第9部 遭遇戦
ルファス侯国軍大将 アルマン=オルゾー。
聖ロレンツィア王国のジョゼ=ルファス侯爵の腹心であり、男爵の爵位を持つ貴族である。
背丈は5尺半弱(約160㎝)ほどで小太り、口ひげを生やし、頭はやや薄くなりつつある金髪をしている。
アルマンにとって、この北州の掃討作戦はそもそも戦と呼べるようなものではなかった。
戦とは人間同士がするのもであり、悠の国に逃れてきた獣人や亜人共はそもそも戦をする相手ですらない。そして、その人間ではない獣人や亜人たちを受け入れ、匿う様な悠の国の者は人間であって人間で非ず。であるからして、この北州の掃討作戦は戦ではない狩りである。これがアルマンの持つ価値観であった。
そして悠の国への侵攻軍に参加してから現在に至るまで、まさに狩りを楽しむかのようにアルマンは多くの獣人や亜人、悠の国の民を殺し・捕え・使役してきた。
それはしかもこのアルマン一人に限ったことではない。むしろ、悠の国へ侵攻した大陸連合軍全体に浸透した認識言ってもよい。
侵攻当初こそ悠の国の朝廷に率いられた豪族や領主たちの軍が抵抗してきた。しかしその抵抗は大陸連合軍が拍子抜けしてしまうほど呆気なく瓦解してしまう。兵力・物量共に大陸連合軍が勝っていたこともあるが、何故か悠の国朝廷軍と大陸連合軍との戦いは、様々な形で大陸連合軍には有利に、悠の国朝廷軍には不利に働いた。
ある時は朝廷軍の陣所に巨大な竜巻が発生し、戦う前から全てを吹き飛ばしてしまうことがあった。またある時は朝廷軍の指揮官が戦の最中に落雷に打たれ命を落とすことがあった。極めつけは、悠の国各地で疫病が蔓延し朝廷軍も民衆も戦を出来るような状態でなくなってしまった。
これ以降大陸連合軍は、戦ではなく狩りでもするかのように悠の国各地へ侵攻し占領していった。
そして占領された地において、獣人族・亜人族は根絶やしにされ、悠の国の民は家や土地は元より全ての財産を奪われ、奴隷のような生活を余儀なくされるようになった。
---ルファス侯国軍砦の北部平原---
報告に受けたコボルト族の生き残りが隠れ住む集落に向けて砦を出発してから半日ほど過ぎた頃、目の前に現れた集団にアルマンは戸惑いを覚えていた。
昨日受けた報告では、集落にはこれまでの討伐で討ち漏らしたコボルト族の生き残りがいるだけだと聞いていた。故に、アルマンは砦を出発してからここに至るまでずっと狩りと言う娯楽を楽しむ程度の気分しか感じていなかった。
しかし、目の前に現れた集団はこれまでアルマンが想像していた「怯えたコボルト族の生き残り」とは明らかに違っていた。
そこに居たのは、色鮮やかな軍旗を翻しこちらに鋭い殺気を放ってくる完全武装の軍勢だったのである。
「な、なんだ!?こいつらは一体何者なのだ!!」
予想もしていなかった軍勢の出現に慌てふためきつつ、周囲の側近たちにアルマンが喚き散らす。その姿はお世辞にも一軍の大将と言えたものではないが、その大将と同じく冷静さを失っている側近たちにはそれを諌めることも出来ない。
「分かりません。こ、この辺りに軍勢を有するような豪族や領主など、い、いなかったはずですが…」
「では目の前の奴らはなんだ!!あいつらはどう見てもコボルトなどではないぞ!!武装した軍勢以外の何物でもないわ!!」
不用意な発言をした者に、アルマンは唾を飛ばして怒鳴り散らす。
「おそらくではございますが…、コボルトの連中と同じく、この地に落ち延びてきた豪族か何かの残党ではないでしょうか?見たところ、奴らは皆悠の国の者の様でございますし…」
いくらか落ち着きを取り戻した側近の一人が己の推測を口にする。
「う、うむ。なるほどな、お前の言う通りかもしれんな」
その側近の言葉にいくらかアルマンも落ち着きを取り戻す。
確かに、もはや悠の国の大半は既に自分たちの支配下に置かれており、悠の国の残党が落ち延びることが出来るような場所はこの西夷国含めごく僅かな地しか残されてはいない。そう考えれば、無人と思われていたこの西夷国の最果ての地で、その残党どもと出くわす可能性がなくはない。いや、むしろそう考える方が自然である。
