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言葉の意味と意図

「え?」


 突如、聞こえてきた声。クルーエルのものではない。一度も聞いたことのない声だ。

 一体誰が。そう思う恵菜だったが、他にここにいるのは目の前のケルベロスだけ。


『マダ、マニアウ……ダカラ』


 またしてもあの声が聞こえてくる。もはや疑いようがない。この声の主は正面にいる異形のものだ。しかし、言葉は分かるが、その意図が全く分からない。


「間に合う、って……?」


「どうしたです?」


「ケルベロスが何か言ってくるの。来ないでとか、間に合うとか。でも、一体何のことなんだろ」


「私にはサッパリ聞こえないですが……。もしかすると、エナさんを惑わそうとしているのかもしれないです。言葉を聞いちゃ駄目ですよ」


 ケルベロスの策略。それは充分に考えられる。最初の「来ないで」というのも、浄化されたくないがために言った悪あがきだとすれば納得がいく。


 だが、何か引っかかる。何がおかしいのかは分からないが、魚の骨が喉に刺さったかのような違和感を恵菜は拭い切れなかった。


「エナさん! 行くですよ! あの子達を救うです!」


「え? う、うん! 分かった!」


 言葉の意図をもう一度よく考えようとした恵菜。しかし、クルーエルが大きく横に広がっていくのを見て気を引き締め直す。


(そうだ。今は戦うことに集中しないと)


 油断しているとやられると言ったのは自分である。それに、向こうは既に一度攻撃をしかけてきている。平和的な解決は難しい。恵菜は思考を中断し、戦闘モードへと意識を切り替えた。


『フレイムランス!』


 相手の強さを測るために、フレイムランスを発動。そのままケルベロスに向かって放つ。

 空を切るように飛翔したフレイムランスは、そのまま狙い通りにケルベロスへと命中する。だが、煙の中から現れたケルベロスには傷一つ付いていなかった。


「効いてない……?」


 少しだけ威力を落として撃ったとはいえ中級魔法。それがケルベロスに傷一つ付けられないのは恵菜も予想外だった。


 その一方で、ケルベロスは攻撃されたと認識したらしい。ケルベロスの右頭が攻撃の飛んできた方向――恵菜がいる方へと向き直る。


 攻撃が来るかもしれない。そう考えた恵菜は防御に備えると同時に、ケルベロスが大きく息を吸い込む。


「ガブオアアアア!」


 勢い良く左頭の口から吐き出されたのは、単なる空気ではなかった。洞窟内を真っ赤に染める程の灼熱。人など簡単に飲み込める巨大な火炎が迫ってくる。その炎の大きさを見た恵菜は、自分が使おうとしていた魔法では防ぎきれないと判断して回避を選択。全力で右へ跳ぶ。

 直後、ドゴォン!という爆発音と共に、恵菜がさっきまでいた場所へ火炎が炸裂する。なんと、見れば岩がマグマのように溶けているではないか。掠っても重傷、まともに受ければ致命傷どころの騒ぎではない。


 さらに、ケルベロスの攻撃はそれだけで終わらなかった。恵菜が跳躍した瞬間、それを狙っていたかのように跳びかかってきたのだ。


(速いっ――!)


 猛スピードで迫ってくるケルベロス。あの巨体でどうやってこのスピードが出せるのか不思議でならないが、このままでは地面に足が着く前に、ケルベロスの攻撃を受けることになってしまう。それを避けるべく、恵菜は飛行魔法を使おうとする。


『ホーリーランス!』


 と、その時、逆側から眩しく輝く一筋の光がケルベロスに向かって放たれた。恵菜が使って弾かれたフレイムランスと違い、光の槍――光属性の中級魔法、ホーリーランスはケルベロスの胴へ突き刺さる。


「グォウ!?」


 小さく悲鳴を上げたケルベロスの動きが鈍る。おかげで恵菜は魔法を使わずにケルベロスから距離を取ることに成功した。


「エナさん! この子達も結局はアンデッドに変わりないはずです! ヒールでもいいですから、光属性を優先して使うと良いです!」


 恵菜の耳に届いたクルーエルからのアドバイス。だが、恵菜は言葉によるアドバイスよりも、クルーエルが使った魔法の方が良い助言になった。


 この戦いは浄化が目的。殺してしまっては浄化できない。どれくらいの威力で攻撃すればいいのか分からなかったからこそ、最初の一撃は抑えて撃った。だが、クルーエルの攻撃っぷりから見て、かなり強めの魔法でも良さそうだ。むしろ、それぐらいじゃないと通用しないのかもしれない。

 治癒や浄化といった回復魔法が多い光属性。それでも先ほどのホーリーランス同様、直接攻撃の魔法もちゃんと存在する。


「それなら――『シャイニングレイ!』」


 魔法を唱えた恵菜の頭上に現れる光の球体。クルーエルに狙いを定めていたケルベロスはその光に気づいた途端、横へと跳躍する。さすがにその輝きの強さを見て本能的に危険だと察知したのだろう。

 が、恵菜の魔法の方が一瞬早かった。光が一際強く輝いたかと思った瞬間、物凄い速度の光線がケルベロスに向かって放たれる。


「ガアアアア!?」


 光は回避のために動き始めていたケルベロスの後ろ足を捉え、易々と貫いた。クルーエルの時の驚きの鳴き声とは違い、ケルベロスが苦しそうに叫ぶ。


 恵菜が使った魔法は上級の光属性魔法であるシャイニングレイだ。見ての通り、術者の頭上にある光からビームのような攻撃を放つ魔法である。一瞬の「溜め」が必要になるが、その威力は折り紙付きで、生半可な守りでは止めることすらままならない。


