表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/273

生きること

 フェンリルとの戦いの後、恵菜がやるべきことをしている間に、すっかりと日は落ちてしまった。今はフェンリルに襲われる前にやろうとしていた夕食作りの真っ最中である。


『……む、ここは……』


「あ、気が付いた?」


『貴様……何をしている?』


「ん? 食事の準備だけど」


『……さっきまで戦っていた相手を前に、呑気に食事の準備か』


「さっきはさっき、今は今。私はやるべきことをやってるだけよ。あと、また襲い掛かろうとしても無駄だからね」


 そう言いながら恵菜はフェンリルの足元を指さす。


 フェンリルも指を追って足元を確認すると、二重に書かれた円の中心に自分がいる事に気づく。内側の円と外側の円の間には古代語で何やら書かれているが、内側の円内には何も書かれていない。


 だが、よく見ると円の縁から透明な壁が上に延びており、フェンリルが円の外側へと出ようにも壁に阻まれる。


『これは――』


「そう、魔法陣であなたが円の内側から出られないようにしてあるわ」


 フェンリルとの戦いの後、真っ先に恵菜が取りかかったのがこの魔法陣の作成だ。


 フェンリルが目を覚まして、話を聞いてくれるようになっているのならば何も問題はない。しかし、どこにもそんな保証はなく、最悪の場合は問答無用で第二ラウンドに突入しかねないため、何かしらの対処が必要だった。


 恵菜はまたシャドウバインドで動けないようにしようかと考えたが、魔力が逐次消費されていくため、いつ起きるか分からないフェンリルを拘束するのには向いていない。


 そこで、恵菜は捕縛の魔法陣を使い、魔法陣の中からフェンリルが出られないようにしたのである。


 ちなみに、フェンリルが負っていた怪我は、魔法陣に閉じ込める前に恵菜が魔法で治している。


『……何故だ?』


「目を覚ましてまた襲ってこられても困るからよ」


『そうではない』


 フェンリルの疑問に正直に答える恵菜だったが、フェンリルの質問の意図に噛み合わなかったらしく、フェンリルはさらに続ける。


『何故我を殺さぬのだ。よく覚えてはおらんが、こうして囚われているということは、我は勝負に負けたのだろう。だが、さっさと我を殺してしまえば襲われる心配もなかったはずだ』


 フェンリル自らが口にした、フェンリルを殺すという選択肢。それを聞いた恵菜の目が若干窄められる。


「まさかあなた、死にたいの?」


『違う、負けて生かされている意味が分からぬだけだ』


「……殺す必要がなかったから」


『我を観賞道具にでもするつもりか? それなら我は自ら死を選ぶ。無意味な生き方などするつもりは――ぐふっ!?』


 言葉を紡いでいたフェンリルの口から、言葉とも取れない苦痛の声が上がる。

 恵菜がフェンリルの話を妨げるように、ストーンバレットを飛ばしたのだ。


 フェンリルの周囲には魔法陣による障壁があるのだが、恵菜が作成した魔法陣は、内側から外側へ出られないようにするだけで、外から来る物を防ぐようにはしていない。


「何で自殺なんてしようとするの?」


『言っただろう、そんな生き方に意味は――』


「生きていることに意味があるのよ」


 静かに、そして少し怒ったかのような声音で恵菜はフェンリルに話しかける。


「辛いことや苦しいことが続いたとしても、生きていればいつか楽しいことが起きるかもしれない。不自由な生活をすることになったとしても、生きていればいつか自由な生活を送れるかもしれない。でも死んじゃったら、その可能性もなくなっちゃう」


