異変
日が完全に昇り、正午に差し掛かろうかという頃、商人達は馬の休憩がてら軽めの昼食を取っていた。当然、その間は護衛をしている恵菜達も昼食時間となるのだが……
「うめー! なんだこりゃあ!?」
普段なら静かであるはずの時間に、突然ガンザの叫びが響く。その声は他の場所で護衛をしている冒険者達の耳にも届いたらしく、何事かとガンザ達がいる方に顔を向けている。
そんな大声の影響をモロに受ける事になったのは、ガンザから一番近くにいたケインスだ。ケインスはその大声を聞いて思わず顔を顰めている。
「おい、ガンザ。そんなに大声を出さなくてもいいだろ。鼓膜が破れるかと思ったぞ」
「悪ぃ悪ぃ、こんなもんが街の外で食えるなんて思ってなかったからつい、な」
「まったく……まあ、そうなるのは分からなくもないけどな」
ジト目でガンザを見るケインス。それでも、ガンザの行動に一定の理解を示し、それ以上責めようとはしなかった。
「ガンザと意見が合うなんて珍しいけど、たしかに美味しいわ、これ」
「ええ。今まで食べたことの無い味ですね」
「そ、そんな、大袈裟ですよ」
さらに、リアナとクレリアからも感嘆の声が漏れる。四人から美味しいという感想を聞いた恵菜は照れ笑いを浮かべていた。
四人が食べている物、それは恵菜が作った、一見すると何の変哲もないサンドイッチである。作った本人からすれば、持っていた食材の中から適当なものを選び、それをパンで挟んだだけの簡単なものだ。
しかし、何か狩りをしたのならまだしも、街の外で保存食以外の食事を取ることはめったにない。そのため、ここにいる恵菜以外の四人も朝、昼、晩の三食では、ずっと保存食ばかりを食べていた。
そんな日が何日か続いていたのだが、つい先程、恵菜の食べているものが保存食でないことにガンザが気付いた。とはいえ、食糧は街の外では貴重なものであり、自分達の手持ちの食糧にも困っていないことからねだるわけにもいかず、ガンザはずっと羨ましげにそれを見つめるだけに留めていた。
その視線を受け続けることになった恵菜は徐々に居心地が悪くなり、材料にも余裕があったことから全員にお裾分けすることにしたのだ。久しぶりの保存食以外の食べ物に、四人が喜ばないはずもなく、ガンザにいたっては喜びのあまり、両膝を地面に付いて両手を天に突き上げていたほどだ。
だが、それとは別に、四人が美味しいと評価する理由がもう一つあった。それは――
「この黄色っぽいものが良い感じに効いてるわね。何なのこれ?」
「ただのマヨネーズですけど……」
「「「「まよねーず?」」」」
そう、マヨネーズである。
この世界にはマヨネーズどころか、日本ではあって当然とでも言うべき調味料がほとんどない。塩などの最低限の調味料はあれど、ケチャップやマヨネーズといったものは皆無である。
恵菜も旅に持っていく食材を探している時にそれに気づき、どうすべきか悩んだ結果、とりあえず今手に入る材料でできるマヨネーズを作り、トランナを出発する前に収納袋へと保存しておいたのだ。
ちなみに、材料を混ぜる行程の際に楽できないかと思った恵菜は、一度だけ限りなく威力を落とした小型のサイクロンを使って混ぜてみようと試みたのだが、加減に失敗して材料を入れた器ごと切り刻んでしまっていたりする。その時は念のために街の外で試していたのだが、もし宿の部屋の中でやっていたのなら、恵菜は部屋の床をズタズタにしてしまっていただろう。
閑話休題。
そんな恵菜以外が見たことも聞いたこともないマヨネーズを使ったサンドイッチは、食べた全員から大好評だった。
「エナに料理の才能まであるなんて、お店でも開けば儲かるんじゃないの?」
「褒められるのは嬉しいですけど、私は冒険者ですから」
リアナの言葉に、一瞬だけ小さな料理店を営むことも脳裏にチラつく恵菜だったが、すぐにその考えを否定する。今は異世界旅を続けている最中なのだ。何か店を開いたとしても、店主の長期不在によって閉店することが多くなるだろう。
それに、恵菜はマヨネーズを開発したわけではなく、地球上では誰もが知っているものを、知っている作り方通りに作っただけだ。自らが見つけ出したものならばまだしも、誰かが作り上げたものでお金儲けをしようとは、恵菜は思えなかった。
恵菜にお店を開く気がないと分かったリアナは残念そうにしながらも、「まぁそうよね」と納得してサンドイッチを頬張る。
その後、全員がサンドイッチを完食(ガンザだけおかわりを要求)し、一息つく。
「いやー、トランナに来たのは無駄だったと思ってたけどよ、この依頼受けられただけで俺満足だわ」
「満足したのは依頼を受けられたことじゃなくて、さっきのサンドイッチ食べられたことでしょ」
「そうとも言う」
いつもなら喧嘩になる切っ掛けとなりかねないリアナの言葉を、ガンザは笑いながら肯定する。余程マヨネーズを使ったサンドイッチが気にいったようだ。「まったく……」と呟くリアナだったが、その顔にも少し笑顔が見える。