「そんなの使えるですか!? 凄いです!」


 恵菜の魔法を見ていたクルーエルが驚愕の声を上げる。しかし、これでもまだ上級魔法なのだ。その気になればその上――最上級魔法であるゴッデスブレスも恵菜は使うことができる。

 ただ、最上級魔法の威力は想像を絶する。一撃でケルベロスを殺してしまうことだってあり得なくない。今のシャイニングレイも、クルーエルが使ったホーリーランスの効果を見て、これぐらいならば殺してしまわないという確信があったから使っただけだ。逆に言えば、今使える一番強い光属性の魔法はこの辺りが限界である。


「グルルルルルル……!」


 怒っているとすぐに分かる声で唸りながら態勢を戻すケルベロス。ただ、僅かに動きが鈍っている。恵菜の魔法によるダメージがある証拠だ。


「ブハアアアアアアアアア!」


 今度はケルベロスが反撃を試みる。

 先程とは逆――今度は右頭から吐き出されたブレス。だが、迫ってきたのは炎ではなく、毒々しい緑色のブレスだった。


「なっ、ガスですか!?」


 明らかに吸い込んではいけない類のものだろう。しかし、ここは洞窟の中だ。ガスが充満すれば逃げ場などない。天井に外へと通じる換気孔はあるが、ブレスは地面を這う様に迫ってくる。自然換気は期待できない。


『ブリーズ!』


 どう対処すべきか迷ってしまったクルーエルだったが、今度はそれを助けるように恵菜が風魔法を発動する。生み出された風は意志を持っているかのように緑のガスを纏めながら、天井に空いた穴へと流れていった。


「助かったです!」


「さっきは助けられたからね! 私も頑張らないと!」


 助けられたから。それもそうなのだが、もしさっきクルーエルに助けられなかったとしても、恵菜はクルーエルを助けただろう。損得や貸し借りなど気にしているようでは助け合いなどできるはずもない。今、彼女達は味方であり仲間なのだ。


「クルーエルちゃん! このまま一気にいくよ!」


「分かったですよ!」


 ケルベロスは確かに強敵だ。一人で戦えば圧倒的に不利だったに違いない。だが、二人ならば充分勝機がある。


 それでも、ケルベロスの攻撃を一発でも貰えばアウトなのは変わらない。長期戦で疲弊して集中力が切れてしまうと危険だ。そうならないためにも、恵菜達は短期決戦に持ち込むべく、一気に攻勢に出た。


「グオオオオオオオオオオ!」


「キシャアアアアアアアア!」


 ケルベロスもブレスや突進など、負けじと二人に攻撃をしかける。だが、ケルベロスの攻撃は惜しいところまでいくも、二人に一切当たらない。逆に恵菜達の攻撃は的確にケルベロスを捉える。

 恵菜とクルーエルはお互い出会って間もない。当然、二人で一緒に戦うのはこれが初めてだ。しかし、狙われていない方が攻撃し、片方が危なくなればそれをカバーするといったように、二人の連携はしっかりしていた。


(この調子なら……!)


 魔力、体力、精神力共にまだ充分。クルーエルの方にも異常は見られない。ケルベロスも依然として致死の攻撃を放ってくるぐらいには動けているが、最初の方に比べれば動きは鈍っている。


 いける。恵菜がそう確信したときだった。


『オネ……ガイ……』


 またしても聞こえてきた声。

 戦いが始まる前に響いてきたものと同じもの。また騙そうとしてきているのかと勘繰る恵菜だったが、何かがおかしい。


(またあの声だ。でも、さっきと雰囲気が違うような……?)


 最初に聞いたときと違い、今の声がくぐもって聞こえたのだ。苦しんでいるかのような、それでいて何かを堪えているかのような。

 当然、ケルベロスも戦いで傷ついている。そう考えれば、その声の変化自体は何もおかしくはない。だが、恵菜はそれが原因で苦しんでいるようには思えなかった。


 ならば、何故。違和感を払拭すべく頭の片隅で思考を回そうとした、そんなときだ。


 ケルベロス――いや、真ん中の顔と目が合った。


(え?)


 恵菜は戸惑う。当然、戦っている間に何度もケルベロスがこちらを向いていたことはあった。だが、向けられていたのは全て敵意の眼差し。こんな悲しそうな目ではなかった。


(なんで、こんな目で私を? ……まさか、この声って!)


 恵菜の頭の中で浮かび上がった一つの可能性。それはこの声がケルベロスの三つ頭全ての意志じゃないというもの。


 戦闘中、ケルベロスは恵菜達を攻撃してきた。だが、体を使った攻撃はともかく、頭の中で攻撃してきたのは左右だけ。真ん中に攻撃された記憶はない。

 もしや、真ん中の頭は自我を持っているのではないか。まだ正気を保っているのではないか。そう思った恵菜が意思の疎通を試みるために話しかけようとした。


 だが……。


『モ、ウ……ダメ…………ニゲ――』


 さっきまで聞こえてきていた微かな声が不意に途切れた。


ケルベロスが意図していたことは……。


2022/01/23 単語を一部修正しました。

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