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第10部 奇襲

 総大将であるアルマンの戦死は、ルファス侯国軍の指揮系統に大きな混乱をもたらすことになった。


 まず、アルマンが戦死する直前に「全軍突撃」の指示を下していたため、大谷勢の鉄砲隊・弓兵隊の猛射が続く中、地面に伏せ弾丸や矢の嵐をやり過ごしていた侯国軍の兵士たちが命令通りに戦死した者を盾にしつつ、大谷勢の本陣に目掛けて突撃を再開した。


ダダダダダ~~~ン!!!


 「次弾装填急げ!」

 「敵をこれ以上近づかせてはならん!斉射に拘るな!矢を一本でも多く浴びせかけろ!!」


 鉄砲隊・弓兵隊の物頭たちが必死に兵に檄を飛ばし続けるが、半ば損害を無視し、しかも戦死した者を片端から盾に使ってでも突撃を続ける侯国軍にジリジリと間合いを詰められ始める。


 「長柄隊!構え!!」


 本陣の柵との間が50mを切ろうとすると、鉄砲隊・弓兵隊の後方に控えていた長柄隊が物頭の指示により長柄を一斉に構える。

 そしていよいよ敵兵が柵に手を掛けようとする距離まで達した瞬間、


 「押せ~~~!!」

 「オオオオオ~~~!!!」


 物頭の檄に応じて掛け声を上げると、その穂先を一斉に鉄砲隊の兵たちの間から柵に外に向けて勢いよく突き出した。


 「グッ…!!」

 「ゲウッ!」


 一斉に突き出された鋭い長柄の穂先は、先頭を走る侯国軍の兵たちを次々と貫いていく。

 それは弾除けとして使っていた戦死者の身体をも貫通し、その後ろに潜む兵士たちまで達するほどの貫通力がある。


ダダダダダ~~~ン!!!