そのまま全員がしばらく余韻に浸っていると、止まっていた馬車が前方の方にあるものから順に進み始めた。どうやら、全体の休憩が終わって移動を再開したらしい。
「もう出発か。そういえばよ、もうそろそろランドベルサの近くまで来たんじゃねえのか?」
「うーん、俺達がトランナに来た時よりも少し移動速度が遅いからな……それでも、大分近づいているのは確かだろう。この辺の草がなくなって地面がむき出しになっている場所とかは見覚えがある。たぶん、このままの速度でも明日までには着くんじゃないか?」
ガンザに尋ねられたケインスが周囲を見渡し、自分達がいる今の場所と、トランナへ向かっていた時の光景を照らし合わせ、ランドベルサからどれくらいの位置にいるのかを推測する。
それを横で聞いていた恵菜は、新たなる街への期待感を徐々に膨らませていく。
(どんな街なのかな? 王都っていうぐらいだから大きい街なんだろうなぁ)
「エナ。だらしない顔になってるけど、大丈夫?」
「ふぇ!? そ、そんなに変でした?」
「変というより、何か嬉しそうな感じだったわね」
どうやら、恵菜の期待感はそのまま顔に現れていたらしい。ちょっとした気恥ずかしさからか、恵菜は軽く俯きながら顔を朱に染める。
「その、もう少しで新しい街に着くと思うと、楽しみになって……」
「あー、たしかにそれは嬉しくなるかー。あたしも新しい街に来ると嬉しくなるし」
「そうなんですか?」
「そうよ。だからそんなに恥ずかしがることなんてないわよ」
リアナの気遣いに励まされる恵菜は、未だに顔は赤いものの、顔を上げて前を向く。そのやり取りを後ろで見ていたクレリアはニコニコしているが、前を行くリアナと恵菜の二人は気づかなかった。
時折、今の様に軽く言葉を交わしながら進む一行。だが、突然目の前を進んでいた馬車が急停車し、それを見た全員の足が止まる。
「ん? 何だ?」
「商隊全体が止まっているな。前の方で何かあったのかもしれない。ちょっと確認してくるから待っていてくれ」
ケインスが一人、列の先頭へと原因の確認をしに行く。少しすると、ケインスが小走りになって戻ってきた。
「他の冒険者から話を聞いてきたが、先頭から二番目の馬車がぬかるみに嵌まって動けなくなっているらしい。ガンザ、一緒に抜け出す手伝いをしてくれないか?」
「それは別に構わねえけど、この道って舗装されてるんだろ? 何でそんなもんがあるんだ?」
「分からない。大雨の痕跡はないし、俺達がトランナに向かう時には何もなかったとすると、盗賊が罠を仕掛けた可能性が出てくるんだが……」
「こんな開けた場所で? でも、周りに隠れていられそうな場所なんてないわよ?」
「草むらがあるのならまだしも、地面がむき出しですからね。待ち伏せの場所としては最悪でしょう」
即座にケインス達のパーティ全員が、馬車がぬかるみに嵌まった原因について話し合いを始める。恵菜は特に何も思いつかなかったが、この辺は今までの冒険者としての経験の差が表れているのだろう。
「なら、たぶんどっかのアホがイタズラ目的で仕掛けたんじゃねぇか?」
「何のメリットがあってそんなことをするのかは分からないが、それが一番可能性としては高いのか……とにかく、今は馬車の脱出を優先し――っ!?」
ガンザを連れて馬車の救出に向かおうとしたケインスだったが、突然その場で足を止めて振り返る。しかし、ケインスだけでなく、そこにいた全員が変な気配を感じ取り、今まで移動してきた道の方を向いていた。
全員の視線の先にあったのは、道から外れた場所に点在するいくつもの人型の石像だった。それらは全て同じ形で、頭には角、背中にはコウモリに似た翼、手足には長い爪と、まさしく悪魔の様な姿をしている。
しかし、問題なのは石像の形ではない。
「……なあ。あんな石像、あそこにあったか?」
「あんな気色悪いもの見てないわよ」
「馬車から落ちた荷物にしては多過ぎる気がします……そもそも、落とした時に誰か気づきそうです」
「では、あの石像は一体どこから――」
ガンザの問い掛けにリアナと恵菜が答え、同じく見覚えのないクレリアが疑問の声を発しようとする。しかし、その答えはすぐに目の前で示されることになった。
突如、石像達の近くから禍々しい光が輝き始める。そして、その場を覆い隠すように禍々しい光が一瞬強く光ると、光が消えた場所には新たな石造が出現していた。
「おいおいおい、何だありゃあ!?」
「よく分かんないけど、結構ヤバそうよ!」
目の前で起きたあまりにも不可解な現象に、全員が驚愕の表情を浮かべる。だが、いつまでも戸惑っている様なことはせず、各々が即座に戦闘態勢を整える。
「こいつら、まさか……!」
ケインスが腰にある剣を抜いて正面に構えながらそう呟いた次の瞬間、全ての石像の目が光り出し、あろうことか動き始めた。石像にしてはあまりにも自然過ぎる動きは、もはや生き物の動きそのものだ。
「ガーゴイル!」
誰かがそう叫ぶと同時に、全てのガーゴイルが恵菜達に襲い掛かってきた。
※恵菜からサンドイッチをもらった時、ガンザはクレリアから怒られました。
次話は明日に更新予定です。




