第8部 密偵からの報告
---佐和山城南部---
先陣の大谷勢・戸田勢・平塚勢は、佐和山城を出陣すると順調に南に向け進軍していた。先鋒は戸田勢・次鋒は平塚勢であり全員が騎馬武者で組織されている。そしてその後方を長柄隊・弓兵隊・鉄砲隊などの足軽を中心とした歩兵が多い大谷勢が続く形である。
なお、前日まで行長や正家が頭を痛めていた物資の輸送については、当面は騎馬武者が騎乗する軍馬に荷馬車を引かせつつ、騎馬武者・足軽にもそれぞれ背負子を背負わせ必要物資を運びこむ方法が取られることになった。急な敵軍との遭遇や奇襲を受けた場合などに邪魔になると諸将から苦情が出てはいたが、とりあえず目的地まで物資を運べればよいと言うことで今回は落ち着いた。
そして、その目的地に向けて先陣は急ぎ歩を進めていた。
---コボルト族集落---
最初の目的地、それは勝成が最初に訪れたコボルト族の集落であった。
コボルト族の集落は、佐和山城から南に10里そしてルファス侯国軍の砦からは北に15里と丁度中間地点にある関係上、補給物資の集積地として非常に都合が良い場所に位置している。また、丘陵地帯の麓にあるという地理的な条件も合わさり、敵軍の接近を警戒するにも利便性は高かったのである。
「ようこそ、お越しくださいました」
先鋒の戸田勢が一足先に集落に到着し勝成が集落の門の前に立つと、前と同じく集落の長であるトクが姿を見せた。
「うむ、トク殿。此度はこちらの急な頼みをお聞き下さり、感謝いたす」
そう言って勝成は頭を下げる。
コボルト族の集落を臨時の物資集積地にする案は、勝成が提案したものであった。それを物資輸送で悩む行長や正家が賛同、急遽城にいたハクに頼み込んでトクへの書状をしたためてもらい、それを急ぎ早馬でトクの元へと郵送した。そして自分の娘の記した書状であることを確認したトクが「そういう理由なら…」と、今回の物資集積地に集落を提供することを了承したのである。
「勝成殿、頭を上げてくださいませ。今回の事、我らにとっても利があること。お互い様でございましょう」
そう言うとトクは笑顔を浮かべる。
今回の戦は、三成たちにとっては悠の国を侵した者たちを征伐するという意味合いが強い。しかしトク達コボルト族にとっても、今まさに目の前まで迫ってきている迫害者たちから自分たちを守ってくれるという意味において、三成たちに協力する利点はある。もちろん確実な勝利は見込める状態には無いが、何もしなければほぼ確実な死が待っているであろうことを考えれば、少しでも生き残る可能性を高めるために協力することが得策と判断したものであった。
「忝い。では、早速で申し訳ないが荷の搬入をさせていただきたい」
その言葉にトクが頷くと、勝成は自らの手勢に牽かせてきた荷馬車に積まれた大量の物資を集落に運び込ませる。槍や矢・弾薬などの消耗品や兵糧などを馬から下りた武者たちが運ぶ姿を、集落に暮らすコボルト達が何とも言えない表情で見守る。
「…殿、我らはあまり歓迎されていないのでは…」
勝成の家臣がそっと勝成に耳打ちをする。大切な物資をこの集落に保管することに不安を感じたようであった。
「仕方あるまい。皆、人から迫害され続けてきたのだ。それに今日昨日訪れた我らをいきなり信用しろと言う方が無理というもの」
だが、勝成の表情にはコボルト族に対する不安は無い。
「だが、あの者らは我らを裏切らぬだろう。少なくとも、我らと利害は一致しておるのだからな」
それに…
(ハクはまだ佐和山城におる。長の娘を見捨ててまで我らと敵対する理由は無かろう…)
腹の中でそう呟くと、勝成もまた武者たちと混じって物資の搬入作業を始めた。
その後、次鋒の平塚勢と本隊の大谷勢も同じく集落への物資の搬入作業を終えると、トクに物資の保管を依頼し、再び南に向けて進軍を開始した。
