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新たな魔法

『教えてほしい事? 年か?』


「違うわよ、あなたの使っていた魔法についてよ」


 恵菜の脳裏に浮かんでいたのは、フェンリルの尻尾で薙ぎ払われる原因となった足元の凍結。


『魔法? 飛び掛かる前に凍らせたアレか?』


「うん、私も魔法は結構使える方だと思うんだけど、氷の魔法なんて聞いたことがなかったから気になったの」


『構わんが、そんなことで良いのか?』


「むしろそれがいいの」


 恵菜が使える魔法は、ユーリエから直接教わったものか、ユーリエの家にあった本で得たものしかない。


 その中には氷の魔法に関するものは一切なく、そもそも魔法の属性に氷など存在しない。

 それなのに、フェンリルは氷の魔法を使うことができる。


 恵菜はその事が不思議でならなかったのだ。


『分かった、ならば教えよう。と言っても、やっていることは単純だがな』


「そうなの?」


 フェンリルの口振りからして氷魔法の難易度はそれ程難しくないらしく、恵菜は拍子抜けする。

 今までに見たことのない魔法だったため、てっきり高位の魔法だと思っていたのだ。


『さっきのは水を呼び出して凍らせただけだ』


「……その凍らせるっていうのが難しそう」


『水は寒い場所だと凍るだろう? 水が氷へと変わっていく過程を思い浮かべればいい』


 フェンリルの説明を聞き、恵菜は納得する。要は詠唱省略や無詠唱の時と同じく、氷魔法もイメージが重要なのだ。


 詠唱はイメージのほとんどを補ってくれる代わりに、融通が利きづらい。


 詠唱を使わずに魔法を発動した場合、弾道、弾速、威力といったものをイメージで変化させることができる。


 その一方で、詠唱して発動した魔法の場合、それらは少し差が出ることもあるが毎回ほぼ一定となる。


 つまり、詠唱による魔法は良い意味で捉えれば安定している、悪い意味で捉えれば発展しづらいといった特徴があるのだ。


「分かった、やってみるね」


 フェンリルが種明かししてくれたおかげで、恵菜は氷魔法が水魔法の派生であると推測する。


 水魔法ならば自分でも使えるので、恵菜は氷の魔法が使えるのか実験するために、フェンリルに言われた通り、水が氷に変わる過程をイメージしていく。


 イメージが完了し魔法を発動させると、恵菜の目の前に水たまりが出現し、その後一瞬で氷が張る。


「本当だ。結構簡単にできるのね、これ」


『……おい、確かに単純だとは言ったが、人間はそんなに早く習得できるものなのか? いや、それよりも、今の魔法は我より早く氷ができていた気がするぞ』


 氷の魔法が呆気なく成功したことに、恵菜は安堵の表情を、フェンリルは驚愕の表情をそれぞれ浮かべる。


「あなたの言った通り、水が氷に変わるのを思い描いただけだけど?」


『ならば、何故あれ程までの差が……』


 フェンリルと恵菜の魔法に差が出たのは、水から氷へと変化するイメージが異なっていたからだ。魔法を発動する際、イメージが強くはっきりとしている程、魔法の効果に強く影響する。


 フェンリルの場合、水は寒い場所で氷に変化するという漠然としたイメージだった。これでも氷に変化するのだが、如何せんイメージが弱く、水から氷になるまでに時間がかかってしまう。


 しかし、恵菜のイメージはフェンリルのような経験則からなるものではなく、もっと直接的なイメージだ。


 水が氷に変わるのは、水分子の振動が収まる、つまり水の温度が下がることで起こる現象。学校の理科で習うこの知識を想像した恵菜の魔法はフェンリルのイメージを上回り、結果として早く氷を生み出せたのだ。


「でも、氷魔法って結構応用が利きそう」


 そう言って恵菜は水魔法を発動しては氷に変えるということを繰り返し始めた。


 宙に浮かんだ水の球が氷の球へと変化して地面に落ちて砕け、水の弾丸は飛んでいる最中に氷へと変化して地面を穿つ。


『……お前、本当に人間か?』


 水の槍が氷の槍となって遠くへ飛んでいくのを見送り、思わずフェンリルが口を開く。


「どこからどう見ても人でしょう?」


『人間の皮を被った化け物にしか見えん』


「あ、ひどい」


 フェンリルと話しながらも魔法の試し撃ちをしていた恵菜だったが、中級までの水魔法が全て氷魔法へと変化するのを確認して満足したのか、実験をそこまでにしてフェンリルの方を見る。


「ありがとう、おかげでまた少し成長できたわ」


『それ以上強くなる必要があったのか?』


「強くなる事より、知らない事を知ることの方が私にとって重要なの。強くなるのは、あくまで副次的なものよ」


『……まぁ、お前の役に立つことができたのなら良しとしよう』


 色々と思い悩むところがあるように見えるフェンリルだが、どうやら恵菜について理解することを諦めたようだ。


「さて、あなたに魔法も教えてもらったことだし、今度は私が頑張らなきゃね。もう山に送る準備を始めても大丈夫?」


『あぁ、特に持っていく物もないからな』


「分かった。じゃあ今から魔法陣を作るね」


 フェンリルに確認を取り、早速恵菜は魔法陣を地面に書き始める。


 転移の魔法陣は複雑な術式を必要とするため、一般的な魔術師よりも作成スピードが早い恵菜であっても完成させるまでに時間がかかる。一つでも発動できる改良型の魔法陣であれば尚更だ。


