収納袋
ヒルデが説得に失敗した次の日、朝から恵菜はトランナの街中を散歩していた。
恵菜はこの街に来てからじっくりと街中を観光したことがなく、ヒルデに約束した休息日を利用して、今日は街中を見て回ることにしたようだ。
「蹴りウサギの串焼き! 蹴りウサギの串焼きだよー! 二本で銅貨一枚、五本で銅貨二枚だ! まとめて買うとお得だよー!」
「そこのお嬢さん、見たところ魔術師のようだが、魔法用の杖はいらんか? 冒険者から仕入れた物だから性能は保障するよ!」
「ポーションや解毒薬。街の外へ行くのなら薬の一つや二つ、持っておいて損はないわよー」
現在恵菜がいるところは、朝早くだというのに多くの露店が連なっているトランナの中央通りだ。
露店によって取り扱う商品は様々だが、武器や防具といった冒険者向けのものから、服や食べ物といった一般向けのものまで、この通りだけで何でも揃ってしまいそうな程の品揃えとなっている。
「いろんなお店があるのね」
半分冷やかし状態で露店を見て回る恵菜。
もちろん、何か目ぼしい物を見つければ買うつもりなのだろうが、今のところ特にこれといったものが見つかっていないようだ。
(できれば、街の外に出た時に役立つものが欲しいかなー)
冒険者ランクが銅二になると、街の外へ行かなければならない依頼も増える。
街の外で便利なものがあれば、そういった依頼を受けるのも楽になるだろう。
違う街を目指す時にも重宝することになるかもしれない。
(……うん?)
しばらく通りを歩いて露店を見ていると、一つの露店が恵菜の目に留まる。
その露店は鞄やポーチを取り扱っている露店だった。だが、普通の鞄にしてはかなり値段が高く、高いもので銀貨数十枚といったものもある。
「あの、ここにある鞄は何かの魔道具ですか?」
その値段の高さから恵菜は何かの魔道具なのかと思い、店主へ尋ねる。
「ん? お前さん、フィレクトルの収納袋を知らんのか?」
「しゅうのうぶくろ?」
全く聞いたことがない単語に、恵菜は首を振る。
「フィレクトルっていう魔術師が最近開発したもんでな、見た目は普通の鞄なんだが、例えばこの収納袋に――」
そう言いながら店主は一番大きな鞄を手に取り、近くにあった大きな木箱を鞄の中へ入れようとする。
明らかに入るとは思えない程のサイズだが、木箱は鞄の中へと吸い込まれていった。
「とまぁこんな感じで、見た目以上のものを入れておけるんだ。持ってみな」
店主は木箱を入れた鞄を恵菜へと渡すが、恵菜はその鞄を持って驚く。
「あれ、軽い?」
「そう、収納する前と後でほとんど重さが変わらないんだ。まぁその鞄じゃ今の木箱を入れるのが限界だがな」
恵菜が収納袋を返すと、店主が鞄から先程の木箱を取り出す。
出てきた木箱は、鞄に入る前と後で何も変わっていなかった。
「す、すごいですねこれ」
「だろ?」
不思議な収納袋を眺めていた恵菜だったが、ここで重要な事に気がつく。
(これがあったら、調理器具とか食材も簡単に持ち運びできそう)
ユーリエの家を出てから街へ来るまでの間、食事がほぼ保存食だった恵菜にとって、旅における食の改善は重要な課題の一つだ。
何か良い方法はないかと、恵菜は今まで考え続けていたのだが、調理器具が意外と大きな荷物になるという問題を解決する方法は、未だに見つかっていなかった。
だが、この収納袋があればその課題を解決できる。
問題があるとすれば、収納袋が安い物でも銀貨五枚はすることだった。
ちなみに、最近宿の宿泊延長を申請したため、恵菜の手元のお金はそれ程余裕がない。
「ちょっと収納袋の中を見せてもらっても大丈夫ですか?」
「あぁ、構わんよ」
店主に許可をもらい、恵菜は一番小さなポーチを手に取ってその中を覗き込む。
すると、恵菜はポーチの底の方に何かが書かれているのを発見する。
(魔法陣?)
