選択ミス
国境を越えてしばらく進んだ頃になって、大きな森へと差し掛かった。私の森に対するイメージは不気味という一言で表せる。今まで行ったことがある森は少し薄暗くて気味が悪い、危ない森ばかりだった。
ただ、今いるこの森は違った。木と木の感覚が離れているおかげで、空が葉っぱで完全に覆い隠される心配がない。空気も淀みなく透き通っている。まるでピクニック気分の旅だ。初めて訪れる場所だからって理由で、魔法で飛び越えずに森へ踏み入った私を褒めたい。
と、行く先に二手に分かれる道が見えてきた。兵士さんが言っていた通りなら、あれを右に……。
「……あれ?」
リルシャートの兵士さんの説明だと、右へ行けば安全だったはず。ただ、問題の右側の道には『この先、盗賊注意!』と書かれた看板がある。そして、左側には矢印と共に書かれた『ピレート』という文字。こっちは教えられた街の名前と同じだ。
ついさっきのことだから、私の記憶違いってことはないはず。じゃあ、兵士さんの記憶違い? でも、そんな大事なことを間違えるかな、普通。
「……あっ、もしかして逆から見てたからかな」
兵士さんは私に向かって道を教えてくれていた。つまり、私と向いている方向は逆。もし、兵士さんが自分から見た方向を基準に教えていたとしたら? それならこの看板と兵士さんの説明が一致する。
危なかった。看板が無かったら、間違った道を選んで進んじゃうところだった。
「そうと決まれば、進むのはこっちだね」
看板と兵士さんの説明通り、左へ行くことにした。ちゃんとこういうところに気づけるあたり、私も成長してるね。
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……おかしい。進むにつれて段々と木々が生い茂ってきた。さっきまではピクニック気分だったのに、今は遭難した気分。ここは私が今まで抱いていた悪いイメージの森にピッタリの雰囲気だ。
いや、でもこっちが正しいよね? 間違ってないよね? ちょっと不安になってきたけど大丈夫だよね? こっちがこうなっているんなら、右側の道はもっと薄暗いんだよね?
「そ、そうだよ。兵士さんが道を教え間違えたなんてことは……ん?」
あれ、人の気配がする。数メートル先の草むらの中と、大きな岩の後ろ辺りに、それぞれ一人ずつ。向こうから歩いてくる姿は見えなかったし、途中で誰かに追い抜かされてもいない
まさか……。
「ヒュー! やった、女一人っすよ! 看板を逆にする作戦、大成功じゃないっすか、兄貴!」
「ああ! 流石は俺、冴えてるぜ!」
気配がしていた所から、予想通り人が飛び出してきた。どっちも男で、口元には布を巻いている。怪しさ満点の恰好だ。
……って、看板? 逆?
「え? こっちが遠回りの道じゃないんですか?」
「その通り! お前は俺らが取り替えた看板にまんまと騙されたってわけよ!」
兄貴と呼ばれていた男が高笑いしながらネタばらしをする。恰好といい、やることといい……この人、絶対盗賊に違いない。
「ちょっと! いくら盗賊だからって、やっていいことと悪いことがあるんじゃないですか!」
「その悪いことをするのが盗賊なんだろうが、ばーか」
「良いことする盗賊なんていないっす!」
納得できるけど納得したくない間違った正論で言い返された。私とこの人達とじゃ倫理観が違うらしい。当然と言えば当然だけど。
「おい、おしゃべりもここまでだぜ。命が惜しけりゃ無駄な抵抗はやめな。そうすりゃ怪我させずに帰してやるぜ」
「あれ? 兄貴、せっかくの女なのに、物だけ盗って見逃すんすか?」
「ば、馬鹿野郎っ! 見逃すわけねえだろうが! 変に暴れられると面倒だから、勘違いさせて一気に襲っちまうんだよ!」
「なるほど、流石は兄貴っす!」
