リルシャートへ
降り注ぐお日様の光。澄み渡った新鮮な空気。そして、物凄い勢いで視界を駆け抜けていく綺麗な景色――。
はい。現在、全速力で空の旅をしています。
この辺りは来たことがある場所。だから、心置きなくスピードを出して移動できる。急がなきゃいけない旅だと分かったから、休む時以外はずっとこうやって飛び続けてる。
「うん?」
何だろう。遠くに何か見えてきた。
スピードを落として下へ着陸。今までは周りに人がいなかったから全速力で飛べてただけ。人の目がある場所でこんなスピードで飛んでたら驚かれて通報されちゃう。既に経験済みだからこそ分かる。
とりあえず、普通の速度で歩いていくと、やっとそれが何か分かる距離まで来た。
見えてきたのは、大きな川とそれを跨ぐようにして架けられた石組みの橋。渡るのを拒むように閉じた門があって、近くには人の姿が何人か見える。たぶん、これが検問かな。
どうやら、この川がフリフォニアとリルシャートとの国境みたい。川は流れが結構早くて、見たところ水深もかなりありそう。泳いで渡るのは無理っぽいし、向こう側へ普通に渡るには、一本しかないこの橋を渡るしかない。
でもこれ、魔法で飛んでいけば簡単に飛び越えられるんじゃないかな。検問にいる兵士さんが目を光らせていなかったら、簡単に不法侵入できそう。
まあ、そんなことはしないけどね。手元にはちゃんと許可証があるし、犯罪行為をする必要もない。持ってなかったら……どうしてただろう。無謀なことはしないで大人しく帰ったと信じたい。
「ここはフリフォニア王国とリルシャート王国の国境である。リルシャート王国へ渡るのなら、越境許可証と身分が証明できるものを」
「どうぞ」
兵士さんに言われた通り、越境許可証と自分の冒険者カードを渡す。その冒険者カードを見た瞬間、兵士さんの表情が変わった。
「なっ……白金ランクだと!?」
冒険者カードと私を交互に見比べ、信じられないものを見るかのような目でカードを凝視し始める。でも、非常に残念なことだけど、カードの偽物なんて作れっこない。このカードはちゃんと私に反応して、記録されている正しい情報を浮かび上がらせている。
そう、いつもこう。冒険者カードを見せるたびに驚かれて、疑われて、時には怖がられる。一度、システシアさんに身分偽装用のカードを作ってもらうように頼んでみたけど、「それだと身分証明にならないでしょう」の正論で論破された。こんなことなら、あの時白金ランクになるのを断固拒否しておくべきだった。そう思わなかった日はない。
ただ、過ぎたことを悔やんでもしょうがない。否定するわけにもいかないので頷いておく。
「君みたいな娘が白金か。全然そうは見えないのだが、人は見かけによらんのだな。……む?」
冒険者カードが本物だと理解した兵士さん。次に越境許可証の方に目を落とすと、またしても変なものを見る目になった。
何だろう。そっちは特に変な物じゃない気がするんだけど。
「どうかしました?」
「いや、許可証がちょっとな。どこでこの許可証を?」
「ランドベルサのギルドで発行してもらったものですけど。まさか、何か不備でもありました?」
真っ先に思いついたのは越境許可証発行時のミス。システシアさんに限ってミスなんて起きないだろうとは思う。ただ、人間、誰しも間違いの一つや二つはある。あの時は急いでやってもらったし、どこか見落としがあってもおかしくない。
「いや、許可証は問題ない」
あれ、違った。じゃあ、一体何がおかしいんだろ?
「ないのだが、この許可証は一般人には発行されないはずなのだ。フリフォニアに限らず、越境許可の申請数はかなり多い。そんな大量の申請を一々国王陛下がご確認できるわけがないからな。普通、越境許可証に入るのは各街にいる許可管理権限を持つ者の署名だけで、国王陛下の署名などまず入らん」
…………。
「……じゃあ、この許可証はどういった人に発行されるんですか?」
「国のお偉いさん、まあ、言ってしまえば貴族様だな」
ミスだけどミスじゃなかった。システシアさん、そこは間違えてほしかったです。いつも正確な仕事をし過ぎです。たまには間違えてください。
「一応確認したいのだが、まさか君が貴族ということは……」
「ま、まさか、そんなわけないじゃないですか。たぶんギルドが間違えたんですよ。ほら、白金ランクだから特別な方を使ってしまったとか」
冒険者カードと違って、こっちはまだミスで押し通せる。システシアさんには申し訳ないけど、ここは誤魔化させてもらおう。これ以上めんどくさい状況にしたくない。
「そうだよな。いや、こちらもどうかしていた。最近、最年少の公爵が誕生したと聞いたからもしかしてと思ったが、流石に君みたいな年の娘がそうだとは考え過ぎたな。ここ一年近くはずっと検問にいるものだから、世間に疎くなってしまったのかもしれんな。ハッハッハ!」
ごめんなさい、大正解です……。世間知らずは私の方です……。
「そ、それで、ここは通してもらえるんですか?」
「ん、ああ、そうだったな。許可証の種類はどうあれ、許可が出ているからな。通って問題ないぞ」
そう言って兵士さんが合図すると、橋を塞いでいた門が開いた。
どうやら、この許可証で通してもらえるみたい。もしかしてランドベルサに戻って再発行する羽目になるんじゃないかと心配してたけど、そうならずに済んだ。
よかった。さて、色々とバレないうちに、ここを早く渡って――。
「そうだ。聞き忘れていたことがあった」
「ひゃいっ!? な、何でしょうか?」
と思った瞬間の引き留め。まさか、身分がバレたとか……?
