ギルド職員の仕事
「さぁさぁ! 今日入ったばかりの蹴りウサギの肉だよー! 今日の夕飯を決めた人も決めてない人も見て行ってよー!」
「色んな武器や防具が揃ってるぜ! 装備の修理も安くしとくぞ!」
「丈夫で長持ち、そんなフォレストウルフの毛皮はいらんかー?」
トランナの中央通りを歩く恵菜の耳に、至る所から客寄せの声が入ってくる。
「大分、前と同じぐらいの活気になってきたのね」
フェンリル騒動の渦中にあった時は、トランナ全体が暗い雰囲気で覆われ、この中央通りも少し元気がなかった。いつフェンリルが街に近づいてくるか分からない恐怖に、トランナの住民達も怯えていたのだろう。それが今では賑やかな日常を取り戻していた。
しかし、全てが元通りというわけではないようだ。以前はポーションなどの薬を売っていた露店もあったのだが、薬草不足の影響か全然見当たらなくなっていた。
「……早く届けなくちゃ」
自分や薬屋のためだけでなく、街に活気を取り戻すために、恵菜は足早にギルドの方へと歩みを進める。
ギルドに到着した恵菜が中に入ると、冒険者が集まっている酒場の方からいつも通りの喧噪が恵菜を出迎える。
恵菜が初めてここに来た時は、ギルドの雰囲気に押されて帰ろうとしていた。今ではこの雰囲気にも慣れ、恵菜は怯えることなく真っ直ぐに依頼のカウンターの方へと向かう。
「あれ?」
恵菜は依頼の達成報告をするために、いつも通りヒルデがいるカウンターへ行くと、そこに意外な人物をいることに気付く。
「グランさん? どうしたんですか、こんなところで」
そこにはヒルデの隣でせっせと仕事をしているギルド長、グランの姿があった。
見慣れないというよりは場違いと言うべき存在がいることに、恵菜は気にせずにはいられなかった。
「人目に付く場所で、普段からギルド長らしく仕事していらっしゃるところを見せたいようです」
間髪入れずに、恵菜の疑問に答えたのはグランではなく、その隣にいたヒルデだ。丁寧な言い方をしてはいるが、少し言葉に棘を含んでいるような気がしなくもない。
「ふん、儂のことが信用ならんからと、ヒルデにここへ引っ張ってこられただけだ」
「そ、そうですか」
不貞腐れた様子のギルド長の説明を聞いて、恵菜は納得する。
多くの冒険者が来るカウンターで仕事をサボっていようものなら、瞬く間にギルド長としての評判は下がっていくだろう。もっとも、グランの隣にはヒルデが座っているため、仕事をサボるなんて心配はなさそうだが。
「全く、ここにいる全員がこいつのような鉄人じゃないというのにぃいいい!?」
「あらギルド長、どうなされたのですか、いきなり大声をあげるなんて。まだ仕事疲れが出る程働いていませんよ?」
何やら二人の足元で鈍い音が響き、グランが苦悶の表情で突っ伏し、軽く顔を上げてヒルデを睨む。だが、ヒルデはそんなギルド長を見てもどこ吹く風といった様子だ。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、足の小指をちょっとぶつけただけだ、問題ない……」
カウンターの奥側で何が起こっているのか分かっていない恵菜は、グランの異変を見て心配する。周りが全て敵と化しているグランにとって、本気で心配してくれる恵菜の存在は、今この場で唯一の癒しだった。
「ところで、エナさんは依頼の報告に来たのではありませんか?」
「あ、そうでした」
そんなグランの事などスルーして、ヒルデが恵菜にカウンターへ来た理由を確認する。
それを聞いた恵菜は依頼の達成報告がまだだったことを思い出し、依頼書と冒険者カードをヒルデへと渡す。
「薬草採取の依頼ですね。採取した薬草を納品していただけますか?」
ヒルデに従い、恵菜は薬草が入った袋をカウンターの上に置く。
