奇妙な気配
ギルドが慌ただしくフェンリルの対応に追われている頃、恵菜はまだ東へ向かってゆっくり歩き続けていた。
街から東の林までの距離はそう遠くない。一般的な冒険者であっても半日、恵菜が走ればその半分で到着できる。
だが、新しい発見があるかもしれないため、恵菜は始めて来る土地では余程の事がない限りゆっくり行こうと決めていた。
トランナの東の地形は短い草で覆われた平原で、恵菜が初めて見た南に広がる草原と比べれば壮大さに欠けるところはある。
それでも、コンクリートの地面や建物に囲まれて育った恵菜からすれば十分新鮮な光景ではあった。
それに周囲を見渡しやすい分、不意に襲われる可能性も低いため気楽に移動できる。
「ん、ここが蹴りウサギがいるっていう林かな」
しばらくのんびりと進んでいた恵菜だったが、ついに目的地に到着する。
林の中は日の光が遮られて少し暗いが、森に比べれば十分明るく道も歩きやすい。
冒険者だけでなく近くの村に住む狩人もこの林に入ることがあるため、自然と整備されていったのだろう。
恵菜がここに来た目的の蹴りウサギは、林の入口付近ではあまり姿を見せず、少し入ったところまで行かないと見つかりにくい。
だが、あまり警戒心が強い魔物ではなく、林の奥に行けば簡単に見つかることを事前にトランナで調べておいた恵菜は、周囲を警戒しつつ奥へと進む。
「……?」
そうやってしばらく歩き続けていた恵菜だったが、ふと何かがおかしいことに気付く。
既に蹴りウサギが見つかる場所まで来ているのに、一羽も見当たらないどころか気配すら感じないのだ。
恐らくどこかに隠れているのだろうが、恵菜にはその理由が分からなかった。
(私ここに来るの初めてなんだけどなぁ……何でだろう?)
恵菜は南の森でも最近似たような状況を経験したことがある。
依頼を受けて森へ行った最初の頃は、探そうとしなくてもフォレストウルフが恵菜に襲い掛かってきていた。
だが、次第にフォレストウルフが恵菜の強さを認識して寄り付かなくなってしまい、恵菜が見つけようとしても中々見つからなくなってしまった。
あの時は恵菜が森で暴れた(本人にその気はなかったようだが)結果、そのようなことになったのだが、この森では暴れるどころか戦ってすらいないため、今のこの状況は恵菜が原因とは考えられない。
となると別の原因があるはずなのだが――
「もうっ、このままじゃ依頼の達成も、私の食糧確保もできないじゃない!」
恵菜はそれよりも別の事を考えていたようだ。
しかし、食料確保は抜きにしても、依頼に関しては冒険者として重要な問題であることは間違いない。
このまま蹴りウサギを見つけられずに依頼が失敗したとなれば、冒険者としての評価が下がり、依頼の受注が満足にできない可能性がある。
普通、依頼を一つ失敗した程度ではそのようなことはないが、今回受注した蹴りウサギの肉の収集は簡単な依頼だ。銅二ランクの冒険者ならまず失敗はあり得ない。
そんな依頼を失敗したとなれば、評価がガタ落ちになってもおかしくはない。
「もう手当たり次第に探すしかないかぁ……」
何としても依頼を達成するために、恵菜は歩きやすい道を外れ、木々の隙間から草むらへと入って探し始めた。
道を歩いていた時は一切見当たらなかった蹴りウサギも、草むらを歩けば少しは姿が見つかるようになり、恵菜は逃げられる前に魔法を撃ちこんで倒していく。
とはいっても、見つかる蹴りウサギの数は少なく、依頼に必要な分を集めるだけでかなりの時間がかかりそうだった。
それでもめげずに、恵菜がしらみつぶしに探し回った結果、日が落ち始める前に規定数(ちゃっかり自分の食糧分も確保)を集めきった。
「はぁ~、これで何とか失敗しないで済みそうね」
最後の蹴りウサギを仕留め、依頼失敗という緊張感と蹴りウサギが見つからない焦りから解放された恵菜は大きく息を吐き出す。
