追放、そして幼馴染との旅立ち
転生してから16年後。
北東部に位置するフィッシュ村。
そこは、雪に覆われた高い山々の近くにある、小さな村だった。村には木造の小さな家々や農場が数多く並んでいる。
村は活気に満ちていた。外では男女が楽しそうに会話を交わし、笑い声を響かせている。
農民たちは畑を耕し、作物を収穫し、種をまいていた。
その中に、一人の少年がいた。
年齢は16歳。
彼は農民たちに交じり、強い日差しの下で畑を耕していた。
やがて少年は手を止め、額の汗を拭った。そして、太陽を見上げ、眩しさを遮るように手をかざす。
「……夏か」
すると、近くにいた農民の一人が大きな声で呼びかけた。
「おーい、アキラ! もう家に帰っていいぞ! よく働いてくれたな!」
「はい、わかりました!」
少年はそう答えると、農作業を終えて帰路についた。
(俺の名前はアキラ。この名前は、あの神父がつけてくれたものだ……)
歩きながら、アキラは前世のことを思い返す。
(前世の俺は、32歳のただの会社員だった。
名前はサトル。
いろいろなことがあって、最終的には義理の妹を助けた結果、事故で命を落とした……)
アキラは空を見上げた。
(あの子は今、元気にしているだろうか……?)
そんなことを考えながら歩いているうちに、彼は村の中央にある小さな家へとたどり着いた。
「ただいま」
アキラは玄関へ向かい、扉を開ける。
「帰ったよ!」
すると、左側の扉から一人の女性が顔を出した。
「おかえりなさい、あなた」
「ただいま、母さん」
アキラは笑顔で答えた。
「今日はどうだった?」
「普通だったよ」
「そう。それならよかったわ……」
(彼女が俺の母さん、ハハリ。36歳だ。
どうやら、俺たちに血のつながりはないらしい。
俺がまだ赤ん坊だった頃、実の両親と一緒に馬車に乗っていたところ、ゴブリンの群れに襲われた。
父さんと母さんは殺され、俺だけが生き残った。
泣き続けていた俺を見つけてくれたのが、あの神父だった。
そして、神父の娘であるハハリが、幼い頃から俺を育ててくれたんだ)
「ほら、早くいらっしゃい。ご飯が冷めてしまうわよ」
「今行くよ!」
◇
それから一時間後。
コンコンコン。
家の扉がノックされた。
「はーい、今行くよ……」
アキラは玄関へ向かい、扉を開けた。
「どちらさま?」
そこに立っていたのは、肌が白く、紫色の瞳と髪を持つ美しい少女だった。髪には黒い部分も混じっている。
少女は笑顔で挨拶した。
「やっほー、アキラ!」
「ああ、やあ、ミーちゃん」
(彼女の名前はミズハ。俺の幼馴染だ。
俺たちは同い年で、幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた。彼女はいつも俺についてきてくれた。
それだけじゃない。俺たちは乳兄妹でもある。
俺を引き取ったハハリは、当時、まだ結婚していなかった。
この村では、神父の娘である彼女は特別な立場にあり、結婚することも許されていない。
そのため、俺が母乳を必要としていた頃、ミズハの母親が代わりに授乳を申し出てくれたんだ)
「ミーちゃん、こんな時間にどうしたんだ? いつもなら、こんな時間に来たりしないだろ?」
「あっ、そうだった! すっかり忘れるところだったよ。もう時間なの。神父様が教会で待ってるよ」
「えっ!? そ、そうなのか? もうそんな時間?」
「うん、そうだよ」
ミズハはアキラの手をつかんだ。
「ほら、行こう!」
「わ、わかったよ」
◇
村のはずれ。
そこには教会があった。
「ここが教会だよ」
ミズハに手を引かれながら、アキラは教会へと入っていった。
正面へと続く通路があり、その左右には数多くの椅子が並べられている。
そして、教会の正面には巨大な石像がそびえ立っていた。
頭の左右には、兜から突き出すように羽根飾りが伸びている。
長く荒々しい髭と口髭をたくわえた人物の像だった。
その目からは血のようなものが流れ落ちている。