ポーチの底に書かれていたのは魔法陣であった。
恵菜は他の収納袋の中も確認してみたが、その全てに魔法陣が書かれている。
収納袋がフィレクトルという魔術師によって開発されたと言っていたことから、この魔法陣がポーチの容量を上げるためのものではないかと恵菜は推測する。
(これなら私も作れるかな?)
古代語を完璧に使いこなす恵菜にとって、魔法陣の作成は得意分野だ。
問題はどんな魔法陣を作るかだけであり、手元に見本があるのなら作れるのではないかと考える。
「これをください」
「あいよ、銀貨五枚だ」
恵菜は銀貨五枚を支払って一番小さなポーチを買い、収納袋の魔法陣を解析するために宿へと戻った。
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「へぇ~、魔法陣に注ぐ魔力量で容量が変わるようになってるのね」
買ってきた収納袋に書かれた魔法陣を見ていた恵菜は、その魔法陣の古代語を見て効果を判断する。
一番安かった収納袋だけあって、容量は見た目の一.五倍程度といったところだが、どの収納袋も書かれている魔法陣が同じであったために、恵菜は手元に実物が一つあれば何でも良かったのだ。
「……でもこの文章だと魔力の変換効率は悪そうだし……ここは別の文章にしようかな」
恵菜は魔法陣の解析があらかた終わると、今度は自分でも魔法陣を作成し始める。
しかし、作成する魔法陣はフィレクトルのものと同じではない。
フィレクトルの魔法陣に気に入らない点があったのか、恵菜は元の魔法陣に自分なりのアレンジを加え始める。
「んー、後は食材とか入れるのなら鮮度は保ちたいから、時間遅延の効果も混ぜようかな」
さらに、恵菜は作成した魔法陣に更なる効果を付与するため、新たな古代語も追加していく。
恵菜があまりにも多くの改良と修正を行った結果、徐々に完成へと近づく魔法陣には、もはや元の魔法陣の痕跡は申し訳程度にしか残っていなかった。
「――できた!」
そして、ついに恵菜は魔法陣を完成させる。
魔力の変換効率を高め、時間遅延の魔法陣の効果まで追加された、恵菜渾身の魔法陣だ。
恵菜は完成した魔法陣の効果を確認するため、あらかじめ買っておいた普通のポーチへと書き始める。
「それじゃ、発動してみますかー」
恵菜はポーチに魔法陣を書き終え、効果を発動するために魔法陣へ魔力を流し込み始める。
魔力がどれくらい必要なのか見当もつかないため、恵菜は魔法陣が耐えられる限界まで魔力を注ぐ。
恵菜が魔力を流し込み終えると、魔法陣は強く光り始め、しばらくすると光は収まっていった。
「……失敗?」
魔法陣から光がなくなったのを見て失敗したのかと思った恵菜は、念のためポーチにテーブルを近づけてみる。
すると、テーブルはポーチの中へと入っていった。他にも椅子やベッドなども同時にポーチへ収納でき、入れたものを取り出すこともできたため、収納袋としては完成だろう。
「良かったー、後は時間が遅れてるかの確認ね」
恵菜は浴室に行ってお湯を汲み、ポーチの中へしまう。
しばらく後に取り出してもお湯のままであるかという実験だ。取り出してみても温かいままであったなら、時間遅延の効果が出ているということになる。
しばらくポーチをそのままにして、数時間後にポーチからさっきのお湯を取り出してみると、未だにお湯のままだった。
恵菜の魔法陣が正常に働いている証拠である。
「これで食事の問題は解決できそうね」
休息日に思わぬ発見をすることができて上機嫌になる恵菜。
何せ、旅をする上でどうにかすべきだと思っていた問題の一つを、こんなにも早く解決することができたのである。
他にも解決すべき問題もあるにはあるが、それは一先ず置いておくことにして、恵菜は街の観光を再開するのだった。
恵菜が便利さを追求した結果。
次話は明日(もしかすると明後日?)更新予定です。
行間を調整しました。(2023/7/2)




