撤退作戦
「リアナさん、クレリアさん! 大丈夫ですか!?」
すぐに冒険者達が戦っている場所へと辿り着いた恵菜は、真っ先に知り合いの安否を確認する。
「大丈夫よ、エナ。この通りピンピンしてるわ。ちょっと怪我したところで、クレリアがすぐ治してくれるしね」
「私も大丈夫ですよ。リアナさんが一人でかなりの数のガーゴイルを倒していましたから、あまり襲われていないというのもあるでしょうけれども」
リアナとクレリアの姿を見つけ、二人が無事だったことに恵菜はホッとする。自分が馬車の脱出を手伝っている間、二人が大怪我をしていないか終始不安だったのだろう。リアナは少し疲れているように見えるが、自分で言っている様に、体のどこにも怪我は見当たらない。
「商隊が移動を開始したということは、エナさんの方も馬車の脱出に成功したのですね」
「はい、少し遅くなりましたけど」
「……充分早い方だと思いますよ?」
思わずそうツッコミを入れるクレリア。恵菜は魔法のイメージに施した工夫のせいで時間がかかってしまったと思っているようだが、クレリアや他の冒険者はそれ程長い時間は経っていないと感じていた。
「それで、この後はどうするんですか?」
馬車が最低限の護衛を付けて先へ進み、護衛もその後を追う様に移動してきたという事は、恐らくこのままガーゴイルを退けつつ、襲ってこなくなる位置まで移動し続けるはずである。
「商隊を護りつつ、新たに湧いてくるガーゴイルが追って来なくなる位置まで移動……したいのですが……」
「? 何か問題が?」
だが、クレリアの表情が少しずつ曇っていくのを見て、恵菜の頭を不安がよぎる。
「……思っていたよりも全体的に消耗が激しいのです。前衛には疲れが見え始めていますし、後衛も残っている矢や魔力が少なくなってきています。ガーゴイルがどこまで追って来るかによりますが、撤退が成功するかどうか……」
まさに一難去ってまた一難。
クレリアの説明は、現状が尚も悪いままであることを表していた。恵菜も恐れていたように、戦闘を続けているうちに、冒険者達の疲労と武器の消耗が無視できなくなってきたのだ。ガーゴイルの数が多い事、そして冒険者の数が少ない事が大きく響いた結果である。
また、恵菜が一時的に抜けていた事も、後衛の消耗を早める要因となっていた。恵菜が戦闘から抜けていた時間は時間にして約十分程度だったが、予想以上に恵菜が抜けた穴は大きかったのである。特に、その穴を埋めるために奮戦していたリアナの消耗は相当なものであり、言葉では強がっているものの、疲労が顔に現れるのは隠しきれていなかった。
「せめて、ガーゴイル達を少しでも足止めできれば……」
切羽詰ってきたこの状況に、クレリアの口から思わず言葉が漏れる。このまま戦いながら下がっていったとしても、ガーゴイルの攻撃がしばらく続けば、いつか冒険者側に限界が訪れる。どこかがガーゴイルにやられた瞬間、そこから徐々に崩れていってしまうだろう。
となると、どこかのタイミングで一気に距離を取ってガーゴイルから逃げるしかない。しかし、当然ガーゴイル達も撤退する冒険者達を追って来るだろう。地面を走る事しかできない冒険者が、空も飛べるガーゴイルから何の策もなく逃げ切るのは難しい。
有効な手段として考えられるのは、クレリアが考えているようにガーゴイルを足止めしてから撤退することだが、目の前のガーゴイルの群れを一時的にでもその場に留めるのは、とても非現実的なことである。誰かが囮となってその場に残れば、ガーゴイルを惹きつけておけるかもしれないが、そうなれば確実に囮となった誰かが死ぬことになるだろう。 ましてや、全てのガーゴイルが囮に惹きつけられない可能性もあるのだ。人一人を犠牲とするわりに、それ程成功率が高くない作戦など、クレリアが提案するはずがない。
(足止め……?)