「これで大丈夫ですか?」
「確認いたします……はい、薬草の成長具合、採取量共に指定された通りですので、依頼達成となります。こちらが報酬です」
ヒルデはそう言って依頼書に達成印を押し、報酬を恵菜へと渡す。
「それと、エナさんはこの依頼達成で冒険者ランクが上がります。凄いですよ、冒険者ランクが銅三となるのに一ヶ月もかからなかった冒険者はほとんどいません」
平凡な冒険者の依頼達成ペースは、銅一ランクの依頼達成が一、二日に一回、銅二ランクの依頼達成が四、五日に一回であり、銅三ランクに昇格するのに大体二ヶ月はかかる。
優秀な冒険者であれば依頼達成のペースも早いだろうが、それでも昇格までに一ヶ月以上を要する。そのため、恵菜の一ヶ月以内というペースは異常な程早いということになる。
「そうなんですか? あまり凄い事をしたって実感がないんですけど……」
だが、ヒルデに称賛されても、恵菜はそれがどれ程凄い事なのか分かっていなかった。首を傾げる恵菜を見て、ヒルデがガクッと項垂れる。
「な、なにはともあれ、銅三ランクへの昇格おめでとうございます」
「ありがとうございます」
ヒルデから冒険者カードを受け取った恵菜は、カードに表示された内容を確認する。今まで表示されていた銅色の星が二つから三つになっていた。
「ランクが銅三の依頼って何があるんですか?」
「そうですね……この街で受けられる依頼の中から最も一般的なものですと、やはりこの街と王都間の護衛依頼でしょうか」
護衛依頼とは、目的地に到着するまでの間、依頼主を外敵の脅威から守る依頼である。トランナとランドベルサの間は多くの人が行き交うため、道中の護衛依頼は毎日と言っていい程張り出されている。
護衛依頼のランクは常に固定というわけではなく、出発地から目的地までの距離、道中の危険度によって変化する。
また、どんなに目的地までの距離が近く安全であっても、街の外へ行く場合はいつどこで魔物に襲われるか分からない。魔物だけではなく、盗賊などといった悪人が襲ってくる場合もある。
そのため、護衛依頼の最低ランクは、世間的にそこそこの実力があるとされる銅三ランクとなっている。
「討伐依頼や納品依頼と違って、護衛依頼は失敗すれば依頼主に甚大な被害が出てしまいます。何の被害もなく終わるという事はほとんどなく、最悪の場合は依頼主の死ということも考えられます」
大袈裟に聞こえるかもしれないが、ヒルデの言っていることは冗談などではない。
護衛依頼に失敗するということは、同伴している依頼主やその連れが襲われるということだ。荷を奪われるだけで済めばいいが、相手が魔物の場合は荷物よりも人が襲われてしまい、相手が盗賊であれば男は殺され、女や子供は攫われる。
護衛依頼を失敗した例は今までにいくつもあるが、その大半で護衛や依頼主が死亡、もしくは行方不明となっている。
「ですので、護衛となった冒険者の責任は重いのです。信用が足りていないとギルド側が判断すれば、たとえ冒険者ランクが護衛依頼のランクより高かったとしても、護衛依頼を受注することはできません」
「そんな依頼、私が受けても大丈夫なんですか?」
ヒルデの説明を聞いて不安になってきたのか、恵菜が自分に資格があるのかどうかをおずおずと尋ねる。
「エナさんの場合、銅三ランクになったばかりとはいえ未だに依頼の失敗はなく、実力もフェンリルを退けたことで保障されています。護衛依頼を受けることに何の問題もありませんよ」
「ランクが上がるにつれて、依頼の難易度が上がるのは当然のこと。だがな、エナは今のランク以上の実力を持っていると儂は思っている。もっと自分に自信を持ってみたらどうだ?」
そんな恵菜の不安を吹き飛ばすように、ヒルデだけでなくグランまでもが恵菜を諭す。