像は一人の赤ん坊を抱えていた。赤ん坊の胸には矢が突き刺さっており、そこから流れ出る血を、人物は赤ん坊の下に添えた手で受け止めていた。
その石像の前、教会の最奥には、66歳の神父が立っていた。
その隣には、40歳ほどの女性がいる。
二人が教会に入ると、ミズハはアキラの手を離した。
「頑張ってね、アキラ!」
「ありがとう、ミーちゃん」
アキラは神父のもとへ歩いていった。
一歩ずつ。
そして、神父の目の前までたどり着くと、しばらく彼を見つめたあと、片膝をついた。
両手を組み、目を閉じる。
その間に、ミズハは先ほどの女性の隣へ移動した。
女性は微笑みながら、ミズハに話しかけた。
「あらあら。アキラの手を握っていたのね。ずいぶん大胆じゃない、ミズハ?」
「も、もう! お母さん、変なこと言わないで!」
ミズハは顔を真っ赤にした。
「ふふふっ」
女性はからかうように笑った。
彼女はミズハの母親だった。
一方、神父はアキラを見つめながら口を開いた。
「さて、アキラ。いよいよ、お前のスキルを確認する時が来た」
「はい、神父様」
(この世界に生きる者は、誰もがスキルを持っている。
だが、そのスキルが明らかになるのは、成人を迎える16歳になってからだ。
それまでは、体内のマナが不安定に変動し続けている。
しかし、16歳になるとマナが安定し、自分のスキルが判明するのだ)
神父は一冊の分厚い本を取り出した。
幾多ものページが収められたその本の表紙には、こう記されていた。
『聖典』
神父が本を高く掲げると、聖典は青白い光を放ち始めた。
「――スキルを顕現せよ。アキラ、16歳」
その言葉を合図に、本がひとりでに開いた。
ページが次々とめくられていく。
そして、あるページで止まった。
そこには、複数の名前が記されていた。
43番。
名前:アキラ。
年齢:16歳。
スキル:――。
その文字を目にした瞬間、神父の目が大きく見開かれた。
「こ、これは……! そんな、あり得ない! どうしてこんなことが……!?」
神父は信じられないといった様子で、記された文字を読み上げた。
「……修繕師?」
「……え?」
アキラもまた、驚きに目を見開いた。
「修繕師……? まさか、よりによって俺が……」
(この世界には、冒険者の職業として七つのクラスが存在する。
重装騎士、剣士、魔術師、治癒師、騎士、戦士、そして修繕師。
それぞれのクラスには、固有のスキルがある。
だが、修繕師にできることは、武器や防具を修理することだけだ。
戦闘能力はほとんどなく、戦うことを生業とする者たちからは嫌われている。
冒険者たちだけじゃない。村の人々も、神父も、俺に大きな期待を寄せていた。
それなのに……)
「こ、こんなはずでは……!」
神父は声を震わせた。
「まさか……16年間、ずっとこの日を待ち望んでいたというのに……! よりによって、お前がこんなクラスだとは!」
「お、落ち着いてください、神父様」
「黙れ!! この状況で落ち着いていられるわけがないだろう!!」
神父は激昂した。
「……ですが、修繕師でも村の人々の役には立てるはずです。武器や防具を直して、お金を稼ぐことだって……」
アキラは緊張した面持ちで、なんとか言葉を続けた。
しかし、神父の表情から怒りが消えた。
その顔は、凍りついたように冷たかった。
「お前……まさか、この村にこれからも住み続けられると思っているのか?」
「……え?」
アキラの表情が強張る。
「ま、待ってください! まさか、俺を村から追い出すつもりですか!? でも、俺は――」
「黙れ! もう二度と、その顔を私の前に見せるな! さっさと出ていけ!」
神父は頭を押さえながら、その場を去っていった。
「……信じられん」
アキラはその場に立ち尽くした。
目を大きく見開き、体を震わせながら、ミズハとその母親のほうへ視線を向ける。
しかし、二人は……。
目をそらしていた。
まるで、アキラなどそこにいないかのように。
アキラは顔を上げた。
泣き出しそうになりながらも、必死にこらえる。
そして、ゆっくりとうつむいた。
目から、涙がこぼれ落ちた。
(……裏切り、か?)
