最後のお仕事
「あ、帰ってきたみたいね」
「エナちゃん! お帰りなさい!」
宿の入口で待っていた二人が、恵菜の姿を見つけて駆け寄ってくる。
「ただいま、二人とも」
「それで、あのいけ好かないぼったくり野郎は?」
「捕まえて兵士さんに引き渡したよ。今までの悪事も含めて全部自白させたから、有罪は免れないかな」
恵菜がブラキンを連行していった時、兵士達は皆、自らの目を疑った。この街の有権者であるブラキンが、ベラベラと自らの悪事を話すものだから、当然と言えば当然だ。
供述内容が信じきれず、「お前が操って言わせているのだろう!」と、恵菜を疑う兵士もいた。もっとも、次の瞬間には、恵菜に冒険者カードと金の懐中時計を見せられ、平謝りさせられていたが。
「はっ、ざまあ見ろってのよ! これで今日はよく眠れるわ!」
いい気味だ、とブラキンを嘲笑うリアナ。足下を見られるような宿泊料金を提示された事を、未だに根に持っていた彼女だ。乙女(?)らしからぬガッツポーズまで決めている。
「それでは、これでもう嫌がらせは起きなくなった、ということですか?」
「たぶんね。あの高級宿の全員が今回の嫌がらせに加担していたわけじゃないみたいだったし。一部の人間だけ捕まえれば、今後は清く正しい経営をしていくんじゃないかな」
ブラキンだけでなく、あの場にいた側近も悪事を働いていたとして逮捕された。あとは今回の事件に関わっていた者を逮捕していくだけだ。下っ端から上へは辿ることが難しかったが、上から下へは芋づる式に捕まえられるだろう。
「まあ、悪事を働いた場合は、今度こそ兵士さん達がちゃんと取り締まってくれると思うよ。そうするように言っておいたから」
恵菜としては、強い『お願い』感覚で兵士に言ったと思っている。しかし、それは兵士からしてみれば、公爵直々の『命令』である。
もしまた悪事を見逃すようなことがあれば、どんな処罰があるか分からない。そう感じてしまった兵士達は今後、この街の悪事を見逃すことはないだろう。
「そこまでやってくれたのですね。ありがとうございます、エナちゃん」
「てことは、もうあたし達がこの宿にいる必要もなくなったってことかしらね」
三人が泊まる宿は充分に軌道修正を果たした。まだ数日の結果だが、温泉卵やチキン南蛮は多数の客を呼び込み、宿も満室が続いている。そこに嫌がらせも起きなくなったと来れば、もはやこの宿に外的不安要素は無いだろう。
「ですね。宿の働き手不足だけが不安でしたけど、恵菜ちゃんのおかげで新しく二人雇うことになりましたし」
「そうそう。恵菜もやるわね、二つの問題を同時に片付けちゃうなんて」
リアナが「このこのぉ」と恵菜を肘で小突いてくる。ただ、恵菜は彼女達の言葉に首を傾げた。
「何のこと?」
「ほら、恵菜ちゃんが護衛として派遣してくれた人達ですよ」
「二人組で、ここで働くように恵菜に言われたって――」
「ちょっとその二人の所へ案内してくれる? 言いたいことがあるから」
眉をピクリと動かしながら恵菜が尋ねると、リアナは彼女を連れて宿の食堂へと向かう。
「へい! こちらチキン南蛮、お待ちどうっす!」
そこには、恵菜が『護衛』として『一時的に』雇ったはずの元盗賊――子分役の男がいた。出来上がった料理を即座に注文された席まで運び、客が立った後の席の片づけをささとこなしている。まるでずっとここで働いているかのような手際の良さだった。
「……何してるんですか」
「あ、どうもっす。ここで働かせてもらえることになったんで、頑張ってる所っす」
さも当然のようにそんなことを言ってくる。が、恵菜にとっては初耳だ。
「私がここで働くように言ったと聞いたんですけど、そんなこと言ってませんよね」
「あ~……それは兄貴がですね」
「おい、チキン南蛮できたから持ってきてやった……あ」
子分が露骨に目を逸らしたところで、厨房からチキン南蛮片手に出てきた元凶が登場し、恵菜の姿を見て固まった。