 長柄隊による足止めの隙をついて、鉄砲隊が至近距離から一斉射撃を撃ちかける。

 距離があればその弾丸は戦死者の身体を貫通するまでは至らないが、既に長柄が届く距離にまで接近されてからの射撃である。

 その弾丸はあっさりと死者の盾を貫通し、長柄と同じくその後ろに潜む兵士を次々と撃ち抜いていく。


 しかし、本陣との距離が大きく縮まってしまったことにより、今度は侯国軍からの攻撃も大谷勢に対して浴びせかけられることになる。

 まず、射程が短く本陣手前で落下していた侯国軍弓兵隊の矢が大谷勢を頭上から襲い始めた。

 足軽以下の兵たちは陣笠を、それ以上の者たちは各々の兜を被っているため、頭に直接被弾することはないが、剥き出しの手や足を射抜かれる者が続出し始める。

 そして長大な長柄を突き出す大谷勢の長柄隊に対し、ショートスピアーを装備し小回りの利く侯国軍の兵士たちは、長柄の間や下を潜り抜け柵に殺到する。


 「押し倒せ~~~!」


 柵に手を掛けた兵士たちが柵を大きく揺らし始める。

 それを止めようと長柄隊は更に勢いよく長柄を突出し、鉄砲隊・弓兵隊も必死で敵兵を狙撃する。

 そしてその大谷勢の反撃を防がんと、柵の近くに陣取る鉄砲隊や長柄隊に対しショートスピアーが次々と突き出される。

 僅か一枚の柵を巡り、大谷勢とルファス侯国軍の激しい攻防戦が展開される。


 「頃合いだな…」


 そのやり取りを本陣の天幕前で睨むように観察していた吉継は、すぐ近くに控えていた旗本の兵に指示を出す。


 「時は今ぞ!合図の陣太鼓を打ち鳴らせ!平塚勢・戸田勢に敵方の側面を突かせよ!!」


 吉継の命を受け、鬨の声に負けぬほど盛大に陣太鼓が打ち鳴らされる。

 敵の槍兵隊が柵に殺到し、弓兵隊もこちらに気を取られている。

 吉継はこの時を待っていたのだ。


ドンドン ドンドン ドンドン


 「よし!合図の陣太鼓の音だ!者共行くぞ~~!!」

 「時は今ぞ!者共、儂に続け~~!!」


 本陣から陣太鼓の音が鳴り響くとほぼ同時に、本陣のやや後方の両翼に布陣していた平塚勢・戸田勢がの騎馬隊100騎が一斉に前に出る。

 そして本陣の柵を巡り必死の攻防を展開した侯国軍の側面へ、東西から挟み撃ちにするように突っ込んでいった。


 「て、敵の騎馬隊だ~~!」

 「槍兵隊、何をしておる!奴らを迎え撃…!」


 「かかれ!かかれ!!目につく者から討ち取ってしまえ~!!」

 「首取りは後にせよ!蹴散らせ~~~!!」


 意表を突く騎馬隊の側面攻撃に、正面の大谷勢しか目が向いていなかった侯国軍が動揺する。

 この時不運なことに、本来騎馬隊の突撃を抑えるべき槍兵隊が大谷勢との戦闘に忙殺されており、騎馬隊の突撃を許した側面は全く無防備な状態を晒していた。

 しかも、奇襲を許した段階で適切な処置を施し、兵の動揺を抑えるべき総大将を既に失っていたことも重なり、騎馬隊の突撃を止めるための手立ても講じられず、崩れた陣形を整えることも出来ないまま、侯国軍は側面から一気に崩れ始める。


 まず、槍兵隊の後方から大谷勢に矢を打ち込んでいた弓兵隊が崩れた。

 突然西側から平塚勢の突撃を受けた侯国軍弓兵隊は、慌ててその照準を平塚勢に合わせようとしたが、その矢が放たれるよりも早く、騎馬隊の猛攻を受けることになった。


 「どけい!道を開けろ!!」

 為広は騎乗する馬の速度を落とすことなく、馬上槍を振り回しながら敵陣へ切り込んでいく。

 そして雑兵、武将の区別なく手当たり次第に敵兵を突き落していく。


 「そぉうりゃ~!」

 掛け声とともに馬上槍が振り下ろされ、敵兵の頭を砕く。

 そしてその光景に恐れおののいていた別の敵兵たちが、為広に付き従ってきた騎馬武者たちに同じく討ち取られる。

 弓を諦め、慌てて腰に下げたショートソードを抜く者もいるが、元々護身用としての意味合いの強いショートソードでは騎兵に太刀打ちできるはずもない。


 やがて平塚勢が弓兵隊の半ばまで切り込んだ時、ついにその圧迫に耐えられなくなった者たちがバラバラと逃げ出し始め、そのまま弓兵隊全体の崩壊へと繋がった。


 そうすると、後方を守っていた弓兵隊が崩れたことにより、今度は前線で鍔迫り合い《つばぜりあい》を展開していた槍兵隊にその影響が一気に波及する。

 それまで弓兵隊の援護を受けて何とか持ち堪えていた槍兵隊が、その援護を失い浮足立つ。

 すると、ここが好機とばかりに大谷勢の長柄隊・鉄砲隊・弓兵隊の攻撃の勢いが増し、更に側面から奇襲をかけてきた戸田勢の騎馬隊が錐もみ状態で切り込んでくる。


 「それ!敵が崩れ出したぞ!!」

 「今が好機じゃ!長柄隊!柵より打って出よ!!戸田勢に後れを取るな~!」

 「大谷勢に手柄を取られるな!!敵を一人でも多く討ち取れぃ!」


 「ひ、引くな!背を向けたら後ろから追撃されるぞ!!」

 「もうダメだ~~、死にたくねぇよ」

 「くそ!弓の奴ら、俺たちを置いて逃げ出しやがって!!」


 侯国軍側からの矢の攻撃が止んだため、大谷勢の鉄砲隊が至近距離から一斉射撃を浴びせかけ、更にその傷口を拡げんと、柵を挟んで突き合っていた長柄隊が今度は自ら柵を押し倒し、横一列の陣形を維持しながら長柄を構え突撃を開始する。


 「者共!突け突け!!」

 エイ!エイ!エイ!


