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事情説明

 つい最近までトランナを騒がせていたフェンリルという名前を聞いて、ヒルデは困惑の色を浮かべる。


「……ランドベルサに討伐依頼は出していないはずですが、そのお話はトランナに来てから……?」


「いや、トランナからランドベルサまでやって来た商人がそう言っていた。一応念のために、最近トランナから来たという他の人達にも聞いて廻ったんだが、大体は同じようにフェンリルの事を話してくれた」


 ケインスの言葉を聞いてヒルデは納得する。


 フェンリルが出没した際、ギルドは様々な制限を設けると同時に、街全体に情報を公開していた。下手に情報を隠して市民に不安を与えてしまうと、いつしかそれが不満へと変わり、果てには市民が暴動を起こしかねない。

 そういった事態を防ぐための情報公開だったのだが、不安に駆られた人達の一部がトランナから近くのランドベルサまで急いで避難し、それによって情報が思った以上に遠くまで広まってしまい、ランドベルサにいる冒険者の耳にまで届くことになったのである。


「フェンリルを討伐に来たのは分かった。だが、ギルドが討伐依頼を出していないにもかかわらず、お主らが討伐に来た理由は何だ?」


「フェンリルの素材が欲しいからよ」


 ヒルデの隣で会話を聞いていたグランが話に割り込み、今度はリアナがそれに答える。


「前々から素材が欲しいとは思ってたんだけど、素材一つだけでも結構な額じゃない? 討伐して手に入れようとしても、フェンリルの生息地まではかなり遠いから面倒だし。それで、どうしようかって考えてた時に、トランナの近くでフェンリルが出たって聞いたから、こうして討伐に来たってわけ」


「ふむ……だが、依頼も受けずに討伐しに来るなど、他の冒険者が討伐依頼を受けていたらどうするつもりだ?」


 魔物を狩ることは推奨されている行為であり、冒険者は依頼を受けなくても魔物を狩ることができる。だが、少数もしくは一体しか確認されていない魔物の場合は少し事情が変わってくる。


 例えば、特定の魔物の討伐依頼を受けた冒険者がいたとする。その冒険者が対象の魔物を狩る前に、他の冒険者がその魔物を狩ってしまうと、依頼を受けた冒険者が依頼を達成できなくなってしまう。

 もちろんそういった理由で依頼失敗になるという事はなく、ギルドは解決策を用意している。そのような事が起こってしまった場合、依頼は達成したものと見なされ、依頼達成の報酬は依頼を受けた冒険者のものとなり、討伐した魔物の素材は倒した冒険者のものになるとしている。


 だが、このギルドの取り決めによって問題が絶対に起きないというわけではない。


 ギルドのこの取り決めは、あくまで魔物を討伐した冒険者が討伐依頼の存在を知らなかった場合のみに限られる。ギルドの取り決め通り、依頼の報酬だけを貰って納得する冒険者もいれば、中には自分が先に依頼を受けていたのに、それを知っていながら後から魔物を横取りしたなどと物言いをつけ、報酬だけでなく素材も自分の物だと主張する冒険者も存在する。

 また、誰かが魔物の討伐に行った後に、その討伐依頼を受けて報酬だけ掠め取っていく冒険者も偶にいる。


 依頼を受けたのが先か、魔物を狩ったのが先か、どちらが正しいのかを判断するのは難しく、この問題が起きると毎回冒険者同士で喧嘩となってしまっている。

 必然、冒険者同士が揉めるのはギルドの中が多く、グランはその厄介事がここで引き起こされるのではないかと危惧していた。


「大丈夫よ、ランドベルサにフェンリル討伐依頼は出てなかったし。あと、ランドベルサのギルドにはあたし達が討伐に行くって言ってあるから、他の冒険者がランドベルサで依頼を受けることはないわ」