そう尊敬する男(あっちが兄貴なら、こっちは子分?)と、「ふふん、そりゃあ俺は天才だからな!」と得意げな兄貴。あの、小声でも全部聞こえてますけど。
「おら、傷つきたくなかったらそこを動くんじゃね――」
『マッドプール』
とりあえず、先手必勝。抵抗しようがしまいが襲われるんなら、何かされる前にこっちから仕掛ける。
使うのは下級の土属性魔法のマッドプール。任意の場所に泥沼を作るだけの簡単な魔法。ただ、魔力の消費量を調整すれば、大きさや深さを自由に変えられる。
「兄貴! 足が、足が沈んでいくっす!」
「ど、どうなってやがる!」
足下に突然出現した泥の沼に驚く二人。靴底から少しずつ沈んでいくのを見て、慌ててその場から逃げようとする。でも、もがけばもがくほど、もっと早く沈んでいくだけだ。このまま行けば、泥沼に全身が沈むことになる。まあ一応、窒息しないように頭が出るぐらいの深さにはしてあるんだけどね。
「クソッ……! いや、こうすれば行けるぞ!」
そう言って盗賊の兄貴が靴を器用に脱ぎ捨て、それを足場にして大きくジャンプ。沈んでいく靴を犠牲に、泥沼から脱出してきた。
「流石は兄貴っす! 自分も……とぉ!」
兄貴をお手本に、子分も真似をして脱出。二人とも意外と運動神経はいいのかな。それなら盗賊じゃなくて別の事で稼げばいいのに、勿体ない。
「そのまま沈んでくれると楽だったんですけどね」
「あの程度で俺様がやられるわけねえだろ! おら、今度こそ覚悟してもらうぜ!」
「そうっす! 覚悟するっす!」
そう言って裸足でこっちに駆け出してくる二人。
でも、残念でした。マッドプールから脱出してくるところまで予想済みなんだよね。
『アースニードル』
アースニードルは中級の土属性魔法。本来なら地面から鋭い棘を出して、相手を串刺しにしちゃうものなんだけど、当たり所が悪いと怪我だけじゃ済まない。というわけで、今回は特別製だ。
「痛でででで!」
「い、痛えっす!」
魔法を発動した場所に差し掛かったところで二人が止まる。そのまま痛そうに片足を上げては下ろしを繰り返し始めた。
発動したアースニードルは、先端を少し丸めて、棘の長さもかなり短くしたもの。それがビッシリと生えた地面は、即席の足つぼマットだ。そんな場所に靴もなく勢いよく走りこんだら痛いに決まってるよね。
「でもって、トドメの――『シャドウバインド』」
二人が両足を下したタイミングで魔法を発動。二人仲良く、足つぼマッサージの上で動けなくなってもらう。
「また動けねえっす! しかも、今度は痛いっす!」
「ず、ずるいぞ、お前! お、男らしく、正々堂々勝負しろ!」
「私、女ですし」
なんで私が卑怯者扱いされるんだろう。どちらかというと卑怯なことをしたのはそっちのはずなのに。私はただ道に足の疲れを癒せる設備を作っただけ。そのままいたら健康になれる(かもしれない)んだから、むしろ喜んでほしい。
ただ、このまま眺めていても時間の無駄だよね。収納袋から縄を取り出して、動けない二人をグルグル巻きにしていく。何かに使えるかもと思って入れておいた縄がこんなところで役立つなんて。備えあれば憂いなし、だね。
「お、おい! やめるなら今のうちだぞ! 今なら見逃してやる!」
「そうっす! 早くやめるっす!」
「いや、あなた達、今自由にしたら絶対に逃げるか襲うかしますよね」
動けないのにギャーギャーと騒ぐ二人。この状況で未だに強気の姿勢を崩さないなんて、一体どんな精神をしてるんだろう。
「というわけで、犯罪者確保」
解けないようになっているか、しっかりと結び目を確認。これでもう襲ってはこられないはず。まあ、まだ向かってくるようならもう一回足つぼの刑にすればいっか。
兵士さんの言うことを聞いておけば……。