『完成するまではどれぐらいになりそうだ?』


「んー、二、三時間ってところかなー」


『それならばここから出してくれんか? ジッとしているよりも近くで体を動かしていたい』


 恵菜がフェンリルの方を見ると、フェンリルは前足で見えない壁を(つつ)いている。


「……出した途端、私を襲いに来ないでしょうね? もしそうなら、今度は手加減なしだから」


『するわけがなかろう。そんなことをすれば、我が帰るまでの時間が延びる。そもそも、お前ともう一度戦って生きていられる自信がない』


「そ、じゃあ出してあげる」


 恵菜は魔法陣の作成を一時中断し、フェンリルの足元に書かれた魔法陣の効果を消す。


 念のため、フェンリルの挙動に注意を払っていたが、フェンリルは大きく伸びをするだけで襲ってくる気配は皆無だった。


『さて、少しその辺を歩いてくるか』


「人がいても襲わないでよ? 面倒な事は出来るだけ避けるようにね」


『分かっている』


 少し煩わしそうにフェンリルはそう言って、林の中へと歩いて行く。


「さて、それじゃあ続き、続きっと」


 フェンリルの姿が見えなくなってから、恵菜は途中だった魔法陣の作成を再開する。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 恵菜の予想通り、魔法陣は二時間程で完成し、フェンリルもそれに合わせたかのように戻ってきた。


「魔法陣できたよ」


『これを使えば、我は山へ帰れるのか?』


「そのはず」


 恵菜は完成した魔法陣に魔力を流し込む。起動した魔法陣は淡い黄色に輝き始めた。


「この魔法陣は一方通行だから、間違えてもやり直しはできないからね。あなたが戻りたい場所をしっかり思い浮かべながら、その魔法陣に入って」


『分かった。ところでお前、名前は何という?』


「そういえば、まだ名前は言ってなかったんだっけ」


 初対面では名乗る暇もなく戦闘になり、今まで名前を言っていないことを忘れていた恵菜は、改めて自分の名前を告げる。


「私は霜月恵菜、恵菜でいいよ。あなたに名前はないの?」


『我はフルン、仲間からはそう呼ばれている。エナよ、我の誤解で迷惑を掛けたことを許してほしい』


「最初に襲われた時は驚いたけど、もう気にしてないから大丈夫」


『すまない。そして、我に対してここまでの事をしてくれたこと、非常に感謝している』


「私こそ、新しい魔法を教えてくれてありがとう」


 フェンリル改めフルンが転移する前に、お互いが相手に感謝の意を伝える。


 面と向かって言うのが気恥ずかしかったのか、フルンはすぐに視線を恵菜から外す。


『それだけで許してもらうのは、我に都合が良すぎる気もするのだが……そうだな』


 何かを思いついたフェンリルは、自らの前足に生えている一番長い爪に噛みつく。


「ちょ、ちょっと、何してるの?」


 フルンが取った突然の奇行に恵菜が驚くが、それを無視してフルンは自らの爪を折ってしまった。


『エナ、お前にこれを渡そう』


 そう言ってフルンは咥えた爪を恵菜に差し出す。


「渡すって……私はあなたから何かを欲しがってはいないんだけど?」


『分かっている。だが、魔法を教えただけでは我の気が済まぬ。感謝と謝罪の気持ちとして、受け取ってほしい』


「……分かった、じゃあ貰っておくね」


 フルンにそこまで言われてしまえば、流石に恵菜も断りづらい。


 恵菜はフルンの口元に手を差し出し、フルンはその上に爪を落とす。


 恵菜が受け取った爪の大きさは、恵菜の手の中指から手首までの長さがあった。


「でも、本当に貰っていいの?」


 フェンリルの爪は丈夫で鋭く、魔力に順応しやすい素材である。


 魔力を流すことで更に頑丈になるそれは、槍や杖といった武器の一部として用いられることもあれば、防具や装飾品にも採用されることもあり、フェンリルの素材の中でも使い道が多いものだ。


 恵菜はその価値を理解していないが、武器の一つでもある爪がフェンリルにとって大事なものであることは用意に推測できていた。


『命に比べれば、爪の一つなど安いものだ。しばらくすれば、また伸びてくるからな』


「そっか。ありがとう、大事にするからね」


 フルンに感謝しながら、恵菜は爪を収納袋に入れる。


『……では、そろそろ行くとしよう』


 やるべきことも済んだフルンは、光り続けている魔法陣の方へ移動し始める。


「人との争いがなくなるといいわね」


『それは厳しいだろう。だが、減らすことはできる、そうだろう?』


「あなた次第ね」


『ふっ、そうだな』


 苦笑いするような表情で、フルンは魔法陣の前まで歩いていく。


『ではさらばだ、人間の域を超えた魔術師よ。我はお前のことを忘れぬだろう』


「それじゃあね。また会うことがあっても今度は襲わないでよ?」


『善処する』


 最後まで軽口を叩きあいながら、フルンは魔法陣の中へと入る。


 すると、魔法陣が強い輝きを放ち、フルンがその光に包み込まれる。その光が収まる頃には、もうフルンの姿はそこになかった。

もはや人以外からも人外認定される恵菜。(仕方ないよね)


次話は明日更新予定です。


行間を調整しました。(2023/7/2)

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