そう思った瞬間、アルマンの中から殺気立った正体不明の軍勢と出くわしたことへの恐怖や焦燥は無くなった。
「ふん!ならば丁度良い。コボルトの連中共々皆殺しにしてやるわ!所詮、我らに一度として勝つことが出来なかった雑魚共の生き残り、性懲りもなく目の前に現れたのを後悔させてやるわ!」
そう言うと、愛用の宝飾が施されたロングソードを鞘から引き抜き、自ら軍の先頭へと進んでいった。
「者共!狩りの時間だ!見たところ奴らは我らの半分もいない小勢だ!一気に叩き潰すぞ!全軍突撃~~~!!」
側近たちが止める間もなく、アルマンは自ら1000の兵の先頭に立ち突撃を開始した。
アルマンは大きな過ちを犯していた。
いくら理屈にかなっているとは言え、所詮側近の言葉は推測にすぎない。まずは密偵や偵察を放ち、その推測(情報)の真偽を入念に吟味し、その結果に応じて戦い方を考えるという初歩的な事をアルマンは失念していのだった。そして、今回側近がアルマンに伝えた推測(情報)は大きく的を外していた。ルファス侯国軍の目の前に展開した軍勢は、落ち延びてきた敗残兵などではない。別世界とは言え、天下分け目の大戦を戦い抜いてきた精鋭部隊だったのである。
---大谷勢本陣---
物見の兵から敵勢の出現を知らされた吉継は、為広・勝成両将に手勢の騎馬隊を率いて本陣の両翼に展開するよう指示を出した。そして自らは本陣中央の天幕に残り、陣の守りを固めた。
本陣の布陣は、前線の柵の内側に鉄砲隊100が二列に展開しいつでも斉射可能な態勢を整え、そしてその鉄砲隊の後方には長さ3間(約5,5m)の直槍を構えた長柄隊100と弓兵隊50が支援態勢を取り、更に吉継本陣周辺には遊軍を兼ねた武者隊50が待機していた。
本陣両翼に展開した平塚勢・戸田勢は、共に騎馬武者50騎で編成されている。
本陣そして両翼の布陣が完成した頃、報告を受けていたルファス侯国軍らしき軍勢がその姿を現した。
「来たか。なるほど確かに物見の者の申した通りだな」
遠目からルファス侯国軍の軍容を確認した吉継が呟く。戦力はおよそ1000程度でありほぼ歩兵のみで編成されているようである。だが、念のため平塚勢から騎馬兵による斥候を出し更に相手側の陣容を探るよう指示を出していた。
程なくして戻ってきた斥候からの報告によれば、歩兵の兵装は長さ1間(2m弱)の短槍が中心でありその数は700程、後方には弓を構えた弓兵隊が200程、そしてその更に後方には大将らしき武将と僅かな騎馬兵が100程の兵によって守られている、とのことであった。
「鉄砲は無いのか?」
「ハッ!やや遠目からではございますが、鉄砲は確認出来ませぬ!また、こちら側を狙撃する様子もありませんでした!」
斥候の言葉を聞き、吉継は大きく頷いた。
「うむ!よう分かった!ご苦労であったな、急ぎ平塚殿の元へ戻るが良い」
斥候を下がらせると、吉継は天幕より外に出る。そして、陣の前に現れた敵勢を見やりながら思案する。
(歩兵が多く、弓兵ばかりでは射程距離も大してあるまい。ならば、奴らを陣前まで引っ張り込んで鉄砲で狙い撃ちにしてやるのが得策だが…)
如何にして陣前まで敵勢を引っ張り込もうか、そう考えていた吉継の耳に大歓声と地響きのような突撃音が聞こえてきた。何と敵勢が自らこちらに向かって突っ込んできたのである。しかも大将らしき武将が自ら先頭に立ち、兵を指揮しながらである。
あまりの様子に呆気に取られた吉継であったが、不意に笑みを浮かべると鉄砲隊長に指示を出す。
「ふふふ、まさか自分たちから態々来てくれるとは思わなんだぞ。折角足を運んでもらったのだ、大いに歓迎してやろうぞ!」
吉継の言葉に頷いた鉄砲隊長が声を張り上げて檄を飛ばす。
「よし!者共鉄砲構え!第一斉射!放て~~~!!」
ダダダダダダ~~~ン!!!