「……何か最後に言い残したい事あります?」
「ま、待ってくれ! 嬢ちゃんをダシにしたことは謝る! ただ俺達も職を失ってどうしようもなかったんだ!」
恵菜から遺言を聞かれた彼は、またしても恵菜の前にひれ伏して謝罪し始める。もはやプライドの欠片も無い。
「ハァ……。もう雇われた後なんですよね? なら、私の代わりにちゃんと働いてくださいよ」
「え? 見逃してくれるのか?」
「また嘘を吐いたことに対して言いたいことはありますけど、この宿に人が足りていないのは事実ですし。ナーレイさん達が決めた事なら私は何も言わないです。ただ――」
そこで恵菜は一旦言葉を切り、足下で土下座する男の目の前に笑顔を持ってくる。
「ここで何か問題を起こしたら、私がすっ飛んで来ますからね?」
それを聞いて、体を震わせながらコクコクと頷く彼の心には、恐怖の楔が深く埋め込まれたことだろう。何かあればクビになるだけでなく、物理的に首が飛ぶ可能性があるのだから。
「ほら、分かったなら早く仕事に戻ってください」
「は、はい!」
土下座をし続けていた彼は、大急ぎで厨房へと戻っていくと、高速で皿洗いを始めだした。あの調子なら問題行動を起こすことはないだろう。
「おお、戻ってきていたんだね」
入れ替わる様に、厨房からナーレイが出てきた。そのまま恵菜の傍まで来ると、恵菜の前で感謝の言葉を口にする。
「息子と娘、二人を探してきてくれてありがとう。宿の再建だけじゃなく、子供のことまで君達に頼りっきりだ。親として恥ずかしい限りだよ……」
「そんなに自分を卑下しないでください。ナーレイさんは今までずっと家族を守ってきたんですから」
「そう言ってくれると少しだけ浮かばれるよ……ただ、もう少し親として改めるべきところがあるのは事実だ。ミレンを見習わないと」
「あれ、そういえば、そのミレンさんは?」
思えばミレンだけではなく、ミーシャとナッシュの姿も見当たらない。恵菜が辺りをキョロキョロしていると、ナーレイが「こっちだよ」と、受付裏にある小部屋へと案内する。
「本当に良かった……二人が無事に帰って来てくれてっ……」
音を立てないように小さく扉を開けられ、そこから中を覗いてみる。見えたのは、両膝を付いたミレンがナッシュとミーシャを抱きかかえている姿だった。
「お母さん、いつまで泣いてるの?」
「そうだよ……大人なんだから、俺達のことなんかで――」
「馬鹿っ、子供の心配をしない親なんかいるわけないでしょうっ……二人は、私の命より大切な存在なんだから……」
「母さん……」
(ミーシャが帰って来てから、ずっとあの調子なんだ。僕も彼女達といたいけど、食堂を空けられなくて……)
小声でそう囁くナーレイ。それを聞いて、恵菜はナーレイに提案する。
(……ナーレイさん。今日の残りの食堂は私に任せてください)
(え? でも)
(食堂の料理は私でも全部作れるものですし、もう少しで繁忙する時間も過ぎます。ナーレイさんがいなくても、問題なく回せますよ。それに、ナーレイさんが今いるべき場所は、厨房じゃなくてあの中です。家族と一緒にいてあげてください)
客足が伸びている今だからこそ、食堂を閉めるわけにはいかない。それは分かるが、今優先すべきことは仕事ではないはずだ。
(あー、あたし今ならいつも以上に働ける気がするわー。ちょっと厨房でお皿洗いまくってこようかなー)
(明日、私達は宿を出ようと思いますけど、今日までは従業員ですからね。まだ頑張りますよ)
恵菜だけでなく、リアナとエリスもやる気だった。
(っ、すまない……後を頼んでもいいだろうか?)
本心では、彼もあそこへ行きたいと思っていたのだろう。表情をくしゃっと歪ませ、恵菜達に頭を下げた。
(喜んで。――じゃあ、行こっか)
そう言って恵菜はリアナ、エリスと共に食堂へと向かう。ひと働きした後のはずだが、不思議とやる気は充分だった。
正直、盗賊コンビに名前つけてあげれば良かったなぁと今更ながら後悔してます。




