直談判
他のギルド職員達の手によって奥へと運ばれていく職員を見送る恵菜。ズルズルと引きずられていくその姿に、(悪い事しちゃったかな……?)と思いながらも、職員の遺言通りにギルド長室へと向かう。
「失礼します」
ギルド長室と思われる部屋の扉をノックし、返事がしたのを確認してから中へと入る。
部屋の中にいたのは、恵菜が初めてランドベルサのギルドへ来た時にも見かけた女性――ギルド長のシステシアだけだった。普段仕事をしているであろう机の横に立ち、恵菜のことを見ながら微かな笑みを浮かべている。
「ごめんなさいね、態々来てもらうことになって。立ち話もなんだから、一先ず座ってもらえる?」
ギルド長に促されるまま、部屋の中央にある来客用のソファに座る。ギルド長も恵菜に向かい合うようにソファへと腰かけた。
「ついこの前、どこかの団長様が私の名前を言っていたのを聞いていたかもしれないけど、一応自己紹介しておこうかしらね。私はシステシア。ここランドベルサのギルドでギルド長をしている者よ」
「霜月恵菜です。恵菜で構いません」
「それじゃあ、エナちゃんって呼ばせてもらおうかしらね。私のこともギルド長なんて肩書きじゃなくて、気軽にシステシアって呼んでくれていいわ。呼び捨てでも構わないわよ?」
「さ、流石に呼び捨てはちょっと……」
「あら、別に遠慮しなくてもいいのに」
いくら許可があるとはいえ、自分より年上、しかもギルドの長である相手を呼び捨てになどできない。そういう文化が根強い日本で生まれ育った恵菜にとっては尚更だ。
「さて、大体の話は聞いているわ。エナちゃんは依頼に制限がかかる前、つまり普段通りの依頼を受けられるようにしてほしいのよね?」
「そうです」
「普通ならそんな要求をしても無駄なのだけど、どうやらグラ爺のギルドの書状があるらしいわね」
「……ぐらじい?」
聞きなれない言葉に恵菜が首を傾げる。
「トランナのギルド長よ。私の記憶が間違ってないなら、確かグランっていう名前のお爺様よね」
「はい。……あ、それだからグラ爺なんですね」
システシアの言葉を聞いて納得する恵菜。もしこの場にグラン本人がいれば、「儂はまだ爺じゃないぞ!」と本気で抗議していたことだろう。
「そういうこと。それに、お互い全く知らない者同士というわけでもないの」
「そうなんですか?」
「ええ。私がまだ冒険者だった頃に、グラ爺とは何度か会ったことがあるの。といっても、その時の私はまだひよっこで、グラ爺は一流の冒険者だったから、親しい関係はなかったけども」
「グランさんって冒険者だったんですか!?」
驚愕の事実を知り、恵菜が大きく目を見開く。
魔力の扱いに慣れているような雰囲気だったことから、システシアが昔、魔術師として何らかの仕事をしていた事は想像に難くない。
しかし、グランに関しては違う。普段のダメダメな様子からは、彼が冒険者だったとは微塵も想像できない。ましてや、一流などと言われても冗談にしか聞こえない。
「そうよ。私が一人前になる頃には、グラ爺はもう既に冒険者ランクが金一だったわ。最終的には金三まで上がったみたいだけど、白金になれなくて燻っている時期が続いていたの。そして、しばらくしたら突然引退しちゃったのよ」
「突然? 一体どうして……?」
「さあ? でも、本人曰く、「金ランクと白金ランクの間にある壁は高過ぎた。俺にはここが限界で、向こうには行けそうにない」ということらしいわ。噂だと、当時白金ランクだった冒険者が戦っているところを見て、自信を失ったそうよ」
「白金ランクって、そんなに凄いんですか?」
「そうねー。私は彼らが戦っている姿を見たことは無いのだけど、話を聞く限り、同じ人間とは思えないぐらい強いらしいわよ」
つまり、グランは自分が人間だったと気付けたらしい。
「まあ、普通にやってても白金には絶対なれないわね。実力だけじゃなく、何か大きな功績を称えられて初めて、ランクが金から白金に上がるのよ」