だが、クレリアが口にした言葉を聞いた恵菜の頭の中に、一つ可能性のある方法が浮かび上がる。実は少し前、恵菜は現状を打開するための方法を考えていた時に同じ方法を思い付いていたのだが、あの時は商隊が移動不可能で、冒険者もその場から動けない状況だったために使うことができず、使っても意味がないと判断して一度切り捨てていた。
しかし、あの時と今は少しばかり状況が違う。既に商隊は移動を始め、冒険者達も動く事は出来る。
「クレリアさん。ガーゴイルを足止めできればいいんですよね?」
「え、ええ。ですが、流石にそれは難し――」
「いえ、できます」
恵菜が即座に可能であると言い切り、クレリアの顔が驚きの色に染まる。マヨネーズも含めれば、本日何回目の驚きだろうか。
「い、いったい、どうやってガーゴイルを?」
「闇属性の魔法を使います。闇属性には妨害魔法が多いんですけど、その中に足止めにピッタリのものがあるんです」
恵菜の言う通り、闇属性の魔法は他の属性に比べ、相手の行動を阻害する魔法が多い。ダークミストやシャドウバインドも妨害系の一つだ。
しかし、ダークミストは視界を奪うだけの魔法である。たしかに、人は周囲の様子が分からなければ心理的にその場から進みたくなくなるだろうが、ガーゴイルも絶対に同じ様な心理状態になるとは言い切れない。目が見えなくとも無闇に突撃してくる可能性もあるのだ。
一方、シャドウバインドはまさに足止め用の魔法だが、一回の発動で放たれるのは一発のみであり、単体相手にしか効果がない。何匹ものガーゴイルを足止めするのであれば、大量の魔力が必要となるだろう。さらに、魔法の弾速が遅いという欠点があるため、動き回るガーゴイルの影に全弾命中させるのは至難の業だ。
したがって、冒険者達の目の前に殺到しているガーゴイルの群れ全体を足止めするとなると、有効な手段はかなり限られてくる。それを恵菜が実際にできるのかが分からず、クレリアの心の中には不安が湧き出てくる。
だが、既に恵菜は一度、自分でできると言った事を成し遂げている。例えそれが信じられないような事であったとしても、クレリアは完全に否定することなどできなくなっていた。
「……その魔法でしばらくの足止めはできるのですね?」
「はい。どれくらい足止めできるか、詳しくは分かりませんけど、少なくとも私の魔力が切れるか、制御できないぐらい遠くへ移動するまではもつはずです」
「発動にはどれくらいかかりそうですか?」
「普通に発動するだけならすぐですけど、全てのガーゴイルを足止めするなら……たぶん二、三分はかかります」
躊躇う様にそう言う恵菜。その魔法は普通に発動しても効果範囲が狭く、満足にガーゴイルを足止めすることができないため、どうしてもイメージを固めるまでに時間が必要となる。そんな魔法を発動するまでの間、冒険者達にガーゴイルの相手をさせるのが申し訳ないと恵菜は思っていた。
だが、今までずっとガーゴイルと戦い続けてきたクレリアや他の冒険者からすれば、たったの二、三分でガーゴイルの足止めができるのだ。他に有効な手段が思いつかない以上、それを採用しない手はない。
「分かりました。では、私達でガーゴイルを止めて時間を稼ぐので、エナさんは魔法の準備をお願いできますか?」
「はい。任せてください」
「では、魔法の準備ができ次第、教えてくださいね」
もしこの方法が失敗すれば、全体の消耗度合はさらに増すことになる。そうなるとかなり絶望的な状況となることは間違いないのだが、クレリアは恵菜の言う事を信じて後衛全体に指示を出し始めた。
恵菜が頑張り過ぎているような気がしないでもない。
次話は三日後に更新予定です。




