった。


……ちょっと威力が強すぎたかな?


 とりあえず、しばらくその場で様子を見てみる。近づいた瞬間、いきなり何事もなかったかのように起き上がって襲ってこられても困るからね。


 だけど、ビッグボアが動くことはなかった。


「倒したっぽいかな?」


 近くに行って確認してみても、ビッグボアが起き上がる気配はなかった。目の色も輝きを失っている。


「でも、これで終わりじゃないんだよね」


 システシアさんから受けた依頼は、この湖周辺の安全確保。ビッグボアの討伐はあくまで依頼達成に必要な通過点。

 発見されたのは一匹だけという情報だったけど、もしかしたら他にもビッグボアがいるかもしれない。そうなると、次にやらなきゃいけないのは周囲の安全確認かな。


 でも、ちょっとだけ不安なことがある。


「……どうやって確認しようか」


 湖がここまで大きいと、周りを歩き回って探索したら時間がかかる。

 あと可能性としては低いけど、私が湖の周囲を時計回りに廻ってる時に、ビッグボアも時計回りに移動してたら見つけられない。


 魔力で身体能力を強化して全力疾走すれば、その問題も解決できて時間も短縮できる。だけど、結構雑な確認になっちゃいそうだし、ドタバタと走り回ってたらビッグボアもビックリして逃げちゃいそうな気がする。それでどこか遠くまで行ってくれればいいけど、また戻ってきてもらっても困る。

 心配性って思われるかもしれないけど、初めての指名依頼だし、失敗の可能性は少しでも減らしておきたいよね。


 そのまましばらくの間、確実に周りの安全確認ができる方法を少し考えた結果、一つの案が頭の中に浮かんだ。


「歩いて駄目なら……空から見下ろすとかかな」


 上から見下ろすように周囲を見渡せば死角も少ないから、ビッグボアがいたとしても見つけやすい。


 うん、いいね。これ採用。


 問題は、どうやって飛ぶかだけ。思いっきりジャンプしてもいいんだけど、着地が少し怖い。身体能力を強化していたとしても、着地に失敗しちゃったら結構痛いと思う。魔法で治せるといっても痛い思いはしたくない。そもそも、自分で飛び上がって怪我なんていう恥ずかしい真似もしたくない。


「う~ん……あっ!」


 そうだ、あの方法ならいけるかもしれない。


「魔法を使えば空って飛べるかな?」


 いつどこでそんなイメージが私の中に根付いたのかは分からないけど、魔女は箒で空を飛ぶイメージがある。今この場に箒は無いけど、同じように魔法が使える私でも飛べるはずだ。

 それに、誰もが子供の頃に一度は想像したことがある夢を叶えてみたい気もある。鳥のように自由に空を飛ぶという、日本にいた時には叶わなかったその夢を。


 だけど、この世界に魔法はあっても、飛行魔法というものはない。少なくとも、私はそんな魔法があるなんて聞いたことがない。

 ということは自分で空を飛ぶ魔法を作るしかない。そう言われるとかなり難しい事のように聞こえる。


 でも、私は以前、空を飛べるかもしれない方法を一つだけ考えていた。


「その前に、一つ実験」


 その方法をいきなり実践してみてもいいんだけど、一つ確認しておきたい事があるから、その辺に落ちている石ころを手に取る。

 そして、その石ころを見ながら、あるイメージを固めて魔法を唱える。


『グラビティ』


 魔法が発動した瞬間、手の中にあった重みが若干軽くなった。


 まあ、重力が弱くなるようにイメージしたから、重さが軽くなって当然なんだけどね。


 ただ、これだけだと普通のグラビティと何も変わらないように感じる。だから、一歩だけ前へ動いてみた。


 通常のグラビティは範囲を指定するタイプの魔法だから、その範囲の外へ出たものに対しては何も影響が出ないはず。なのに、移動した私の手の中にある石ころは軽いままで重さは変わらなかった。


「よし、成功!」


 私がやりたかったこと、それは対象に直接グラビティの効果を与えることだ。

 もう少し正確に言えば、対象物の表面からその内側をグラビティの範囲として指定すること。こうすれば、対象が移動しても範囲が勝手に付いてきてくれるはずだと思ってたけど、どうやら成功したみたい。


 これなら、きっと上手くいく。


『グラビティ』


 さっきと同じようなイメージで、今度は自分にグラビティをかけると、体が物凄く軽く感じるようになった。


 よし、これでどれだけご飯を食べても同じ体重でいられ……じゃなくて、空を飛ぶための準備ができた。


 でもこれ、どれぐらい軽くなってるんだろう?