『…………』


「私も昔、突然不幸に陥ったことがあるわ。自由な生活はできなくなったし、何度も苦しくて辛い思いもした」


 この世界に来る前の、原因不明の病に襲われて入院していた頃の記憶がよみがえり、恵菜の表情が若干曇る。


 治るかどうか分からない病気を闘う日々は、決して楽しいものではなく、思い出すだけでも心に来るものがあるのだろう。


 だが、すぐに曇っていた表情を振り払い、恵菜は「でもね」と続ける。


「どれだけ辛い生活が続いても、私は死のうと思ったことは一度もなかった。そして、諦めなかったからこそ、今こうして自由に旅ができるようになったの」


 残念ながら生まれた世界で生きていくことは叶わなかったが、新たな世界で生きていく機会を神様から与えられた。


 もし恵菜が病気になった後、生きていくことに絶望して自ら命を絶っていれば、今この世界に恵菜は立っていない。


「自ら命を捨てる事がどういう事か、分かったかしら?」


『……まさか、我が小娘から生き方について説教されるとはな』


「ちょっと、私もう十五歳なんだけど」


『ふ、我からすれば小娘だ』


「あなた何歳なの?」


『さぁな』


 フェンリルの顔を見ても年の推測などできない恵菜だが、フェンリルは自らの年齢を教える気はないらしい。


「うー……まぁとりあえず、私はあなたを殺す気はないし、あなたを飼う気もないから。ただ、誤解を解きたかっただけよ」


『誤解?』


「そうよ。戦う前に、私があなたを殺しに来た人だとか言ってたけど、これで違うって分かったでしょ」


『油断させておいて、後から殺す気ではあるまいな?』


「そんな面倒な事するぐらいなら、あの時に全力で魔法を撃ってるわよ」


『あれで全力ではないのか……』


 フェンリルは恵菜の放った風の猛威を思い出し、あれで手加減された魔法だったことにぞっとする。


 実際、詠唱を省略せずに全力でサイクロンを使っていれば、フェンリルは永遠に目を覚ますことはなかっただろう。


「あとね、あなたに聞きたいことがあるんだけど」


『どれくらい生きているかは教えんぞ』


「確かにそれも気になるけど、聞きたいのはそれじゃないわ」


『では何だ?』


「何でこんな場所にいるのかなーって。ここにあなたみたいな生き物がいるなんて聞いたことがないし。それに、前は北にいたんでしょ?」


 恵菜の疑問はもっともだ。フェンリルは本来ここから遠く離れた北の山に住んでおり、南に住む個体など皆無である。


『……住みやすい地を探していたのだ』


「北は住みづらいの?」


『悪くはなかった。だが、偶に人間が山を登ってくるのだ。』


 山を登る人間と聞き、恵菜はこの世界にも登山家がいるのだろうかと思う。


「あなたの方から何もしなければいいじゃない」


『それで何も起こらないなら良いが、ほとんどの人間は我を殺そうとしてくる。流石に無抵抗で襲われろ、というわけではあるまい?』


 フェンリルが住む山に、態々(わざわざ)一般人が近づこうとはしない。十中八九、フェンリルの素材目当ての冒険者だろう。


 そんな彼らがフェンリルを見つけて何もしないわけがない。


「見つからないように隠れてれば?」


『縄張りを荒らされてジッとしていられるか』


「…………」


 一瞬どうでもいいことだと口に出しかけたが、フェンリルの言っていることも少しは納得できるところがあり押し黙る恵菜。

 自分の家や庭が見知らぬ人に荒らされていれば、流石に恵菜だって怒る。


『だが、いい加減そんな争いに嫌気が差した。人間に見つからない住処を探そうと思ったのだが、なかなか良い場所が見つからなくてな。山に固執せずに探し回っていたらこんな場所にいた』


「移動しすぎじゃない?」


『ほっとけ』


 思わず恵菜がツッコむが、フェンリルはプイッとそっぽを向く。


 恵菜はこの世界の地理に詳しくないため、北の山がどれくらい遠くにあるのかは分からないが、トランナが南側にあることを考えると、かなり遠いところにあるのではないかと推測できた。