◇
その夜。
アキラは荷物を詰めた鞄を背負い、村の出口へ向かって歩いていた。
(予想どおりだ。
誰か一人が知っただけで、あっという間に村中へ広まった。
その結果、村の人間は誰も俺に近づかなくなった。
話しかけてくれる人もいない。
何年一緒に暮らしてきたとしても、結局はこうなるのか。
……異世界から来た人間なんて、どこへ行ってもこんなものなのかもしれないな)
やがて、アキラは村の端へとたどり着いた。
そこから先には、もう家はなかった。
「……もう、ここにいる必要はないか」
その隣には、ハハリが立っていた。
彼女の顔には、心配そうな表情が浮かんでいる。
「本当に行ってしまうの?」
「うん……ごめん、母さん」
ハハリは静かに首を横に振った。
「謝らなくていいのよ。ただ……どうか無事でいてね」
「……うん。行ってくるよ」
「ええ。道中、気をつけるのよ。わかった?」
「わかった」
アキラはそう答え、歩き出した。
ハハリは、その後ろ姿を心配そうに見送っていた。
(……さようなら?)
◇
村を見下ろす山の上。
アキラは最後にもう一度、村を振り返った。
「……」
そして、ゆっくりと歩き始めた。
一歩ずつ。
足元を見つめながら、アキラは心の中でつぶやいた。
(……これで、異世界での幸せな生活も終わりか)
そう思いながら顔を上げた、その時だった。
「……ミズハ?」
そこには、ミズハの姿があった。
アキラは驚きに目を見開いた。
「な、何をしてるんだ!? どうしてここに!?」
「どうしてって……あんた、バカなの?」
ミズハは呆れたように言った。
「もちろん、あんたについていくために決まってるでしょ!」
「そ、そうだよな……って、ええっ!? ど、どういうことだ!?」
「何よ? まさか、私があんたを置いていくとでも思ったの?」
「い、いや……」
アキラは困ったように頬をかいた。
「……正直、そう思ってた」
「はあ!? どうしてよ!」
「それは……」
アキラは視線をそらした。
「……わからない」
「もう! 最低!」
ミズハは頬を膨らませた。
「スキルが何だっていうのよ! そんな理由で幼馴染を見捨てるわけないでしょ! そもそも、どうしてみんながあのスキルを嫌っているのか、私にはさっぱりわからないんだから!」
アキラは目を見開いた。
(……そうだ。
今、目の前にいるのは、俺の幼馴染だ。
美人で、明るくて、誰とでもすぐに仲良くなれる女の子。
この世界で、俺にとって唯一の友達……。
どうして、そんな大切なことを忘れていたんだろう)
ミズハは頬を膨らませたまま、小さくつぶやいた。
「……それに、好きな人を置いていくわけないじゃない。まったく、信じられない……」
「ん? 何か言ったか?」
「な、何でもない!」
ミズハは慌てて顔を赤くし、両手をぶんぶんと振った。
「ほ、本当に何でもないから!」
「そ、そうか……?」
「と、とにかく!」
ミズハは笑顔を浮かべると、アキラの手をつかんだ。
「行こう!」
「ま、待て! いきなり引っ張るなよ!」
ミズハは楽しそうに笑った。
アキラもまた、つられるように笑った。
(……友情)
本作をお読みいただき、ありがとうございます。
今回の話は執筆を急いだため、展開の速さや物語への描写、キャラクターの紹介、情景描写、会話などにおいて、配慮が足りない部分があるかもしれません。
物語を十分に練り上げることができず、駆け足な展開になってしまったことをお詫び申し上げます。
それでも読んでくださった皆様に、心より感謝いたします。