「へぇー」
「実は昔、ギルドの冒険者ランクには金、銀、銅の三種類しか存在しなかったの。だけど、とある冒険者が一人で数々の偉業を成し遂げたことで、この冒険者と他の金ランク冒険者を同じ扱いにするのはおかしいという意見がギルド内外から寄せられてね。その結果、新しく白金ランクというものが定められたのよ」
システシアが簡単に白金ランクというものができた経緯について説明する。その内容からも分かるように、白金ランクは他のランクとは一線を画すものであり、白金ランクに上がるための条件も他のランクの時とは異なっている。
通常、ランクが上がって色が変わる場合、昇級試験として今のランクの一つ上の依頼を達成すれば良いだけだ。しかし、金ランクから白金ランクに上がる場合、システシアが説明したように、周囲から認められるような偉業の達成や功績が必要となる。単純に依頼を達成するだけでは駄目なのだ。
「まあ、白金ランクなんて狙ってなれるようなものでもないから、あまり気にしなくていいわよ。それで、そんな白金ランクの夢を諦めたグラ爺だけど、引退した後はどこかを放浪していたらしいわね」
夢が叶わなかったことで傷ついた心を癒したかったのか。それとも、ただ単純に働きたくなかっただけなのか。当時としては前者だろうが、現在の姿からは後者であるとしか思えない。
「でも、ギルドが優秀な人材を野放しにしておけないってことで、ギルド長になってくれないかってグラ爺に頼んだの。本人はすごく嫌がっていたみたいだけど、必死に説得した結果、ギルド長に就任させるってことで何とか話し合いが決着したみたい」
ギルドとしては、冒険者としての経験や実力を活かすことのできる指導教官みたいな役職をまず与えようとした。それにグランが駄々をこね、渋々ギルド長へと格上げしたといったところだろう。
(グランさんにはちょっと失礼かもしれないけど、人選を間違ってる気がする……)
そう思うのも仕方のない事だ。何せ、恵菜から見たグランという人物は、部下であるギルド職員から怒られ、肉体労働をするとぎっくり腰になって動けなくなる存在である。グランがギルド長らしく立派に仕事をしているところなど、一度も見たことがなかった。
「でも、冒険者としての実力はあっても、ギルドの運営に関しては素人だったから、ウチのギルドから優秀な子を一人トランナに派遣したのよ。見張り役も兼ねてね」
そんな恵菜の思考を読んだかのように、システシアがさらっと新たな事実を語る。その見張り役という言葉を聞いた恵菜の頭の中に、恐らくトランナで一番お世話になった人物の顔が浮かび上がる。
「もしかして、ヒルデさんですか?」
「あら、ヒルデちゃんのことも知っていたのね。あの子、元気だった?」
「元気というか……一人でかなり頑張ってました」
ギルドの受付業務だけでなく、グランの見張りや冒険者が引き起こす問題の後始末、そして恵菜がいた頃は恵菜の暴走ストッパーとしても頑張っていたヒルデ。恵菜がいなくなった分、今は少し落ち着いていると思われるが、あれだけの仕事をしながらよく倒れなかったものだ。
「楽しそうにしているようで良かったわ」
「楽しんでいるようには見えませんでしたけど……」
「あら、もし辛いのだったら辞めているはずじゃない? 楽しくない嫌な仕事をずっと続ける人なんて、変な感性の持ち主じゃないとあり得ないわよ」
「そういうものなんですか?」
「そういうものよ」
一瞬疑問に思う恵菜だったが、楽しんでいるかどうかはともかく、嫌いな仕事をあれ程引き受けるようなことはしないだろうと納得する。ヒルデが仕事をすること自体に快感を覚える人間というのなら話は変わってくるだろうが、普段の様子から彼女がそんな人間でないことは間違いない。
「っと、話が脱線しちゃったわね。それで、グラ爺からの書状のことだけど、その中身を見せてもらう事はできるかしら?」
「大丈夫だと思います。ギルドの職員なら誰でも良いような感じでしたし」
