思わぬ相手との再開
「フルン? えっ、本当にフルンなの?」
『いかにも。しかし、その自信の無さはどうした? 我の事を忘れたのか?』
「いや、フルンのことは覚えているんだけど……あなた、そんなに大きかったっけ?」
恵菜が記憶している限り、フルンと名付けたフェンリルは、自分より一回り大きいぐらいのサイズだったはず。
だが、目の前のフェンリルは、その時よりもさらに一回り……いや、二回り以上はデカい。
少し見上げるような格好にならなければ視線を合わせられず、上に恵菜が乗り横になっても余裕があるぐらいの大きさがあった。
『あれから少々時間が経っているからな。成長ぐらいする』
「成長って、フェンリルはそれぐらいになるのが普通なの?」
『全てのフェンリルがそうかと言われれば、それは違うな。ここまで大きくなるのは、王になったものだけだ』
「王? もしかして、フルンが?」
『ああ。なろうとしてなったわけではないがな』
誇ろうともせず、淡々とフルンが肯定する。
しかし、恵菜にとっては驚くに値する事であった。
フェンリルの中に王という存在がいること自体も初耳だが、その座に就くのが知り合いだとは思いもしなかったからだ。
フルンが言うには、気づいたらなっていた、といった感じだが、王というからには簡単になれるものではないだろう。
森で出会ってから二年以上経っているとはいえ、その期間でフェンリルの王にまで昇り詰められるものなのだろうか。
「そんな簡単に――へくちっ!」
疑問を言葉にしようとした恵菜だったが、自らのくしゃみがそれを阻んだ。
そして、自分がどういった格好をしていたかを思い出す。
「ね、ねえ、フルン。一度離れておきながら申し訳ないんだけど、もう一回傍にくっつかせてもらえない……?」
恥を承知で恵菜が頼む。
フェンリルの王を相手にする頼み事にしては情けない限りだが、幸いにもフルンはあまり気にしていなさそうだった。
『一時的に体を動かしたかっただけなのだろう? 別に構わん』
そう言って、フルンはその場に伏せるように体を地面に下ろす。
何か勘違いしているようではあったが、そのまま勘違いしてもらっている方が良さそうだ。
恵菜はそう判断し、「あ、ありがとう」と感謝だけして、フルンの体に身を寄せる。
そうすると、さっきまで感じていた寒さが一気に和らいだ。
「さ、寒かった……」
『毛が無いのは不便そうだな』
「今だけはフルンの毛が羨ましいかも……。ところで、ここはどこで、私は何でここにいるの? フルンは何か知ってる?」
フルンのことも気にはなる。
が、それよりも自分がどういう状況にあるのか、まずそれを理解するのが先だ。
ここに来るまでの記憶が一切無い恵菜がその記憶を補完するには、誰かに教えてもらう他無い。
『我も全てを知っているわけではない。知っているのは、貴様がここに運ばれてきてからの事だけだ』
「私が運ばれてきた? 誰がそんなことを?」
『ドラゴン、それと水の大精霊様だ』
それを聞いて恵菜が驚く。
ドラゴンがいたこともそうだが、もう一つの事実に気づいたからだ。
「大精霊『様』? まさか、あなたも水の大精霊の眷属なの?」
『そうだ。その大精霊様から頼まれたのだ。貴様が目を覚ますまで、ここで守ってほしいと』
大精霊と眷属の主従関係がどうなっているのかは、ドラゴンと水華のやり取りを見た故に、恵菜も理解している。
それと同じであれば、フルンも水華からの頼みは断れなかったことだろう。
『ここまで運ばれてきた経緯、それについては我も知らん。大精霊様かドラゴンに聞け』
「うん、分かったよ。じゃあ、私がここに来てからの事を教えてくれる?」
『あまり詳しく話せるほどの内容でもないぞ。魔力がほとんど空だった貴様に魔力を渡しつつ、起きるまで様子を見ていただけだ』
「魔力を渡す? フルンってそんな事も出来るの?」
『当然だ。魔力の扱いは得意だからな。大雑把なドラゴンには難しかっただろうが』
何故か妙な対抗心を見せるフルン。
ドラゴンとフェンリルの間に因縁でもあるのだろうか。
恵菜は少々気になったが、話の本質から外れそうだったので、今はおいておくことにした。
「そっか。そうなると、フルンはあまり詳しいことは知らないみたいね」
『期待に答えられなかったようで悪かったな』
「ううん、いいの。まあ、せめて服がどこに行ったのか分かれば良かったんだけどね」
『貴様が身に着けていたヒラヒラした物か? それなら我が引き裂いたが』
「……ごめん、もう一回言って?」
きっと聞き間違いだろう。
