謁見を終えて
「……陛下。今回ばかりはお戯れが過ぎますぞ」
エリス達が謁見の間を去った後。
玉座に座るグライザードに対し、フォニマスが苦言を呈した。
「何だ、フォニマス。謁見を終えたばかりだというのに、最初にかけるのが労いではなくお叱りの言葉とはな」
「陛下が卒なく謁見を終えてくだされば、労いの言葉の一つや二つ、喜んでおかけいたしましたとも。謁見中に相手を威圧するようなことが無ければ」
そう言ってフォニマスがグライザードを睨む。
臣下に睨まれる王など、世界を探して何人いるだろうか。しかし、グライザードはあまり気にしていない様子だ。
「確かに、俺ももう少し時と場所を考えるべきだったな。しかし、威圧したかったのは王女以外の者であって、別に王女を脅したかったわけではない」
「王女様が動じていたからこそ言っているのですが? 普段から鍛えている者と違って、エリステリア王女は普通の人。あのまま陛下が威圧し続けていたら、一体どうなっていたことやら」
「だが、こちらの謝罪を王女は受け入れたぞ。それなら問題無いだろう」
「受け入れざるを得ないから受け入れたのです。友好関係を築きたいという思惑があり、事を荒立てたくなかったというのもあったでしょう。ただ、本来なら国際問題になってもおかしくありませんでした」
サンドルク帝国の皇帝とフリフォニア王国の王女。どちらも大国の王族だが、立場上は皇帝の方が上だ。加えて今回の外交では、王国は頼む側でもある。
あの時、グライザードに非があったのは間違いない。が、彼が謝罪の意を示したとあれば、エリスはそれを受け入れるしかない。外交が破綻して困るのはエリス達なのだから。
「帝国として舐められてはいけないと思ったが故の行動だったのだがな」
「考えとしては間違っておりませんが、できれば皇帝らしい行動を取っていただきたいものです」
「そうは言うが、生憎とそういった作法云々は、皇帝になって初めて学び始めたものだからな。こっちは元々、戦場を走り回っていた人間だぞ」
「お雇いしましょうか?」
「いらん。……と言いたいところだが、今後のことも考えると、検討する必要がありそうだな。愚かな王のせいで、周りが敵だらけになっては困るからな」
彼なりに少しは反省している様子。
しかし、一旦その話題は後に回すことにしたようだ。
「だが、今考えるのは、王女が持ち掛けてきた交易に関してだ。悪くない話だとは思うが、フォニマス、お前はどう思う?」
「内容次第かと。明らかに釣り合わぬ内容の交易を強要されれば、帝国が周辺国に戦争を仕掛けた過去の道を再び歩むことになるやもしれません」
「ふむ……その辺りは話をしてみないと分からんな。王女はしばらく滞在すると聞いているが、こういった話は早い方がいい。フォニマス、できるだけ早く話し合いができるよう、スケジュールを調整しておけ」
「畏まりました」
次の面会の日程調整のため、フォニマスがその場から立ち去っていく。謁見の間には、グライザード一人だけが残った。
「しかし、皇帝とは不便なものだな。手練れを見つけたとしても、手合わせの一つもできんとは……。あの場で王女に切りかかる素振りでも見せれば良かったか?」
諫められた後だというのに、さらに皇帝にあるまじきことを考えるグライザード。
「まあ、それでは一対一の戦いはできぬか。フォニマスも止めに入るだろうしな。そうなると……」
一言で表すなら、彼は戦闘狂なのだろう。あれやこれやと考える彼は、まるで遊び道具を見つけたか子供の様に楽しそうだった。
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謁見を終え、城を出たエリス達一行は、帝国に滞在する間の拠点となる宿へと到着した。
「ハアアァ~……何とか乗り切れましたぁ……」
部屋に入り、周りからの視線を気にしなくてよくなった瞬間、へなへなとエリスはその場に座り込んだ。
その様子を見ていた恵菜は苦笑いを浮かべつつも、労うために口を開く。
「エリスちゃん、お疲れ様。最初の山場を越えられて良かったね」
「本当に良かったです。エナちゃんもありがとうございました。あの時の私、完全に混乱してしまいまして。エナちゃんが途中から割り込んできてくれなかったら、どうなっていたか……」