---コボルト族集落南5里---
申の刻の半ば(16時前後)を過ぎた頃、集落を更に南下する戸田勢に前方から1騎の早馬が駆け込んできた。前日に南砦に探りを入れるために放った密偵である。
「勝成様!勝成様はおられますか!」
凄まじい勢いで駆け込んできたところを前方を進む騎馬武者に止められ、その密偵に出ていた武者は大声で勝成を探す。
「おう!儂はここじゃ!お主は砦の探りに出た石田家中の者であろう?如何いたした?」
自ら密偵の前に駒を進めつつ、勝成が問いただす。密偵の武者も勝成が現れたため急ぎ馬から飛び降りると、勝成の前で片膝をつき頭を下げながら報告する。
「申し上げます!敵方砦に動きがございました!昨日の夕刻より砦の監視をしておりましたところ、多くの兵が砦の外に集まり兵糧らしきものを馬車に積み込み、槍・弓・旗指物らしきものの準備を整えておりました。おそらくは戦支度を整えているものと思われます!」
「何じゃと!?すでにこちらの動きが知れておったというのか!!」
戦支度を整えていることを聞かされ、途端に勝成の表情が険しくなる。
「それは分かりませぬ!しかしながら支度の様子から察しますに、本日中には砦から出陣してくるは間違いございませぬ!申し訳ございませぬが、平塚様・大谷様への御注進をお願いいたします。某はこのまま佐和山に一気に駆け、ご報告申し上げまする!」
「相分かった!お主は急ぎ佐和山へ向かうが良い、後のことは任せておけ!」
密偵の武者の依頼に頷いた勝成は、急ぎ配下の兵を為広・吉継の元に向かわせた。
しばらく後、吉継・為広両将が駆けつけてくる。
「勝成殿、使者より話は聞きましたぞ。敵勢がこちらに押してくるとのことでございますな?」
駆けつけると同時に為広が勝成に声を掛ける。
「うむ、密偵の者の話によると今日中には砦を発ちこちらに向かってくるとのこと」
為広の問いに勝成が応じる。
先ほど吉継と為広に使者を出すのと同時に、手勢のうちから物見を南へと放っている。敵勢の接近を確認し次第すぐに連絡が来るよう手筈は整えてある。
「さすが勝成殿、抜かりはございませぬな。ならば我らはここに急ぎ陣張りをいたし出迎えの支度を整えましょうぞ」
吉継が2人に話すと、為広と勝成もしかと頷く。
そして慌ただしく陣立てが開始された。
---1刻後同所---
簡単な柵を造り、その後ろに矢避けの板盾を敷き詰めただけの簡単な陣が完成した頃、勝成の放った物見の兵が大急ぎで駆け込んできた。
「申し上げます!前方より正体不明の軍勢がこちらに向かって進軍して参るのを確認いたしました!その数、およそ1000!」
柵の後ろに張られた天幕の中で戦の策を話し合っていた3人に、息を切らせつつ物見の兵が報告する。
「来たか!それで相手の軍勢について何かわかっていることはあるか?」
吉継の問いかけに、報告に来た兵は息を整えつつ答える。
「はっ!敵勢は騎兵は多くありませぬ!ほぼ大半が歩兵により編成されている模様でございます!また敵将らしき者が軍勢の後方にいることを遠目でございますが、確認いたしました!」
一通りの報告と問答が済むと、吉継はその兵を下がらせる。そして一緒にそのやり取りを聞いていた為広・勝成に向き直るとハッキリとした口調で指示を出した。
「よし!これより敵勢ルファス侯国軍を迎え撃つ!各々方、決められた地点にて手勢を連れて待機せよ!悠の国での初めての戦じゃ、抜かるでないぞ!」
『おう!!』
吉継の指示と激を受け、為広と勝成は大きく返事を返すとそれぞれの持ち場へと向かうべく天幕を出て行った。
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