『初めはここも良いかと思ったが、案外狭くてな。それに、こうも容易く人間に見つかってしまうとなると……山にいた頃の方がまだマシかもしれんな』


「灯台下暗しってね」


『何だそれは?』


「私の故郷の言葉よ。意外と身近な事って気づきにくいのよ」


『ふむ……』


 恵菜の言葉を反芻するかのように、フェンリルは少し考え込む。


『……山に帰るか』


「それがいいかもね、もしかするとあなたの姿を見た人が街で討伐依頼を出すかもしれないし」


『またあの長い道のりを行くことになりそうだな……』


 ここからフェンリルが元居た山までは数日どころの騒ぎではない。フェンリルは来た道を戻ることを考え、憂鬱そうに表情を曇らす。


「山まで送ってあげようか?」


 恵菜の提案を聞いたフェンリルは首を傾げる。


『送る? 我に付いてくるということか?』


「付いていくっていうのと、送るっていうのは違うわよ」


『ではどういうことだ?』


「私がここからあなたの住んでいた場所まで、すぐに送ってあげるってこと」


 恵菜の突拍子もない提案に、フェンリルは目を丸くする。


『そんなことができるのか?』


「うん、転移の魔法陣っていうのがあるから。本当は二つの魔法陣を行ったり来たりするためのものらしいけど、ちょっと術式を書き換えれば一つでも使えるよ。あなたが元居た場所を思い出せるならだけど」


 転移の魔法陣は、目的地まで一瞬で移動することができる魔法陣であり、特に遠方へと移動する際に用いられることが多い。


 だが、恵菜の言う通り、本来この魔法陣は二つ一組で動作するものであり、出発地と目的地の両方に同じ魔法陣が必要となる。


 また、転移の魔法陣は魔法陣の中でも作成するのが難しく、作成できる魔術師は貴重である故に、どこかの国に抱えられることが多い。


 ユーリエの下で修業していた頃に、この転移の魔法陣の存在を知った恵菜は、二つ存在しないと使えない不便性をどうにかできないものかと考え改良し、一度行った事がある場所であれば、本人がイメージすることで一つでも転移可能な魔法陣を作成していた。


 ちなみに、この魔法陣を使って、恵菜自身が森の中からユーリエの家まで転移できることを実証済みである。


 一歩間違えばどこか見知らぬ土地に飛ばされることもあり得る行為を平然と実行するあたり、余程自信があったのだろう。もしかすると考えなしに行ったかもしれないが。


『我があの地にどれだけ居たと思っている。縄張りどころか、山から見える景色まで鮮明に思い浮かべられる』


「何年住んでいたかは知らないけど、思い出せるようなら大丈夫ね」


『だが待て、送り届ける代わりに何か莫大な対価を寄越せと言わんだろうな? 確かにそこまでの事をしてもらってタダなどと都合良くはないだろうが、今の我にできることなどほとんどないぞ』


「う~ん、私は別に何か要求するつもりはなかったんだけどね。ただ、あなたが移動する間にまた人と会ったら戦いになるでしょ? あまり強くない人があなたと戦ったら危ないから、早いとこ山に帰ってもらった方が被害も少なそうだと思ったの」


『我が山に帰っても、人と会わなくなるわけではないぞ』


「何か対処法ぐらいあるでしょ。山だって狭くないんだろうし、もっと人が来ない山奥まで縄張りを移動するとかね。それに、長いこと住んでた場所を捨ててまでここに来たあなたなら、縄張りなんてものに固執しなくてもいいんじゃない?」


『…………』


 恵菜からとんでもない事を言われ、絶句するフェンリル。人に追いやられる形で縄張りを移動するのも少し癪だったが、人との争いを避けるには妥協も必要かと納得する。


『我を送り届ける理由は分かった。だが、それで何もしないというわけにはいかぬ。我はこれ以上借りを増やしたくないのだ』


「そう言われてもねー……あっ」


 貸し借りなどとは思っていなかった恵菜だが、フェンリルにも譲れないところがあるらしい。恵菜はフェンリルにしてほしいことを考え、一つだけ閃く。


「それなら、一つだけ教えてほしい事があるんだけど、いい?」

諦めなかったからこそ今がある。


次話は明日更新予定です。


行間を調整しました。(2023/7/2)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