宿再生計画その二
「お風呂の次は、食事にちょっと手を入れようかな」
お風呂の改築工事の後、恵菜とエリスは食堂に向かっていた。
「食事、ですか?」
「そう。一番の売りは温泉だけど、お湯自体は他の宿と同じだからね。それ以外にも強みを出していかないと」
温泉の街である以上、客の目的も温泉が第一であることはほぼ間違いない。が、それ以外の強みもあった方が人気は出るだろう。
「お。二人とも、もしかして夕食かい? それなら、今から作るよ」
厨房から顔を出したナーレイは、二人にそう言ってすぐに厨房へ戻ろうとする。
それを見て恵菜は、「あ、待ってください」と引き留めた。
「夕食の前に、厨房を少し借してもらえませんか?」
「厨房を? 別に構わないけど、何か作るのか?」
「はい。ここの宿で出してもらいたい料理を作りたくて」
それを聞いたナーレイは、難しい表情で答える。
「それは有難い……と言いたいが、実物を見てみないと。これでも料理人だから、そう簡単に新しいものを出してと言われてもすぐには頷けないな」
当然だ。そう直接言ったわけではないが、恵菜がたった今言ったことは、「今あるメニュー以上に魅力のある料理があるから採用してほしい」という意味に等しい。
料理を生業としている者ならまだしも、ナーレイからすれば恵菜は一般人だ。いくら宿が窮地に立たされているとはいえ、彼にもプライドがある。
「分かってます。なので、私が作った料理を、一度見てもらってから判断してください。売れない、と思われる物を出しても意味は無いですから」
「……そこまで言うなら、分かった。ちなみに、何を作るんだ?
「チキン南蛮です」
「チキン、ナンバン?」
「やっぱり知らないですか?」
首を傾げるナーレイを見た恵菜がそう聞くと、ナーレイは頷いた。
「聞いたことが無いな。『やっぱり』ということは、この国の料理じゃないのか?」
「そうですね。むしろ、私しか知らないかもしれないです」
「独自の料理か。料理人としては気になるところだけど、作るところは見ても構わないか?」
「いいですよ。むしろ、作り方を覚えてもらうために見てもらいたいですね」
即答で許可されたナーレイは面食らう。
新しい物を作るための手法と言うのは秘匿されがちである。確立された方法が広まれば、それが職人技を要する等の困難な方法でない限り、簡単に真似されてしまう。その一方で、作れるものが自分だけとなれば、それによる利益を独占可能だ。
もちろん料理でも同じことが言える。一般的な料理でなければ作り方が公開されることはない。仮に新しい料理を生み出しそれが大盛況となれば、大きな利益を生むことは間違いないだろう。
それを恵菜は惜しげもなく教えるというのだ。
「聞いておいてなんだけど、本当にいいのかい? 俺がその調理法を真似て別の料理を出し始めるかもしれないぞ」
「それはそれで良いことだと思います。そもそもの目的はこの宿のお客さんを増やすことですし。ナーレイさんがさらに新しい料理を生み出して、それでお客さんが増えてくれるのなら何の問題もないですよ」
恵菜は料理で私腹を肥やすつもりはない。料理人ではないというのもあるが、他者が生み出したものを自分のためだけに使うのは気が引けたからだ。
だが、人助けとして誰かに教えるのなら話は別だ。自分の知識が役立てるのなら、活用しない手は無い。
「それじゃあ、作っていきますよ」
恵菜は収納袋から必要な食材と調味料を取り出し、料理を作り始めた。
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「はぁ~、見回りが役目とは言っても、こう何も無いと逆に疲れるわね~……」
リアナが背伸びをしながらそう呟く。
今日の夜までの間、宿の周辺に怪しい人がいないか見回ってほしい。恵菜からそう言われ、律義にその仕事を成し遂げたリアナは、宿に戻ろうとしていた。
