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薬草集め

 フェンリルの出没騒動から数日経った頃、今日も恵菜は街の外へ出て依頼をこなしていた。しかし、恵菜が今受けている依頼は、いつものような魔物を倒す類のものではない。

 恵菜が今受けている依頼、それはポーションの材料となる薬草の採取だ。


 ポーションとは、服用することで体の自然治癒力を高めることができる薬である。街の外で怪我をした時や、周りに治癒の魔法を使える人がいない時に用いられることが多く、旅の必需品の一つでもある。

 魔法で怪我を治すことができる恵菜にとっては必要ない物に思えるかもしれないが、必要な時に必ず魔法が使えるとは限らないため、街の外へ出る時は非常用にいくつか持ち歩くようにしている。これもユーリエの教えによるものだ。


 そんなポーションだが、つい先日恵菜が補充しようと街の薬屋を訪れた際、以前に比べて若干値上がっていた。

 そろそろ新しい街へ旅立とうかと考えている恵菜にとって、ポーションの値上がりは無視できない問題だった。そこで、恵菜がポーションを売っている薬師に値上げの理由を尋ねてみたところ、ポーションの材料である薬草が不足していることが原因だった。


 そして、薬草の在庫が少なくなってしまった理由はフェンリル騒動にあった。


 薬草はトランナの東側に自生しているが、あの騒動で依頼に制限がかかったことで、その間薬草の供給が激減してしまったのだ。

 現在は制限が解除され、東へ向かう事も可能となっている。だが、ギルドへ依頼を出しても冒険者が依頼をほとんど受けてくれないらしい。

 依頼に制限がかけられたことでその数が減っていた間、トランナにいる全ての冒険者が受けられる程の数の依頼はギルドになかった。そのため、冒険者の中には依頼を受けることができず、一日の収入がゼロとなった者も少なからずいた。


 幸いなことに、東側の安全確認が早く終わったことで、冒険者の中に行き倒れが出る前に制限は解除された。しかし、依頼数が増加したまでは良かったのだが、金欠に陥った冒険者達は稼ぎの良い依頼ばかりを受けるようになってしまい、報酬の少ない薬草採取の依頼を受ける冒険者がいなくなってしまったのである。

 依頼を受けてくれる冒険者がいなければ、薬屋は薬草を手に入れることができない。薬草が無ければポーションを作ることができず、値上げに舵を切らざるを得ない。だが、値上がったポーションはあまり売れることがなく、薬屋の収入は減っていき、薬草採取依頼の報酬も多くは用意できなくなる。


 まさに悪循環だ。


 結果として、依頼制限が解除された後も薬草の供給は増えることがなく、未だにポーションは徐々に値上がりを続けている。

 薬師からその説明を聞いた恵菜は、ポーションがこれ以上値上がるのを防ぐために、こうして薬草採取の依頼を受けて薬草を集めている。ポーションが値上がると恵菜自身が困るというのも理由の一つなのだろうが、困っている人を助けたいという気持ちが恵菜を突き動かしていた。


「えっと……これぐらいでよかったかな?」


 しばらく薬草集めを黙々と行っていた結果、恵菜は依頼達成に必要な分の薬草を採取し終わる。在庫が不足しているという割には、依頼で指定された薬草の量は普通の袋一つ分だけだった。


 恵菜はいつも依頼の時に、必要と成り得るものであれば自分の分もついでに入手していくことが多いのだが、今回は自分用に採取することはなかった。恵菜がポーションの作り方を知らないというのもあるが、他の依頼と違って薬草採取依頼の場合は採取する際に規則があるというのが主な理由だ。


 ある程度成長した薬草であれば、それ一つで数本のポーションが作れるため、あまり多くの薬草は必要ない。また、薬草を乱獲してしまうと、薬草の自然繁殖が間に合わなくなり採取量が減少してしまう。乱獲を続けてしまえば、その地域に自生する薬草の絶滅へと繋がりかねない

 そのため、ギルドは薬草の群生地が消滅することを防ぐために、薬草採取の依頼では小さな薬草や必要量以上の採取を禁止しているのだ。ギルドに依頼を出す際には、規定を超えた量の薬草が要求されていないかチェックが入り、納品の際も小さな薬草を採りすぎていないか確認される。


「んー……っよし、街に戻りますか!」


 薬草を集め終えて、これ以上ここにいてもやる事がない恵菜は、大きく背伸びをした後にトランナへと戻る準備を始める。


「これでポーションが値下がるといいんだけど」


 ポーションが値下がれば、やっと次の街へと向かう準備ができる。フェンリルを追い払ったことで多額の報酬を受け取った恵菜からすれば、値上がったポーションを買ったところで大きな出費になるわけではない。