「どういたしまして。ただ、エリスちゃんが主導で話してくれたから、私も落ち着いていられたんだよ」
「いえ、私は事前に用意しておいた受け答えしかできませんでしたから。むしろ、臨機応変な対応ができるエナちゃんが羨ましいです」
「いやいや、結果的にそうなっただけで、一歩間違えれば危なかったかもしれないよ。エリスちゃんみたいに、安定して話ができる方が良いよ」
お互いを褒め合う二人。
しばらくそのやり取りが続いたが、このままだと永遠に続くのではないかと危惧したステンが割って入る。
「あー、お互いが素晴らしい活躍をしたということで、一旦その辺で。――エリステリア王女。今後ですが、謁見で交易の話が出たため、帝国側から再度の会談予定の通達が来るでしょう。基本的に、相手の予定に合わせる方針で良いでしょうか?」
「そうですね。こちらは外交以外、特に予定はありませんから。そうして何度か会談を行い、この外交中に交易を成立させることができれば良いですね」
「そうなれば、サンドルクとフリフォニアが友好国同士となる第一歩を踏み出せた、と言えるでしょう。交易が続く間は、二国間で戦争が起きる可能性も低くなります」
友好条約を結べれば一番良いのだが、今まで交流の無かった国同士でそれはハードルが高すぎる。まずは交易等で国家間の行き来を増やし、徐々に良い関係を築いていく必要がある。
「何としてもこの外交中で良い結果を得て、国へ持ち帰りましょう。次の会談もよろしくお願いしますね、エナちゃん」
「うん。次も精一杯、エリスちゃんを補佐していくよ。……ところで、リアナちゃんやケインスさん達がいないけど、街に出て行っているのかな?」
この宿は恵菜達以外の宿泊者はいない。帝国側が手配してくれた際に、宿自体を貸切ってくれたのだ。
念のために他の部屋の前に行きノックをしてみるが、どれも反応はない。
「宿の支配人に全部の部屋の鍵を貰って来た。ついでに聞いてきたが、フリフォニアの兵士が四人やって来て案内した後、出ていくところは見てないそうだ」
「しかし、どの部屋からも応答はありませんでしたよ? 寝ているのでしょうか?」
「もしくは、誰にも気づかれないように外へ出ていったか、だね。こっそりと調査してきてって、ステンさんが言ってたから」
「確かに言ったが、どうやって出て行ったんだ?」
「分からないですけど、誰も見ていない間に普通に出て行ったんじゃ――」
その時、ちょうど三人が立っている所から一番近い部屋で物音が聞こえた。
「こ、ここにいるのでしょうか?」
「分かりません。ですが、念のためエリステリア王女は後ろへ」
ステンはそう言ってエリスを後ろに移動させ、自分は扉の前に立つ。
「俺が扉を開ける。エナの嬢ちゃんはエリステリア王女を」
「分かりました」
ステンは音を立てないように、ゆっくりと鍵を扉に挿す。そして、鍵を回して即座に扉を開ける。
「……何やってんだ、お前ら?」
目の前の光景を見たステンが、呆れたようにそう言った。
恵菜とエリスが部屋を横から覗き込むと、部屋の窓から部屋に入ろうとしている冒険者四人組の姿があった。
「何って、普通に窓から帰ってきたところだけど?」
「いや、それは普通じゃない」
当然のように言ってのけるリアナに対して、ステンも当たり前のようにツッコミを入れる。
「あまり人目に付かないように出入りするには、ここしかなかったんでな。安心しなって、団長さんよ。周りに監視してる奴がいないことは分かってるから」
「あまり褒められた行為ではありませんが、密かに行動するには、これしかないと思ったもので。他に迷惑もかかりませんので、問題はないかと……」
その間にも、ガンザとクレリアが窓から部屋に入ってくる。妙に慣れた手つきに見えるのは気のせいだろうか。
「そんなことより、一つ分かったことがある」
最後にケインスがサッと部屋に身を滑り込ませてくる。
「何だ? 戦争に関してか?」
「そっちじゃない。だが、大事なことだ」
ケインスはステンから恵菜に視線を移し、続けて口を開く。
「ドラゴンの卵の在り処が分かった」
バレたら捕まる。