本陣目掛けて突撃してきた敵勢に対して、鉄砲隊第一陣の50人による一斉射撃が放たれた。
同時に、先頭を駆けていた敵兵が数十人もんどり打って倒れるのが確認できた。ある者は腹を撃ち抜かれ、ある者は頭部を吹き飛ばされ、またある者は脚を撃たれて呻き声を上げている。そして間を置かず第二陣50人による第2波の一斉射撃が放たれると、再び多くの兵が身体を撃ち抜かれ吹き飛んだ。
鉄砲隊の弾込めまでの間は、後方に控えていた弓兵隊50人が、鉄砲隊の射撃を受けて動きが鈍った敵勢に対して次々と矢を浴びせかける。頭上から降りかかるように飛んでくる矢に対し、無防備に突撃を掛けてきたルファス侯国軍は有効な防御手段がないまま次々と矢の餌食になっていく。唯一ルファス侯国軍の弓兵隊が反撃とばかりに矢を打ち返すが、使用している弓がショート・ボウ(短弓)では大弓を装備する大谷勢の弓兵隊に対して飛距離が足りず、矢が本陣柵の手前で落下してしまう。そして、その反撃に出た弓兵隊を脅威と見定めた鉄砲隊が弾込めの終わると同時に、ルファス侯国軍弓兵隊に対し一斉射撃を浴びせかけた。
「ぐわ!!」「ぎゃああぁぁ!」
鉄砲隊の射撃を受け弓兵隊の兵が次々と弾き飛ばされ、そして生き残った者たちには、射程外から大弓による矢の雨が浴びせかけられる。何とか反撃しようにも、ショート・ボウの有効射程は50m程でしかなく、大弓の有効射程はその倍の100m、鉄砲に至っては有効射程は200m以上で最大射程は500mである。しかも、それらから身を守るための盾も何も装備していない状態では狙いを定めた射撃が出来ないため、ほとんどの矢が柵に到達することもなく、手前の地面に突き刺さった。
「ええい!!これは一体どうしたことだ!?」
鉄砲隊の一斉射撃により騎乗していた愛馬から落馬したアルマンが顔を地面に押し付けんばかりに伏せながら、自らを守ろうと周囲に集まってきた側近たちに怒鳴り散らす。
「奴らの武器は何なのだ!?いきなり雷のような音がしたと思ったら儂の乗っていた馬が急に倒れおった!兵どもも次々に吹き飛ばされておるではないか!」
「分かりませぬ!しかし、恐ろしく強力な飛び道具であることは間違いございませぬ!しかも射程が長く我らが柵に迫る200m以上手前より、奴らに狙い撃ちにあっております!」
同じく怒鳴るように返された側近の言葉に、アルマンは顔色を蒼くする。自分が使用する特製の弓ですら射程距離は80mもない。それが倍以上離れた位置から狙い撃ちされたのでは太刀打ちのしようがない。
ダダダダダダ~~~ン!!!
「ゥガッッ!!」
「ヒィッ!!」
再び浴びせかけられた一斉射撃に、アルマンの近くにいた側近の一人が側頭部を撃ち抜かれ絶命する。
見れば、勢いに任せて突撃を掛けていた兵たちも、皆、鉄砲からの射撃から逃れるため地面に這いつくばっている。そしてそこに大弓による矢が次々と浴びせられる。
不用意に突っ込んだ結果、アルマン達ルファス侯国軍は完全に大谷勢の絶好の射程圏内に足止めを喰らうことになってしまったのである。
ダダダダダダ~~~ン!!!
そして更に鉄砲の一斉射撃を受けたことで、アルマンが叫んだ。
「こ、こ、これでは嬲り殺しだ!ぜん、全軍突撃だ!!死んだ者を盾とし、全力で奴らを……ッッ」
そこでアルマンの叫びが止まった。
その喉笛には一本の矢が突き刺さっている。
「アルマン様!!」
側近の悲痛な声は届かず、己に突き刺さった矢を信じられないような目で見つめながら、アルマンはドサリと仰向けに地面に倒れこんだ。
最後までお読みいただきありがとうございます。
戦闘シーンの文章が難しく、投稿に時間がかかってしまいました。
鉄砲の音の他に矢が飛んでいる音も出したかったのですが、今一つイメージが湧かずパスしました。
誤字脱字・誤文等ございましたら、ぜひご指摘いただきたく思います。
またよろしくお願いします。




