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嵐の前の静かな朝

 ケインス達がギルドに居座り始めた次の日、冒険者としての仕事が休みの恵菜は朝から街の中を歩いていた。行先は恵菜が薬草採取の依頼を受けるきっかけとなった薬屋である。

 実は、恵菜は前日にギルドを出た後、そのまま薬屋へ行ってポーションの値下がり時期がいつ頃になりそうか尋ねようとしていた。だが、薬草をギルドに納品したばかりだったため、まだ薬草が薬屋に届いていない可能性があることや、薬屋も忙しい時間帯であったことから、恵菜は薬屋へ行くのを次の日に持ち越したのである。


 ちなみに、この世界にはスマートフォンやパソコン等といったものがなく、多くの人は夜更かしせずに眠って朝早くに目覚めるため、夜遅くまで営業している一部の店を除けば朝からほとんどの店が開く。そのため、この時間帯から店を尋ねても迷惑にはならない。

 恵菜はこの世界の住人ではないが、病院での規則正しい生活スタイルに慣れていたため、基本的には早寝早起きだ。偶に魔法や魔力制御の練習に夢中になってしまい、寝るのが遅くなることもあるにはあるのだが。


 閑話休題。


 目指している薬屋は宿からそう遠くない場所に位置しているため、恵菜はすぐに薬屋の前に到着する。

 恵菜が店の扉を開けると、扉の上部に付いた鈴が澄んだ音を鳴らし、客が来たことを店の主に告げる。豊富な種類の薬が陳列された棚の間を通り、恵菜がカウンターへ辿り着くと同時に、店の奥から薬師が顔を出した。


「いらっしゃい。何かお探し……おや、いつぞやの可愛らしい冒険者さんじゃないか」


 薬師は店に入ってきた人物が恵菜だと気付くと笑顔を浮かべる。恵菜が薬屋に来るのはこれで二回目なのだが、どうやら薬師は恵菜の事を覚えていたらしい。


「覚えていてくれたんですか?」


「人の顔を覚えるのは得意だからね」


 得意げな表情の薬師はさらに続ける。


「お客さんの信頼を得るには、まずお客さんの顔を覚えることから始まる。一回でも来たことがある人の顔は全員覚えてるさ」


「す、凄いですね」


 薬師の特技を聞いて素直に驚く恵菜。恵菜も物覚えは良い方なのだが、流石に今まで会った人の顔を全て覚えているかと言われればノーと答えるしかない。


「それに、薬草の依頼を受けてくれた冒険者のことを忘れるわけにはいかないよ」


「じゃあ薬草は……」


「ああ、昨日のうちにギルドから送られてきたよ」


 冒険者がギルドに納品したものは、基本的には納品した日の(うち)に依頼主の所へ送られる。時間帯によっては次の日になることもあるが、恵菜が納品した薬草は既に薬師の下へ届けられていた。


「いやー、助かったよ。依頼を出しても受けてくれる冒険者がいなかったし、薬草はもう底をついてたし……これはもう僕が自分で薬草を採りに行くしかないかなーって思ってたんだ」


「街の外は危ないですよ? 魔物も出ますし」


「うん、それは分かっているんだけどね……でも、それぐらい切羽詰ってたんだ」


 薬師が苦笑いを浮かべながら頬を掻く。


 薬は怪我をした人や病気の人がいなければ必要とならない。そして、この街で一番薬が必要となるのは、当然街の外へ行くことが多い冒険者だ。中でもポーションは、冒険者が購入する薬の中で最も売上げが大きく、それが作れない、売れないとなると薬屋にとっては大打撃である。


「ポーションが作れなくなると、僕だけじゃなくて冒険者も困るはずなんだけどね。このままの状況が続いていたらと思うと、正直肝が冷えるよ。君には感謝してもしきれない、本当にありがとう」


 どれ程経済的に苦しかったのだろうか。最大級の感謝と共に薬師が恵菜に頭を下げる。


「な、何も頭を下げなくても……私は依頼で薬草を採りに行っただけですよ? 報酬もちゃんと貰ってますから」


「たとえ依頼だったとしても、報酬を渡したとしてもだ。それが感謝をしない理由にはならないよ。本当は依頼の報酬以外にも何か渡したいぐらいなんだけど、さっき言った通り、僕もあまり余裕がなくて……」


「いえ、依頼の報酬と感謝の言葉だけで十分ですから!」


 申し訳なさそうな顔の薬師を見た恵菜は、フルンから爪を貰った時と同じ雰囲気を感じ取り、何かを受け取りそうになる前に必死に説得する。経済的余裕がないにもかかわらずに身を削ってまでお礼をされては、受け取るのも逆に気が引けるというものだ。


「そうかい? 君がそう言うなら、無理して押し付けるのも失礼かな」


 薬師が納得し、タダで物を貰う事を回避した恵菜はホッと胸を撫で下ろす。


「そういえば、今日はどうしてウチに来たんだい?」


 薬師に薬屋へ来た理由を尋ねられ、恵菜は本来の目的を思い出す。


「あ、そうでした。ポーションの値段が元に戻るのがいつ頃になるのか訊きに来たんです」


「そうだね……今作ってるポーションが四、五日で完成するから、それと同じぐらいかな」


 薬草が手に入ったからといって、ポーションはすぐに出来上がるわけではない。ポーションの作成には、薬草を乾燥させたり成分を抽出したりといった作業が必要となるため、完成するまでに少し時間がかかるのだ。


 だが、薬師の予想通り四、五日程度でポーションが値下がるのであれば、恵菜が十分待つことのできる許容範囲内だった。恵菜は値下がりまでトランナの滞在を引き延ばすことに決める。


「分かりました。とりあえず四日後にまた来ることにします。あと、これを買っていきますね」


 恵菜は近くの棚にある小瓶を二つ手に取り、金額丁度の銅貨二枚を薬師に渡す。流石に何も買わないまま店を出て行くのは申し訳ないと思ったようだ。


「毎度あり。でも、四日後に来てもらってポーションがまだ値下がってなかったら申し訳ないから、その時になったら僕の方から伝えに行こうか?」


「いいんですか?」


「これぐらいお安い御用さ。何もあげることができない代わりにね」


 薬師の提案に少々気が引ける恵菜だったが、薬師の方はやはりどうしてもお礼がしたいらしい。それに何か物を貰うわけでもなかったため、恵菜は薬師の言葉に甘えて、ポーションが値下がったら教えてもらうことにした。


「それじゃあ、お願いします」


「分かった。じゃあその時になったらギルドに伝えておくよ」


「ありがとうございます。それじゃあ、これで失礼しますね」


 薬師とポーションの値下がりを教えてもらう約束をした恵菜は、これ以上居座ってポーション作りの邪魔をするのも悪いと思い、そのまま薬屋を後にした。


小さな人助けと大きな感謝。


短めですが更新いたしました。

次話は三日後に更新予定です。

(最近は多忙なので更新ペースが落ちます。)

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