「ギルド長がギルド長らしい事をするなんて……一体どうなされたのですか?」
「……ヒルデよ、お前何か言っていることがおかしくないか?」
「そう仰られましても、今までの前科がありますから……」
「前科とは何だ、前科とは。大体な――」
「……ぷっ、ふふふ……」
突如始まったヒルデとグランの漫才染みたやり取りを見て、恵菜が堪えきれずに笑い出す。
「す、すみません、ヒルデさんとグランさんの会話が面白くて、つい……」
笑ってしまった事を謝る恵菜だが、未だに収まっていないのか、若干俯いて笑いを堪えている。
「……どうやら元気は出たようだな」
「そのようですね」
笑っている時の恵菜の表情には、先程までの不安は欠片も見当たらなかった。ヒルデとグランは、いつもの元気な恵菜に戻ったのだろうと感じて一先ず安堵する。
依頼を受けて失敗する。受ける前から自分には無理だと諦める。ランクが上がった冒険者によく見られがちだが、恵菜のように途中で自信を失う冒険者は多い。冒険者のサポートを行うギルド職員にとって、そんな冒険者達のケアも重要な仕事なのだ。
少しして恵菜も笑いが収まってきたらしく、いつも通りの顔つきに戻ってきていた。
「落ち着かれましたか?」
「はい。元気をつけてもらって、ありがとうございました」
「お気になさらず。冒険者の自信を取り戻させることも、私達ギルド職員の仕事の一つですから」
ヒルデの言葉を聞いて、グランもうんうんと頷いている。普段から何人もの冒険者を見てきているヒルデやグランからすれば、これぐらいのことはどうってことはないのだろう。
だが、元気を取り戻したはずの恵菜は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべる。
「でも、今は護衛依頼を受けるのはやめておきます」
「……珍しいですね」
恵菜が依頼を受けるのを自重したことに、ヒルデは驚きを隠せない。
いつもならヒルデの方から言わない限り、新しい依頼であれば恵菜は一日と空けずにその依頼を受けていく。そのため、ヒルデは恵菜が依頼を受けないと言ったことが信じられないようだ。
「そろそろ次の街、ランドベルサに行こうと考えてたので、出発する時についでに護衛依頼を受けて行こうかなと思いまして」
「もしかして、ランドベルサを拠点に活動する予定だったのですか?」
「どこかの街を拠点にすることは全然考えてません。ただ、私は色々な街を廻って世界を見てみたいんです」
「……そうか、エナが冒険者になった理由は旅先で一々働き口を探さなくてもいいからか」
恵菜の考えを察したグランが一人納得する。グランの言ったことは間違っていないため、恵菜も否定はしない。
「そうだったのですね。出発の日はもう決まっているのでしょうか?」
「明確な日までは決めてないですけど、ポーションが値下がる頃にしようと思ってます」
「結構曖昧なのですね……すぐに値下がるか分かりませんよ?」
「うーん、全然値下がらないようなら待たずに出発しちゃいそうですね」
薬草の納品は完了したが、ギルドから薬屋へ薬草が渡ってポーションが値下がるまで、どれくらいの日数が必要となるのかは不明だ。
恵菜は一度薬屋に確認しに行くつもりだが、もし今の値段が長い間そのままであるなら、滞在費なども考慮して早めに街を出ようと考えていた。
「とりあえず、護衛依頼は出発日が決まってからにします」
「分かりました」
「それで、他の依頼なんですけど――」
「エナさん、最近休んだのはいつでしたか?」
「……明後日にします」
明日用の依頼を受けようと考えていた恵菜は、ヒルデの笑顔を見て明後日に変更する。それを見たグランはやれやれと首を振るのだった。
グランさん頑張って。
次話は明後日更新予定です。
誤字を修正しました。(2017/5/7)