「リルシャート語が使えないのなら、向こうの詰め所でそう伝えるといい。少し高つくが、翻訳者として兵士が一名付いてきてくれるはずだ」
「お、教えてくれてありがとうございます」
単なる親切心からの助言だった。あぁ、こんな親切な人を騙しちゃっているなんて……。本当にごめんなさい。
平常心を装いながら、内心で頭を最大限に下げつつ橋を渡る。向こう岸にも同じように検問があって、こちらを見ている人たちがいる。あれがリルシャート側の兵士さんかな。
「ようこそ、リルシャートへ。越境許可証と身分証を拝見させていただきたいのですが、その前に言葉は理解できていますか?」
お互いの声が届く距離になって、向こうから話しかけてきた。心配はしてなかったけど、やっぱり言葉は通じる。
それにしても、ランドベルサの兵士さんは鎧姿が多かったけど、こっちの兵士さんはローブ姿が多い。見た目通りなら戦い方も魔法が主体かな。魔法が発展している国ならではだね。
「はい、大丈夫です。どうぞ」
「確認いたします。おや? 許可証が――」
「発行してくれたギルドが種類を間違えちゃったみたいなんです。でも向こう側では許可証としては問題ないってことで通してもらえました」
何かを言われる前に許可証の間違い(合ってるけど)を説明。隠せるものでもないし、どうせバレるんなら先に説明した方がいいよね。
「そうでしたか……って、は、白金っ!?」
あ、そっちもあったんだった。
「疑いたくなるのも分かりますけど、本物です」
「い、いえ、疑っているわけではなくてですね。本物を見たことがなかったので、つい」
慌てて謝られた。別に怒ってはないし、相手が見慣れてないのも無理はないから、「気にしないでください」とフォローする。この流れも人生何度目だっけ……。
「それにしても、流暢なリルシャート語ですね。こちらに滞在経験がおありで?」
「ないですよ。リルシャートは始めてです」
「勉強熱心なのですね……やはり白金ランクともなると違いますね」
他の白金ランクの人に会ったことがないから分からないけど、たぶん、私だけです。勉強しないで、ズルで手に入れた知識です。勉強はこれからしに行くんです。だから、そんな尊敬の眼差しで私を見ないでください。
「確認が終わりましたので、こちらはお返しします。通行も問題ありませんので、どうぞお通りください」
向こうと同じように、こっちでも許可証は問題なかったみたいだ。戻ってきた許可証とカードをしまったところで、聞かなきゃいけないことがあったのを思い出す。
「あの、ここから一番近い街まではどう行けばいいですか?」
「ここから一番近い街はピレートですね。このまま道なりに進めば自然と着きますよ。途中に分かれ道が一つありますが、右と左どっちへ行ってもピレートには行けます。ただ、左へ行くと近道ですが、右へ行くことをお勧めします」
兵士さんが丁寧に説明してくれる。でも、近道があるのに、わざわざ遠回りの道へ行くように勧めてくるなんて。何かあるのかな? 気になる。
「左の道は何かあるんですか」
「盗賊が出やすいんですよ。軍の方でも時折、駆除はしているんですがね。あの道は木々が生い茂り過ぎているせいで見通しが悪く、気づけばすぐに盗賊が湧くんです」
なるほど。左が危ないから右の道を勧めてくれたんだ。いくら近道でも、危なかったら勧められないよね。
「ああ、ですが、白金ランクの方なら近道でも問題はないかもしれませんね」
「いやいや、別に襲われたくありませんから。大人しく右の道に行きますよ。教えてくれてありがとうございました」
私に魔法の実力があろうがなかろうが、無意味に命を危険に晒すなんて馬鹿な真似はしない。急がば回れっていうことわざもあるし、近道して襲われたらそれこそ時間のロスになるかもしれない。
それに、システシアさんの言うことが正しいなら、ここからリルシャートの首都まで普通に行って約二週間とちょっと。ランドベルサ国内は全速力で移動してきたおかげで時間の余裕ができた。始めてきた土地だし、ゆっくり進みたい。
バレなきゃ大丈夫。