 だが、リアナ達も冒険者であるため、その事は当然知っているらしく、他の冒険者が依頼を受けられないように対処してきていた。


「もうトランナで依頼が出てて、他の冒険者が依頼を受けているならどうしようもないけど、トランナにフェンリルを討伐できる程の実力がある冒険者はいないはずよ」


「たしかに、トランナにフェンリル討伐依頼を受けられる冒険者はおらんな」


「でしょ! じゃあ、フェンリルの討伐依頼はまだ出てるはずよね?」


 リアナは自分達の予想が当たったことで上機嫌になり、フェンリルの討伐依頼の事をグランに尋ねる。


「いや、討伐依頼は出しておらんぞ」


「へ? なんで? もしかして討伐できる冒険者がいないからって、依頼を出すことすらしてないの?」


 リアナがグランを若干軽蔑するかのような目で見る。


 フェンリルは強力な力を持つことで知られており、街の近くに出たとなれば討伐依頼が出されない方がおかしい。

 それにもかかわらず、トランナのギルドが討伐依頼を出していないと聞き、リアナはこのギルドは何を考えているのかと思ったようだ。


「そうではない。もうフェンリルはおらんから、討伐依頼を出す必要がないのだ」


「……はぁ!?」


 討伐依頼が出ていない理由を聞いたリアナは、グランが何を言っているのか分からずに一瞬ポカンとした顔になるが、徐々にその内容を理解して思わず大きな声を上げる。リアナ程ではないが、ケインスも驚きを隠せないといった表情でグランに尋ねる。


「どういうことなんだ?」


「どうもこうも、言葉そのままの意味だが……」


「誰かに倒されたのか? それとも――」


「申し訳ありません、私が補足させていただきます」


 グランの説明があまりにも雑だったため、見かねたヒルデが会話に割り込んで詳細を説明し始める。


「まず、フェンリルが街の近くに出没したというのは事実です。トランナの東でフェンリルを見たという証言があり、ギルドは冒険者や街の住人に東へ行かないように制限をかけました。その後、トランナにフェンリルを討伐することが可能な冒険者がいなかったこともあり、ランドベルサのギルドへ討伐依頼を要請しようと――」


「ちょっと待ってよ、ランドベルサに討伐依頼なんて――」


「落ち着くんだリアナ、最後まで話を聞こう」


「……ごめん」


「すまない、続けてくれ」


「分かりました。それで、フェンリル討伐依頼を要請しようとしたのですが、その前に今度はフェンリルがいなくなったという情報が入ってきたのです」


「フェンリルが、いなくなった?」


“討伐された”ではなく“いなくなった”という言葉に、ケインス達は困惑する。


「はい。ギルドはその情報が真実かを確かめるため、冒険者に確認の依頼を出したのですが、情報通りフェンリルは見当たらなかったとのことでした。念のためトランナの周囲全域も調査したのですが、フェンリルが見つかったという報告はありません」


「死んだという可能性は?」


「もしフェンリルが死んだのであれば、街の周辺を調査した時に死体が見つかるはずです。ですが、どこを調査しても死体はおろか、牙の一本すら見つかりませんでした」


 その説明を聞いたケインスは、自らの推測があり得ない事だと理解する。


 フェンリルが死ぬ可能性がそもそも低いのだ。トランナ周辺には、フェンリルを殺すことができるような強さを持つ魔物や生物は生息しておらず、冒険者以外がフェンリルを殺すという可能性は限りなくゼロに近い。

 既に致命傷を負っていた、もしくは病気にかかっていたという可能性を考えたとしても、その様な状態で本来の生息地から遠く離れたこの場所まで移動してくるとは思えない。


 それに、何らかの原因で死んだとしても、その証拠が何一つ見つからないというのはおかしいのだ。

 他の魔物に食べられていたとしても、魔物にとって無価値な牙や骨までなくなるのはあり得ない。冒険者が持ち去ったという可能性もあるにはあるが、巨大なフェンリル一体を誰にも気づかれずに運ぶことは困難だ。


 他にも何か可能性がないか考えるケインスだったが、これといったものは何も思いつかず、フェンリルがいなくなったと納得せざるを得なくなっていた。


ヒルデさんが頑張り過ぎている気がする。


次話は早ければ明後日(遅くても三日後に)更新予定です。

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