恵菜が書状を取り出してシステシアに渡す。受け取ったシステシアは一度封筒の裏側を確認した後、躊躇いなく封を切って中身を確認し始める。
初めは何事もなく読み進めていた彼女だったが、次第に眉が八の字になっていく。仕舞いには自らが手に持つ書状の内容を疑うかのような目で見つめだした。
「……少し確認したいのだけど」
「何ですか?」
「ここに書かれている内容って、本当なのかしら?」
やはり疑っていたようだ。ギルドの正式な書状である以上、そこに嘘が書かれていることなどまずあり得ない。それは当然システシアも分かっているはずだが、それでも疑ってかかるレベルの事が書かれているのだろう。決して、グランが書いたからという理由ではないはずだ。
一体、書状にはどんな事が書かれているのか。恵菜は気になって仕方がなくなってきた。
「えっと、私はそこに何が書かれてるのか分からないんで、何とも言えないんですけど……」
「冒険者になる前に、ギルドで襲いかかってきた冒険者を返り討ち。一人でフォレストウルフ五十匹を討伐して、突然出没したフェンリルを撃退。そして、金ランクの冒険者との魔術師対決に勝利……他にもいくつか書かれているけど、主なものはそんなところかしらね」
システシアの口から次々と出てくる書状の内容。それを聞かされた恵菜は思わず目を逸らす。当時は何とも思っていなかったのだろうが、改めて自分が今までにやってきた事を聞かされると、流石の恵菜も自分が色々とおかしいことに気付かざるを得ない。主観だけでなく、客観的な見方も必要だという良い例だ。
「……どうやら、本当みたいね」
「ち、違うんです! それもあれも全部気の迷いというかその場の感情に突き動かされたというか出来心だったというか……!」
「別にエナちゃんを責めているわけじゃないのよ? ただ、書かれている内容の大きさに呆れているだけだから」
「確かに呆れるような内容かもしれないですけど……って、お願いですからそんな目で見ないでください!」
システシアから変な物を見るかのような目を向けられ、恵菜が顔を隠してその場に蹲る。
それを見ていたシステシアが「ふふっ」っと小さく笑う。
「冗談よ。実力がある冒険者で周りに迷惑をかけないのなら、私はそれが人間だろうと人間じゃなかろうと構わないから」
「人間ですから! 私、ちゃんと人間ですから!」
「分かっているわよ。エナちゃんみたいな可愛らしい子が化け物なわけないもの」
恵菜の必死の弁解を華麗にいなすシステシア。彼女の実力は未知数だが、少なくとも口の上手さは恵菜よりも上だ。ギルド長という立場上、普段から大物を相手に会談や交渉をしているのだろう。その辺は普通の人間と経験の厚みが違う。
その一方で、恵菜には冒険者としての実力はあっても、こういった点は未熟なままのようだ。顔を少し朱色に染めながら、やりようのない気持ちをどうして良いのか分からず、腕をワタワタと動かしていた。
「さて、エナちゃんの実力の証明も済んで、ついでに面白い反応も見せてもらったことだし、エナちゃんの要求をどうするか決めましょうか」
「うぅ~……お願いします」
からかわれたと気付き、少し頬を膨らませる恵菜だったが、システシアの言葉に自分が何故ここへ来たのかを思い出し、姿勢を正す。
「この書状が本物で、これに書かれていることが本当である以上、エナちゃんの実力は証明されているといっても過言じゃないわ。だから、エナちゃんの要求通り、普段銅ランクであるはずの依頼だけなら、銅ランク扱いにして受注を許可しても良いわよ」
「本当ですか!?」
駄目元で頼んでみた要求を受け入れてあげても良いと聞き、恵菜が思わず立ち上がる。希望が通らないことも重々承知していただけに、驚きと喜びが入り混じった表情だ。
「ただし、その代わりというのもなんだけど、ちょっとお願い――というより依頼したいことがあるの」
「依頼? システシアさんがですか?」
