無謀な試み
「……そんなの、納得いかないっ……!」
そんなケインスとは対称的に、リアナはフェンリルがいなくなったと信じることができなかった。リアナはワナワナと小さく震えながら、拳を固く握りしめる。
「いなくなったって言っても、それは探しても見つからなくなっただけなんでしょ! 誰かが討伐して素材を持って来たのなら分かるけど、どうしてギルドはいなくなったって断言できるのよ!?」
「仰る通り、ギルドに入ってきた情報には討伐されたという情報はなく、あくまでいなくなったという情報のみでした。討伐されたのであれば、討伐した冒険者から素材などを見せてもらえれば証明することが可能です。ですが、いなくなったということを証明することは難しいのです」
「だから、ギルドは状況証拠に頼るしかないのか」
ヒルデの説明からギルドの考えを察したケインスの言葉に、ヒルデが頷く。
「その通りです。街の周辺を調査してもフェンリルは見つからず、危険と思われた地域で調査員が襲われることもありませんでした。このことから、ギルドはフェンリルがいなくなったと判断したのです」
「安全だと断言することはできんが、逆に危険であるとも言えん。儂らがいつまでも見えない恐怖に縛られていては、ギルドや街の運営など簡単に停止してしまう」
「確かにな……」
「…………」
ヒルデとグランからギルド側の考えを聞いて、ケインスは納得し、リアナは少し俯きがちになって押し黙る。
だが、突然何かに気付いたかのようにリアナはガバッと顔を上げる。
「そうだ! そのフェンリルがいなくなったっていう情報を持ってきたのは誰なの!?」
フェンリルを見たという証言も、フェンリルがいなくなったという証言も、ギルドは誰かから聞いたに過ぎない。そのため、一番詳しく知っているのはその情報をもたらした人物ということになる。リアナはその人物に詳細を聞けば、何か分かるのではないかと考えたらしい。
「申し訳ありませんが、それについては私の方から答えることができません」
「なっ、何で!」
「許可もなくギルドが特定の方の情報を簡単に開示してしまっては、ギルドの信用にかかわるためです」
ギルドは依頼の場合を除き、依頼主や冒険者に関する情報を一切公開しない。個人の情報が知られてしまうと、それを利用した犯罪行為へと繋がりかねないためである。
今回の場合、リアナがフェンリルの情報をもたらした人物が誰かを知りたい理由は、フェンリルの事について詳しく聞きたいからであり、その人物を傷つけようなどとは微塵も思っていない。
だが、ギルド側からすれば、リアナが犯罪行為を絶対にしないと信用することはできないのだ。
「私は末端のギルド職員ですので、私個人の勝手な考えでギルドの方針を変えるわけにはいきません」
「それならギルド長に直接交渉するわ! ここのギルド長に会わせて!」
末端の職員で駄目なら、ギルドで一番偉いギルド長から許可を得ればいい。それに、ギルド長であれば、その権限で何とかしてくれるかもしれない。
そう考えたリアナがヒルデにギルド長の所在を確認すると、ヒルデは自分の真横にいる人物を横目で見る。
「それなら私の隣に――」
「ギルド長は儂だが……」
「へ?」
思わぬところにギルド長がいたことに、リアナは目を丸くする。
しかし、驚くのも無理はない。ギルド長というのはギルドで偉い存在であり、この様にカウンターで業務をする立場ではないのだ。
「あ、あなたがギルド長? 全然そうは見えなかったんだけど……ていうか、何でこんな場所にいるの?」
「……なぁヒルデよ、儂はそんなにギルド長らしくないのか?」
「どうでしょう? ご自分でご判断なさってください」
「…………」
ヒルデに素っ気なく返され、グランがカウンターの上に突っ伏す。もはやそこにギルド長の威厳など――元からあったかどうかは疑問だが――感じられない。
「ま、まぁ、あなたがギルド長なら話は早いわ。さっきの話を聞いてたでしょう? フェンリルがいなくなったっていう情報はどこから来たの?」