 気になったから、試しにその場で軽く飛んでみる。


「ひゃっ!」


 全然力を籠めてないのに、自分の身長を軽々飛び越せるぐらい高くジャンプできた。


 想像以上に体重が軽くなってたみたいで、思わず悲鳴みたいな声が出ちゃった。恥ずかしい……周りに誰もいなくて良かったよ。


「それじゃ、本当に飛べるか試してみますか! 『ブリーズ!』」


 グラビティを維持したまま、もう一つの魔法を唱える。すると、自分の周りに風が吹き始めた。


 ブリーズは風属性の魔法で、ランク的にはウィンドボールと同じ最下級。攻撃性能は全然無い。

 この魔法の効果は、単純に風を生み出すだけ。消費する魔力を増やせば風も強くできるけど、それでも誰かを吹き飛ばせるほど強くはできない。だから、基本的に魔物との戦いで使うことはないし、私もお風呂上りに髪を乾かすためのドライヤーとして使うぐらいだ。


 まあ、それだけでも充分役立ってるんだけどね。


 とにかく、この魔法じゃ魔物を倒すことはできないし、せいぜい行動の邪魔をするぐらいしかできない。

 でも、この魔法こそが今この場で私が必要としているものを与えてくれる。


 少しだけ頭の中にあるイメージを変えて魔法を制御してみる。すると、今まで弱かった風が強くなった。風向きも変わって、上昇気流みたいに上へ上へと昇っていく。

 そして、その風に押し上げられるように、自分の体が浮き上がり始めた。


 お? もしかして、一回目で成功……


「っと、と……きゃあ!」


……しなかった。


 空中で体が見事にクルンと回転。


 そのまま地面に引き寄せられる私の体。


 激突。


「痛った~……そんなに甘くないかぁ」


 思いっきりひっくり返っちゃったせいで、頭を地面に打った。高度がそんなに高くなかったのと、地面が土だったおかげで大怪我にならなくて済んだのは良かったけど、それでも痛いものは痛い。


「風の調整もそうだけど、バランスを取るのも難しいなぁ」


 風の受け方を間違えると、今みたいにひっくり返っちゃう。順調だったのは初めの方だけで、飛んだ高さはさっきのジャンプに遠く及ばなかった。

 想像した通りに空を飛ぶには、バランスを保ちながら風の調整をしないといけない。この辺は経験から学ぶしかなさそうかな。


――それなら、やる事はただ一つしかないよね。


「空を飛べるまで練習あるのみ!」


 私は浮き上がっては地面に落ちるのを何度も繰り返しながら、バランスの取り方を覚えていった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 魔法で空を飛ぶ練習を始めてから数時間後――


「あははは! 凄いすごーい!」


 私はある程度自由に空中を行ったり来たりできるようになっていた。上昇下降も思いのまま。まだ時々バランスを失いかけることはあるけど、集中していれば風の強さと向きを調整して持ち直せる。

 そんな私は、現在、鳥になった気分を存分に満喫中。思いっきりスピードを出したり、その場でらせん状に回ったり……


 だけど、遊んでいるだけじゃない。ちゃんとお仕事もしないとね。


「んー、いないっぽいかな?」


 ほとんど死角のない上空から見下ろしてみても、ビッグボアらしき姿は全く見当たらない。姿を隠せそうな草むらの近くにも飛んで行って確認してみたけど、何もおかしなところはなかった。


「これで依頼は達成かな」


 さて、そうなるとランドベルサへ帰らなきゃいけない。この依頼は早めに終わらせてくれると助かるってシステシアさんも言ってたしね。


 でも、もう少しだけ飛んでいたいという気持ちもある。折角、子供の頃の夢を叶えたんだから、もっとこの楽しさを味わっていたい。

 それに、もっと自由に――それこそ自転車に乗るみたいな感じでほぼ無意識に飛べるようになるためには、もっと練習しなくちゃいけない。コツをつかんだ今のうちに、出来る限りマスターしておきたいんだけど……


「そうだ、このまま飛んで帰ろっかな」


 ランドベルサまで徒歩じゃなくて飛んでいけば、良い練習になる気がする。あとそれとは別に、帰りは行きと違った景色を見てみたい。


「そうと決まれば、早いとこランドベルサに向けてしゅっぱ――」


『面白ソウナ事、シテルネ』


「……え?」


 早速帰ろうと、ランドベルサがある方角へ体の向きを変えようとした時、後ろから誰かに話しかけられた。


何が出るかな?

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