「ええ。といっても、私からの依頼というよりギルドからの依頼に近いかしら」
この場で恵菜に対して依頼をするということは、指名依頼ということになるのだろう。だが、ギルドからの指名依頼は実力のある冒険者に対して行われるものであり、銅ランクの冒険者に出されるのはかなり稀なことだ。
もっとも、書状の内容から分かる様に、恵菜の実力は金ランクに匹敵する水準に達しているため、指名依頼が来ても何らおかしくはないのだが。
「エナちゃんにお願いしたいのは、街の近くにある湖の安全確保よ。ランドベルサから西に歩いて一日ぐらいの所に、とても大きな湖があるわ。特に危険な生物も生息していないし、魔物もいないはずの場所なのだけど、付近でビッグボアを見たって情報がついさっき入ってきたの」
ビッグボアは、成人男性の背丈を超えるぐらい大きな猪の魔物である。太くて尖った二つの牙が特徴的で、力強い突進から繰り出されるそれをまともに食らえば、如何に頑強な鎧を着込んでいる屈強な者であったとしても無事では済まないぐらいの威力を持つ。
しかし、ビッグボアを討伐することはそれ程難しい事ではない。討伐依頼も大抵銅ランク依頼で落ち着く。なぜなら、ビッグボアの動作は全体的に鈍く、厄介な突進攻撃も注意していれば簡単に避けられるからだ。近接攻撃以外の攻撃手段を持たず、動きも遅い相手など、遠距離から攻撃できる恵菜からすれば良い的である。
「発見された数は一頭だけみたいだけど、見つかっていない個体が近くにいる可能性もある。万が一、湖に住み着いてしまうと面倒だから、早めに討伐しておきたいの。今の状況だと銀一ランクの依頼とするしかないのだけど、ギルドとしてはあまりそうしたくないのよね」
本来銅ランクの冒険者でも達成できるはずの依頼が、銀ランク依頼を達成したとして扱われる。だが、それは冒険者に誤った解釈を与えかねない。すなわち、実力的には銀一ランクが限界の冒険者が、見た目は銀一ランクの依頼を簡単に達成するあまり、自分の実力を過剰に評価してしまう可能性がある。
当然、一定数の成果を上げれば銀二ランクに昇格する。しかし、内容に着目すると、銅三ランクの依頼を達成しただけで銀二ランクに昇格したということになる。ランクが二つ上――ましてや色まで異なるとなれば、依頼の難易度は極端に跳ね上がる。
自分の実力を正しく理解できていれば良いが、そうでない冒険者は「自分ならできるだろう」と判断して無謀な依頼を受けてしまいかねない。そうなると、最悪の場合は命を落とす可能性がある。
「だから、エナちゃんにこの依頼を銅ランク依頼として受けてほしいの。他の依頼ももちろん受けてほしいところではあるけど、この依頼が今一番優先度の高い依頼だから。ね?」
そう言ってシステシアが恵菜にウィンクを飛ばす。わざとらしいその仕草に、システシアが何か企んでいるのではないのかと不安になる恵菜。
しかし、システシアには駄目元で頼み込んだ我儘を通してもらっている。それに、恵菜は街の外に出ることができる依頼ならば何でも良いと思っていたため、深く考えずに依頼を受ける事にした。
「分かりました。その依頼、受けます」
「ありがとう、助かるわ」
システシアは恵菜が依頼を受けてくれたことに頷き、小さく笑顔を浮かべながら一枚の依頼書を取り出す。その準備の良さは、まるで恵菜が依頼を受けてくれることを確信していたかのようだ。
「この依頼書を渡しておくわね。下のカウンターで手続きできるはずよ。できるだけ早く依頼を完了してほしいのだけど、どれくらいで出発できそうかしら?」
「今から行きます。もう外へ行くのに必要な物は揃えてありますから」
「準備万端ね。それじゃあ、お願いするわ」
依頼書を受け取った恵菜は、足取り軽やかに部屋から出て行く。
依頼を受けられたという喜びと、早く新しい場所へ行ってみたいという気持ちがそこには表れていた。
いよいよ、ランドベルサでの初仕事です。
一部表現を修正しました。(2017/5/7)