そう信じて恵菜は聞き返した。
それに対し、フルンは悪びれることなく答える。
『我が引き裂いた』
「何で!?」
驚き、怒り、悲しみといったいくつもの感情のブレンドが恵菜の心を渦巻く。
何故そんな事になったのか、理解ができない恵菜はフルンの次の言葉を待った。
『そんなもの、邪魔だったからだが』
「ねえ、フルン。あなた、そんなに痛い思いをしたいの?」
納得のいく理由があるのかと思っていた恵菜の表情は笑顔だ。
しかし、その手は拳の形に握りしめられている。
『おい、やめろ。今の貴様に殴られれば我でも危ない』
「だったら、もう少し納得しやすい理由を教えてくれる? もし無ければ潔く殴られて」
『言っただろう。邪魔だったからだ。魔力を渡すには、貴様の身と我が直接触れている必要がある。あのヒラヒラはその邪魔でしかなかった故に、貴様の身から剥がす必要があった』
どうせ人間からすれば納得のいかない謎の理由でも述べるのだろう。
そう思っていた恵菜だったのだが、想像以上に理にかなった説明をされ、振り上げていた拳を宙に彷徨わせる。
「それ、本当なのよね?」
『本当だ』
「だとしても、普通に脱がすっていう選択肢はなかったの?」
『人間の作ったものはよく分からん。それに、我もそこまで器用ではない』
人間とは根本的に体の構造が違うのだ。
いくら高い知能を有しているフェンリルといえど、人が見に付ける服を傷つけずに脱がすのは難しかったのだろう。
「…………まあ、そういうことなら」
納得したくはなかったが、特に非難する理由も見つからない。
恵菜は自分に言い聞かせて心を落ち着けると、ふと思い立ったことを口にする。
「そうだ。破いた服はどこにいったの? まだあるなら返してほしいんだけど」
今までも服に切り傷が付いたり穴が空いたりしたことはあったが、それらは全て直して使ってこられた。
ただ、今は裁縫道具等も一切持っていないため、完全に直すことはできない。
それでも、損傷の程度によっては、道具無しでもそれを誤魔化すことができるかもしれない。
そんな期待を持ちながら、恵菜はフルンに問う。
『ああ。それなら、この辺りにあったはずだが……これだ』
フルンは少し首を伸ばし、洞窟の端の地面にあった何かを咥えてから、恵菜の近くにポトリと落とした。
それは恵菜が着ていたローブ……の残骸だった。あちこち破れて複数のパーツに分離してしまっている。
どう考えても簡単に修復できるような状態ではない。そう判断して恵菜はガックリと項垂れた。
『そこまで大切な物だったのか?』
「大切、というのもあるんだけど……このままだと、どこにも行けそうにないのが辛いかも」
ローブはユーリエから貰った思い出の品であるため、それがズタボロになっているのは正直悲しい。
だが、そんなことよりも今着る服が無いことの方が深刻だ。
魔法で寒さ対策ができる以上、気温の方は大きな問題にならない。
しかし、人里に降りるとなったら、流石に裸のままというわけにはいかない。
色々と事情があってそんなことになっているのだが、いくら説明をしようとも、変な噂が立つことは間違いないだろう。
それ以前に、今の恰好で人前に出るという勇気は恵菜には無い。
「せめて、何か別の服があればいいんだけど……」
『それと同じ物でなくても良いのなら、この奥に何かあると思うぞ。我には不要な物だから、好きに持っていけ』
フルンはそう言って、洞窟の奥にふいっと鼻を向ける。
恵菜は首を傾げつつも、フルンにくっついた状態で洞窟の奥が見える位置まで移動する。
そうして洞窟の奥に視線を向けると、そこにはいくつもの武器や鎧といった装備品の数々が積まれていた。
あの中を探せば、恵菜でも着れそうな物が何かあるかもしれない。
「確かに色々ありそう。でも、あれは一体どうしたの?」
『我らフェンリルを狩りに来た愚か者から剥ぎ取った物だ。あれは食えんからな』
そう言われて恵菜は何とも言えない気持ちになる。
要は、あそこに積まれた装備品達は、フェンリル討伐に失敗した冒険者や兵士の遺品ということだ。
それを自由に持っていって良いと言われても、あまり気乗りしないのは仕方のないことだろう。
しかし、代案が何もない以上、あの中から着る物を探すしかない。
少し悩む恵菜だったが、自分の中で結論を出し、遺品に向かって手を合わせる。
「……ごめんなさい。あとで返しに来るので、使わせてください」
今は亡き者達へ祈った後、彼女は自分が着れそうな物が無いか探し始めた。
フルンの毛皮、温かそう。