(今から帰ると、ちょっとナセルさんに申し訳ないし……今日はどこかで野宿かな)
今からトランナに戻るとなると、急いだところで恵菜が街に着くのは真夜中だ。
ギルドへの報告は真夜中でも問題はないのだが、真夜中に宿へ帰るのは恵菜にとって気が引ける行為のようだ。
そういった理由から野宿を決めた恵菜は、今度はどこか良い場所がないかと周囲を探し始め、木々の間に開けた場所を発見する。
「池?」
恵菜の目に映ったのは、湖というには小さく、人の手が入っていない自然の湖沼だった。
水深は浅めで魚は住んでいないが、水は底が見えるくらいに透き通っており、飲み水としても使えそうだった。
「こういったところで野宿するのもいいかな」
水場は動物が集まる場所だ。それは魔物とて例外ではない。
本来なら一人でここに野宿するべきではないのかもしれないが、恵菜には人や魔物を避ける魔法陣がある。
それに、恵菜は今まで野宿をする時に水が必要となれば、魔法で水を出していた。
今回の場合、飲み水はもちろんのこと、先程の蹴りウサギを解体して料理する時にも水が必要になるかもしれない。
だが、近くに水があるのなら魔法を使う手間が省け、魔力も無駄に消費しなくて済む。
恵菜はすぐにここで一夜を明かすことに決め、地面がむき出しになって魔法陣が書きやすそうなポイントへ移動しようとする。
「ん?」
だが、動き出す直前、恵菜は後ろに何かがいる気配を微かに感じ取る。
恵菜は少し振り向いて確認するが、どうやら気配を隠そうとしているらしく、そこには茂みや木が生えているだけで何も見当たらない。
恵菜はまた蹴りウサギが隠れているのかと思ったが、僅かに殺気が含まれているその気配を不審に思う。
蹴りウサギが殺気立っているとすれば、恵菜が彼らに対して何か手を出したという事になる。
今まで蹴りウサギ狩りをしていたのだから、何かしたかと言われればしたことになるのだろうが、蹴りウサギは自分の近くにいる仲間が襲われても、自分が襲われない限りは逃走しようとするはずだ。
当然、恵菜は見つけた蹴りウサギを取り逃がす様なことはしておらず、今恵菜を攻撃してくる蹴りウサギがいる可能性は皆無だ。
(蹴りウサギじゃない……?)
蹴りウサギの気配ではないと判断した恵菜は、他の可能性を考えだす。
(隠れてる気配が一つだけ、ということは群れる生物じゃない。でも、この林に一匹で行動する可能性があるのは蹴りウサギだけのはず……他の冒険者の人が林にいたのかな?)
頭の中にある知識から、蹴りウサギを除いて、この林に単独で行動する生き物がいないと考えた恵菜は、この気配が林に生息する生き物ではなく林の外から入ってきた者、すなわち今の恵菜と同じ冒険者か狩人のものだろうと目星をつける。
「あの、誰か分かりませんけど、そこに隠れてますよね? 出てきてくれませんか?」
もしや変に殺気立っているのは、あまり姿を見せなかった蹴りウサギを手当たり次第狩っていったことが原因なのかもしれない。
他の人が狙っていた蹴りウサギを気づかずに横取りしてしまったのかと思い、恵菜は話し合いで何とかならないかと茂みに向かって恐る恐る声を掛ける。
しかし、恵菜が呼びかけてみても茂みからは何も出てこようとはしなかった。
何も反応が無い事に恵菜は疑問を浮かべつつも、相手までの距離が遠すぎて聞こえないのかと思い気配がある方向へ近づく。
「あの――」
恵菜がここなら聞こえるという距離まで来て、再び呼びかけようと声を出した瞬間、恵菜に向かって茂みから猛スピードで何かが飛び出してきた。
話しかけずに問答無用で魔法を撃ちこまないだけ、まだ常識人のはず(多分)。
少し短めの更新となりました。
次話は明後日更新予定です。
行間を調整しました。(2023/7/2)