 だが、それは今回のように思わぬ報酬を得ることができた場合の話であり、いつも所持金に余裕があるとは限らない。変にお金の浪費癖をつけてしまうと、後々大変な事になりそうだと考えている恵菜は、大金が入ってもいつも通りの生活スタイルを貫くつもりだった。


「次の街はどんなところかな~?」


 ポーションが値下がって旅を再開した後の事を考えている恵菜の頭の中は、既に次の街のことで一杯だ。


 新しい発見に期待しつつトランナへと戻る恵菜は、いつもより上機嫌だった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 日が少し傾き夕方になろうかという頃、恵菜はトランナへと戻ってきた。


「お、もう帰ってきたのか嬢ちゃん」


 恵菜の姿に気づいた兵士が声をかけてくる。恵菜が初めてトランナに来た時に対応してくれた兵士だ。


「薬草を取りに行っただけでしたから」


「ここから薬草が生えている所までは少し離れているんだがな……まぁ嬢ちゃんにはあまり関係ないか」


 兵士はそれが当たり前の事であるかのように納得している。街を出てから長くても三日以内には目的を果たして帰ってくる恵菜の姿を何度も見てきた兵士からすれば、この程度の事はもはや驚くに値しないらしい。


「しかし、嬢ちゃんに冒険者としての素質があったとはな。初めて会った時は全然そう見えなかったぞ」


「……それ、褒めてるんですか?」


「当然だ。そんなに優秀なら兵士に勧誘すれば良かったと後悔しているぐらいだ」


 兵士が大仰な仕草で自らの後悔の念を表現する。嘘っぽく見えなくもないが、兵士の顔は本気で悔やんでいる表情をしていた。


「兵士になったら、ずっとこの街にいることになるじゃないですか。旅をすれば街を離れることになりますから、私に兵士は向いてませんよ」


「そういえば旅をしているのだったな。嬢ちゃんはこの街もそろそろ出るのか?」


「本当はもう少し早く出発しているはずだったんですけど、旅に必要なポーションが高かったので……今は値下がり待ちです」


「あー、ポーションは旅に必須だからなぁ……高いと手が出しづらいか。じゃあその薬草を採ってきた目的ってのは、ポーションの値下がりを促進するためか」


「そういうことです」


 兵士は街に常駐しているだけあって街の情勢に詳しいのか、ポーションが値上がっている事、その原因が薬草不足である事を知っていたらしい。


「もう次に行く街はどこにするか決めているのか?」


「特に決めてませんけど、ここから北へ向かってみようと考えてます」


 トランナはフリフォニア王国の南側にある街だ。ここから南は未開拓の森が広がり、東や西は小さな村があるだけだ。そのため、街を目指そうと思うなら消去法で北しかない。


「ここから北となると、一番近いのはランドベルサか」


 兵士の口から出てきたのは、恵菜がトランナに滞在している間に何度か聞いたことのある街の名前だった。


「ランドベルサ……この国の王都ですよね」


「その通りだ。フリフォニアの中心とでも言うべき街で、この国の中で一番デカい」


「そうなんですか!」


 デカい街と聞いた恵菜の目が若干輝く。

 大きな街、それも王都であるのなら多くの物や人が集まる。その分、新しい発見もたくさんあるのではないかと思うと、恵菜は王都へ行くのが楽しみで仕方なくなってきたようだ。


「決めました! 次の目的地はランドベルサにします!」


「そ、そうか。まぁ俺も別に止めはせんよ」


 若干興奮気味の恵菜を見た兵士が少し引いているが、恵菜はその事に気づいていなかった。


「じゃあ私は薬草をギルドに持っていきますね。これ、身分証明の冒険者カードです」


 恵菜は自分の冒険者カードを手に取り、透明だったカードに名前や冒険者ランクが浮かび上がる。


「よし、確認したぞ。毎回毎回悪いな」


「決まりですからね」


 何度も見たことのある者であれば、身分証明なしで通しても問題はなさそうに思えるかもしれない。だが、中には身分を偽って街へと侵入しようとする者もいるため、街の規則では毎回身分証明を行う決まりになっている。


「じゃあ私はこれで」


「ああ、またな嬢ちゃん」


 身分証明を終えた恵菜は、最後に兵士と簡単な挨拶を交わし、門を通って街へと入っていった。


ギルド職員だけでなく兵士にも生まれる恵菜基準。


次話は明日更新予定です。

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