妨害対策?
「……まだ戻らんのか?」
難しい表情で部屋の中をうろうろするブラキン。
再建したという宿の噂を聞きつけた彼は、いったい何が起きたのか分からず、何名かの者にその様子を探りに行かせた。
その命令を受けてから既に半日。そろそろ戻って来てもいいはずだが、未だ音沙汰無し。
さっさと状況を知りたいと逸る彼は、少し経ては従業員へ同じ質問を繰り返していた。
「そろそろ戻る頃かと思いますが」
「先程から同じ答えばかりではないか! 宿一つを調べるだけでどれだけ時間がかかっておるのだ!」
従業員から返ってきた答えを聞いたブラキンが机を叩きつけて苛立ちを露にする。従業員を責めておきながら、自分の質問も同じ様な内容の繰り返しになっている事に気付いていないのだろうか。
と、そんな時、部屋の扉からノックする音が聞こえてきた。
「支配人、ただいま戻りました」
「おお! 入れ!」
先程の表情から一変。まるで恋人でも来たかのように喜ぶブラキンが二人の従業員を中へ招き入れる。
「それで、どうだ? 例の宿は?」
「もう最高でしたよ! あんな泡が噴き出たり、湯が降ったりするお風呂見たことなかったです。思わず長湯しすぎて、のぼせるところでした」
「チキンナンバンとかいう飯も美味いし、あと温泉卵も結構ハマりますよ。あ、お土産で持って来たんでどうぞ」
各々の感想を述べながら、一人が温泉卵が入った手提げをブラキンに渡した。
「馬鹿者! 何を楽しんどるのだお前達は!」
「すみません! 見たことのない物ばかりで、つい……」
「あ、でも、あの宿は相当変わりましたよ。温泉卵で客の興味を惹いて、本命の宿の方へと引き込む。宿は満室でしたけど、泊まらずに温泉へ入れるおかげで客足は消えませんでしたね。値段も比較的安価ですし」
どうやら、彼らも宿を満喫していただけではなかったらしい。
各々の調査結果を報告され、乱高下していたブラキンの怒気も落ち着きを取り戻す。
「ふむ、物珍しさと料金の安さが強みか。こちらは高級路線である以上、料金で負けるのはしょうがないが……」
「物珍しさなら、私達も彼らのものを真似るのはどうですかね?」
「同じものを作ったところで値段で負ける。かと言って、同じ価格で出しては高級宿の箔に傷がつく。それに今から準備しても時間がかかるからな。その間に軌道に乗られてしまうかもしれん」
「そういえば、彼らはどうやってこの短期間であれだけのことを準備できたんでしょうか?」
「分からん。ただ、相当な金をかけたに違いない。そうでなければもっと時間がかかり、我々が察知できたはずだ。一発逆転のためにどこかで追加の借金をして、客足を増加させて一気に収益を上げる気なのだろう」
ブラキンの考察に納得する従業員達。
が、見当違いである。追加の借金はしていないし、それほどお金もかけていない。ほぼ全てが一人の少女のせいである。
そんなことは露知らず、彼らは今後の方針を決める。
「そうなると作戦は一つだ。再びあの宿の評判を落とし、客足を遠のかせる。少しの間でも収益が下がれば、金のない奴らは勝手に潰れるだろう。――おい」
「はっ」
「いつも通り、あの宿へ妨害工作を仕掛けろ。今回はそうだな……宿の飯に難癖でもつけさせるんだ。温泉の妨害も追加でな」
「承知しました」
「ふふふ、これであの宿も終わりだ……!」
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「チキンナンバンを頼む」
「こっちも一つお願い」
「はーい。――ナーレイさん、チキンナンバン二つ追加です!」
恵菜があちこちから上がる注文をナーレイに伝えながら、新しく出来上がったチキン南蛮を客のもとへと運んでいく。
宿を新装開店してから二日、今日も宿には多くの客が訪れていた。店頭販売している温泉卵もさることながら、この食堂も食事時には満席となっている。
「お待たせしました、チキン南蛮になります」
そんな忙しさの中でも、給仕が恵菜一人で回せているのは、注文がほとんどチキンナンバンであるからだろう。偶に別の注文が入ることもあるが、いくつもの種類の注文が飛び交うのに比べれば大分マシである。
(チキン南蛮だけで大丈夫かと思ったけど、こうしてみると、いくつも種類増やさなくて良かったぁ……)
心の中で安堵し、自分を褒める恵菜。次の仕事のために、厨房の方へと戻ろうとした、その時だった。
「おい、給仕の女! 何だこれは!?」
背後からの突然の怒号に恵菜が振り返る。
そこには、ついさっき恵菜がチキン南蛮を届けた客。彼はそのチキン南蛮を指差していた。
「チキン南蛮ですが、すみません、注文違いでしょうか?」
「注文は合ってんだけどよ。この料理、虫が入ってんだが」
彼が言う通り、よく見れば甘酢の中で死んでいる虫がいる。これでは食べる気も失せてしまうだろう。
料理中、もしくは恵菜が料理を運んでくる最中に混入してしまったのだろうか。しかし、恵菜はそれは無いと否定する。
「おかしいですね。私が運んできた時に、虫は入っていなかったのですが」
「見逃したんじゃねえのか? 料理中に入り込んだのをよ。俺が見た時にはもう入ってたぞ」
そう言って怒る客だが、何故か気味の悪い笑みを浮かべている。
実際の所、この虫がどこで入ったのかを客観的に判断することは難しい。客がわざと入れて嘘を吐いている可能性もあれば、料理中に入り込んで恵菜が見逃した可能性もあるからだ。