「……ヒルデが言っていた通りだ。ギルドは個人の情報を開示することはしていない」
机に突っ伏した状態のグランから、くぐもった声が聞こえてくる。
それを聞いてリアナはまたしても大声で抗議しそうになるが、何とか堪えて情報を引き出そうと試みる。
「それなら、その情報を持って来た人物が冒険者かどうかは?」
「答えられん」
「その人物が男か女かは?」
「答えられん」
「くっ……」
いくら質問を変えた所で、個人に関わる情報を尋ねているのであれば同じである。グランはその人物について何も答えず、リアナは悔しそうに歯噛みする。
「冒険者、だな」
だが、ケインスのその言葉を聞き、グランの体がピクリと動く。その反応をケインスとリアナは見逃さなかった。
「……当たりか」
「みたいね。でも、ケインスはどうして冒険者だって思ったの?」
「ギルドが制限をかけているのに、街の外へ出て行く人物なんて冒険者か兵士ぐらいしかいないだろうからな。どちらか片方を言ってみたら当たっただけだ」
要は適当に鎌をかけてみた結果、グランが見事にそれに引っかかったということだ。
グランは内心で失敗したと思っているだろうが、もはや後の祭りである。
「ふぅん……まぁいいわ。それより、その人物が冒険者っていうんなら、このギルドにいる他の冒険者を調べればいいだけよ! ケインスも一緒に聞き込みを――」
「ふん……尋ねた相手が本人なら別だが、それ以外の冒険者は何も知らないと思うがな」
早速行動しようとカウンターを離れかけていた二人に対して、グランが起き上がりながらそう言う。
「どういうこと?」
「フェンリルがいなくなったというのを直接本人から聞いたのは、儂とヒルデ以外にはおらん。それに、儂らはその人物について誰にも話しておらん。その人物の事を知っている冒険者は誰もおらんだろうな」
「……その人物が冒険者ってのは否定しないんだ?」
「……今更否定しても、認めるようなものだからな。だが、その人物についてそれ以上のことを言うつもりはない!」
図星だったのを見破られたグランは逆に開き直っている。それを見たヒルデが手を額に当てて呆れた顔をしているが、グランは気にしていないようだ。
「いいわ、それならあたしにも考えがあるわ」
「考え? 一体何をする気だ?」
リアナの不敵な笑みに不安を抱いたケインスが、眉を顰めながらリアナにその考えが何かを尋ねる。
「決まってるじゃない! ギルドに入ってくる冒険者全員に片っ端から尋ねるのよ! さっきギルド長が言ってたけど、本人以外が知らないっていうなら、本人に当たるまで聞き続ければいいのよ! どう!? 天才的な発想でしょ!」
「…………」
「…………」
「…………」
呆れてものも言えないとは、まさにこの事をいうのだろう。
あまりにも無謀な考えに、リアナ以外の三人全員がポカンとした顔になるが、リアナ自身は名案だと思っているらしく、得意げな表情をしている。
「そうと決まれば、ケインス! あたしと一緒に交代で見張り続けるわよ!」
「お、俺も付き合うのか?」
自分も付き合わされるとは思っていなかったのだろう。リアナの言っていることが冗談だと信じたいケインスは驚きながらリアナに確認するが、当の本人は至って本気だ。
「当然じゃない。女の子一人にずっとこんな事させるつもり?」
「いや、リアナが言い出したんだからリアナが――」
「一緒にやるわよね?」
「だから、俺は別に――」
「や・る・わ・よ・ね?」
いくらケインスが否定しようとしても、リアナがそれを遮る形で迫ってくる。リアナが段々と笑顔になっていくのも逆に怖さが感じられる。
「……分かった」
リアナの有無を言わせぬ勢いに、ついにケインスが折れた。
「流石ケインス! それじゃ、早速扉の近くの席に陣取るわよ!」
「……はぁ」
リアナに引きずられるように、ケインスが引っ張られていく。
「どうしてこんな目に……」
結局、リアナが起こした面倒事に付き合わされることになったケインスは、そう呟かずにはいられなかった。
ケインスは苦労人。
次話は明日更新予定です。