「あ~、何か美味しい物でも食べたい気分――」
「美味い! こんなもの食べたことがない!」
宿に入ったところで、食堂から響いてきた声に驚く。
何事かとリアナがそっちに目を向けると、ナーレイが何かを食べて絶賛していた。その横ではエリスも同じものを食べ、その様子を恵菜が笑顔で見ている。
「あ、リアナちゃん。警戒お疲れ様」
恵菜が入口にいたリアナに気付き、今日一日の仕事を労う言葉をかける。
が、リアナはそれよりも目の前のことが気になって仕方ないようだ。
「ねえ、エリス達は何を食べてるの?」
「チキン南蛮ですよ。恵菜ちゃんに作っていただいたのですが、とても美味しいです」
「リアナちゃんの分もあるよ。食べる?」
「そんなもの、食べるに決まってるじゃない」
得体の知れない料理だが、恵菜が作った料理は大体美味しいと知っているリアナは迷わずそう言った。
「――はい、どうぞ」
席に着いたリアナの目の前に料理が置かれる。
揚げられた鶏肉に二種類のソースがかけられた料理。その片方のソースには、リアナは多少見覚えがあった。
「あ、これ見たことある! 何だっけ、ま、まよず、何とかみたいな」
「マヨネーズのことかな? 確かにマヨネーズは使ってるけど、それはタルタルソースって言うの」
ゆで卵にマヨネーズ、玉ねぎ(に似た野菜)を混ぜ合わせた簡単なタルタルソース。それが一番上にかけられている。
もう片方のソースは、なんちゃって甘酢だ。この世界に砂糖と酢はあるが、醤油を恵菜は今までに見たことが無く、作ることもできていない。素となる『こうじ』が無いからだ。
仕方なく、恵菜はこの世界で見つけた、醤油っぽいが少し甘い調味料で代用。砂糖を減らすことで何とか甘酢を作ってみせた。
メインとなる鳥肉には、下味を付けたあとに小さく切れ込みを入れ、小麦粉をまぶして卵液に浸す。それを揚げてから切り分け、二つのソースをかければ完成。
こちらの世界にある材料のみで何とか作り上げたチキン南蛮。それを一口頬張ったリアナは、目を見開いて叫ぶ。
「エナ! 美味しいわこれ! 特にこのソース!」
「リアナちゃんって、本当にマヨネーズ好きだね……」
「大好きよ! ねえ、このソースもっと無い? マヨネーズそのままでもいいわよ」
この世界初のマヨラーとなったリアナがソースもしくはマヨネーズの追加を要求する。
ここまで脂質が多い物を好物としているのに、何故このスレンダー体型を維持できているのか。恵菜は不思議でならなかった。
「あれ、父さん? 何食ってるの?」
「お父さん、ご飯食べてるー」
「あら、皆揃って夕飯?」
と、ここで食堂に宿の人間が全員揃う。三人とも、目の前で食べられている料理に釘づけだ。
「皆さんも良かったらどうぞ」
ナーレイだけでなく、この宿の全員に判断してもらう予定だったため、人数分の料理を用意している。恵菜は新たに三人分の料理を新たに並べる。
「うっま!」
「美味しー!」
「本当! 美味しいわ!」
異口同音の絶賛。
もしかするとこの世界の人の味覚に合わないかも。そんな不安もあったが、この反応を見るに大丈夫そうだ。
「ナーレイさん。どうでしょう、ここでも出せそうですか?」
「ああ、出せる! いや、むしろこっちから頼みたい! この料理――チキンナンバンをウチで出させてくれ!」
料理人であるナーレイも納得してくれたようだ。
自分が生み出した料理ではないが、自分が作った料理が認められた。それを実感した恵菜は嬉しそうに笑う。
「なら、ちゃんと作り方を教えますよ。ソース諸々を含めて」
「ああ、よろしく頼む!」
この後、恵菜はナーレイにチキン南蛮の作り方を教えることとなった。料理人であるナーレイの理解は早く、日を跨ぐ前には恵菜から何か指示しなくても作れるようにはなっていた。
料理の練習で作られたチキン南蛮は宿の皆さんで美味しくいただきました。