「ここまで分かりやすい入り方だと、さすがに気付きますよ。入ったとすれば、こちらに運んできた後ですかね」
「そうは言っても、こんだけ忙しいなら見逃すかもしれねえ。それに、そもそも虫が入るってのがおかしいだろ。この店の衛生状態はどうなってんだ」
わざとらしく「そう思うよなぁ?」と、周りの客にも聞こえるような声で非難する。まるで、店側を悪くしようとしているかの様な言い方だ。このまま続けば、周りの客からの印象は悪くなってしまうかもしれない。
ただ、虫が入ったことを詫びでもしようものなら、それこそ店側の落ち度を認めることになる。本当に店側が悪いのなら謝罪すべきだが、恵菜はそんなことあり得ないと自信満々に口を開く。
「それがですね……ここに虫が来ること自体、おかしいことなんですよ。机の裏側を見てください」
恵菜がしゃがみ込んで机の裏を指差す。
「何だ、こりゃ?」
裏側を覗き込んだ客が見たのは、赤く光る小さな魔法陣だった。
「こちらは虫除けの魔法陣です。美味しそうな匂いに釣られて、お客様の料理を横取りしようとする虫さんを防ぐため、このように全ての机――それと宿のあちこちに対策が施されています」
「ぜ、全部の机だと?」
「はい、全部です。嘘だと思うなら、皆さんもご確認ください」
そう言われて、座っている客達が自分の机の裏側を見ると、確かに全てに魔法陣が描かれている。
「に、偽物だ! 虫除けの魔法陣なんて嘘に決まってる!」
「おや、どうしてそう思われます?」
「普通に考えておかしいだろ! ここにある全ての机が魔道具だと!? いくら金がかかると思ってんだ!」
魔道具は総じて高価だ。値段の幅はあるが、安い物でも銀貨が要求される。今回の様な効果を持つ魔道具となると、安く見積もっても銀貨十枚は下らない。
そして、この食堂にある机の数は十以上。他にも宿にどれだけ魔法陣を描いたのかは分からないが、恵菜の言っていることが本当なら合計投資金額は金貨を軽く超えることになる。
もっとも、それは全てを購入した場合に限るが。
「優しい金ランクの冒険者様が、お手頃な金額でやってくれましたよ。そんな虫除けがあるのに虫さんが料理に飛び込むなんて考えられませんよね。誰かが故意に入れようとしない限りは」
最初はにっこりと笑いながら、最後は問いかけるように、恵菜が客を見やる。言葉ではそう言っていないが、そこには「わざとやりましたよね?」という裏の意味があった。
「金ランクの冒険者がそんな都合よくいるわけねえだろ! デタラメなことばっかり言ってんじゃねえよ!」
客の男は激昂し、ついに一線を越えてしまう。
「きゃあ!」
不意を突くように、いきなり恵菜の顔が引っ叩かれる。
客が大柄な男性というのもあっただろう。体格に差のある相手からの力任せの一撃に、恵菜は宿の入口近くまで吹っ飛ばされた。
「ひ、ひどい……」
「あそこまでやることか……?」
「な、何だよ。ふざけた事をぬかす奴が悪いんだろうが! こんな魔法陣なんて効くわけがねえ! お前らも虫が入ってる料理なんか食ってんじゃ……っ!?」
倒れる恵菜を見た他の客から、男に向かって非難の眼差しが向けられる。それに耐えきれず、男が周りに向かって逆ギレしようとした時だった。
彼の背筋に走る悪寒。思わず言葉を止め、後ろを振り返る。
「何、アンタ? あたしがやった仕事にケチつけるわけ?」
宿の中での騒ぎに気付いたのだろう。
そこには、男性を睨みつけながら殺気をぶつけるリアナがいた。
「だ、誰だてめえ」
「名前言うより、これ見せた方が分かりやすいかしら」
そう言って冒険者カードを見せつけるリアナ。それを見た男は喉の奥で悲鳴を漏らした。
「ほ、本物……?」
「当然でしょ。で? 随分とふざけたことしてくれたわね。か弱い……か弱い? うん、まあ、たぶんか弱い女の子を吹っ飛ばすぐらい叩くなんて。客なら良かったけど、こんなことする奴は客じゃないわ」
一瞬だけすぐそばで倒れている恵菜を見て、心配の欠片も見せず、逆に怪訝そうな顔を見せたリアナだったが、次の瞬間には男のすぐそばまで迫っていた。
「――覚悟しなさい、小悪党」
リアナが男の胸倉を掴み、その巨体を背負うようにしながら投げ飛ばす。
一瞬にして天地がひっくり返った男は何が起きたか分からなかっただろう。そのまま床に背中から落ち、うめき声を上げて動かなくなった。
「ふぅ……。あ、迷惑な野郎はこっちで処分しておくから、皆はそのチキンナンバン味わっていってね。虫なんか入るわけないから」
この場にいる客達にそう言い残し、気絶した男を引き摺っていく。
途中、「エリスー、たぶん大丈夫だと思うけど、エナのことお願い」と言い残し、宿から出て行った。
それと入れ替わるように、外からエリスが入ってきて、恵菜に肩を貸すようにしながら宿の裏へと引っ込んでいく。
一瞬で色々と起き過ぎたせいで、呆気に取られて動けない客達。そこへ宿の主人であるナーレイが出てきた。
「あー、皆さん。お騒がせしてすみませんでした。えっと、ご覧の通り、宿は金ランク冒険者の方によって衛生、防犯の両方が強化されています。安心してゆっくりしていってください」
台本を読んでいるかのような棒読みで宿の安全性をアピールし終えたナーレイが一礼。何が何だか分かっていない客がほとんどだったが、一瞬の静寂の後、その場から小さく拍手が上がるのだった。
当たり前のように嘘を吐く。