 物頭たちの指示の元、足軽たちが鬼の形相で長柄を突き出す。

 それに何とか応戦しようと侯国軍の槍兵たちも槍を構えるが、その側面からは戸田勢の騎馬隊が陣を突き崩さんと突撃して来ており、その構えを維持することすらままならない。

 やがて、前方の大谷勢、側面の戸田勢・更に弓兵隊を打ち破った平塚勢の多方向からの攻勢に耐えきれず、侯国軍槍兵隊も陣形が崩壊、南へ向けてバラバラと退却を始めた。



---大谷勢本陣---


 「崩れたか」

 戸田勢・平塚勢の突撃から程なくして、まず侯国軍の弓兵隊が、その後槍兵隊が敗走していくのをその目で確認しながら吉継が呟く。

 騎馬隊投入からの呆気ないほどの幕切れだが、まだ吉継の顔にはまだ厳しい表情が張り付いたままである。

 そしてその目は、無言でまだ戦が終わっていないことを語っている。


 「平塚殿、戸田殿に早馬!そのまま敵を追撃しつつ奴らの砦に向かうよう伝えい!」

 「はっ!!」


 吉継の指示を受け、使い番が本陣から駆け出していく。


 「後はあの方の働き次第。上手くいくと良いが」


 使い番の姿を目で追いつつ、吉継は呟いた。



---南砦付近---


 平塚勢・戸田勢は執拗に敗走する侯国軍に追撃を加えていた。

 敗走が始まったからここに至るまでに、既に目の前の侯国軍の兵力は開戦当初から見て3割も残っていないように見える。

 そして戦場からこの砦までの間には、追撃により命を落とした侯国軍兵士の屍が数百と転がっている様な状態である。

 だがそれでもまだ二百を超える兵たちが砦に向けて逃げ続けている。

 その様子はもう砦の見張り台からも確認でき、急いで逃げてくる味方を救出せんと砦から三百の兵が出撃し、平塚勢・戸田勢に向かっていった。


 そして今まさに追撃を続ける平塚勢・戸田勢と激突しようとしたとき、砦の脇に広がっていた雑木林の中から一隊の騎馬隊が出現し、味方が城外で戦っているため閉じることが出来なかった砦の城門に向かい突撃を開始する。

 砦内に突入した騎馬隊は守備兵を蹴散らしつつ、手近に見える建物に火を放ち、各所に設けられた守備隊の拠点を次々と制圧していく。

 その様子を目撃した敗走部隊と救出部隊の兵たちは、一体何が起こったのかも分からず大混乱する。

 そして混乱し満足に反撃も出来なくなった侯国軍に対し、平塚勢・戸田勢の騎馬隊、そしてその後を追いかけてきた大谷勢により猛攻が加えられる。

 

 やがて、砦の制圧が完了したのか砦に掲げられていたルファス侯国旗が引き摺り下ろされるに至り、ついに城内外の侯国軍は全面降伏し、戦は終了した。


 なお、敵の隙を突いた砦への奇襲をかけた一隊の正体は、佐和山城から西側の探索を命じられ出撃していた公郷率いる小野木勢100騎であった。

 

 




最後までお読みいただきありがとうございます。

そして投稿が遅くなったこと、申し訳ありませんでした。

実生活で親族の結婚式などがあり、また仕事の中間決算も控えているのでゆっくり執筆をしている時間を取ることが出来ませんでした。

内容も…。


とにかく戦闘表現は難しい。

そして人の会話はもっと難しい…。

何とか少しでもマシな文章に出来るよう努力します。

しばらく更新も滞りがちになりますが、少しずつでも続けていければと思います。


またよろしくお願いいたします。

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